32話 『心』
「──ぅ、ぅん……」
瑠香はゆっくりと目を開く。
見慣れない天井が見えた。
どうやら、ベッドに寝かされているようだ。
目を瞬く瑠香。
その時、何かが瑠香の視界を遮る。
「あ、目が覚めたみたい。彼を呼んできて!」
それは人の顔だった。
美しい少女だ。
さらさらとした金髪。
透き通った青い瞳。
その瞳が瑠香を見ていた。
瑠香が目を覚ましたの見ると、瑠香から視線を外して何かを言う少女。
「あの……ここは……」
「大丈夫? 何があったか思い出せる?」
少女にそう言われ、瑠香は記憶を掘り起こす。
「そうだ、私、海に落ちて……」
そして、意識を失う瞬間に見た物を思い出す瑠香。
「そ、そうだ、海賊船が」
「うん、大丈夫そうだね」
頷く金髪の少女。
「あの、あなたは……」
瑠香の問いに、薄い胸を張る少女。
「アタシはミシェル。この船の船長だよ!」
「船?」
首を傾げる瑠香。
その時、部屋の扉が開き、一人の少年が部屋に入ってくる。
「瑠香、大丈夫か? 気分はどうだ?」
その顔を見て瑠香は驚く。
「充!」
「大丈夫そうだな」
そこには充が立っていた。
瑠香の様子を見て安心した様子の充。
「充、ここは?」
「船だ。海に落ちたお前を引き上げてくれたみたいだ。俺も世話になってる」
充が答える。
「あの時、船なんてなかったけど……」
瑠香は首を傾げる。
「え? さっき自分で言ってたじゃん。海賊船って」
金髪の少女が不思議そうに言う。
「え、じゃあまさか、ここは……」
瑠香は息を呑む。
それを見ていたずらっぽく笑う少女。
「ようこそ、ミシェル海賊団のジャスティン号へ!」
「か、海賊!?」
瑠香は驚いて叫んだ。
「そのとーり。で、アタシは船長のミシェルだよ」
「じゃ、じゃあ、あなたが私たちを助けてくれたんですか?」
「うん、そうだよ」
瑠香の言葉にミシェルと名乗った少女は頷く。
「で、でも、海賊だって……」
「うん、そうだよ。ま、勝手にそう呼ばれてるだけなんだけどね」
足をブラブラさせながらミシェルは言った。
「え?」
「何か深い事情があるみたいだ」
首を傾げる瑠香に充が言う。
「俺たちは元の世界に帰りたいんだ。この世界のことを教えてくれないか?」
「うん、いいよ? ──でも」
目を細めて笑うミシェル。
「先に、そっちの事情から聴かせてもらおうかな?」
「わかった」
充は素直に頷くと、自分と瑠香の状況を話す。
「ふぅん、異世界から……。大変だねぇ」
同情したように瑠香を見るミシェル。
「こっちの事情は話した。次はそっちだ」
「せっかちだなぁ。そんなんだと女の子に嫌われちゃうぞ」
「知るか」
悪戯っぽく笑うミシェルの言葉に、顔を背けて言う充。
「ま、約束は守るよ。話せる範囲で、だけどね」
「ああ、構わない」
頷く充。
「ね、君たち、海賊って聞いてどう思う?」
唐突にミシェルが二人に訊ねる。
「怖い人たち、って感じかな……」
「そうだな。悪いが、いいイメージはないな」
「だよね。さっき名乗った通り、アタシたちは『海賊』。でも、好きでやってるわけじゃない」
天を仰ぎミシェルは言う。
「この世界の名前は『海洋世界』。星のほぼ全てが海で覆われている世界だよ」
「海の星……」
瑠香の呟きに頷くミシェル。
「この世界には、たくさんの国をまとめている『統制議会』ってものがあるんだ。で、その統制議会と、その支配下にある国を全部まとめて『世界統治機構』っていうの」
「『レベル』か……。ユナイテッドと似ているな」
「そう、君たちの世界にあるその組織と、似てないこともない」
だが、そう言うミシェルの顔は苦々しいものだった。
「でも、レベルの統治は酷いものさ。例えばだけど、レベルの許可証がないと海を航海しちゃダメ、とかね」
「だが、この世界はほぼ全てが海洋なんだろ。厳し過ぎないか?」
「そう、でも、いつの時代にも自由を夢見る者はいる。そうして、海へ出た者の末路は酷いものだよ」
ミシェルは悲しそうに言う。
「どうなるんだ?」
充が訊く。
「『海賊』呼ばわりされ、港にも入れてもらえず、世界中の国々から指名手配。挙句には祖国にすら帰れず、してもない略奪行為をなすり付けられ、そのまま死刑、だよ」
「ひどい……」
瑠香は口を覆う。
「だけど逆らえない。それほどまでにレベルは強大なんだ」
「つまり、この船に乗ってる者たちは……」
「本物の無法者もいるけどね。無実の罪で国を追われた者たちばかりだよ」
首を振るミシェル。
「それで、異世界に行く方法は……」
「ごめん。たぶんレベルの管理の下にあるんだ。でも、君たちはもう既にこの船に乗っている。このままじゃ海賊扱いだ」
「いや、助けてもらったんだ。帰る方法は自分たちで探すさ」
充は申し訳なそうにしているミシェルに言う。
「そう。でも、行く当てはあるの?」
「──ない」
顔を顰めながら充は言う。
「二人増えたくらい問題ないし、しばらく面倒見てあげよっか」
「いいのか」
「もっちろん! このミシェルに任せておきな!」
ドンと胸を叩くミシェル。
