表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Noir et Rouge 〜闇夜に開かれし宴〜  作者: 吾桜紫苑
第4幕 学院編入
94/230

探索と接触 〜Noir〜

 昼食後、簡単な校舎の案内を受けた。

 校舎はL字型。縦の線の部分が学習塔で、3階に5年が、2階に6年がいる。1階には実技用の教室。横の線の部分は、2階に薬学用の教室が、3階に天文学と魔法生態学の実習用の教室が存在する。他の2つの校舎も、造りは大体似たようなものらしい。



 割と移動せずに済む設計になっているからか、あるいは授業で使用する教室など最小限知っておかねばならない所のみの案内だったからか、昼の時間はまだしばらく残されている。

 教室で何もせずに座っていると必ず誰かに話しかけられる。既に自身の設定を質問に答える形で告げ終えた俺は、図書館へと足を運ぶ事にした。ミアを始め幾人かが案内を申し出てきたが、場所さえ分かれば迷う筈もない。適当な理由を挙げて断り、1人教室を出る。


 いい加減他人と行動するのが疲れたから図書館という口実を設けたのに、案内が付いては元も子もない。ミアとその友人らしいエマがやたらと引き留めたが、半ば強引に押し切った。


 まあ、図書館へと執着する理由が分からないのだろう。通常ならばクラスに馴染む努力をするものだ。実際、フウにはそうしろと言ってある。それに、おそらく彼等はそこまで勉強熱心な訳ではないのだろう。教科書の内容を学ぶだけで精一杯だ、と昼食時に誰かがこぼしていた。


 だが、俺はある程度クラスの人間とは距離を置いておきたい——面倒事が増えかねないからだ——から、教室に残ろうと思わない。何より図書館は、俺が学院行きを妥協している理由の1つだ。



 校舎を出てしばらく歩く。研究を行う施設と校舎との狭間の位置に建てられた3階建ての建物が、この学院の図書館となる。

 流石に教育機関と研究機関の両者が利用する場所だけあって、相当な大きさだ。国でもトップレベルの知識がここに置かれていると思って良いだろう。


 ……そんな場所の門戸を開放しているこの国は、やはり平和ボケしているのだろうか。


 こちらとしては好都合だから、文句は無い。ただ、意識の緩みは十全に見えるセキュリティの瑕疵となりかねない。そっちは注意しておくべきか。


 頭の片隅でそんな事を思いながら、図書館へと足を踏み入れた。


 途端目の前に広がる無数の書棚。俺の背よりも高いそれらには、旧式の背表紙で閉じられた分厚い書籍が、隙間なく埋め尽くされている。魔力は感じないから、魔術書だろう。こんな場所に魔導書があったら管理能力を疑うが。


 ゆっくりと書棚を見て回る。それぞれが項目で分別されていて、書棚の側面に置いてある分野が書いてあった。頭の中で地図として記憶していく。

 2階、3階に上がるにつれて、内容は専門的になっていくようだ。学生が通常使うのは1階までだろう。分野の分け方からはっきり分かる。



 全ての階において、魔術書のみ置かれていた。



「…………」


 1階に下り、館内案内図を見る。どうやら奥には、地下へと続く階段があるらしい。案内図通りに階段へ向かうと、壁しかなかった。いや、壁しかないように見せられていた、と言うべきか。


「……魔力の波動を読み取って開く扉、か」


 編入試験で見た扉や学院長の部屋の扉を思えば、幻術系統の魔術があってもおかしくない。

 おそらく、ここにあるのが魔導書や閲覧制限の必要な魔術書だろう。学生が読む必要のないものや読んではならないものをまとめて置いている、と言った所か。



 ——本来俺が求めている知識は、この先にある。そして、学生の身分では見る事が出来ない。



 比較的緻密に組み上げられた魔法陣だが、その気になればいくらでも操作出来そうだ。自分の波動を認証済みのものとする程度、今この場で可能だろう。



「…………」



 1度目を閉じて、気を鎮める。魔法陣を書き換えたいという衝動を抑え、踵を返した。



 今はまだ、早い。外堀となる知識を埋めてから核心となる知識に触れなければ、知識を正しく扱いきれずに害となる。この世界の事をより詳しく学んでから研究したとしても、遅くは無いはずだ。


