決意 〜Rouge〜
帰ってきた僕を、門番の兵は温かく迎えてくれた。
「お帰りなさい、ヴィルヘルム様。お父上が心配していらっしゃりましたよ」
その言葉に、思わず首をすくめる。何も言わずに飛び出したのだ、当然だろう。ユハナの口からミアの件を聞いたと知っていれば、集落に行ったのではと、気が気でなかったかもしれない。事実、行ってきたのだけど。
あの場所から無事帰って来られたのは、ひとえにフージュと——ノワールの、おかげだ。
「心配かけてすまない。僕は無事だ。……直ぐにでも父に顔を見せたいのだけど、通って良い?」
「勿論ですよ。早く行って差し上げて下さい」
笑って通してくれた兵にお礼を言って、僕は門を通り、家へと馬車を向けた。
(……おい、何時までこれに乗らなきゃいけないんだ)
心底嫌そうな声が突如頭の中に響いて、危うく手綱を取り落としそうになった。
「中に入ったし、転移は目立つよ。……って、聞こえないか……」
(聞こえている。そんなに転移魔法は珍しいのか)
独り言みたいで怪しいので、小さな声で答えてみた。
「……珍しいも何も、特異技能と言われているよ。近距離ならともかく、遠距離の魔法は特殊魔法に分類される」
声にならない溜息が聞こえた気がして、思わずちょっと笑った。余程ユーナが嫌みたいだ。
「あと3分とかからないよ。魔力量が半端ないから、ユーナも張り切ってる」
(普段けちりすぎだろう。俺は大して注いでいない)
無茶苦茶な答えが聞こえてきた。あれを大した事ないと言ってしまえば、大概は「とても少ない」になってしまう。
目を逸らしていた不安が湧き上がる。彼は本当に、この世界の学校で、生活していけるのだろうか。
常識も理論も全く異なる世界で生きてきた彼が、時代遅れと彼自身が言い切った魔法理論しかないこの世界でどれだけ目立つか、想像も付かない。そんな中、彼の特殊性に目を付けて追ってくる人もいるはずだ。そうなると、秘密がばれてしまう恐れがある。吸血鬼を見分ける方法は、既にいくつか確立しているのだから。
もし、彼が吸血鬼であることがばれたら——ミアは一生、人と共に生活できない。その上、彼を匿う予定の僕の家も、ただでは済まないだろう。
(心配しなくても、その辺りは上手くやる)
素っ気ない声に、思わず言い返してしまった。
(僕の頭の中を読まないでくれよ)
(これはそういう魔法だ。……随分慣れたな)
気付けば声に出さずに言葉を届けられるようになっていることに気付き、苦笑した。
(何だかね……、僕も、非常識に染まってきているみたいだ)
(俺達にとっては常識だがな。一応取り越し苦労を解消しておくと、俺の魔力は妖力を完全に消しているから、気付かれる可能性は限りなく低い。吸血鬼を見分ける方法を知っているから、対策も出来る。誤魔化すことは訳もない)
他人に興味なさそうな様子を見せながらも、随分気を遣ってくれている彼に、素直に礼を言った。
(そっか、安心したよ。ありがとう)
(…………)
返事は帰ってこなかった。照れているのかな、と思った矢先に、声が響く。
(……聞こう聞こうと思っていたが、ヴィルヘルム、お前は——)
「ヴィル様、お帰りなさいませ!」
いきなり声が鼓膜を震わせて、僕は慌てて前に意識を向けた。
無意識に手綱を操っていた結果、いつの間にか屋敷に帰り着いていた。左右対称に作られた広い庭に、煉瓦造りの、少し古風な屋敷。
懐かしの我が家だ。実際は1月も経っていないけれど、いろいろあったせいで、本当に久しぶりに感じる。
門番の兵から連絡でも受けたのか、使用人達が屋敷から出てきて、僕達を迎えてくれた。彼の言い差した言葉が気になりはしたものの、僕は迎えてくれた使用人達に、言葉を返す。
「ただいま。急に飛び出してごめん。心配かけてしまったみたいだ」
「本当ですよ、ヴィル様。私達使用人一同、本当に心配したのですよ。ミア様を追って吸血鬼の集落目指し、あの草原に入ったのではと、旦那様も気が気でなくて……」
父上はお見通しだったようだ。苦笑して、首を振る。
「流石だなあ。実はその通りなんだ。……それで、その事を、今から父上に相談したくて」
「相談……?」
怪訝そうな表情は、馬車の中の3人を見た途端、驚きに様変わりした。
「ミア様!? それに、そちらの方々は……?」
「彼らは、僕達の命の恩人だ。それから、ミアの事はまだ口外しないでおいてくれ。説明も、父上に相談してからだ」
使用人達は僕が何も言う気が無いのを察して、黙って頷いてくれた。
「ありがとう」
お礼を言ってから、3人に降りるよう促す。素早く腰を上げて1番に降りたのは、やっぱりというか、ノワールだった。せいせいしたと言わんばかりのノワールに続いて、フージュが馬車から飛び降りる。最後にミアが、1歩1歩踏みしめるように、馬車の段を下りた。
ああそうだ、と思う。ミアは、ここに2度と帰ってこないと覚悟を決めて、あの集落へ向かった。また帰って来られて、本当に嬉しそうだ。あんな顔を見てしまっては、これからの父上との交渉、本気で頑張らなければ、そう思う。