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第四章:怠け者だった男の国(七)

土の国:豊かな土地があり、農耕を中心とした月世の食を支えている国

物草家:土の国の当主を務める一族

物草聖ものくさひじり:物草家の当主であり、土の国の主

月の宮:月世の都。頼光らが滞在している場所

月守:月世を統べる一族。月の宮の中枢にいる。

月守命ツキモリノミコト:月守の当主かつ月世の頂点の存在。

 相変わらず太陽は姿を見せないが、空は薄橙に染まり、夕刻が近づいていた。村外れの小道に沿った石垣のそばで、四人は再び顔を合わせる。


 人目の少ない場所を選んで腰を下ろした彼らは、それぞれが得た情報を、慎重に言葉へと変えていった。


「お疲れさま。……どうだった?」


 頼光が最初に口を開く。


「大した収穫はありません。当日の目撃者はおらず、家庭内に問題があったようにも見えないという話ばかりでした」


「そうか……。こちらも似たようなものだ。親子仲は良かったらしいし、当日娘さんが畑に向かう姿も見ていないと、皆口を揃えて言っていた」


「貞光、さっき何か考えがあると言っていなかったか?」


 綱が二人きりの時に聞いた内容を促す。


「何か思い当たる節があるのか?」


「ええ……お二人の話を聞いて、確信が持てました。ここまで目撃情報がなく、家庭の様子についても通り一遍のことしか出てこないのは、何者かの作為を感じます。誰かが我々に渡す情報を制御しているとしか思えません」


「作為か……だが、そんなことをして何の得になる?人がいなくなっているのは事実だろう?」


 貞光は顎に手を当て、足元に目を落としながら考える。


「そこなんですよね……。なぜそんなことをするのかは、私にもわかりません。けれど、“誰がやっているか”については、心当たりがあります」


 頼光が貞光に視線を向ける。


「……物草聖(ものくさひじり)、か」


「はい」


 二人のやりとりを見ていた綱と澪は、驚いたように顔を見合わせる。

 そんな二人をよそに、頼光と貞光は話を続ける。


「なぜ物草殿がそんなことを?」


「……非常に不愉快ですが、彼は我々を試しているのだと思います。情報の統制を通じて、何を導き出せるかを見ているのではないでしょうか?ですので、今の段階で彼に直接問いただすのは得策ではないと考えます」


 貞光は淡々と、だが自分の推論に揺るぎない自信を込めて話す。

 澪は貞光のその洞察力に舌を巻いていた。自分より年下に見えるこの青年が、

 ここまで先を見通していることに、驚きを隠せない。


「今私の中では彼らが何を隠しているのか、ある程度答えが出ていますが、証拠がありません。ですので、その証拠を掴むために、物草家の使いがいない状態で被害者宅を訪問したいと思っています」


「わかった。さすがに今日は時間も遅いし、屋敷に戻るぞ。そして明日、物草殿には我々だけで被害者の家を再訪したいと俺から伝えよう」


 こうして、四人は物草家の屋敷へと戻ることになった。


 *


 屋敷に戻り、夕餉の準備が整うまでのひととき。澪が部屋にいると、後ろから貞光の声がかかった。


「望月さん、今少しいいですか?」


「はい、大丈夫ですよ。ーー場所を移しますか?」


「そうですね。今朝と同じ場所で」


 そう言って貞光は、澪を待たずに縁側へ向かっていった。


 澪はなんとなく「必要かもしれない」と思い、本を手にして後を追った。縁側に腰掛ける貞光は、庭園を見つめながら考えごとをしているのか、焦点の合わない目をしていた。彼の少し青みがかったような黒髪が、さらさらと柔らかな風に揺れている。


「お待たせしました」


 澪が近づくと、貞光は軽く会釈し、無言で隣に座るように手を差し出した。


「本も持って来られたのですね」


「必要かと思って……違いました?」


「いいえ、合ってます。持ってきてほしいと言い忘れていたなと、ここに着いてから思っていたところでした。貴女は気が利く人ですね」


「それならよかったです」


 自分のうっかりを認めながらも、相変わらず淡々と褒める貞光を見て、澪はなんとなく可笑しくなり、くすりと笑った。


「……? 何かおかしなことを言いましたか?」


 首をかしげる澪に、貞光は本気で不思議そうな顔を向ける。


「いえ、すみません……。ただ、そんなふうに褒められるのが初めてで、ちょっと面白かっただけなんです」


「不愉快だと言われたことはありますが、“面白い”と言われたのは初めてですね」


「ご自身の失敗も、私への評価も、同じ調子で淡々と話されるのが新鮮で……それが妙に面白くて」


 澪の言葉を受け、貞光はしばらく澪の顔をじっと見つめた。


 急に見つめられ、少し緊張する澪。だがその視線は責めるものではなく、まるで何かを見極めようとするようなものだった。


「……おっしゃる通りです。感情って、合理性と相容れませんじゃありませんか。私は非合理的なものを極力排除したいのです。だから、出来事に対して喜怒哀楽は持たないようにしています」


