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21.

 



 お見合い会場として準備された迎賓館のテラスは、柔らかな日差しに包まれていた。

 しかし、そこに流れる空気はおよそ穏やかとはいえない。


 テーブルの上座にはカシウスがこの縁談を取り持つ仲人として座り、手元のカップから立ち上る湯気を楽しんでいる。


 その左右ではアマリリス帝国の側妃であるイザベラ夫人とグラディオラス侯爵が、表面上はにこやかな笑顔を浮かべながらお互いの腹の底をうかがっていた。



「今回はこのような席を設けていただいてありがとうございます、グラディオラス侯爵。お宅の領地で管理されている特別な技術……あれこそが、我が帝国との真の架け橋になると信じておりますわ。皇女を嫁がせるのですもの。軍事機密のひとつやふたつ、結納品として当然ですわよね?」



 イザベラ夫人が、扇で口元を隠しながら先制攻撃を仕掛ける。

 対する侯爵は、微塵も笑顔を崩すことなく即答した。



「ははは、冗談がお上手だ。愛する息子の婚姻にそのような兵器の話は似合いませんな。それより夫人……持参金として提示された北方の鉱山ですが。あそこで最近、帝国が怪しい魔道具を作っていると聞きましてね。質の悪い石を掴まされるのは、御免被りたいですな」



 更に笑顔を深めて追撃する。



「それに……今、帝国が魔導士を各地から集めている理由の方も気になりましてね。我が王国の軍事技術に興味をお持ちなのは、もしやどこか別の国との小競り合いの準備ですかな?」


「あら、心外ですわ。それは自衛のためですよ。それとも侯爵は我が帝国を疑っていらっしゃるの?」


「まさか。ただ過ぎたるはなお及ばざるがごとしというでしょう。過剰すぎる戦力は自らの身を焼くことになりかねない。……そうは思いませんか?」



 国家の軍事機密を巡る舌戦が繰り広げられる。

 もはやお見合いではない。いかに笑顔で相手の急所を刺すかという血の流れない戦争である。


 そんな大人たちの火花を余所に、当事者のアルドリックは完全に別次元にいた。



「ああ……なんということだ……」



 アルドリックが、隣に控えるシャルミーヌにしか聞こえない音量で溜息を漏らす。



「シャル。今、君が紅茶を注いだ際の手首の角度……あれはまさに神が描いた黄金比だ。美しい……あまりにも美しすぎる。これこそが王国が誇るべき真の芸術品ではないのか……!」


「……っ」



 給仕のふりをして直立不動で立っていたシャルミーヌは、あまりの気恥ずかしさに顔が火照るのを感じた。心臓がうるさいほどに跳ね、持っているティーポットが震えそうになる。



(確かに……確かに、私しか見ないとは言っていたけど! 今、どんな状況かわかってるの!?)



 シャルミーヌはアルドリックの足元を狙って、メイド靴の先で思い切り彼の足の甲を踏み抜いた。



「……っ!!」


「いいから黙ってお茶を飲んでください、旦那様」



 彼女はそう言いながらジト目で彼を睨みつけたが、その耳元はほのかに赤くなっている。


 そんな彼らを眺めながら、アルドリックの対面に座る皇女――エリカは密かにため息をついた。

 音一つ出さず優雅に紅茶を飲んでいるが、カップを持つ指先は小刻みに震えている。


 彼女は傍らに控える自身の騎士――ルミエをわずかに見た後、カシウスの方へと顔を向けた。



「カシウス殿下。申し訳ないのですが、あまりに空気が重苦しくてせっかくのお茶の味がいたしません。少し中庭を散策してきてもよろしいですか?よければ、そこの……私の存在を忘れていそうなアルドリック様と一緒に」



 エリカが意を決して切り出すと、火花を散らしていた大人たちの動きがぴたりと止まった。

 カシウスはカップをソーサーに戻し、にこりと笑って頷く。



「ああ、もちろんいいよ。親御さんたちの話はまだまだ長くなりそうだしね。アルドリック、エリカ殿下を連れてこの下にある中庭でも散歩してくるといい。今が一番バラが見頃だよ」



 アルドリックがようやく現実に帰還すると、カシウスはさらに追い打ちをかける。



「ただ二人きりでは外聞が悪い。……そこにいるメイドのシャルと、騎士のルミエも同行させるといい。ここは作法に厳しい迎賓館だ。何かあったとき、すぐに動ける者がいた方が安心だろう?」

「……承知いたしました、カシウス殿下」



 シャルミーヌはそう言って深く頭を下げた。

 アルドリックもまたカシウスの言葉を受け静かに立ち上がり、エリカとルミエもそれに続く。



「……ルミエ、参りましょう」

「はっ。お供いたします」



 そうして四人は再び舌戦が再開されたテラスを後にし、緩やかな階段を降りて色とりどりの花が咲き乱れる中庭へと向かった。

 少し歩くと高く積み上げられた生垣が壁となり、親たちの気配を完全に遮断する。


 すると、淑女らしくしずしずと後ろを歩いていたエリカがぴたりと足を止めた。



「……さて。お互い、これ以上茶番を続けても時間の無駄だろう」



 エリカはうんざりしたように首を振った。

 先ほどまでの儚げな態度は消え失せ、アルドリックと真っ向から向き合う。



「アルドリック卿。単刀直入に申し上げる。わたしはこの縁談、死んでもお断りしたい」




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