そこで充が眉を顰めて言う。
「ところで、ずっと気になっていたんだが、あんたが船長ってのは本当なのか?」
「うん、ほんとだよ」
頷くミシェル。
「なぜ、あんたが船長を?」
「そんなの簡単なことだよ」
指をピンと立てるミシェル。
「アタシが、強いから。この船で一番、ね」
そう言うと、ミシェルは声を上げて笑った。
「ミシェル、あんた『魂魄』は使えるよな?」
「うん、もちろん。どして?」
話が一段落ついたとき、充がミシェルに訊く。
首を傾げるミシェル。
「瑠香に『心技体』を教えてほしいんだ」
瑠香の肩に手を置く充。
聞きなれない言葉に困惑する瑠香。
「なんで? 君も使えるでしょ?」
「使えるんだが……俺に『魂魄』を教えてくれた人からは、まだ人に教えるなと言われてる」
「なるほどねぇ。確かに、素人が教えると酷いことになるからね。その人の判断は正しいかも」
充を見ながらニヤニヤと笑うミシェル。
「俺じゃ不十分だってことくらい分かっている。だから頼んでいるんだ」
顔を顰める充。
ミシェルは頬に指を当てると、しばらく考える素振りを見せた。
そして、口を開く。
「ん~、別にいいよ。どうせ暇だし」
「ありがとう。助かる」
素直に頭を下げる充。
「ほい、じゃ、さっそく始めるよ~」
そう言い、瑠香に飛びつくミシェル。
「ひゃあっ!」
「おい、何をして……」
充が止めようと足を踏み出す。
「ちょっとぉ、ここからは男子禁制だよ。早く出てって」
「充! 見ないでぇ!」
「なっ」
そこにはミシェルによって半裸に剥かれた瑠香がいる。
かろうじてシーツで肌を隠す瑠香。
それを見て固まる充。
「もう! 早く、出てけって、言ってるでしょ!」
そう言い思い切り腕を振るミシェル。
「ぐッ!」
すると、離れた場所に立っていた充が、廊下に向かって吹き飛んで行く。
充が外に出ると勝手に閉まる扉。
扉の向こう側から、くぐもった呻き声と激突音が聞こえる。
「あ、あの、充は……」
「だいじょぶだいじょぶ。あれくらいじゃ怪我すらしないって」
手をヒラヒラと振るミシェル。
「じゃ、始めよっか。ほら服脱いで」
「は、はい」
言われるがまま服を脱ぐ瑠香。
「じゃ、これ着て」
「これは……?」
ミシェルが手渡してきたのは動きやすそうなシャツとスカートだった。
「これから船で過ごすんだから、動きやすい服の方がいいでしょ?」
そう言い笑うミシェル。
言われた通りに服を着替える瑠香。
「うん、似合ってるね。じゃあこっち来て」
服を着た瑠香を見て満足げに頷くと、ミシェルは手招きをする。
「まずは、『魂魄』の基礎を教えてあげる」
「基礎、ですか?」
「そう。『魂魄』が何かは知ってる?」
首を傾げる瑠香にミシェルは指を立てる。
それに頷く瑠香。
「よし、じゃあ、基礎中の基礎、『魄』の『心体技』からいこう」
「魄だから、身体エネルギーの方ですよね」
「そう。その身体エネルギーの流れを感じるところからだね」
「感じる?」
「そう。感じられる? 自分の体の力」
ミシェルの言葉に首を振る瑠香。
「そう。普通はエネルギーの流れなんて感じられない。だから、今から感じることが出来るようにしてあげる」
そう言うとミシェルは瑠香の近くまで歩いてくる。
そして、手を伸ばし瑠香の胸の中央に触れる。
「え、えっと、何を……?」
困惑する瑠香。
「今から、私の手から魄を流すから、それで流れを感じて」
そう言い目を閉じるミシェル。
瑠香も目を閉じる。
「いくよ」
ミシェルが囁くのと同時に、何かが瑠香の中に流れ込んできた。
それは、ゆっくりと瑠香の中に広がっていく。
その動きを辿る瑠香。
すると、見えた。
瑠香の体を流れる『魄』が。
更に、それを辿る瑠香。
それは瑠香の全身に広がっていた。
「よし、見つかったね。もう目開けていいよ」
ミシェルの言葉に瑠香は目を開ける。
「よし、『心』は完了だね」
「あの、その『心体技』っていうのは……」
「魄には三つの段階があるの。それが『心体技』。一番最初の『心』は魄の流れを掴む事だよ」
そう教えてくれるミシェル。
「それじゃ、今日はここまで! もう遅いし、ご飯食べたら早く寝ちゃいな。明日はもっとキツいからね」
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げる瑠香。
手を振りながら部屋を出ていくミシェル。
『──相変わらずだな』
ポツリと、そう呟く声がした。
その声に瑠香は驚く。
「世界軸!?」
『おう、大丈夫だったか?』
「うん、ありがと。ごめん、私、世界軸のことすっかり忘れてた」
『相変わらず、ひでーな』
笑う世界軸。
「さっきの『心』、世界軸も手伝ってくれたの?」
『いや。俺は何もしてねーぜ』
「そうなの?」
瑠香は驚く。
やけにスムーズに済んだので、世界軸が手伝ってくれたのかと思ったのだ。
『ああ、お前の力だぜ』
「そ、そうなんだ」
瑠香は少し嬉しくなって、立ち上がる。
『どこ行くんだ?』
「ごはん。おなか空いたもん」
そう言い瑠香は部屋を出た。




