4−1 共喰 ‐悪夢は再び起こる‐
レオネル王国、王都近郊の鉱山地帯。
真夜中の刻、幾人もの鬼狩りの戦士たちが周囲を警戒しつつ歩を進め、鉱山に隣接する採掘場を取り囲んでいる。
建物の周囲には何体もの、十や二十ではきかない数の骸が、無残にも打ち捨てられていた。この骸は、先に調べに入った鬼狩りたちのものだ。
「……どうやら、本物のようだな」
戦士たちを率いているのは、鬼狩り一族の長、タタリだ。
部隊の先頭に立ち、辺りを見回すタタリは充満する死の匂いを感じ、確信する。
「こいつらは里でもかなりの実力を持つ戦士たちだ。間違いない」
傍に立つリドウが、険しい面持ちで答える。
それを聞いたタタリは「そうか……」とだけ言った。その顔には不安や緊張、などよりも例えようのないおぞましさを含む無表情が浮かんでいる。
採掘場に背を向け、率いてきた戦士たち全員に顔が見えるよう、タタリは振り向いた。
タタリのすぐ近くにいる戦士たちは、誰もが修羅場を乗り越えた屈強な鬼狩りの戦士たちだ。彼らはタタリが直接率いる、この戦いの主力である一班。
その後ろに控えているのは、若い鬼狩りの戦士たちの二班。一班とは対照的に、若干、焦りや緊張の感情が表情に出ている。
タタリは、ニ班のタタキとタタラの方を見やる。
目があったタタキは、その視線をそらさず見つめ返した。二班の中で、メンタル面は安定しているのがわかる。
タタリはフッと鼻息を吐き、背を向けた。
(最近、父さんの雰囲気がおかしいような……)
疑問に感じるタタキの頭に、太く大きな手が置かれた。
この手の感触は、里では彼しかいない。
「リドウさん」
「今は、余計なことを考えるな」
リドウの言った言葉は、タタキだけに対してではなかった。緊張し、身を固くしている若い鬼狩りたち全員に対して、安心させるように言った。
「前にも言ったが、お前たちはこの戦いの補助だ。前戦には出さん。 だが、もしものことも考えておけ」
「そして、死ぬな」力強く響くその声は、若い戦士たちの固くなった心と身体をほぐしていった。
若者のメンタルケアを終えたリドウはタタリの元へ戻る。
タタリとリドウは互いに目を合わせて頷きあった。
「一班は二つに分かれて、それぞれ私とリドウが指揮する。 ニ班はこの場に待機。外、内側から吸血鬼が現れるかもしない。仕留められるよう、心得ておけ」
タタリの指示に、全員がコクリと頷いた。ここにいる誰もが、戦士としての目を剥けている。
「狩るぞ」
その言葉と共に、タタリと一班は戦場へ行く。
予め決められていた通りに灯りで合図を送り、各所に配置についた戦士たちが、一斉に採掘場に突入した。
この鉱山が何者かによって占拠されて連絡が途絶えたのは、記録によれば半年ほど前。その半年から、吸血鬼が人の血を吸うために活発に活動しだしたのだ。
ダイガが討伐した蛹偽も、その内の一体である。
進めば進むほど見えてくる、打ち捨てられた数多の死体。鉱山の労働者や、守衛だった者たち以外に、吸血鬼らしきものまであった。
「ふんっ………」
迷路のような内部を進みながら、タタリは小さく吐き捨てた。
一見非常にも見えるが、平常心を保たなければ、奴を仕留めることはできない。
突入して数分。
内部は入り組んだ構造になっており、数歩歩けば壁に突き当たり、複数の小道に分かれ、まるで迷路のような作りになっていた。
いくら暗闇に目が慣れている鬼狩りでも、どこを向いても必ず視界の中に影ができ、窓や破れた屋根からこぼれ落ちる光は、闇をさらに色濃く強める。
(…………罠か)
何十人といた戦士たちはいつのまにか散り散りとなり、気づけばタタリは一人になっていた。
引き連れている戦士たちは、そこら辺の傭兵や騎士、兵士とは格が違う。
