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重愛騎士は止まらない!  作者: 那歌
第一章:魅了魔法を解くまで止まらない
2/20

02.

※表現を微修正しました





 ぴー、ちゅんちゅん。




 一夜明け、窓の外では小鳥たちが無邪気に鳴いている。その囀りを聞きながらシャルミーヌはゆっくりと目を開けた。




「……ん……?」




 視界に飛び込んできたのは見慣れた淡い赤色の天蓋だ。彼女はそれをぼーっと見つめながら、未だ眠気のとれないぼんやりとした頭で昨夜の出来事を反芻する。


 暗殺者として侵入してきた幼馴染。彼に発動してしまった魅了魔法。そして、その後は——。


 思い出した瞬間、彼女の頬はボッと林檎のように赤く染まった。



(いや、昨夜のことは全部魔法のせい! 絶対に勘違いしちゃいけないわよ、私!)



 自分に言い聞かせるように、両手でパシッと頬を叩く。

 とにかく、まずは地下牢だ。彼をあそこに放り込んで鍵をかけたのは覚えている。

 そして彼が正気に戻っているのならば、話し合って今後のことを色々と決めなければならない。


 シャルミーヌはそう考え、上体を起こしゆっくりとベッドから足を降ろした。


 その時である。




「おはよう、シャルミーヌ。今日も君は、朝露に濡れた薔薇のように美しいな」




 すぐ近くから鼓膜を甘く蕩かすような、低く落ち着いた声が降ってきた。

 その聞き覚えがありすぎる声を聞いた瞬間、シャルミーヌの動きがぴたりと止まる。

 聞き間違いであってくれと祈りながら、恐る恐る、ギギギと壊れた歯車のような速度で声の方を向く。


 そこには椅子に優雅に腰掛け、背後に後光が差しているかのような眩い笑顔を浮かべたアルドリックがいた。しかもなぜか昨夜の隠密用の黒装束ではなく、二人が通う学園の制服にきっちりと着替えている。




「うわあああああああ!!!!」




 シャルミーヌは素早く彼から距離を取り、バクバクとうるさく鳴る心臓を押さえながら絶叫した。


「なんで……なんであなた、そこにいるのよ!? 地下牢に鍵をかけて閉じ込めたはずよね!?」


 動揺を隠しきれない声で問い詰めると、アルドリックは聖者のような微笑みをたたえたまま答えた。


「ああ。だが、あの鉄格子は少しばかり脆すぎるな。君に会いたいという情熱をこめて軽く引いたらあっさりと開いたぞ」


「あの牢、魔獣でも壊せないくらい頑丈なはずなんだけど!?」


「ついでに一度帰宅して着替えてきた。あの服では君を学園までエスコートできないだろう?」


「脱獄ついでに戸締まり確認みたいな感じで実家に寄るんじゃない!!」



 鉄格子を身一つで破壊して一時帰宅し、わざわざ着替えて戻ってきたという目の前の幼馴染。

 そんな彼を、シャルミーヌは信じられないものを見るような目で見つめた。


 彼女の知るアルドリック・グラディオラスという男は、本来このような人物ではない。

 無口無表情で、愛の囁きどころか「今日の天気はいいな」と口にするだけでざわつかれるような騎士だったはずだ。

 そんな彼が、今や背景に大量の薔薇を背負っていそうなくらいキラキラとした笑顔で愛を語っている。

 誰がどう見ても異常事態であるのは言うまでもない。この世の終わりである。


 シャルミーヌはたまらず彼に近づき、両肩をがしっと掴んだ。そのままかっと目を見開き叫ぶ。



「目を覚まして、アル!! 頼むから元のあなたに戻って!」



 まるでヤシの木をゆすって実を落とさんという勢いで、彼女は彼の身体を激しく前後に揺さぶった。



「ああ……! もっと揺さぶってくれ! 君に触れられているだけでっ、俺の魂は歓喜に打ち震えている!!」


「駄目だこれ!! 魅了魔法が全く解けてないどころか悪化してる!!」



 揺さぶられながら恍惚とした表情で幸せそうに笑うアルドリックを見て、シャルミーヌは絶望のあまり床に崩れ落ちた。

 昨夜は朝になれば魔法も解けるだろうと楽観視していたが現実は無情である。

 なぜ未だに魅了魔法が解けていないのか。


 さめざめと泣きながら、もはや自分の知る幼馴染ではなくなったキラキラした何かを見上げる。


 そして、その拍子に彼女はふと気づいた。

 彼の腰にぶら下がっている、愛用の長剣に。



(あれ? ……いつの間に剣を取り戻したの?)



 ベッドの下に隠したはずの剣を彼はいつの間にか回収していた。

 その事実に困惑する脳内に危機管理という四文字が素早く浮かぶ。



(待って。これ、今はまだ魅了が解けない方が安全なんじゃないかしら?)



