↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探索者事務所をクビになった気象予報士ですが、ダンジョンの天気予報配信がなぜか攻略組の命綱になっています  作者: ま
第二章「右に振れる針」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/20

第15話 一人きりの予報士たち



 朝の六時、組合の四階は、まだ電気が半分しか点いていない。

 放送部屋の机に、祖父の気圧計を置く。

 針は、右に振れたままだ。


 パソコンを開くと、夜のうちに届いたメールが四十通を超えている。

 件名は、どれも短い。

 富良野、六時、第一層。秩父、五時半、苔の写真。阿蘇、結露なし。


 昨夜、掲示板を閉じたあとで、全国の予報士に一斉にメールを送った。

 明日の朝、潜れる人は、第一層の苔と天井の結露を見て、写真を送ってください。

 予報ではない。観測のお願いだ。


 写真を一枚ずつ開いていく。

 苔は、どこも白い。

 天井には、結露の粒が一つもない。

 乾いた岩肌が、懐中電灯の光を跳ね返しているだけだ。


 結露は、空気の中の水が冷えた天井に付いたものだ。

 それが消えているということは、水ごと、空気が下へ持っていかれている。


 電話が鳴った。

 北見さんだ。



『雨宮さん、写真見たかい。うちの一層、天井がからからだ』


「見ました。どこも同じです」


『それとね、昨夜から気になってたことがある。言うかどうか迷ったんだけど』



 北見さんは、少し間を置いた。



『この一週間、うちの予報、ずっと早かったんだよ。夕方の不安定が、言った時刻より五分、十分早く来る。毎日だ。腕が落ちたんだと思ってた』



 私は、ペンを止めた。



「北見さん。それ、全国版の前の日も、ですか」


『前の日がいちばんずれた。十二分』



 電話を切ってから、自分の観測ノートをめくる。

 全国版の初回の晩、私は答え合わせで謝っている。

 前の日の第十一層の不安定は、十六時五十分に始まった。十七時までの撤収と言っていたから、十分早かった。

 縦穴の補正を入れても、そのずれは消えなかった。


 メールの受信箱に戻る。

 届いた観測の最後に、何人もが、同じようなことを書き添えている。



『関係ないかもしれませんが、この数日、予報が早めに外れていました』


『自分の読み違いだと思って、誰にも言っていません』


『うちだけかと』



 ダンジョンの予報士は、半分以上が一人きりだ。

 外れても、隣の机に相談できる人がいない。

 だから、みんな、自分のせいだと思って黙っていた。


 私も、そうだった。


 ホワイトボードに、日付を横に並べる。

 その下に、届いた「ずれ」を一つずつ書き込んでいく。


 富良野、秩父、阿蘇、新宿第一。

 どこも、遅れたのではない。早かった。

 そして、日を追うごとに、少しずつ大きくなっている。


 夕方の不安定は、空気の重いところに、上から空気が流れ込んで起きる。

 それが、どこでも早く来ていた。

 下から、誰かが空気を引っ張っていたからだ。


 吸い始めたのは、あの揺れの夜ではなかった。

 その一週間前から、ダンジョンは、少しずつ息を吸っていた。

 私の十分のずれは、その息の始まりだった。




◇




 十時に、灯台の四人が放送部屋に来る。



「上層なら、今日も潜れる」



 神崎さんが言う。

 白い層は、モンスターがほとんど動かない。組合のお願いも、第五層より上は止めていない。



「縦穴を、見てきてほしいんです」



 私は、赤い糸を四本、机に並べる。

 第十二層の縦穴の縁で、神崎さんたちの前に垂らしてみせた、祖父の道具だ。



「第一層から第五層まで、縦穴の縁で糸を垂らしてください。どっちになびくか、どれくらい強いか」


「風上とかじゃなくて、上か下か、ってことですよね」



 美羽さんが、カメラの電池を確かめながら言う。



「はい。たぶん、下です」



 悠真さんが、黙って手帳を開く。

 七年分の、各層の縦穴の位置と太さ。

 その上に、私は全国版で使っている新宿第一の地図を重ねる。


 縦穴は、第五層までに、大小あわせて三十一本ある。

 でも、ほとんどは途中の層で行き止まりになる。

 下の層まで、途切れずにつながっている穴は、ほんの数本しかない。



「吸うときに下へ強く引く穴は、吐くときに、いちばん強く吹き上げる穴です」



 大河さんが、地図をのぞき込む。



「煙突ってやつか。第二十層の大階段みたいな」


「はい。それが、どこにあるのかを知りたいんです」



 四人を送り出して、美羽さんの配信を画面の端に出す。

 第一層の白い苔が、ゆっくり流れていく。


 "朝から灯台の配信だ"

 "何してんの、糸?"

 "お姉さんの赤い糸だ"

 "ほんとに下になびいてる"


 最初の縦穴の縁で、美羽さんが糸を垂らした。

 赤い糸は、まっすぐ下を向いている。

 穴の底へ、吸い込まれるように。


 第十二層のあの縦穴では、糸は上になびいた。

 下から、かすかな風が吹き上げていた。

 今は、逆だ。




◇




 午後三時、四人が地上に戻ってくる。


 悠真さんの手帳の縦穴に、神崎さんが赤いペンで印を付けていく。

 糸がほとんど動かなかった穴には、何も付けない。

 糸が下を向いた穴には、丸。

 糸が穴の中へ引っ張られて、指に力を入れないと持っていかれそうだった穴には、二重丸。


 二重丸は、三つだった。


 一つは、第一層の北の、いちばん太い穴。

 残りの二つは、東の区域と、南の古い水路の脇。

 悠真さんが、その三つに指を置く。



「……三本とも、十五層まで抜けてる」



 低くて静かな声だった。

 大河さんが、へえ、と言いかけて、やめた。


 十五層より下は、手帳にない。

 けれど、三本とも、深い層へまっすぐ通じている。

 吐くとき、下に溜まったものは、この三本を駆け上がってくる。


 ホワイトボードに、新宿第一の煙突の地図を描く。

 三本の縦穴。その周りの通路。

 そこから離れる道と、近づいてはいけない道。


 夕方になると、全国の予報士から、同じような地図が届き始める。

 富良野は二本。秩父は一本。阿蘇は四本。

 それぞれの予報士が、それぞれのダンジョンで、糸を垂らしてくれたのだ。

 手書きの地図の写真もあれば、方眼紙に定規で引いたものもある。


 全国の煙突が、少しずつ埋まっていく。

 どこへ逃げればいいのかは、分かり始めた。


 でも、いつ逃げればいいのかは、まだ分からない。


 吸い始めたのは、一週間前。

 あの揺れの夜に、一気に強くなった。

 深い層の魔素は、一日に二割ずつ上がっている。


 いつまで吸い続けて、いつ吐くのか。

 私の手元の数字だけでは、その先の線が引けない。


 クレストダイブのアタックまで、あと二日。


 ドアが叩かれた。

 隊長が、顔だけ出す。



「雨宮さん。下に客だ」


「どなたですか」



 隊長は、少し妙な顔をした。



「ソラミルを作ってる会社の人だ。あんたの予報と自分たちの予報を、並べて見に来たと言ってる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。