訓練場にて 〜Rouge〜
学院から帰ってくるなり、ノワは私を連れて訓練場へと閉じこもった。カリナさんに「誰も入らない状態で使いたい」と頼み込んで、あっさりとOKを貰ってた。ヴィルさんもミアもユハナも家に帰ってからは結構忙しくて、魔法を練習する事は滅多に無いらしい。
「変なの。魔法って帰ってからも練習しないと忘れそうなのに」
「貴族だからな、魔法以外にも学ぶ事は多い。特にミアとヴィルヘルムはほぼ成人に近い。学ぶべき事は多いだろう」
そう言うノワも、あっさりと訓練場を明け渡した3人にちょっと眉を顰めていた。私に魔法の練習の常識を教えたのはノワだから、当たり前か。
「で、ノワは何がしたいの? 魔法の練習っていうの、ちょっと違うよね」
カリナさんに説明してた訓練場使用の目的であるそれは、多分違うと思った。だって、それだけなら私まで引っ張り込まないし。
「ねえ、何かあったの?」
ノワがどことなく不機嫌に見えたからそうなのかなと思って訊いてみると、ノワが溜息をついた。
「……そんなに分かりやすいか」
「んー、何となくいつもより強引だったし、口数少ないし」
マスターの所にいるようになってから、ずっとノワと一緒にいた。ノワは分かりづらいって良く言われるけど、私は何となくなら分かる。
「学院で絡まれた。その事自体はどうでもいいんだが……」
言葉を濁らせるノワに首を傾げると、ノワは小さく息を吐きだした。
「ガキ相手なのに驚く程簡単に追い詰められた事が、少しな」
ノワが放課後の出来事を簡単に説明してくれる。一通り聞いて、首を傾げた。
「それ、追い詰められたって言うの?」
「相手はパーヴォラ家よりも身分が高いようだったから、こちらから手を出さない方が良い。だから反撃せずに逃げ切るつもりでいたんだが、結局四方を囲まれた。その時点で何もせずに逃げるのは無理と判断して反撃したが……あんなガキ相手にそんな判断を下す羽目になったのが情けない」
口調は淡々としていたけれど、その顔にはどことなく悔しげな色が浮かんでいる。
ノワはいつも、化け物の討伐ばかりを仕事にしている。後は呪い返しとか、協会に回された仕事として規則違反の魔法士の捕獲くらい。だから、逃げるなんてほとんど経験がない。そのせいで上手く逃げ切れなかったんだろうけど、悔しいものは悔しいみたい。それくらい良いじゃん、って私は思うんだけど。
その時、ぽんとある事が頭に浮かんで、訊いてみた。
「あれ? ノワ、前にビルに住み着いて人間と好き放題してた化け物を祓った後、中にいた一般人にばれずに逃げ切ったんじゃなかったっけ?」
「あれは疾と一緒だったからな。あいつは逃げるのも上手い。……ビルを破壊して混乱している間に姿を眩ますのを逃げるというのかは、甚だ疑問だが」
疾っていうのは、ノワが結構頻繁に依頼を受けて一緒に仕事する人だ。ノワと年が変わらないんだけど、凄く大胆というか、する事の規模が大きい。敵も多い筈なんだけど、大怪我してる所さえ見ない凄い人だ。
ノワとも対等に口をきく疾は、よく私をからかってくる。その度にすっごく腹が立つけど、でも時々、嫌われてるっていうのが不思議なくらい、優しいって感じる。
「あの時は、ビルは結局跡形もなく崩れ落ちちゃったんだっけ」
「まさか言われた通りに用意した魔道具をあんな風に使うとは思わなかったが……いや、良い」
そこで溜息をついたノワは、首を1つ振って話を変える。
「まあ、逃げる事については今後考える。フウとここに来たのは単に、互いに本気で魔法や刀を練習しておかないと鈍ると、今日の実戦で確信したからだ」
「なるほどー」
納得して頷く。ノワの指示通りいつもの半分くらいのスピードと身体強化魔法で挑んだけど、ルッソ君は全く反応出来てなかったし、ノワに至っては数え切れないくらいのハンデを付けまくって楽勝してた。このままだと、確かに鈍ってしまいそう。
「ひとまず、剣の練習をしたい」
そう言って、ノワは虚空間から刀を取りだした。ノワのと、私のと。
「魔法は無し?」
「ひとまずは。身体強化魔法は使うか?」
いつもは何でも決めちゃうノワが私に訊いてくるから、分かった。これはいつもの——剣の訓練だって。
