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重愛騎士は止まらない!  作者: 那歌
第一章:魅了魔法を解くまで止まらない
14/20

14.

 


 カフェで甘いひと時を過ごした二人は、色とりどりの天蓋が波打つ賑やかな露店街へと足を向けていた。


 軒を連ねる露店商たちの威勢のいい掛け声が鼓膜をたたき、スパイスと焼きたての菓子の芳醇な香りが混じり合って鼻腔へと飛び込んでくる。

 行き交う人々の喧騒は、休日ということもあり活気に満ち溢れていた。


 そんな街中でふと、シャルミーヌは自分の右手から伝わる熱に意識を向ける。



(……待って。ちょっと待ちなさい私。なんでカフェを出てからずっと、アルと手を繋いでいるのかしら?)



 一度冷静になると、思考が凄まじい速度で回転を始める。自分たちはもう迷子になることを怖がり、お互いの手を握るような年齢ではない。


 客観的に見て、今の彼女たちの状況はどう見ても仲睦まじい恋人同士のそれである。



(これじゃあ、まるで……というかこれ、結局デートになってない!?)



 今日はただの外出だと言い聞かせていた自分への暗示が、ガラガラと音を立てて崩れていく。


 一度そう意識してしまうと、途端に繋いだ手のひらのことしか考えられなくなってくる。さりげなく手を離そうとしても、がっちりと握られており解くことができない。



「すっ……素敵なものがたくさんあるわね、アル! 見て、あそこの置物とか独創的じゃないかしら!?」



 動揺を隠すため、彼女は手近な露店の棚に並んでいた極彩色の商品を指さした。そんな彼女の様子を優しく見守っていたアルドリックだったが、彼女がその下を見てピタッと足を止めたことに気づき声をかける。


「どうしたんだ、シャルミーヌ。気になるものでもあったか?」


 アルドリックが横から覗き込む。シャルミーヌは赤らんだ頬を隠すように小さく首を振ったがその視線はある一点に釘付けになっていた。


「ううん、ちょっとね……。懐かしいなって」


 彼女がそっと指先で触れたのは、薔薇色のリボンがついた可愛らしいコサージュだった。その慎ましやかな小さな飾りが、彼女の記憶の奥底に埋もれていた思い出を鮮やかに呼び覚ます。




 ◇◇◇




 それは、彼女がまだ十にも満たない幼子だった頃の記憶だ。当時から問題児だったカシウスにそそのかされ、街の探検という無鉄砲な遊びに連れ出された日のこと。

 活気溢れる目抜き通りで人だかりに飲まれ、彼女は彼とはぐれ一人になってしまった。



「カシウス? ……カシウス、どこ……?」



 震える声で呼びかけても、返ってくるのは見知らぬ大人たちの笑い声と馬車の音だけ。人の流れに翻弄されるうちに、彼女はいつの間にか薄暗い路地裏へと迷い込んでいた。



「見ない顔だね、お嬢ちゃん。迷子かな?」



 背後から掛けられた粘つくような嫌な声に、シャルミーヌの背筋が凍りつく。

 振り返ると薄汚れた外套を纏った男が二人、下品な笑みを浮かべて彼女の逃げ道を塞いでいた。


「……っ、お家へ、帰る途中なんです。どいてください」


「帰る? なら、そんな綺麗な服を汚しちゃ大変だ。おじさんたちがお家まで連れて行ってあげようか」


 そう言いながら男が汚れた手を伸ばし、シャルミーヌの細い手首を掴もうとしたその時だった。



「その手に触るな!」



 鋭い声が路地に響いた。

 そこに立っていたのは、一人の少年――アルドリックだった。

 まだ幼く、体格だって大人には及ばない。だがその背筋は真っ直ぐに伸び、射抜くような眼差しはすでに騎士そのものだった。


「なんだ、ガキか。邪魔するんじゃねえよ、おままごとなら向こうでやってな」


「……衛兵なら、すぐそこの角を曲がったところにいるぞ」


 アルドリックは一歩もひるむことなく、男たちを睨みつけた。


「俺が叫べば、三十秒とかからずここに駆けつける。それでも彼女に手を出すか?」


 ハッタリとは思えないアルドリックの毅然とした態度と子供らしからぬ迫力に、男たちは忌々しげに舌打ちをして去っていった。


 その姿が完全に見えなくなりようやく安全だと確信した瞬間、シャルミーヌを支えていた緊張の糸がぷつりと切れた。

 彼女はその場に泣き崩れ、アルドリックはそんな彼女の背を宥めるようにそっと擦った。



「カシウスから、君を見失ったと聞いてきた。もう大丈夫だ」


「アルっ……本当に、ありがとう。……カシウスは?」


「あいつなら今頃、騎士団の詰所でこっ酷く絞られているはずだ。……君を危険に晒したんだから当然だな」



 アルドリックは無表情だったが、その声には隠しきれない怒りが混じっていた。



「とにかく、ここは危険だ。早く行こう」



 淡々と告げる声音とは裏腹に、差し出された彼のてのひらは驚くほど熱かった。

 シャルミーヌがおずおずとその手を握ると、彼は一瞬だけ驚いたように指先を強張らせる。けれどすぐに、力強く彼女の手を握り返した。


 ――その帰り道のこと。

 涙の乾いたシャルミーヌの目に、ふと、一筋の鮮やかな真っ赤なリボンが飛び込んできた。


 

