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11.

 




「強制的に解除するのが難しいのなら……魅了魔法を解除できるくらい、彼に嫌われる方法はないかしら?」




 シャルミーヌの必死な形相を見て、エドヴァルドは感心したように片眉を上げた。その瞳には学者特有の知的好奇心と、少々の意地の悪さが混じった怪しい光が宿っている。



「……少し待ちな。そういうことなら、とっておきの薬がある」



 彼は短く告げると、カウンターの奥にある戸棚から一つの小瓶を取り出した。瓶の中で揺れているのは光を吸い込むほどに淀んだ、禍々しい紫色の液体だ。



「この薬は『鏡写精レトラの囁き』という。飲んだ人間の感情をそっくりそのまま裏返す薬だ。愛は憎悪へ、歓喜は絶望へ……といった具合にな」


 エドヴァルドはどこか懐かしむような目で小瓶を見つめた。


「つまりそれを飲むと、アルが私を憎むようになるということ?」


「ああ。今のこいつの魅了状態はお嬢さんへの好意に依存したものだ。その根源である好意が強烈な憎しみに変われば、魔法の回路が焼き切れて解除されるかもしれん。……あくまで理論上の話だがな。責任は持てんぞ」


 エドヴァルドは瓶をシャルミーヌに差し出した。


「効果時間は一時間。ただし反転している間、こいつはお嬢さんを心の底から憎むことになる。殺したいとすら願うかもしれないが……それを受け入れられるか?」


 シャルミーヌの手が微かに震える。自分を愛し守り抜くと誓っていた彼が、この薬を飲んだ瞬間に親の仇を見るような目で自分を睨みつけるかもしれないのだ。想像するだけで恐怖がこみあげてくる。



(それでも……彼をこのままにしておくわけにはいかないわ)



 そもそも、彼をこんな風に変えてしまったのは紛れもなく自分なのだ。

 それを考えただけで罪悪感が胸をチクチクと突き刺してくる。


 それに彼女にはカシウスという婚約者がいるのだ。このままアルドリックに熱烈な愛を叫ばれ続けては実家の名誉は丸潰れだし、彼も不義の罪で騎士職を追われかねない。


(一刻も早く、元のアルに戻さなきゃ……!)


 自分のせいで彼を破滅させるわけにはいかない。

 一時的に嫌われる恐怖よりも、彼を救わなければという責任感が勝った。


 シャルミーヌは覚悟を決め、ぎゅっと瓶を握りしめる。


「わかりました。この薬、ここで飲ませてもいいですか?」


「待て、冗談じゃない。ここで暴れられたら困る」


 エドヴァルドは食い気味に拒絶すると、親指でカウンター奥の扉を指し示した。



「地下に実験用の特別な部屋があるんだ、やるならそこでやってくれ。あそこなら多少の悲鳴や破壊音は外に漏れないからな」




 ◇◇◇




 三人はじめじめとした空気の漂う地下室へと移動した。

 壁には対魔術用の強化術式が刻まれ、中央には鉄製の椅子が置かれている。


「念のためだ。後で訴えないでくれよ」


 エドヴァルドの手際よい詠唱により、アルドリックの両手足が椅子に固定された。

 まるで今から拷問でも行われるかのようなその光景に、シャルミーヌは不安げに身を震わせる。


「大丈夫だ。たとえ俺が君を憎んだとしても、それは一時的な魔法の作用に過ぎない」


 アルドリックの瞳には一点の曇りもなく、彼女の望みなら毒だろうと喜んで飲み干すという狂信的な決意が宿っていた。


「俺は永遠に君の味方だ」


 シャルミーヌは彼を信じるように小さく頷くと、震える手で小瓶を彼の口元に運んだ。


「一気に飲み干せ。一滴も残すなよ」


 エドヴァルドの指示にアルドリックは迷うことなく顎を上げ、一気に紫の液体を煽った。


「う……ああ、あああああッ!!」

 

 直後、アルドリックの身体が弓なりに反り激しく痙攣した。瞳からは光が消え白目を剥き、首筋には黒い血管が浮き上がる。その凄まじい変貌ぶりにシャルミーヌは後悔しつつ、彼の無事を祈ることしかできなかった。