一瞬で、意識が切り替わる。
「……そだね。いつも使ってるんだもん、使った方が良いよ」
「分かった」
ノワは頷いて、私に刀を差し出してきた。受け取って腰に差し、鞘から抜き放つ。
邪魔にならないように鞘を片方に寄せている間に、ノワも刀を腰に差し、鞘から抜き放った。
「じゃあ、お願いします」
「お願いします」
私もノワも、丁寧に頭を下げる。これは、お互いがお互いに教える時間だから。
ノワは中段に、私は右前で構えた。静かな緊張感が2人の間に漂う。
呼吸を整え集中が高まったタイミングで、同時に地を蹴った。
始まる奏で。刀が空気を斬る音と刀が重なりあう音とが紡ぎ出す旋律の中、私とノワは舞い踊る。
私が自在に振るう両の刀をノワが黒刃の刀で受け流し、反撃する。ひらりと躱し、更に攻撃を繰り返す。
魔力の流れも、体の動きも、動かしていくうちにどんどん滑らかになる。1つ間違えれば命を奪いかねない舞踏は、次第に動きが速くなっていく。
流れるような動きでせめぎ合う中、私は口元に笑みが浮かぶのを感じた。
ノワはいつも私の刀の扱いを「舞みたいだ」って褒めてくれるけど、私はノワの戦い方が好き。
無駄な動きさえも攻撃に編み込む私と違って、ノワの動きは一切無駄が無い。最小の動きで最大の効果を出せるよう、徹底的に計算され尽くした剣技。機械のように正確だけど、機械と違って無機質じゃない。有機的に臨機応変に、けれど隙を作らず、流れるように攻撃を捌いて攻めに転じる。
剣技に派手さは無いけれど、こうして刀を振るうノワの姿はとても綺麗。
それに、ノワの足捌きは凄く流麗だ。攻撃を避ける動きは無駄を無くした上で不規則なものだけど、足元は凄く安定した動きをする。ノワには自覚がないみたいだけど、それこそダンスのステップみたいだ。
そんなノワの刀と私の刀が鎬を削り合う事で紡がれる舞踏が、真剣な目で私に向かってくるノワの相手をする、無限に続くんじゃないかと思えるこの時間が。
私の、大好きな時間だ。
剣の訓練は始まるのも唐突だけど、終わるのも唐突。示し合わせたように同時に動きを止めた時が、訓練の終わり。
剣戟の余韻に耳を傾けながら、私は満足げに息を吐きだした。ノワも静かに息を吐き、呼吸を整えている。
しばらく静けさに身を任せていると、ノワが口を開いた。
「……3回」
「ん?」
首を傾げる私に、ノワは私の刀を指差して言葉を重ねる。
「俺の刀に刃を合わせたのが、3回。大分減ったが、まだ忘れている時があるぞ」
「あちゃー……」
思わず首をすくめた。刃に刃を合わせると刃毀れする。強化魔法陣が組み込まれた刀でも限度があるのだから峰で受けろと言われてるんだけど、夢中になると忘れてしまう。
最初の頃は毎回刃を合わせてしまっていた事を考えれば随分良くなったけど、それでもまだまだだ。
「刀は片刃。その特性を上手く活かせ。まだ刃の反りを利用しきれていない」
「難しいなー」
私の生まれた国で使われる剣は反りがなく真っ直ぐで、両側に刃が付いている。けどノワと同じこの刀は片刃で、大きく反っている。加えた力が刀に与える負荷とか力の増幅の仕方とか、違いが多い。ノワによると、その特徴を利用する術を身に付けて初めて刀を使いこなしているって言えるんだって。
刀を振るう時は基本何も考えないから、そういう事考えながら戦うのって難しいんだよなあ。
「……今更ではあるが、本当に何故刀を選んだ? フウは元々剣を使っていただろう。どうしてわざわざ、こんな癖のあるものを求めた」
そう訊いてくるノワは、最初に刀が良いって言った時も、私にそれで良いのかとしつこく尋ねてた。マスターも剣が良いんじゃないかって言ってきたけど、私が無理を言ってこの刀にさせてもらったんだ。
そういえば、使いこなすのが難しいこれを選んだ理由は、今まで言ってなかった。マスターは何となく分かってるみたいだったし、ノワは今までそんな事訊いてこようともしなかったから。
でも、隠してたわけじゃない。だから、素直に答える。
「だって、剣だったらマスターに教えてもらってたでしょ? 私はノワに教わりたかったし、ノワと同じ刀使いたかったんだもん」