「……綺麗なリボン。お庭に咲いてるお花みたい」


「欲しいのか?」


「……うん。でも、今日はお小遣い持ってくるの忘れちゃったから」



 俯く彼女を見て、彼は迷うことなく露天へと近づいた。懐から銀貨を取り出し、ぶっきらぼうに店主へと告げる。



「これ、ください。一番、綺麗なやつを」



 ニコニコと笑う店主からリボンを受け取ると、彼は少しの間逡巡した。そして、意を決してシャルミーヌの髪をそっと手に取る。



「その……じっとしててくれると、助かる」



 不器用な指先で彼は何度もリボンを結び直し、苦戦しながらようやく彼女の髪を一つにまとめた。


 そして彼は、少しだけ頬を染めながらこう言ったのだ――。




 ◇◇◇




「『──よく似合ってる』」



 現在のアルドリックの声が過去の記憶と重なり、シャルミーヌの意識を現実へと引き戻した。


 ふと見れば、彼は先ほどシャルミーヌが手に取っていたコサージュを購入していた。

 そして今、優しく、壊れ物を扱うような手つきで彼女の胸元に飾ってくれている。


「『──ありがとう、アル』」


 口にしたのは、昔と変わらない感謝の言葉。

 だがそこに込められた想いは、幼い頃とは比べものにならないほど大きく膨れ上がっていた。


(ああ、もう。やっぱり……私、アルがどうしようもなく好きなのね)


 改めて自覚した想いが胸に熱く込み上げる。

 あれだけ魔法のせいだと必死に言い聞かせてきたはずなのに。

 彼の一言に、行動に、これほど簡単に心を動かされてしまうのだから恋というのは恐ろしい。


 高鳴る鼓動を悟られないように、シャルミーヌはあえて明るいトーンで彼に話しかけた。


「ねえ、貴方も何か欲しいものはないの? 貰ってばかりじゃ悪いし、私からも何か贈らせてほしいわ」


 そう提案したシャルミーヌを、アルドリックは瞬きさえ忘れたような強すぎる眼差しで見つめ返した。

 その瞳の奥には逃れようのない執着と切なさが混じり合い、昏い炎のように揺らめいている。


 絡み合う視線に射すくめられ彼女が思わず息を呑んだ時、彼はその熱を帯びた声を低く響かせた。



「俺が欲しいものなんて、一つしかない」



 その瞳に宿る切実な熱情はもはや隠しようもなかった。彼の中に渦巻く狂おしいほどに重い愛。

 向けられる視線だけで心臓を直接掴まれたような錯覚に陥る。


 もし、この溢れんばかりの想いに報いる言葉を口にできたなら。自分も貴方を愛していると、その胸に飛び込んでしまえたならどんなに救われるだろうか。


 しかし、その言葉は決して口に出してはいけない。

 王家との婚姻契約や公爵家令嬢としての立場。

 そして何より、今の彼の好意が魔法によるものなのか、それとも本心なのか確信が持てないことが彼女を躊躇わせる。


 恋に身を投じるには彼女を取り巻く世界はあまりに複雑で、守るべきものが多すぎた。


「そっ……れ以外、で、何か欲しいものは、ない?」


 シャルミーヌは真っ赤な顔をして、逃げるように話題を逸らした。

 視線を泳がせ、ぎゅっと自分の手を握りしめる彼女の姿は恋に不慣れな一人の少女そのものだった。


「……君以外に望むものなどないと言いたいところだが、君を困らせたくはないからな」


 アルドリックは少しだけ寂しげに目を細めると、近くの露店に並んでいた薔薇色の刺繍が入ったハンカチを指差した。


「それなら、これを贈ってほしい。君の瞳の色と同じ色のハンカチを」


 彼が選んだのは高級品でも魔法具でもない、ありふれた日常の品だった。


「──これを見れば君がそばにいると感じられるから」


 彼はそう言って微笑んだが、その表情にはどこか儚い影が差していた。

 自分の拒絶が、彼を傷つけてしまったのかもしれない。そう思うと、シャルミーヌの胸はチクリと痛んだ。


「……アル、少し貸して」


 彼女は包んでもらったばかりのハンカチを一度受け取ると、それをそっと自分の唇に寄せる。

 それは今の彼女にできる、精一杯の愛情表現だった。


「その…………大切にしてね」


 気恥ずかしさで爆発しそうになりながら、彼女はそのハンカチをアルドリックの手へと戻す。

 その瞬間、彼の顔がぼっと真っ赤に染まった。ハンカチを胸に抱いてしばらく固まったあと、はっと気がつき何度も頷く。


「っ……! ああ、ああ、もちろんだ! 家宝にする!」


 シャルミーヌはその様子を見てほっとしたように小さく笑みをこぼすと、胸元のコサージュに慈しみを込めた手でそっと触れる。

 そして、隣に立つかつての少年であり、現在の騎士である彼へ隠しきれない愛のこもった眼差しを向けた。



「本当に、大袈裟なんだから……。さあ、そろそろ帰りましょう。本格的に陽が傾き始めてきたわ」


「……ああ、そうだな! 君を無事に送り届けるまでが、俺に与えられた一番大切な任務だ。何があっても俺が君の盾になってみせよう」



 二人はどちらからともなく、再びそっと手を重ねた。寄り添い合うようにして歩き出した二人の背中を、夕陽が優しく包み込んでいく。


 彼らはまだ知らない。

 今は名もなき甘い泡沫の夢のようなこの関係が、いつの日か永遠に変わる日が来ることを。






ブクマありがとうございます!

読んでいただけてるんだなーって思えて凄く嬉しいです(*´︶`*)ฅ♡

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