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04.

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「……ごほっ、ごほっ! い、いきなり何を言い出してんですか、このバカ王子は!!」


 予想の斜め上を突き抜けた不謹慎発言に、シャルミーヌは激しく咳き込んだ。

 一方のカシウスはバカという身も蓋もない直球な罵倒に対し、不満げに鼻を鳴らした。


「シャル、仮にも婚約者に対してバカとはいうのはどうかと思うんだ」


「仮・に・も・婚・約・者・に・対・し・て、暗殺を依頼する人間はバカと言われても仕方ないと思いますけど!? しかもわざわざアルに頼むなんて一体何考えてるんですか!」


「はあ!? 暗殺ぅ!? それは冤罪だ!! 僕はそんな物騒なこと一言も命じてない!!」


 カシウスはいかにも心外だと言わんばかりに大げさな身振りで否定する。

 その言葉に、爆弾発言以降石のように固まっていたアルドリックがようやく現実に意識を引き戻した。


 彼の切れ長の瞳の中では王家への忠誠心と「この男、今すぐここで叩き斬ってやろうか?」という殺意がせめぎ合っている。



「殿下。貴方は確かに俺に命じました。『今夜、シャルミーヌを襲ってこい』と。……違いますか?」


「いや、確かに『襲ってこい』とは言ったよ! 言ったけどさぁ! それは、こう……押し倒して、甘ーい雰囲気で既成事実を作ってこいっていうロマンチックな方の『襲え』だったんだよ!!」




「「はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」」




 シャルミーヌとアルドリックの声が綺麗に重なり、生徒会室全体に木霊した。


「まさかアルが暗殺だと誤解するなんて……。いくら何でもシャルを殺せなんて命令、するわけないじゃないか!」


 なんてこったと言わんばかりに片手で顔を覆うカシウスに、シャルミーヌは冷たい眼差しを向けた。


「は? ……つまり確認ですが、どちらにせよ『襲え』とは命じたんですね?」


「ああ、言ったね。これからの二人の未来のために言ったんだ、自信を持って頷けるよ」


 カシウスはさも善行を積んだかのような清々しさで肯定した。そのあまりの無神経さに、シャルミーヌの額にぴきりと青筋が浮かぶ。


「……殿下? 命令の意味が『物理的な死』であろうと『社会的な死』であろうと、それが公序良俗に反する最低の命令だというのはお分かりですか?」


「ははは、そうだね。まあ、君には少し刺激が強すぎたかな?」


「……あなたの命令のせいで、私が昨夜本気で命の危機を感じたのも事実ですね?」


「結果的にはそうなってしまったね。まあ、怪我がなかったのならいいじゃないか。終わり良ければすべて良し、だろう?」


 罪悪感や後悔の欠片もない軽薄な返答。その瞬間シャルミーヌの中で何かがプツンと切れた。彼女はすっと静かにソファから立ち上がる。


「その腐りきった命令の意図だとか、そもそもなぜ幼馴染の私たちに事前に相談しなかったのかとか、なんでそこまでへらへらしてるのかとか、色々と問い詰めたいことは山のようにありますが……」


 彼女は社交界の荒波で培ってきた『本心を完全に隠した笑顔』を顔面に貼り付けた。そのまま、一歩一歩ゆっくりと、威圧感を漂わせながらカシウスの方へ歩み寄る。




「ひとまず、この件の被害者として。私、一発くらい殿下にお見舞いしても許されると思うんです。どう思います?」




 ピタッとカシウスの目の前に立ち、彼女はゆっくりと右肩を回した。彼はここにきてようやく、目の前の婚約者の怒りが尋常でないことに気づいたようだ。ひくりと顔を引きつらせる。


「シャ、シャル? 冗談だろう? は、はは……」


 彼は慌てて逃げようとソファから腰を浮かせかけたが、その背後にはすでにアルドリックが回り込んでいた。両肩を押さえられ、カシウスは完全にソファに固定される。


「アル、すまないが手をどかしてくれ! これはそう、事故なんだ!」


「殿下、諦めてください。大人しく受けるのが一番の贖罪ですよ」


 逃げ場を失ったカシウスの顔が、さーっと青ざめていく。


「待って! 落ち着いて! 暴力は良くない!いや、違うんだ、まさかアルが『ヤる』を『殺る』と勘違いするなんて思わな――」


「言い訳は結構!!――歯ぁ食いしばれ、このクソ王子!!」




 バチィィィィィンッ!!




 生徒会室にあまりに痛快な衝撃音が響き渡った。





 ◇◇◇





「本当に申し訳ありませんでした。すべては浅はかで、向こう見ずに命令した僕のせいです。僕はゴミ。王家の恥……」


 数分後。頬に鮮やかな紅葉の紋章を刻み頭には立派なたんこぶを作ったカシウスが、ソファに座りしくしくと泣きながら謝罪していた。

 頬の分はシャルミーヌの平手打ちによるものだが、たんこぶはアルドリックが「これは近衛騎士ではなく、友人としての制裁だ」と無表情で拳を叩き込んだものである。


「それで? なぜこんな、路地裏の野良犬でももう少しマシな手段を思いつくようなふざけたことをしたのか、説明してくれるかしら?」


 シャルミーヌの暗にお前は野良犬以下だと揶揄する刺々しい問いに、カシウスはしゅんとなりながら口を開いた。


「それは……その……。理由があって、シャルとの婚約をどうしても破棄したかったからだよ。今までも裏で色々根回しはしていたけど、父上が頑固でね。時間もなかったから焦ってしまって、つい……」


