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背景 〜Noir〜

「まず、この世界について、説明した方が良さそうだな」


 お父様の言葉に、ノワールが頷いた。それを見たお父様が、基本的な所から始める。

「この世界には、10の国がある」


「10?」

「フウ、しばらく黙っていろ」

 フウの素っ頓狂な声に、ノワールがぴしゃりと言った。フウが不承不承頷く。


 ノワールに視線で促され、お父様が続けた。


「この国、ルーラ王国は、特筆すべき特徴はあまりない。あえて言うなら、農作物が豊かなことくらいか。カラルは魔法の研究が進んでいるから、それなりに魔法が優れている、とは言えるが。魔法の研究のみに焦点を絞り、国民の半分以上が魔法使いであるアドニス皇国には、遠く及ばない」


 残る国は、8つ。1度言葉を切ったお父様が、咳払いをして、続けた。 


「武の国エルトリア王国。この国では、ただひたすら、戦う強さが評価の基準になると聞く。魔法使いや祓魔師はほとんどおらず、時折、強化魔法を得意とする祓魔師が現れるくらいだ。

 哲学の国、ククル共和国。学者志望の者は、皆ここの国立大学を目指す。世界の自然現象の秘密を解明すると豪語しているが……」


 お父様の顔には、ありありと胡散臭げな表情が浮かんでいる。ククルについて話す時、たいていの人は同じ顔をする。

 けれどノワールは、その話を聞いても、胡乱げな表情はしない。寧ろ、エルトリアの話を聞いた時より、抵抗はなさそうだった。


「神の国、フェロッキア教皇国。神の加護が最も強い国と言われ、国民の誰もが信心深い。神話について、1番詳しい書物があるのも、この国の図書館だ。

 アドニス、エルトリア、フェロッキア。この3国が、10カ国の中で強い発言力を持つ。

 そして、ルーラと同じくらいの大きさで、海に面しているため多くの海産物の取れるシルラ王国は、実践的な魔法に優れているものが多い。

 残りの国は、ルーラよりも更に小さい。妖精の国、エルラ国。精霊の国、フォレス国。龍と竜人の国、ドラリア国。そして」


 そこで言葉を句切り、お父様はノワールを中途半端に見やりながら、躊躇いがちに言った。



「……吸血鬼の国、ヴァスト国」



 彼の目が、鋭く光る。よく通る低い声に、険吞さが宿った。


「国の保護下にある吸血鬼の集落が存在するだけでなく、国まであるのですか」

「そうだ。ルーラ、エルトリア、ククル、フェロッキアという、人間の多く住む国にそれぞれ1つずつ集落が存在し、それとは別に、吸血鬼達が集まる国がある。ヴァスト国に隣接しているのは、ルーラとシルラ、エルトリア。どの国も、魔力の多い人間が多い」

「抑止力と、餌の確保のためでしょうね」


 感情を無理に抑えた声でそう言って、彼は続きを促した。お父様も、静かに頷く。


「魔法使いと祓魔師の違いも、説明しておこう。魔法使いは魔法を研究し、生活に役立つ魔法を専門に扱う。対して祓魔師は、魔物を祓う事を専門にする。勿論、魔法使いが魔物を倒す技を知らないわけでも、祓魔師が魔物を倒す事しか出来ないわけでもないが、基本的に分野の住み分けをしている。君達は、祓魔師を目指すことになるのだろうな」


 フウとノワールが、同時に頷いた。


「魔法使いや祓魔師になるために必要な過程は、もう聞いたのか?」

「魔法学校を卒業した者のみが、資格を取れると」

 ノワールの返答に、お父様が頷く。


「詳しく説明すると、魔法学校を卒業するために試験を合格せねばならず、その上で、資格取得試験が必要だ。どちらの試験も、筆記と実技がある。魔法使いの試験は筆記重視で、祓魔師の試験は実技重視という違いはある。……資格以前に、魔法学校の卒業試験でつまずく者が、少なくないが」


 この言葉を聞いて、私とお兄様の背筋が伸びた。ノワールとフウは相変わらず。


「後は、そうだな……、この世界では、国の住み替えが多い。魔法使いはアドニスを目指し、信心深い者はフェロッキアを目指す。その国の領地を治める貴族の跡継ぎでもない限り、成人後に己に合った国へ移動するのが常識だ。検問で1度魔法具を検査されるが、基本的にどの国も移住者を受け容れる。王国は王に、皇国は皇帝に、教皇国は教皇に、移住申請をする。共和国は……、役所だったな」


「この世界での、旅人の扱いは」

「旅人は、いくつかに分類される。まず、先程説明した移住者や、貿易を行う商人。彼らが雇う護衛の兵士や祓魔師。依頼を受けて魔物の討伐を行う、祓魔師や魔法学校の学生。学生は、フェロッキアに留学する事もある。後は、移民。常に様々な国を渡り歩いて生きている。民族的な慣習の場合も、個人的な事情を持つ場合もあるが。君たちは、後者の移民だった、という事にしよう」

