第49話 なぜ二階堂くんだったのか
鷹宮探偵事務所・社長室―
「二階堂くんには先に帰ってもらった。
またキャンパスで会うだろうから」
ソファに深く座っている鷹宮先生は、こう言った。
だけど―
マモルは、もう私を相手にしない気がする。
こう考えてしまい、顔がこわばってると、自分でも分かる。
「ところで―
これは鷹宮探偵事務所の社長としてではなく、1人の人間として聞きたいことがある。
完全に余計な話だが、聞いてもいいかい?」
光星師さんといい、余計な話が多い。
だが、社長にダメとは言えない。
「構いません。
なんでしょうか?」
「私には、どうしても分からないんだ。
なんで二階堂くんだったのか?
もちろん、最初は、移動手段としてのカローラと運転手だったんだろう。
だけどね…
なんでずっと二階堂くんだったのか?
私も探偵の端くれなんで、キミがクラスのアイドルなのは知っている。
男子大学生だけでなく、女子大生にまで大人気。
そして今の時代、女性だって普通に車を運転する」
新見さんも車をバリバリ運転していた―
「男女問わなければ、クラスメイトに二階堂くんの代わりはいたはずだ。
クラスメイトに限らなければ、もっといただろう。
なのに、キミは二階堂くんにこだわり続けた。
そこが、どうしても分からない」
鷹宮先生ほどの名探偵でも、分からないことがあるんだ―
「答えは、簡単です」
「ほう。
ぜひ聞きたいね」
「二階堂くんが、差別をしない人だからです」
「え、な、なんだって?」
鷹宮先生でも、想定してなかった答えらしい。
こんなに戸惑っている鷹宮先生を見たのは、初めてだった。
「私が施設で育ったのは、ご存じですよね?」
「もちろん知っている」
「私は施設育ちですって言うと、みんな同情してくれます。
大変だったね、がんばってね、など―。
だけど、ほとんどの人は、心の中ではこう思ってるのが分かります。
―自分じゃなくて良かった―
おもしろいもので、本人はバレてないと思ってるんです。
でも、こっちは10年以上も施設育ちとして生きてきたんですから、分かります。
これって、理屈で分かるんじゃないんです」
「社会的弱者という言い方は好きではないが…
それは、社会的弱者しか分からないことだね…」
私たちは、みな知っていること―
「―自分じゃなくて良かった―
これで済めば、マシです。
ひどい場合は、
―ざまあみろ―
ですから。
そして、施設育ちを蔑むのは、恵まれた環境にいる人ほど多いんです。
でも、二階堂くんは、本当に心から同情してくれました」
―なんか…その…ごめん…―
マモルが言ったのは、たったそれだけ。
だけど、たったこれだけの言葉と表情だけで、分かってしまう。
マモルは、心から謝っているんだと―
「私みたいな人間が、安易に言葉にすべきないから…
言葉にするのは、非常に難しいことだね」
―語りえぬものについては、沈黙せねばならない―
これは、20世紀を代表する哲学者ウィトゲンシュタインの言葉。
大学の講義で習ったが、ウィトゲンシュタインが言いたかったことと、鷹宮先生が言いたかったことは、きっと違う。
「無理やり言語化すれば
―二階堂くんは恵まれた環境なのに、私をバカにしなかった―
ということです。
もっと乱暴に単純化すれば、
―二階堂くんは、ものすごく優しい―」
そう、マモルはいつも優しかった。
今後は会うことがない安藤幸恵さんことを心配してた。
1回会っただけの山谷真実さんのことまで心配してた。
マモルは、自分と関係ない人たちを思いやることができる。
こんな人は、滅多にいない。
「ただし、二階堂くんは、優しすぎるかもしれません。
本人に自覚がないようですが」
「ああ、そうだね。
優しすぎる人って、自分の優しさに気づかないからね」
―男って2人でつるむと、ロクな話をしない―
マモルの首根っこをつかみ、私はこう詰め寄った。
でも、分かっていたんだ。
鷹宮先生もマモルも、私のことを心配してなにかを話してくれてた―って。
鷹宮先生、あなたも自分が優しすぎるって気づかない人ですよね?
こう口にしたかった。
けど
「そうですね」
とだけ答え、鷹宮先生との話は終わった。
自席に戻ると、自然と社長室に目が向いてしまう。
―あら、二階堂くんにしては、珍しく優しいのね?―
―失礼な!
ボクはいつだって優しいよ―
―まったくもって、二階堂くんの言う通りだ。
二階堂くんはいつだって優しい―
社長室での言葉のやり取りを思い出したが、今、どういう気分なのか、言葉で表すことができない。
―語りえぬものについては、沈黙せねばならない―
――――
C大学・カフェ―
正面のマモルは、両手でマグカップを持ち、おいしそうにコーヒーを飲んでいる。
マモルはカフェで私の隣に座ることがない。
「あのとき、一本木さんはなんて言ってたの?」
「一本木さんが、ボクだけに話したんだよ。
他人にペラペラ話しちゃダメでしょ」
「ふーん、なるほど。
私には、関係ないってこと?」
「そうだよ。
アスカさんには、まったく関係ないこと」
私は、ギョッとした。
だけど、すぐに納得した。
ふーん。
一本木さんも、優しい人ってことか―
「それで、マモルくんは、一本木さんのこと、どう思うの?」
マモル――さあ、どう答える?