 今の彼は魅了のせいで(情緒的には極めて有害だが)殺意や敵意という意味では無害だ。


 しかし、もし魔法が解けた瞬間に「俺、暗殺に来たんだった。それじゃあ死んでくれ」と正気を取り戻したら。

 あるいは「このまますべてを捨てて俺と共に逃げよう!」と有無を言わさず拉致されたら。


 いずれにせよ、シャルミーヌの身は平穏からは遠ざかる。



(はっ! まさか私を油断させるために、あえて魅了にかかっているフリを……!?)



 疑心暗鬼になり、彼女は勢いよくアルドリックを睨みつける。

 もし演技ならば今すぐ対処法を練らなければならない。




「どうした? 俺の女神。ああ、その険しい表情すら最高級の彫刻のように気高く美しい。いっそその眼差しで俺の心臓を射抜いてくれないか」




 アルドリックのその言葉を聞き、彼女はそっと視線を逸らして両手で顔を覆った。

 ——無理だ。これは間違いなく魔法にかかっている。

 いや寧ろ、かかりすぎておかしくなっているという方が正しい。


 少なくともシャルミーヌの知る嘘のつけない不器用なアルドリックに、全人類が羞恥心で爆死するような演技ができるはずがない。


「もう駄目、おしまいよ……」


 そう呟き悲嘆にくれる彼女を見て、アルドリックは何を思ったのか彼女をグイッとたくましい腕で引き寄せた。自然、彼女は彼の広い胸の中にすっぽりと収まる形になる。


「……へっ?」


 呆気にとられる彼女に、アルドリックはさわやかな笑顔を向ける。



「シャルミーヌ。なぜ落ち込んでいるかはわからないが、あまり落ち込まないでくれ。よければ俺に、君を慰める権利をくれないか?」



 高い体温。鍛えられた分厚い胸板。そして、ドクドクと今にも胸を突き破りそうな激しい鼓動。

 見上げれば彼の顔がゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。

 その彼に、シャルミーヌは――。



「……いい加減っ……目を、覚ましてーー!!」


「ぐふっ!」



 ゴンッ、と、鈍い音が部屋に響く。昨夜に引き続き二度目となる秘伝の頭突きが炸裂した。

 今度は気絶することこそなかったが、アルドリックは額を押さえて身体をよろりとのけ反らせる。



「ああっ、これが愛の衝撃か。シャルミーヌ、君に恋した瞬間に走った衝撃を思い出したよ……!」



 打たれた痛みすらご褒美であるとでも言いたげな、熱っぽい視線をシャルミーヌへ向ける彼。

 その様子にシャルミーヌはぞっと背筋を泡立たせた。


 寝起きから続く怒涛の展開にいよいよ耐え切れなくなった彼女は、部屋のドアへ向けびしっと人差し指を突き付けた。



「と、とりあえず、今から着替えるから! ひとまずこの部屋から出て行って!」


「わかった。ならば扉の外で君という奇跡を育んだこの屋敷の土壌に感謝し、君の安寧と幸福を神に祈ろう」


「祈らなくていいから早く出なさい!!」



 追い出すようにぐいぐいと扉の先へアルドリックを押しやる。バタンと力強く扉を閉めた後、シャルミーヌは大きくため息をついた。


 部屋が静かになると、先程まで押さえ込んでいた感情が途端に溢れ出してくる。


 暗殺されかけたという恐怖、将来への不安。

 魔法を使用したことへの後悔に、意図せず想い人の人格と心を捻じ曲げてしまったことへの罪悪感。


(本当に……どうしたらいいのかしら)


 負の感情に押し潰されそうになるが、扉の向こうではアルドリックが待っている。

 いつまでも考え込んでいる訳にはいかない。

 そう判断し、クローゼットから制服を取り出す。


 昨夜、アルドリックが侵入する際に使った睡眠魔法のせいで、屋敷の使用人たちは未だに夢の中だ。

 誰の手も借りず一人で支度をするしかない。


 鏡の前に立ち、乱れた髪を梳かして学園の制服に着替える。

 そして微かに震える指先を動かし、制服のボタンを留めてリボンを結ぶ。


 慣れない作業にもたつきつつもようやく身支度を終え、シャルミーヌは鏡に映る自分の顔を確認した。




「……とにかく、まずは全ての元凶であるあのバカ王子を問い詰めに行かなきゃ」




 本来ならば暗殺を依頼した人間に直接会いに行くなど正気の沙汰ではないが、カシウスとは腐っても十年来の付き合いである。


(あいつが本気で私を殺そうとしてきたとは思えない。きっとなにかしらの事情があるはずよ)


 それに今はアルドリックが魅了にかかっている状態なのだ。

 最悪の場合は、申し訳ないが彼に頼んで助けて貰おう。


 そんな決意を胸に寝室の扉を開けると、一歩も動かずに待機していたアルドリックが待ってましたとばかりに声をかけてくる。




「準備は整ったか、シャルミーヌ。では行こう。馬車は俺が引こう……いや、いっそ俺が馬になろう。君を背に乗せ、風となって学園まで駆け抜けようじゃないか!」


「いいから!! 普通に、歩いて、行くわよ!!」




 そうして二人は徒歩で学園へと向かったのだった。




本日あと一回投稿あります!

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