「なるほど……でも、感情って制御しようとしても難しいですよね?切り分けるには、相当な訓練が必要だったんじゃないですか?」


「初めはそうだったかもしれません。でも……その頃のことは、もうよく覚えていません」


 わずかに視線を揺らしながら、貞光は言葉を切る。そしてすぐに話題を切り替えた。


「それで、本題に戻りますが。昨日話していた本のことです。『ものくさ太郎』の内容に、あれから何か変化はありましたか?」


 澪は手元の本を開き、該当のページをめくりながら答えた。


「いえ……昨日お話ししたときから、特に変化はありません」


「そうですか……。今回の件に関わるような示唆があればと思ったんですが、そう上手くはいかないですね」


「お役に立てず、すみません……」


「貴女のせいではありません。むしろ、ひとつ聞いておきたかったことを今思い出しました」


「……なんでしょうか?」


「我々も“物語の登場人物”なのだという話です。敵か味方かも定かでないこの地で詳細を聞くのは危険ですが……この調査が終わったら、必ず聞かせてください」


 その目にあるのは好奇心ではない。軍師として、任務と仲間を守るために必要な情報として聞いている、そう告げるまなざしだった。


 と、そこへーー


「二人とも、昨日からよく一緒にいるな」


 後ろから頼光が二人に声をかけてきた。昨日と同様に身体を鈍らせぬよう鍛錬をしてきたのだろう、額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「おかえりなさい。必要な情報交換をしていただけです。……嫉妬は見苦しいですよ?」


 貞光が平然とした口調で応じる。


「なっ!? いやいや、…なにを言ってるのかわからないな?」


 頼光はわずかに眉を引きつらせながら、引きつった笑顔で返す。


「そうですか。……そういうことにしておきましょう」


「頼光さん、お疲れ様です。渡辺さんは、まだお一人で鍛錬中ですか?」


 澪が自然に話題を変えると、頼光は頷きつつ苦笑する。


「ああ、今から屋敷の周りを走ってくるって言ってた。……だから逃げてきたんだ」


「そうなんですね。今日は村中歩き回りましたし、それでも鍛錬を欠かさないなんて、さすがです……」


「まったくだよ。あいつの体力は底なしだからな。……貞光は何か言いたげな顔でこちらを見るな」


 頼光は澪に微笑み返したと思いきや、表情を変えぬまま、貞光をたしなめる。


「おや?なんのことでしょう?」


 しれっととぼける貞光だったが、どこか「邪魔者は退場」とでも言いたげな空気を漂わせ、そのまま足早に部屋の中へと引っ込んでいった。

 後には、何のことかピンと来ていない澪と、何かを誤魔化すように咳払いをする頼光だけが残された。





 それから少しして、夕餉の膳が整う頃、澪たち四人は再び寝殿へと集められていた。

 昼間の調査で少し疲れの見える彼らを前に、物草聖は変わらぬ笑みをたたえて静かに座している。やがてふと視線を上げると、緩やかな口調で問いかけた。


「本日は調査に尽力いただき、感謝申し上げます。国を預かる者として、心より御礼を。――さて、進展はいかがでしたか?」


 頼光が一歩進み出て、慎重な面持ちのまま答える。


「残念ながらこれといった確かな手がかりは得られませんでした」


 貞光も続けて言葉を紡ぐ。


「住人たちは皆、口を揃えて“目撃情報はない”と申しておりました。また、鬼の関与だけでなく家出の可能性も視野に入れ、家族関係や夫婦仲についても尋ねましたが、どちらも問題のない、穏やかな様子だったとの話ばかりです」


 聖はその報告に物憂げな表情を浮かべながらも、落ち着いた声音で応じる。


「……なるほど。それは残念ですね。もっとも、わずか一日で結果が出るとは私も思っておりません。……さて、明日以降のご予定はいかように?」


 頼光が静かに応じた。


「はい。明日は、あらためて事件現場と被害者宅を訪問し、ご家族に再度お話をうかがうつもりです」


 聖は軽く目を伏せてから頷いた。


「……わかりました。どうぞ、ご判断にお任せいたします。我が国で起こった出来事が、月世全体の鬼討伐の一助となるのであれば、それに勝る幸いはありません」


 聖の大仰な返答を受けて、頼光が方針を締めくくる。


「ありがとうございます。明日中には、何らかの区切りをつけたいと考えておりますゆえ、引き続き、ご協力をお願い申し上げます」


 聖は穏やかな笑みのまま、ほんのわずかに口角を上げた。


「……承知いたしました。大きな進展はないとのことですが――なるほど、何か“手応え”は掴まれているようですね。では、明日……嬉しいご報告を楽しみにしております」


 その言葉は丁寧ではあったが、どこか含みのある声音だった。

 澪には、その微笑の奥にかすかな棘が潜んでいるように感じられてならなかった。

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