露呈 〜Noir〜
夕食後。作業に取りかかっていた俺は、思わぬ来客を受けた。
「何の用でしょうか?」
「少し話をしておきたくてね。学院の事で」
そう言って勧めたソファにゆったりと身を沈めるラルスと、続いて腰を下ろす緊張した様子のヴィルヘルム、困惑した様子のミア。ミアはそもそも餌としてこの部屋に訪れていたのだが、2人が来たのでそのまま同席している。今からの話にはいた方が良いと判断したからだ。ラルスも反対はしなかったから、おおよそ同意見なのだろう。
「何せ今日から通い始めましたから、まだ何とも言えませんね」
軽く肩をすくめてみせると、ラルスは読めない笑みを浮かべた。
「ヴィルヘルムとミアに聞いたよ。「四家」のご子息に喧嘩を売ったのだろう?」
「喧嘩を売った覚えはありません。彼等が状況も弁えずに身勝手な要求をしてきただけです。そんなものに付き合う義理はありません」
素っ気なく言って、あえて視線を机に向けてみせる。
「その手の対応は一任されたと認識していますし、それを分かった上での説教に付き合うつもりはありませんよ。こちらもする事がありますし」
視線の先に置いていたのは、分解した魔法具だ。手入れの途中と明らかに分かるそれに、ミアとヴィルヘルムの表情がはっきりと強張る。
「……ノワール、前にも言いましたが、魔法具の制作は資格が必要です」
「知っている。あれは制作ではなく調整だ」
「いや、分解するレベルの調整って、やっぱり資格が必要なんだよ」
「そうだろうな。それで?」
さらりと告げて見せると、案の定2人は絶句した。
「俺はここに至るまでいくつも法を破っている。身分の詐称然り、フウの魔法具然り、身に着けているリミッタ然り。それらは全て、必要があるからそうしている。魔法具を俺が使う場合、あのレベルの調整が必要だというだけだ。誰かに任せられるものでもない」
「ですが、資格が——」
「資格を取るまで悠長に待つ余裕はない。そもそも、俺の場合は資格を取れるかどうかも曖昧だ。下手に資格が取れないとはっきりするよりは、確実に資格を手に出来る時までは黙っていた方が良い」
ミアの反論を潰しながらも、1番つられて欲しかった人間が一言も言わない事に内心舌打ちする。限界か。
「……成程。君はこうして会話の主導権を取っていたのか。ヴィルに学院での話を聞かなければ、気付かなかった」
兄妹が口を閉じたタイミングを逃さず、ラルスがゆっくりとした口調で告げる。予想通りのそれに、けれど軽く首を傾げて見せた。
「どういう意味でしょうか?」
「君はそういう、無駄な誤魔化しは嫌いだろうに」
苦笑を漏らすと、ラルスは丁寧に種明かしを始める。
「おかしいとは思っていた。確かに君は、今更法からの逸脱行為を躊躇わないだろう。だが、近頃それが行き過ぎている。君は世界とのずれを知り、ずれを修正するまで徹底的に接触を避けた。そこまで慎重に行動していた君が、その後我々にずれを意識させる言動を繰り返している。ずれの修正が全てフウの為で、君の在り方がそうなのかと思っていたのだが、まさか駆け引きの布石だとは思わなかったよ」
「布石?」
驚いたような声を上げたのは、ヴィルヘルム。ミアも目を見張っている。ラルスは相も変わらずゆったりとした態度で俺を見守っていた。
そう、見守って。
「……敷いた布石は、何に使うというのです?」
惚けたように問い返しながらも、無駄だと分かっている。
「勿論、自分に都合が良いように話を進める為に、だよ。道理で君相手にいつまでも主導権を握れないわけだ」
この視線を再び揺るがせる手段がない限り、この人はもう、自分の優位を崩さない。
「……もうしばらくは保つと思っていましたが、甘かったですね。流石と言うべきか」
「そんな事はない。言っただろう? ヴィルから話を聞かなければ分からなかったと」
「……参りましたね」
言いながら両手を挙げる。投降の意思に苦笑するラルスを見て、ヴィルヘルムが口を挟んだ。
「父上、どういう事ですか?」
ラルスが口を開くより先に、自ら答える。
「非常識な言動に意識を奪わせ、都合の悪い事を問われないよう会話を誘導していたという事だ。先程のお前達のように、非常識な行為を見せられればそちらに目が向く。批判でもしてくれればこっちのものだ。後は言葉で煙に巻けば、本来自分が持ってきた話題への関心が薄れる」