「妥当でしょうね」

 ノワールは簡単に頷くけれど、1つだけ心配だった。


「移民には、いろいろなルールがあるそうです。彼らはそれを知りません。どうなさるのですか?」

 意外な事に、ノワールがその質問に答える。

「大体想像はつく。話を合わせる程度は出来るだろう。後でフウにも教え込んでおく」


 それを聞いたお父様とお母様が、驚いた顔をした。けれどノワールはそれを無視して、お父様に続きを促す。


「後は、エルラ国、フォレス国、ドラリア国、ヴァスト国についてだが……、これは後日でもいいだろう。それより先に、この国の魔法について、話しておこうか」

「……一応、集落にあった魔術書は読みましたが」


 ノワールが、苦々しい声でそう言った。それを聞くフウも、あまり楽しそうな表情ではない。


「だったら話は早いか。吸血鬼は、魔法に関して、かなり深い造詣を持っている。彼らの魔術書が理解できたのなら、問題無いだろう」

 ノワールが、深々と溜息をついた。それを見たお父様が、首を傾げる。


「どうかしたかね?」

「これで、詳しいのですか」


 虚空から魔術書を1冊取り出して、ノワールが尋ねた。お父様がその魔術書を受け取り、ざっと目を通した後、頷く。


「ああ、十分だと思う」

「……そうですか」

 かなり落胆した顔のノワールが、諦め顔で頷いた。フウも、何ともいえない表情を浮かべている。


「では、魔法具の説明をお願いできますか。編入において、俺の懸念事項はそれだけなので」


 奇妙な事を言い出すノワール。何故、魔法を自在に操れる彼が、魔法具を用いる事に不安を覚えるのだろう。


 お父様も不思議だったようで目を瞬いたけれど、言及せずに説明を開始した。


「それだけの知識があれば分かるとは思うが、魔法具は魔法の補佐具で、様々な形がある。単純な杖の形は勿論、ほぼ全ての武具の形状が揃っていて、武具元々の用途でも用いられる。普通の武具と違って、魔物でも攻撃できるから、魔法を使うほど魔力が残っていないときなどに役に立つ。魔法具は、その原料によって持つ特性が異なり、魔法で様々な属性を付加させる事もできる。私の剣で言えば、君の魔法具の特性を吸収したあれが、特性だ。属性付加としては、剣なら鋭さを増すような魔法だな」


「魔法の補佐についてですが。どのようなプロセスで補佐するのでしょうか」


「基本魔法具を用いるときは、まず始めに、魔法具に己の魔力を流す。すると魔法を用いる時、魔力の錬成を自分の体の中で行わなくとも、魔法具がその魔法に最適な形にしてくれる」


 ノワールが、低く舌打ちした。苦々しい表情を、フウが見上げている。


「……何か、問題があるのかしら?」

 お母様の問いかけに、ノワールはゆっくりと首を横に振った。


「その話は後で。では、後今すぐ必要な知識は、この国について、ですかね。具体的には、吸血鬼に関わることで」

 お父様は少し躊躇った様子を見せたけれど、結局口を開く。



「この国は、というより、人間の住む国は、吸血鬼と契約を結んでいる。餌の提供と、魔物の討伐数の交渉だ」



 反射的にノワールの表情を伺うと、彼は軽く目を眇めるところだった。


「生態系の維持に関し、魔物側の主張を、吸血鬼が代表して行っているという訳ですか」

「その通りだ」

「魔物の代表という名目で魔物どもに恩を売り、人間への影響力を持ち、己の餌も確実に確保できるようにしている、と。奴らにとって、良い事づくしですね」


 皮肉に満ちたノワールの声に、フウがはらはらした顔をしたが、彼はそれ以上何の反応も示さなかった。



 変わった、と思う。なんだか彼は、随分冷静に見えた。吸血鬼だというだけであれだけの憎悪を見せていたのが、嘘のようだ。今はそれどころではないと弁えているのだろうけれど、それだけでは説明がつかない気がした。



 さっき下で話した時、彼に呑まれた自分が悔しくて、腹立たしくて。覚悟を決めていたはずなのに、彼に怯えた自分が許せなかった。



 だから、もう1度覚悟を決めて、彼の言葉に惑わされないよう、しっかり言う事を考えて戻った。



 フウの傷付いた表情を見たからか、随分酷い事を言ってしまった。お母様は文句を言ったけれど、殴られても文句は言えなかった。あの時、私の言葉に耳を傾けていた時点で、十分だったのに。



 結果的には、彼に何かを吹っ切らせるきっかけになったようだから、良かったのだろうけれど。



「——ミア、どうかしたのか?」



 声をかけられて、我に返った。お父様が、心配げに私を見つめている。


「いえ、何でもありません」

 慌てて首を振ると、お父様はしばらく心配げに私を見つめた後、話に戻った。



 何となく、ノワールの方を伺う。彼は、私の異変など欠片も興味を示していない様子で、お父様を見据えていた。


 けれど。彼が、最初からずっと私の様子を見ていたのでは、そんな気がした。


長くなるので、1度区切ります。

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