秘匿手段 〜Noir〜
うっかり連続でNoir視点にしてしまった……不覚。
あと、……R15……?
まあ、恋愛に夢のあるお方はご注意下さい。
「フウちゃん、どうしたの!?」
フウの様子に驚いたらしいカリナが、差し迫った声を上げた。ミアも強張った顔で駆け寄って来る。
「俗に言う、知恵熱です」
「……え?」
簡潔に答えすぎたらしく、2人とも間の抜けた顔を晒した。理解が追いつくように、少し回りくどい物言いを選ぶ。
「暗記を強制する魔術です。いきなり大量の情報を脳に焼き付けられたせいで、脳が処理しきれず熱を出したんですよ。こうして1度に大量の知識を覚えられる、対価とでも言うべきでしょうね」
言いながら、転移魔法でフウを部屋に送り込んだ。無事ベッドに収容して、2人に向き直る。
「とりあえず部屋に寝かせました。2,3日もあれば回復しますよ」
それを聞いたカリナが、何も言わずに部屋から出て行った。フウの様子を見に行ったようだ。
「……看病は不要なのだが」
「そういうわけにもいきませんよ、ノワール」
何となく呟いた俺を、ミアが軽く咎める。視線を向けると、言い聞かせるような物言いで説かれた。
「仮に貴方達が今までそうやって生きてきたとしても、パーヴォラ家では通用しません。病人をただ寝かせるだけだなんて、絶対に許されません」
「病人でもないがな。まあ、好きにしろ」
あっさりと頷いた事が意外だったようで、拍子抜けしたような様子を見せる。
「別に拘る気はない。俺達にとってそれが常識だったというだけで、押しつけようとも思わん」
どちらが正しいというわけでもない、どうでも良いことだ。それで満足するならば、勝手にすれば良い。強制されなければ興味は無かった。
「……それで、どうして私が嫌なのですか?」
好奇心の目立つ声に視線を下げると、ミアが俺を真っ直ぐ見上げていた。ここは言い渋るべきかと一瞬迷い、別に必要無いと判断する。
「大抵の年頃の女は、嫌がるだろうからな。その手のことに夢を見るらしい」
よく分かっていない様子のミアに、聞いてみる。
「口で説明されるのと、実際に試すのと、どちらが良い。おそらくお前は、説明された方が良いはずだが」
そう聞くとミアは、しばし考えて答えた。
「試してみて下さい。やはり、何かあった時の手段は確保しておいた方が良いと思います」
何があろうと学校で飲む気はない……と、言っても無駄なのだろう。事実、普段の俺なら賛成している。
——血を飲む、という、嫌悪の念しか抱かない行為でなければ。
だが、ミアがそう言うのならば別に構わない。
そこまで考えたところで、以前似たような状況でやたらと怒る女がいた事を思い出し、防衛線を張る。
「……苦情は受け付けないぞ」
何故かミアは、そこで挑発的に言い返してきた。
「そういうノワールが、実は気が引けるのでは?」
「吸血行為が、な」
そう答えてミアを引き寄せる。ミアの顎を軽く持ち上げ、そのまま口付けを落とした。
「……!」
いきなり暴れ出した躯に腕を回して引き寄せ、押さえ込む。舌で唇を開かせ、口の内側、目立たない部分に、浅めに牙を立てた。
口の中は出血しやすい。溢れ出した血を、零さないように慎重に飲んだ。舌で血をすくい取り、ゆっくりと飲み下す。
「——!————!」
喉の奥で呻く少女が酸欠になっていないことを確認して、適当なところで傷口を舐めて塞ぎ、ミアを解放した。
強い力で俺を押しのけ、ミアが俺から離れる。紅潮した顔でへたり込み、睨み上げてきた。
「……こんな方法しか思い付かないなんて、どういう事ですか!」
苦情は受け付けないと言ったはずなのだが。どうせ説明は必要だと分かっていたので、冷静になるように言い聞かす。
「どの部位であれ、噛み付いているところを見られれば、吸血鬼である事は直ぐにばれる。ならば、噛み付いているように見えなければ良い。これならさほど違和感はないだろう。いつ俺達がそういう関係になったのかと詮索されかねない、という難点はあるが、まあ適当に答えておけば満足するはずだ。そうそう直ぐには学校で飲まざるをえない事態にはならないだろうしな」
それに、普通に飲むよりも効率が悪いようだし、ミアに酷く抵抗があるだろう。最終手段である事は確かだ。
「だからと言って……」
しかし、尚も食い下がろうとするミアに、流石に溜息が漏れた。
「言ってあったろう、お前の気の進まない方法だと。苦情を受け付けないとも言った。あれだけ警告して、それでもと望んだのはそっちだ」
言葉を詰まらせたミアの腕を掴み、立ち上がらせる。まだ足つきが怪しいので、そのまま椅子に誘導して、自分も席に戻る。
「さて、俺も一応、一般教養とやらを確認するか」
文明発展度からして何の障害もないとは思うが、念の為だ。
机に置かれた算術の教科書に手を伸ばし、適当にめくる。直ぐに目を上げた。
「これは何年の教科書だ?」
「……4年生です」
未だ不機嫌なミアの返答を聞き、黙って机の上に視線を走らせる。置いてあるのは、1年から5年までの教科書。5年の教科書の内容を、魔術で読み取った。
「…………」
小さく溜息をついて、社会の教科書も同様に読み取る。言語は5年の教科書に目を通して、直ぐに閉じた。
「ノワール、今のはもしかして……」
一連の作業を無言で見ていたミアは、大体の事を察したらしい。首肯してみせる。
「今まで読んだ書物だけで十分だ」
算術など、元の世界で言う数学の基礎レベルだ。フウが手間取っていたレベルで1年と言うからもしやと思えば、やはりあくまで一般常識程度しか求められていないらしい。
「貴方は本当に、私達からすると、異質ですね……」
感嘆と呆れの入り交じった言葉は流す。今更過ぎて、反応する気も起きない。
「こちらの魔法についてもおおよそ分かった。筆記は問題無いだろう」
試験の時、こちらにある理論を否定するような事を書かないよう、細心の注意を計ればいい話だ。……フウにどう説明するべきか、難しいところだが。
そうと分かれば、ここに居座る理由はない。立ち上がり、踵を返した。
「どちらへ?」
何故か付いてこようとするミアを一瞥し、答える。
「部屋に。リミッタの制作を始める。夕食時には降りるから、それまで邪魔をするな」
返事を待たず、自室に転移した。