それを聞いた兄妹が、顔を見合わせた。顔を戻し、ミアが問いかけてくる。
「何故そのような真似を?」
余りにも愚直すぎる問いに閉口していると、代わりにラルスが答えた。
「おそらく、自身の交渉能力の限界を悟ったからだ。確かにノワールは、年にしては弁が立つ。だが、私を相手するには限界を感じたのだろう。違うかね?」
「ええ。反対に学院ではその必要性を感じなかった為、わざわざ博打を打つような真似は避けました」
種を知られればいくらでも対応の取れる、その場しのぎの策。それでもしばらくの間優位に立ったという事実さえあれば、その後の交渉もやりやすい。
ただ、そんな綱渡りのような策はここだけで十分だった。
「君が学生相手に後れを取るとは思えないね。……けれど」
そこで言葉を句切ると、ラルスはふと静かな瞳を向けてくる。
「少し、詰めが甘かったのではないかな?」
「…………」
「その方策をとらないなら、君自身の交渉能力で事を進める必要がある。今の君が持つ交渉の切り札は、魔法だけだ。だが君は今日、戦闘能力を見せつけただけで魔法の強力さは見せつけていない。違うかね?」
何も言わずに、相手の目を見返す。相手の瞳にただ現状を教える色しか無いのを見て、静かに嘆息した。
「……どうも、貴方は俺を過信しているようですが」
「過信?」
「俺は今、貴方が思っている以上に不自由ですよ」
そう言って俺は立ち上がり、机に歩み寄った。分解していた魔法具を手早く組み立て、ラルスに放る。
怪訝な顔をして受け取ったラルスは、魔法具に視線を落とした瞬間、顔を強張らせた。隣からそれに目を向けたミアも、愕然とした表情を浮かべている。
「……これは……今日1日で?」
「ええ。実戦の授業と、放課後のフォルテとの対峙に使用しただけです。覚悟はしていましたが、この有様だ」
「だから分解したのか……ようやく理解した」
疲れたように嘆息するラルスを見て、ヴィルヘルムが首を傾げた。
「どういう事? 魔法具は毎日手入れが必要だろう?」
魔力の視えない人間ならば当然の問いだが、魔力の視えるミアとラルスは同時に首を振った。
「これは、新しいものを購入するレベルだ。回路が全て焼き切れている」
今ラルスの手元にある魔法具は、もはやただの壊れた弓だ。回路が焼き切れ、材料自体にもガタが出始めている。
「今から俺は、魔力回路をほぼ一から組み立て直し、更に部品の補強をしなければなりません。たった1日、それも魔法にかなりの制限をかけてこの様です。今後何が起こるかは分かりませんが、いつまでも今日程度の魔法使用で済ませられるとは思いません。いつか砕け散ってもおかしくない」
「それ以前に、強化と修復を繰り返すにも限度があるだろう」
ラルスの言葉に頷く。
「修復はあくまで修復ですからね。いつか限界が訪れます。……そもそも」
どうやらまだ気付いていないらしい。嘆息して、その事実を指摘した。
「先程も言いましたが、俺はかなりの制限がかかっています」
「……いや、それでも十分すぎるくらい強いし……」
ヴィルヘルムが半ば笑いながら反論するのに、首を振る。
「今の俺に出来るのは、低位の魔法を組み合わせて相手を翻弄する事だけ。ほとんどの学生が魔法を放ち合うだけで精一杯のようだから然程問題無いが、実力が頭1つ抜けている生徒……おそらく四家の子息が問題だ」
椅子に座り直し、3人を見据えて言い放つ。
「今俺が学院で自由に使える魔力量はおよそ5000。今日使用した魔力量は、感覚で1000程度。これが意味する事が分かるか?」
ミアに目を向けてみると、ミアは少し考えてから答えを口にした。
「火力任せの攻撃は避けるしかなく、避けようのない攻撃を受ければ打つ手がない。そういう事ですか?」
「そうだ。更に拙いのは、相手が連続あるいは複数で襲いかかってきた場合」
「……魔力切れを狙った攻撃か。確かに効果的だな」
呟くようなヴィルヘルムの言葉に首肯して、改めてラルスに目を向ける。
「以前模擬戦で見せた威力と技能が許されるならば、今日ヘイグが放った魔法の倍の威力があっても防げるでしょう。その後魔力切れになる事も無い。ですが、あのレベルを見せつけるのは危険だという判断の下禁止している。加えて幾つかの魔法が使えない為に、本来の戦闘スタイルも行使出来ない」