相応の訓練と経験を積み、蛹偽のような中の上程度の吸血鬼なら、数分もかけずに討伐できるくらいの実力者たちだ。
銃声や斬鬼刀の金属音がこだまするたび、ほとんどの者が上手く立ち回っているのを確信する。
「………………」
タタリは無言で腰に下げた斬鬼刀の柄に手を当て、臨戦の構えを取る。
今タタリに近づけば、一瞬で刃が抜き放たれ命を狩られるだろう。闇に潜む吸血鬼たちはそれを確信し、口惜しそうに影の奥へ潜っていった。
タタリはゆっくりと、迷路のような採掘場の小道を進む。
一歩道を歩めば、一つの角を曲がれば、途端に吸血鬼が現れかねないこの重苦しい空気———タタリは知っている。この感覚は、タタリには馴染み深いものだった。
山で、海で、戦場で。ありとあらゆる場所で吸血鬼と戦ったが、それらとは全く違う。
(奴が、放つ空気だ)
先ほどまでわずかに残っていた疑念は、すでにタタリの中からなくなっていた。
(いる———奴は、この奥に、間違いなく)
少しずつ、少しずつ歩を進める。
進み続け、迷宮のような小道を潜り抜けた先にある広大な空間にたどり着いた。
タタリに続き、リドウを始めほかの戦士たちもその空間に現れた。
最初よりも少し数が減っており、生き残った戦士たちの体や服にべっとりと吸血鬼の血がついていた。
最悪、全滅は免れた。むしろ被害は最小限だ。
(………二十年前と同じだ)
目の前に広がるのは一面、血の海。多くの吸血鬼の……それも食い千切ったのではないかと思われる傷跡ばかりが残る亡骸が転がっている。
辺り一面を真っ赤に染められた地面に、その吸血鬼は全身を血で汚しながら立っていた。
その光景はまるで——
「お前ら人間には、地獄のように見えるか?」
狂乱の中央に立つ、一体の吸血鬼が背を向けたまま、まるでここにいる鬼狩り全員の心中を読み取ったかのように言った。
吸血鬼の全身には、ほかの吸血鬼の血と臓物に塗れており、異様な気配を漂わせていた。
だがなによりも、他の吸血鬼とは決定的に違うところがある。
その顔に目も鼻もなく、顔全体が縦向きの巨大な牙そのもので覆われていた。その牙に、血と肉がこびりついている。
この吸血鬼こそ、“共喰の吸血鬼”だ。
共喰は近くにいた吸血鬼の首を掴み、その巨大な牙をカパァ、と縦に開き顔面にかぶりついた。
おぞましい姿と所業とはあまりにもかけ離れた、まるで世間話をするような、馴れ馴れしい口調で共喰は言う。
「人間も同じことをやってるように、思えるがねぇ?」
「…………」
タタリは答えない。
無言で、周囲に視線を配る。
一人、また一人のその視線に気づいた戦士たちが、ゆっくりと斬鬼刀や銃を構えた。
タタリが一歩、足を踏み出す。
共食いの吸血鬼との距離はタタリが一番近い。
彼の瞬発力と脚力ならば、一瞬で斬りかかれる位置だ。
「まぁ、聞けよ。十五年ぶりの再会だろう?」
わずかに共喰が指を動かすやいなや、タタリの斬鬼刀が弧を描いた。
その一撃により、喰われた吸血鬼の骸が積もってできた山が、全て斬り捨てられた。
だが、肝心の共喰の姿はいない。
「ごぁっ!?」
背後から小さな悲鳴が上がった。
振り向けば、戦士の一人が首をもぎ取られていた。
「知ってるか?吸血鬼と人間の血は、それぞれ味が微妙に違うんだ」
共喰はもぎ取った首から流れる血を、大きな牙を開けて受け止める。口と呼ぶべきか疑わしいが、含んだ血をもごもごと口内で動かし、ゴクリと飲み込んだ。
常人ならば気が狂いそうになる光景。
仲間が殺され、怒りと殺意を抱く戦士たちだが、直ぐには仕掛ける者はいなかった。
仕掛ければ、殺された戦士の二の舞になることを、理解したからだ。
「だが、腹が膨れれば眠くなるしダルくなる……人間と俺は、そう変わりはないのかもな?」
(下らないことをベラベラとッ!)