「……そんな理由で選んだのか」
呆れ返ったような声でそう言うと、ノワは刀を鞘に収めた。
「まあ、フウに不服が無いなら良い。俺もそこまで刀を使いこなせている訳ではないが、教える位は何とかなる」
「うん、これからもよろしく!」
にっこりと笑って頷く。それにはただ肩をすくめたノワが、それで、と言った。
「どうだった?」
ノワに指導してもらった次は、私がノワに指導する番。いつも通りのやりとりを楽しみながら、私は首を傾げた。
「うーん、ノワどんどん強くなるけど、もっと力とか速さとか付くと良いね。ノワの方が力強いから、もっと手応えが強くなる筈だよ。あと、癖」
「癖?」
オウム返しに聞き返すノワに、うんと頷く。
「ノワ、いつも同じ所で動きが微妙に遅れるの。攻めやすいよ、あれ」
そう言ってから、ノワの動きを再現してみせる。ここ、と止めると、ノワが眉をしかめた。
「気付かなかったが……言われてみれば、必ずそこでフウは攻め込むな」
「あれ、気付いてなかったんだ。一瞬足上げて止めるみたいな感じだから、意識はしてるのかと思ってた」
私と同じで分かってて直しきれないんだと思ってたんだけど。でも良く考えたら、ノワは自覚してたらもっと積極的に直しそう。
「ノワが自覚してないって、珍しいね」
「そうでもない。逃げるのが苦手なのも知らなかったしな。経験の長い魔法士と違って、得手不得手が出るのはどうしようもない」
「魔法具とか詠唱みたいに?」
からかい半分に聞いたら、ノワが顔を顰めた。
「そうだな。フウの魔法制御然り、課題は多い」
「う」
さりげない反撃に首をすくめる。ノワはそれを見て、小さく息を吐きだした。
「そういう意味では、俺達がここを自由に使える価値は高いな。ここにいる間は仕事も減るし、訓練に力を注げるだろう」
「そだねー。あ、そう言えばノワ、魔法具どうするの? 先生に言われてたでしょ?」
実戦の授業のあと、レオニード先生とノワの会話を小耳に挟んだ。
『ノワールは見ている限り近接戦が得意だろう。何で弓なんだ?』
『……今まで使っていた魔法具は、既に使用限度を超えていたもので。魔力回路の合うものが無くて、これは間に合わせです』
『成程な。じゃあ、これから探すのか?』
『さあ。何せ資金の無い身なので、何とも』
ノワはそこで会話を打ち切ってたけど、何か考えがあるように感じた。それは思った通りだったみたいで、ノワは直ぐに頷く。
「ああ。フウの魔法具を造った時には知らなかったが、この世界では魔法具や魔道具を造るには資格がいるらしい。学生でも取れるらしいから、どうにかして取得してから自分で作ろうかと考えている」
「あ、その資格は学生でも取れるんだ」
魔法具や魔道具の制作に資格がいるのは、魔法士協会もこっちの世界も同じ。けど、魔法使いとか祓魔師の資格は学院の卒業が条件だから、そっちもそうなんだとばかり思ってた。
「代々制作を担う家が多いからな、自分の子供に早く資格を取らせて店を手伝わせるらしい。ただ……」
珍しく言葉を濁したノワに首を傾げると、ノワはちょっと苦い声で続ける。
「建前上は知識と技術さえあれば資格が取れるようになっているが、技術の伝承だか質の低下防止だかで、師が推薦状を書く事が前提とされている」
「うわー、それはめんどくさいねー」
魔法具や魔道具制作において、ノワが今更教わる事なんて無い。制作理論についていくつも魔術書出してるもん。
それに、師になってくれる人がいるのかも怪しい。闇属性であるノワは、それだけの理由で師事を断られる可能性が高い。
「闇属性って、めちゃめちゃ評判悪いね。アドニス国にいるっていう闇属性の祓魔師さん、そんなに悪い人なのかな?」
確かに魔法士協会でもノワは畏怖されてたけど、それは実力や魔法の威力のせい。後、魔力が暴走したらっていうのもあったかな。でもそれは大抵の幹部に言える事で、ノワだけ特別危険視されていたわけじゃない。
けどこの世界では、闇属性ってだけで扱いが酷い。側にいると殺されるみたいな扱いが当たり前で、酷い場合では殺人を快楽とするような、人とは別の生き物みたいな扱いらしい。