戦術を立てるのは確かに得意だが、強力な魔術や魔法、そして有り余る魔力任せの事が多かった。更に元々化け物ばかりと戦っていた身、命の奪い合いならまだしも、殺傷を避けねばならない人間との戦いなど慣れていない。マスターやフウと訓練はしているが、その時身に付けたスタイルも利用出来ない。
「魔法、魔力、戦闘スタイル、立場。その全てを封じられているに等しい俺に、力で目にものを見せるのは不可能でしょう。貴方に使ったような非常識性を貫くならば、やはりそれにも力は必要なのですよ。だからこそ大人しくしていましたが」
そこで1度言葉を切り、紫の瞳と対峙する。
「……権力を持つ実力者に目を付けられた以上、俺に出来るのははったりだけです」
ラルスは、静かに目を閉じた。目を開けた彼の目に浮かぶのは、申し訳なさそうな色。
「……どうやら、君に甘えすぎていたようだね」
「俺の力不足でもあるので、その点は貴方を責めるつもりはありませんがね」
彼等はこの学院に入る前、相当な数の要求を向けてきた。それが現状を生み出している訳だが、元々それは秘密を隠し通す為に必要なものばかりだ。そもそもの世界間のずれが大きすぎたのだ。
「元々俺は、学院に入るには逸脱しすぎている。それだけの話ではあるのですがね」
その言葉に、ミアが一瞬何か言いかけたが、結局口を閉じた。流石に今になって、俺の異常性を否定する事は出来ないだろう。
「ああ、フウの事はご心配なく。元々人好きのする性格ですし、あいつは身体強化魔法が得意です。多少の魔力量制限は全く問題無いし、嫌がらせもそう無いでしょう」
「……彼女に馴染む事を強調していたのは、移民という事で嫌がらせを受ける前に味方を作らせていたのか」
「後は純粋に、魔法をもう少し学ばせる為ですね。学友がいた方が効率的な筈だ」
フウと俺の根本的な違いは、彼女が剣士で俺が魔法士である事。フウは双刀を操る補助に魔法を使うが、俺は戦闘のメインが魔法だ。フウがこの世界での制限を受ける量は、桁違いに少ない。
「まあ俺にしても、自分が不利になる状況に陥るつもりはありませんが」
出来る事なら研究だけに労力を割きたかったが、こうなった以上は動くべきか。面倒だが、こればかりは仕方が無い。
「何とかなるのかね?」
「要するに、不利な状況に追い込まれないよう立ち回ればいい話ですから。手段を選ばず動けば問題はない」
相手の感情を逆手にとる、場所の利をとる、立場を利用する。相手はまだ未熟なガキだ、搦め手でも何でも使えばどうにでもなるだろう。
「ただ、穏便に済ますという約束事だけは、破棄させて頂きますが」
「そうだな、それは構わない。……それと」
頷いた後1度言葉を切ったラルスは、目を閉じ葛藤を振り払う様子を見せた後、強い視線を向けてきた。
「魔法具無しでの魔法行使の許可を出そう。そして……いざというときは、闇属性の魔法を、使用して構わない」
ヴィルヘルムとミアが大きく息を呑む。躯に緊張が走るのを抑え、目を眇めてラルスを見返す。
「……大胆な事を仰いましたね。前者はともかく、後者は」
「元々君は闇属性の人間だ。魔法を使わない意味など、忌避される度合いを減らす程度。君は今更そんな事を気にしないだろう」
「ええ、まあ」
フウに言ったように、闇属性は教会の意図により忌避されている。今俺の事を容認している生徒達は、俺が闇属性の魔法を使用しないからこそ許せている部分もあるだろう。魔法を見れば、恐怖が勝る可能性が高い。
ただ、それを俺が気にする事は今更あり得ない。問題は、闇属性の魔法の危険性だ。
「貴方は正しく危険性を理解している。それでも使って良いと?」
闇属性は殺傷性が非常に高い上に規模が大きい。迂闊に使用を許す事は出来ない筈なのだが。
だが、ラルスは俺の問いかけに、躊躇いもなく頷いた。
「君が今までピエール氏の元で保護されていた事、君の今までの慎重な魔法行使とその技術。見せてもらった全てから判断して、君を信用させてもらうよ」
「…………」
ただのお人好しと断ずる事が出来るなら、楽だった。だが、この人の言葉はそんな中途半端なものではない。
本心から出た言葉、信用。よくもまあ、そんなものを向けられたものだ。
「甘いですね、貴方は」
