17.
「そうね。じゃあ聞かせてちょうだい。あの子の今の状態に、あなたの力が全く関わっていないと言い切れる?」
食卓に、重苦しい沈黙が降りた。
ギルバートは腕を組み疑念の眼差しを向け、エレオノーラは静かに娘の回答を待っている。
(言えるわけがない……! カシウスがアルに私を襲わせようとして、自衛のために魅了魔法を使った結果、固着状態になってしまいましたなんて!)
正直に話せば王家と公爵家の間に亀裂が入る上に、アルドリックがどうなるかわからない。それだけは何としても避けなければならなかった。
しかしそれらしい嘘をつこうにも、母の前では言い訳一つ思い浮かばない。
「…………」
長い沈黙の後、エレオノーラは娘の葛藤を察したのか声音をふっと和らげた。
そして今度はまるで秘密を共有する悪友のような、小悪魔的な笑顔で告げたのである。
「ねえ、シャルミーヌ。私はね、あなたが外堀から強引に埋め立てるようなことをしていないか……そんな力技に魔法を使っていないかを確かめたいだけなの」
「なっ……!?」
シャルミーヌは椅子を鳴らして立ち上がらんばかりの勢いで否定した。
「し、してません! そんな……そんなことは断じてしておりませんわ!」
「あら、残念。てっきり私と同じようにしちゃったのかと思ったわ」
「……へ?」
シャルミーヌの口から、緊張感の欠片もない抜けた声が漏れた。
ふと横を見ると、ギルバートは気まずそうにコホン、コホンと弱々しい咳払いを繰り返している。
「当時、パパの周りには魅力的な令嬢が多くてね。お母様、少しだけ焦っちゃったものだから……つい、ね♡」
「お母様、それ初耳なんですけど!? 貴女、当時の社交界で『氷華の君』とまで言われるほど男に興味がない女性だと言われてませんでした!? てっきりお父様がお母様に一目ぼれしたとばかり思っていたのですが……」
「うふふ。氷は溶ければただの水になりますし――」
エレオノーラは事もなげに微笑み、赤ワインを一口飲んで付け加えた。
「温度を上げれば熱湯にもなるのよ?」
パチンとウインクを飛ばした彼女の余裕な態度とは対照的に、ギルバートは耳まで真っ赤に染めながらぼそりと補足した。
「……当時のママは実に……その、情熱的でね。気づいたときには、私は外堀どころか本丸まで落とされていた。だが、今はそれでよかったとも思っている。最高の妻を得られたからな」
かつて没落寸前の子爵令嬢だったエレオノーラが、非の打ち所がない公爵子息だったギルバートをその美貌一つで射止めたという話は社交界の語り草だ。
だが、まさかその伝説の裏に更なる物語が隠されていたとは夢にも思わなかった。
「そう。つまり始まりが何であれ、終わり良ければすべてよしなのよ。あなたがあの子と恋仲になりたいというのなら、私はそれを応援するわよ」
エレオノーラは満足げに頷くと、改めて娘を優しく見つめた。
「お父さんも色々言ってはいるけどね。結局のところあなたが本気で望むのなら止めはしないのよ。ね、あなた?」
「う、うむ……。私はまだあの若造を認めたわけではない。断じてないが……」
母が話を振られ、父は不承不承ながら、娘への不器用な愛を込めて頷いた。
「シャルミーヌ。お前が選び、お前が幸せになれると信じた道ならば――私は背中を押そうと思う」
「もう、素直じゃないんだから」
エレオノーラがくすくすと笑い、ギルバートは照れくさそうにそっぽを向いた。さっきまで娘を問い詰めていたとは思えないほどの甘ったるい空気が食堂を満たしていく。
「あ、りがとうございます……お父様、お母様……」
予想外の両親からの後押しを受け、シャルミーヌは複雑な表情で感謝を口にした。
「そうだ、シャルミーヌ。一つだけ覚えておきなさい」
席を立ったエレオノーラは、そっと娘に近づき耳元で悪魔の囁きを残した。
「いい男っていうのはね。あなたが悩んでいる間にも、他の女が罠を張って待ち構えているものよ」
「……っ!」
「うかうかしてると、横から盗られちゃうかもしれないわね? ……だから、たとえ始まりが魔法による事故だとしても欲しいものは早めに、確実に、囲い込んでしまいなさい」
全てお見通しだと言わんばかりの言葉を残し、両親は仲睦まじく肩を寄せ合いながら食堂を後にした。
残されたシャルミーヌは、一人放心状態のまま、冷めきったスープを前にしばらく固まっていた。
これまでの淑女教育、マナー、純愛——これまで信じてきた概念が、母の外堀埋め立て推奨宣言によって音を立てて崩れていく。魅了魔法を使ってしまった罪悪感で悶えていたのが馬鹿らしくなるほどの、圧倒的な現実主義。
(……いや、倫理観!! 道徳心!! 待ってシャルミーヌ、貴女は間違っていないはずよ! あのお母様の笑顔に騙されちゃダメ! そんなの、そんなのは……!)
そう否定しようとする一方で、脳内の別の自分が「でも今両親があんなに仲が良いのなら、最終的に捕まえたもん勝ちなのでは?」と囁き始める。
倫理観と本能、そしてアルドリックを他の女に盗られたくないという焦燥感が複雑に混ざり合い、彼女の脳はついに処理限界を迎えた。
ぼんっと熱暴走を起こし頭から煙を吹き出した彼女は、ふらふらとした足取りで食堂を後にし自室へと向かう。
そのまま手早く入浴を済ませ、天蓋付きの豪華なベッドへ倒れ込んだ。
ごろりと転がり、しばらく呆然と天蓋を見つめる。
脳裏をよぎるのは母のあの勝ち誇ったような、美しい笑顔。
「お母様……絶対に魔法より恐ろしい『何か』でお父様を落としましたわよね……?」
父は高位貴族であり魔導の心得もある。つまり、高確率で精神防御の魔道具を身に着けていたに違いない。それすらも突破し、有無を言わせず本丸を陥落させた母の手段とは何だったのか。
娘としては一生知るべきではない、あるいは知ってしまったら最後二度と戻れなくなるような公爵家の歴史に思いを馳せつつ、シャルミーヌはそっと現実逃避するように目を閉じたのだった。
本日は21時過ぎぐらいに「婚約破棄ループ100回目:AIでも書けそうなテンプレもう飽きました」という短編小説もアップする予定です。
メタメタな皮肉満載ですが読了感は爽やかめです。
軽く読めますので良ければそちらも併せてお楽しみくださいませ⸜( •ᴗ• )⸝