 貴族の婚約は家同士、国同士の利権の束だ。

 特に第二王子であるカシウスと、貴族議会で最大派閥を率いるローズブランシュ公爵家の婚約に個人の感情など入り込む余地はない。


 だが、唯一の例外がある。

 ――婚約相手の女性が不貞を働いた場合だ。


「はぁ……婚約破棄したいのは、例のセレナ嬢を愛しているから?」


 今まで彼はここまで強硬な手段に出るほど婚約を破棄したいという態度ではなかった。

 これまで二人の関係は「形だけ結婚した後は互いに愛人を作っても干渉しないでおこう」と貴族に生まれたものとして合理的に割り切っていたからだ。

 そんな彼が変わったのは、明らかに男爵令嬢であるセレナ・ミュゲが入学してからである。


「……まあ、うん。そうだね」


 カシウスは少しだけ視線を泳がせ、曖昧に肯定する。シャルミーヌはその様子に微かな違和感を覚えた。

 カシウスは確かに子どもっぽい性格ではあるが、ここまで愚策を弄してまで無理を通すような人間ではなかったはずだ。


 だがそんな疑問よりも先に、彼にぶつけるべき怒りが残っていた。


「とりあえず、理由はわかったわ。恋は人を盲目にするともいうしね。でも、これだけは言わせて」


 シャルミーヌは、深く、長く、酸素を取り込み、一気に吐き出した。


「アルの気持ちを考えなさいよ!! 彼はドがつくほど真面目な騎士なのよ!? あなたからの命令が『殺せ』ならともかく『抱け』なんてそんな不誠実なことができるわけないじゃない!!」


「いや、真面目だからこそ命令として完遂してくれると思ったんだよ! 既成事実さえ作れば婚約解消! アルもシャルと結婚できて将来安泰! 全員ハッピー大団円! っていうのが僕の完璧な計画だったんだ!」


「そこに私とアルの感情が欠片も含まれていないわよ! 言ってること最低最悪の自己中クズ男だって自覚ある!? いっそその本性をセレナ嬢に知られて盛大に振られてしまえばいいのに!」


「ははは、残念だけどセレナは『カシウス様のそういうちょっとお茶目で自由奔放なところも可愛くて好きです♡』と言ってくれているんだ!」


「……うっわ。あの子、絶望的に男の趣味悪すぎませんか」


「ははっ、僕もそう思う。けどそんな趣味の悪い僕を選んでくれた、彼女の見る目のなささえ今は愛おしくてたまらないんだよね」


 ごく自然に惚気始めたカシウスを、シャルミーヌはゴミを見るような目で見下ろした。

 そして疲れたようにため息をつき、首を振る。


「ああ、はいはい。もういいわ。そういう甘ったるいのはアルでお腹いっぱいだからもう黙って」


「は? アルがなんだって?」


 カシウスが不審げに眉を寄せた。

 シャルミーヌは気まずそうに視線を逸らす。


「あー……うん。えーと。昨日ね。アルに殺されると勘違いして、身を守るために……魅了魔法をかけちゃったのよ」


「でももう解けてるんだろ? あの魔法、どんなに長くても数時間程度のはずだし」


「……それがなぜか、今も絶賛継続中なの……」


 事態を悪化させた一因は自分にあるという罪悪感からシャルミーヌの声が急激に小さくなる。

 カシウスは怪訝そうに、シャルミーヌの横に立つアルドリックを見た。


「ふぅん……? え、いや、ていうかちょっと待てアル。僕が昨日渡したブローチはどうしたんだ? あれ、精神防御の魔石がついてたはずなんだけど。あれをつけてれば魅了なんて効かないはずじゃ——」


「すみません。道中で狂暴な野良猫に襲われ、川に落としました」


「嘘だろアル!! あれ地味に高かったのに!!」


 しれっと答えるアルドリックに対しカシウスが叫んだが、彼はそんな主君の非難などどこ吹く風と言った様子で受け流した。

 そしてどこか遠くを見つめるような、憑き物が落ちたような清々しい表情で声を上げた。


「しかし、その猫こそが運命の使者だったのです。おかげで俺はこの身を焦がす真実の愛に目覚めることができました。つまり、これこそが星の導きだったのでしょう」


「……は? あ、アル? アルドリックさん?」


 カシウスが引いた。シャルミーヌも引いた。

 しかし、アルドリックの一度入ったスイッチが止まることはなかった。


「ああ、我が愛しのシャルミーヌ。君の瞳は宝石のように美しい。君が運命の女(ファム・ファタール)だというのなら、俺は喜んでこの魂を地獄の業火に投げ込もう。例え神が許さずとも、俺の愛は永遠に君を追い続ける……!」


 アルドリックは陶酔した表情で、一人だけ舞台照明を浴びているかのような歯の浮くような台詞を並べ立て始めた。その眼差しは、魔法のせいか恐ろしいほどの熱量を孕んでいる。




「アルうううう!? どうした!?!? 僕の知ってるアルじゃない、誰だこれ!!」


「うわあぁぁぁ!! ここに来てからは落ち着いてたと思ったのにまた壊れた!! 頼むから早く解けてええええ!!」




 阿鼻叫喚の図となった生徒会室。

 婚約破棄を狙ったカシウスの計画は、アルドリックを愛の暴走機関車へと変貌させるという誰も予想しなかった最悪の結末を招いたのであった。




さっそく1件ブクマいただきありがとうございます!

めちゃくちゃ嬉しいです、励みになります!

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