 そう結論づけて、俺は今回図書館を訪れた目的である魔術書を探した。






 欲しかった知識に関連があると思しきものをあらかた借りて、図書館を出る。冊数制限なし、期限はひと月とは随分と親切だ。期限を越えて所有していると魔術が発動し強制的に回収、その後しばらく使用制限がかかるというシステムあっての事だろう。


 ……妙な所で技術が進んでいる。祓魔師の戦闘能力と研究関連のセキュリティやシステムとの間に10年近い技術差があるのは、妙といえば妙だ。俺のいた世界では、まず戦闘系統の魔法や魔術が、続いてその防御魔術が、最後に研究関連の技術が進んでいたというのに。世界間の差異、なのだろうか。


 異世界に関しては、これまでなんら興味を示してこなかった。俺に必要だったのは、化け物に関する情報とそれを倒す手段のみ。化け物共の行方を調べる時と魔法士会議以外で、異世界に赴任した魔法士の報告書など目を通しもしなかった。後は魔術書程度だ。


 次にマスターが来た時にでも頼んで魔法士協会の記録を漁ってみるか。他にも研究ありきで魔術が発展している世界があるならば、この世界を理解する足がかりになるかもしれない。



 考察と今後の段取りを進めながらも、足は教室へと向かう。魔術書を読んでいる分には邪魔をされないだろう。さっさと戻って知りたい事を調べてしまうつもりだった。



 だがここに来て、ミア達が教室外での俺の単独行動を渋った理由が、動きとして浮き彫りになった。



「おっと、悪いな」


 衝撃と、わざとらしい言葉。避けようと動いた俺目掛けて大きく動いておいて偶然ぶつかったような物言いをするとは、何とも稚気に溢れている。


 考え事をする時の癖でやや俯けていた顔を上げれば、身長は然程変わらないが俺より遥かに図体のでかい少年が目の前でにやついていた。傍らには2,3人の似たような笑みを浮かべる少年達。立ち位置的に、目の前の少年の取り巻きか。


「……どこのチンピラだ」

 口の中で呟き、踵を返す。面倒事は嫌いだ、教室へと上がる階段は別にある。こんな馬鹿など避けて通るのが手っ取り早いだろう。そう思ったのだが。


「なあ、お前、編入生って奴だろ?」

 引き留めるように肩に手を置かれ、声をかけられる。どうやら向こうはこちらに積極的に関わりたいらしい。うんざりしながら振り返った。


「そうだ」

 答えながら肩の手を引き剥がす。割合力が込められていたものをあっさり引き剥がした事で、相手はやや驚きを瞳に浮かべた。それを敵意に変えて、俺に真っ直ぐ向き直る。目が、合った。


 ——目障りだ。消えちまえ。


 聞こえる声を無視して、彼の唇が紡ぐ言葉に黙って耳を傾ける。


「黒目黒髪って噂、嘘じゃなかったんだな。じゃあ、闇属性というのも本当な訳だ」


 ——図々しい。闇に生きる化け物以下の存在のくせに、堂々とこの場に立っているなんて。この身の程知らず。


「ああ」

「へえ、驚きだな」


 ——気味が悪い。その色も、持つ力も、俺達と同類と思いたくもない。


 見たくないなら見なければ良い、関わるのが怖いなら関わらなければ良い。それなのにこうして絡む理由を、本人が分かっていない。本当に、ここにいるのはガキばかりか。


「……なあ。お前、俺達の仲間になれよ」

「……何?」


 予想外の言葉に、眉を顰める。てっきりおおっぴらに悪態を吐くなり攻撃してくるなりすると思ったのだが、何故ここで仲間という言葉が出てきたのか。


「編入生で、移民で、おまけに闇の属性。周りからも受け入れられにくいだろ。俺達が色々世話してやるから、来いよ」

「……ああ、成程」


 これはまあ、考えた方だろう。目の前の男子生徒が言っているのは事実だ。これ程条件が揃っているのだ、蔑まれ嫌がられない訳がない。だが、周囲の視線からも、彼等が一目置かれた存在であるのは分かる。彼等も俺にこうして声をかけてくる事から、それなりに実力を持ち、周囲に影響力を持っているという自負があるのだろう。そんな彼等の下に付けば、確かに雑音は減る。