薙刀型の斬鬼刀が、メシメシと音がなるほどの握力で握りしめるリドウの心境は、怒りに燃えていた。
そんなリドウの心境などいざ知らず、共喰は悠々とその場に座り込む。
「そうだ。お前の息子————」
その時だ。
先よりさらに疾く、タタリが駆けた。
今度こそ斬鬼刀の間合いに共喰が入っている。今度こそ逃さなかった。
「そんなに俺を殺したいかぁ?」
響き渡る轟音と、ぶつかり合う金属音。
一瞬で間合いを詰め、タタリが振り下ろした斬鬼刀を、共喰は掌から出した骨の刀で受け止めていた。
「お前の女を殺した、俺をぉ」
「撃てぇ‼︎‼︎」
まるで共喰の言葉を遮るように、タタリは声を上げた。
同時に垂直に跳び、既に背後から放たれていた銀の銃弾の雨が、共喰に浴びせられた。
攻撃はそれだけでは終わらない。
さらに数十個の陽光弾が放たれ、暗闇の空間を一瞬にして照らし出した。
副武器の嵐だが、この数を喰らえばたとえ並みの吸血鬼でもただでは済まないだろう。
だが、共喰は違う。
全身が銀の弾によって撃ち抜かれ、光によって肉が焼けているにもかかわらず、余裕の笑みを浮かべていた。
「忙しない奴らだなぁ」
続けて一斉に迫り来る前衛の戦士たちを前に、共喰は再び両掌から骨の刀を出した。
肉体はボロボロ、ところどころが灰化しているにもかかわらず、共喰は戦士たちをまとめて相手取る。
たったの一撃で二人、三人と攻撃をするたびに殺す数を増やしていく。
その光景はもはや、死神の乱舞だった。
乱戦の中、後衛の戦士が共食いの吸血鬼の頭を撃ち抜くが、その勢いは止まらない。
「ハァッ‼︎‼︎」
爆発のような声と共に放たれた、薙刀の刺突。
リドウの巨体と、それに見合わぬ俊敏さから繰り出された一撃に、共喰は腹を突き破られた。
「クハッ!」
それでも、狂気の笑みは止まらない。
下半身を捨て、共喰は上半身のみでリドウへ飛びかかった。突き出した刀が、リドウの胸に深々と突き立てられた。
口から血を吐くリドウだがその眼は鋭く、共喰を捉えていた。
リドウは共喰の腕を掴んだ。胸に突き刺さっている刀は、筋肉で固定し「逃すものか」と放さない。
「タタリッ‼︎‼︎」
リドウの呼びかけに応え、タタリは斬鬼刀を振り下ろした。
共喰は、脳天にかけて真っ二つに斬り裂かれた。
ボトリと地面に落ちる共喰。
鬼狩りの勝利——誰もがそれを確信した。
しかし、タタリとリドウはいまだに気を緩めようとしなかった。
何故なら、
「弱すぎる……」
「お前もそう思ったか」
二十年前の戦いより、弱く感じたことだ。
以前の共喰は、もっと厄介な相手だったはずだ。
それを身に染みているタタリとリドウは、違和感を感じていた。
「二十年前……お前は俺を殺した。多くの犠牲を払ってな」
「ッ……!」
真っ二つになった共喰は、まだ生きていた。
だが動く気配はなく、未だにお気楽な声でタタリに話かけるのみだ。
その声には、死への恐怖や相手への殺意は微塵も感じられない。むしろ楽しんでいるようにも聞こえた。
(同じだ、あの時と……)
「十五年前。俺はお前の女を殺し、お前に殺された」
「何を……」
「で? 今度は何を失うんだろうなぁ?」
その言葉を最後に、共喰は息絶えた。