 しばらくして痙攣が収まると、彼は力なくうなだれ、そのまま動かなくなった。




「アル……? い、生きてる……?」



 シャルミーヌがおそるおそる声をかける。

 ゆっくりと顔を上げたアルドリックの瞳には、先ほどまでの慈しみは欠片も残っていなかった。

 そこに宿っていたのはドロドロと煮えくり返るような、昏く重い怒りだ。


「ああ……シャルミーヌ! なんて、なんて忌々しい……!!」


 地の底から響くような恨みがましい声に、シャルミーヌはびくんと肩を跳ねさせた。

 アルドリックの殺気は凄まじく、魔法の拘束具がミシミシと悲鳴を上げている。


「お前が憎い! 視界に入るだけで虫酸が走る! お前がこの世に存在していること自体が許せない!」


「ひっ……!」


 彼が放つ本気の殺意に、シャルミーヌは直感した。これは嫌いを通り越して、抹殺対象を見る目だ。

 あまりの恐怖にガタガタと震え上がり、エドヴァルドの背中に隠れようとしたその時――。



「ああ、吐き気がする。……だが、お前がいない世界を想像するのはもっと吐き気がする!」



 アルドリックの言葉が、斜め上の方向へと加速し始めた。



「いっそお前の手足を縛り、誰にも手が届かない場所へ閉じ込めてやりたい……! 永遠に俺だけを見て、俺だけの所有物モノになればいい!そうすれば、この忌々しい執着も少しは収まるのにっ……!」


「…………え?」



 シャルミーヌの震えがピタッと止まった。



「ああ……そうだ。お前を誰の目にも触れない場所に隠し一生俺の監視下に置くことこそが、最高の保護だと……そう思わないか? お前の人生は、今日この瞬間から俺という檻の中で終わるんだ。喜べ、シャルミーヌ……!」



 アルドリックは憎悪に満ちた表情のまま、恍惚とした歪んだ笑みを浮かべている。



「……ねえ、エドヴァルドさん。これは一体どういうことなの? 彼は私を嫌ってる、のよね?」



 シャルミーヌが目を白黒させながら聞くと、エドヴァルドは完全に想定外だという表情でアルドリックを見ていた。



「……信じられん。感情が反転しきった結果、一周回って狂気的な独占欲になったらしい。愛と憎しみは紙一重ってやつか……?」



 エドヴァルドは顎をさすりながら、シャルミーヌに呆れたような視線を向ける。



「お嬢さん、あんた……素の状態で一体どれだけこいつに好かれてたんだ? 元の愛情がデカすぎて、反転してもプラス側に漏れ出してるぞ」


「はっ……はい!? そんなわけないでしょ、ただの幼馴染ですよ!?」



 顔を真っ赤にして否定するシャルミーヌに対し、アルドリックは拘束具を引きちぎらんばかりの勢いで身を乗り出した。



「黙れ、この美しい化け物め!くそっ、お前のその声すらも永遠に俺だけのものにしたい……!愛しているぞ、この薄汚い女神め……!」


「もう支離滅裂じゃない!!」



 シャルミーヌは頭を抱えた。アルドリックの瞳には魅了されていた時よりもさらに強固な、底知れぬ狂気の光が宿っている。もはや好きか嫌いかという次元ではなく、死んでも彼女を逃がさないという執念の塊だ。



「……一応聞くけど。これで固着状態自体は解けたの? 解けたのよね? 薬の効果が切れれば元のアルに戻るのよね……?」



 シャルミーヌの最後の希望を込めた問いに、エドヴァルドは気まずそうに目を逸らした。



「いやあ……解けてねえなあ。反転した衝撃で、魅了が魂の深くまで絡んじまった。おまけにこれだけ感情が強すぎると、薬の効果が切れてもこのヤバい状態が定着する可能性がある」



 彼はポリポリと頬を掻き、他人事のように付け加えた。



「まあ、万に一つもないとは思うが。もしかしたら一生このままかもしれん。……すまん」



「すまんで済むなら騎士団はいらないのよ!! 悪化したじゃない!! どうすればいいのよこれ!!」



 魅了を解くために訪れたはずが、自らの手でより逃げ場のないところまでアルドリックを突き落としてしまったのだ。

 シャルミーヌは愛憎の極致に至ったアルドリックに見つめられながら、自分の未来がより一層混沌としていくのを確信した。






おめでとう! 

アルドリックは ヤンデレに しんかした!

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