 こちらも孤立してはやっていけない、向こうも俺の存在を無視し得ない。ならば互いに利がある形で手を打とう。その判断をこの半日で下し実行に移したのは、なかなかのものだと思う。


 ……だが、それは感情や本音を無視すれば、だ。



 ——こんなクズを身内に入れたくはないが、敵になるよりはましだ。


 ——ああ、それにしても気味の悪い奴。


 ——こんなのがどうしてウチの学院にいるんだ。


 ——下に入れたら思う存分いたぶってやる。



 あからさまに流れ込んでくる、幼い悪意。軽蔑される対象を使いぱしりにする事で得る満足感や支配者然とした感覚を得たいが為の提案。その根底にあるのは、未知に近い危険への恐怖。

 そんなものに付き合ってやる義理はなかった。


「提案は理解した。だが、断っておく。そちらも俺とつるんで悪い評判を立てられたくはないだろう」

 人目もある事だし、顔は立てておく。下手に逆上されても困る。そろそろ次の授業の時間が近づいている、という理由で。



 だが、そんな気遣いは不要だったと、次の言葉で直ぐに悟る事となる。



「はっ……笑わせんな。誰がお前の意思を確認すると言った? 俺はお前に『来い』っつっただろうが」


「……ほう」



 表情を笑みの形に歪めたまま、少年は傲然と言い放った。これは誘いではなく、命令なのだと。わざわざ取り巻きともども拳を鳴らしながら、強迫のように1歩踏み込んでくる。



 あからさまに暴力行為を示唆するその動きに、周囲の反応は3つに分かれた。怯える者、面白がる者、幼くも確かに敵意をぶつけてくる者。共通するのは、闇への恐怖と敵愾心。


 1つ1つが余りに幼すぎるせいで、これ程の数にも関わらずなんら影響がないが。それでも数の力か、妙に鬱陶しい騒音となって響いた。


 だが、これだけ数の利と「知らない強み」があるにも関わらず、行動に移す気がないのは全員同じらしい。正直、これがこの国の精鋭となり得るのかと呆れた。



 ——ここで動けないようでは、生き残れないのに。



「お前は、俺を顎で使いたいのか」



 言いながら片目を眇め、唯一行動に出ようとしている目の前の少年に軽く魔力をぶつけてみた。魔力弾という攻撃手段ではなく、普段身から溢れる魔力の波動を少し強くした程度だが、無防備に受ければただではすまない。受けた分だけ体内の魔力が掻き乱され、脳震盪に近い状態となる。


 途端、相手の顔が強張った。険しい表情で、今まで多少は取り繕っていた悪意を露わにする。


「…………」


 無言と共に返ってきた魔力は、半分程。魔力を撥ね返せる時点でそこそこだが、それでも半分は受けてしまっている。こめかみに脂汗を浮かべていた。

 それでも虚勢を張ってこちらを睨み付けてくるその根性は褒められるものだが、生憎この場では無駄な努力だ。



「やめておけ。お前達が、俺を抱えきれるとは思えない」



 嘘でもない、強迫でもない、ただの事実。それでもこの状況では、何よりも雄弁な言となる。


「なにを……っ」

 この男もそれが分かっているのだろう。虚勢を張って噛み付くが、先程までのような戦闘意欲は見られない。


 ここまでか。そう判断して、今度こそ踵を返した。向こうも腰が抜ける様を俺に見せたくはないだろう。



「手を出されない限りは何もしない。だが、害となると判断したら容赦しない。今のうちにそれだけは言っておく」



 脅しとも取られかねないが、この程度は構わない。ざわつく背後を無視して、俺は立ち去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