ある程度の評判はラルスさんに聞いてたけど、今日の放課後、ノワと別行動している間にクラスの子達が詳しく教えてくれた。その子達は、ノワは危なく見えないけど、それでも闇属性ってだけで怖いって言ってた。
その時、闇属性が極端に評判が悪いのは、アドニス国にいるっていう闇属性の人のせいなのかなーって思ったのだ。
「いや。単なる自己防衛として、利用しようとする人間達相手に力を見せつけていただけだろう。闇属性は威力が桁違いだからな、誇示すれば畏怖される。属性全体の評判の悪さとはほぼ無関係だ」
けどノワがあっさり否定するから、尚更不思議になった。
「じゃあ何で? 威力の強さが理由なら、光も似たような扱いの筈だよね」
光属性の魔法もかなり威力が強いけど、闇属性とはむしろ逆の扱いだ。どう考えても変。
そうノワに告げると、まだ仮定だが、と前置きして答えてくれる。
「この世界は宗教の影響が強い。フェロッキア教皇国に本山を置く教会が魔法使いや祓魔師を管理している程だ。この世界でいう魔法士協会だな」
「うん。それで?」
それが評判の悪さと何の関係があるのかと首を傾げれば、ノワが続けた。
「多くの宗教において、光は神の管轄、闇は悪魔の管轄という区分けがされる。闇を司る神は大抵において悪として扱われる。無論光はその逆だ」
「その考え方が浸透してるって事?」
「それもある。だが、宗教の影響を保ちたい教会があえて闇属性について誤った情報や誤解を招く情報を流し、積極的に弾劾しているのだろう。闇は悪だ、教会という善の組織に属す以上、闇属性は許されざる存在だ、と」
ちょっと難しかったけど、要するに、敵扱いする事で自分達を良く見せてるって感じかな。頷いてから、ふと不思議に思った。
「あれ? それなら闇属性の人が教会に登録出来るのはどうして?」
それだけ悪く言うなら、祓魔師として認めないとかしそうなのに。アドニス国の人、確か最高位のSランクだって聞いた。それって変じゃないだろうか。
私の素朴な疑問には、皮肉っぽいノワの声が答える。
「そうは言っても力は欲しいのさ。その心を改心させ罪を償わせる為とでも言っておけば善行に見せかけられるだろうし、その建前からいくらでもこき使える。神に許される為に善行を重ねろとか言ってな」
「うわー……何それ」
流石にちょっと嫌な感じ。思わず顔を顰めた。対してノワは、どうでも良さそうだ。
「闇属性にはそれだけの価値がある。魔法士協会とて俺が好き勝手依頼を受けるのを黙認しているのは、それを補って余りある利益があるからだしな」
「ふーん。じゃあ、疾も利益があるから見逃してもらってるの?」
「……あいつは気にするな、例外中の例外だ」
「好き勝手」って言葉で連想した名前を出してみたら、辟易した顔でそう言われた。分かったって頷いたら、ノワが嘆息する。
「話が逸れたな。まあ、資格に関しては、今後侯爵や教諭と相談してみるのも手だ。この世界に関しては彼等の方が確実に詳しいし、調べて明らかになるのを待つのもな」
「そだねー。後は、クラスで資格持ってる人がいたら訊いてみるとか?」
そう言うと、ノワは少し考えてから首を振った。
「いや、クラスの連中はまだ頼らない方が良い。ガキは損得も勝算も考えないからな、動きが読めない」
今日の事もあってか、ノワは慎重だ。何があったって怪我1つ負う事は無いのに。
「エマは? ミアの友達だし、大丈夫じゃない?」
「……彼女にも彼女の交友関係がある。その繋がり次第では、どう動くか分からない」
珍しくノワの返答が少し遅くなったのは気になったけど、答え自体はそういうものかなって思えたから、ただ頷いた。
「さて、次は実戦でもするか」
「うん! お願いします」
ノワがリミッタに手を伸ばしてそう言うから、嬉しくなって笑顔で答える。リミッタを外した本気のノワに実戦の相手をしてもらうのは凄くきついけど、とっても為になるんだ。
いそいそと私もリミッタを外して、体を温め直す。血の巡りも魔力の巡りも良くなるのを待って、私達はノワの張る強化結界の中で、全力を出し合って戦った。