「そうかね?」
動じる様子もなく聞き返す彼に、頷く。
「俺が貴方に全てを見せていない事くらいご存知でしょうに。貴方を騙しているのかも知れませんよ」
「前にも言った気がするが、本当に騙すならそんな事は言わない。それに私は、君のその徹底的な在り方を尊敬しているんだよ」
年長者が年下に向けるには余りにも相応しくないその言葉には、苦笑を浮かべるしかなかった。
「さて、そんな事を他者に、それも貴方に言われるとは思いませんでしたがね」
成し遂げてきた事も在り方も正反対。俺の在り方は寧ろ否定すべきである筈の彼の言葉を婉曲に批難するも、彼は動じない。
「本心だよ。君には分かるのだろう?」
「やれやれ……貴方も人が悪い。良いでしょう、魔法具無しでの魔法行使は近いうちに。そして、必要ならば闇属性の魔法を見せつける事にします」
素直に出てきてしまった言葉に内心自嘲する。化け物相手に何をと弾いていた言葉をまともに受け入れてしまっている辺り、完全に彼のペースだ。
「魔法具制作の資格については、私が手を回してみよう。知人に資格を持つ人がいる。推薦状も可能かも知れない」
こちらの譲歩にすかさず見せてくる飴に、けれど応じない訳がなく。
「その件ですが、やはり資格に必要な技能や知識は学ぶべきかと思います。こちらの世界では魔法具をほとんど使わない為、然程研究されていません。見よう見まねで制作や修復を行っていますが、穴はあるでしょう」
「フウの魔法具を見る限り、問題はなさそうだがね。学びたいなら、学院の図書館に書籍はある。技術はあるのだからそれで十分だろう」
「分かりました。……資金ですが」
現状手持ちのないこちらの事情を理解している彼は、あっさりと頷いた。
「当座の費用として渡した分含め、君が依頼をこなし次第で良い」
数日前に2人で話した時、借りを作るばかりの関係を拒絶したのを踏まえた上での提案。在り方を認める一方で、保護を確実に行っている。
今はまだ、それを不要と言い切るだけの力が無い。だからこそ、素直に受け入れるしかない。
「ありがとうございます。正直、助かります」
「……こうして話し合ってみると、本当に問題が山積みだったんだね」
だが、そう言って小さく息を吐き出すのを見て、彼も存外焦っていたのだと知る。四家に俺個人が逆らったという事は、それだけ重大な事態なのだろう。加えて俺の持つ問題を突きつけられては、動揺しない筈もなかったか。
「俺1人で何とかするつもりでしたが……未熟でした」
素直に非を認める。時間がない事もあって今まで1人で全てを進めてきたが、捨てていた部分が多かった。それが早くも表面化した瞬間に接触してきた彼は、やはり優秀な政治家だ。
「君も一学生だ、もっと頼ってくれて構わない」
「いえ、こちらにも立場がありますし……侯爵である貴方に余り頼りすぎると今後厳しいので」
「……その点、君は妥協しないのだね。まあ、当然と言えば当然か」
苦笑して引いた彼は、だがあくまで俺の意思を尊重している。その点、この人はお人好しなのだろう。
この世界に落ちて、様々な問題を抱えて、数え切れない程の制限があって。これ程利用される隙がある俺をただ保護しようとする彼の元に来たのは、唯一の幸運と言うべきだろう。
「それでは、これで良いですか?」
「ああ。後は……今の所、君に任せても大丈夫そうな事ばかりだからね」
そう言って、ラルスが立ち上がる。含みのある言葉に首肯して、俺も立ち上がった。丁寧に一礼する。
「改めて、世話になります」
それを見たラルスは、一瞬奇妙な表情を浮かべた。驚いているようでどこか柔らかいその表情のまま、返す言葉を紡ぐ。
「君は……いや、良い。私も出来る限りの事をさせてもらうよ」
それだけを言って、彼は部屋を出て行った。それを見送って、途中から黙り込んでしまっていた2人を見下ろす。
「用は終わっただろう。出て行け」
その言葉に、ミアは戸惑う様子を見せた。元々部屋に来た目的を忘れていないのだろう。それも分かって言っているのだから、無視するが。
だが、もう一方の反応は、予測からややずれていた。
「……ノワール。出来れば2人で、話がしたいんだ」
無意識だろう、今まで目を合わせる事を避けていたヴィルヘルムが、俺を真っ直ぐ見据えてそう言ったのだ。




