↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/205

31話 秘境の出会い

 

「ここ、どこよ……」


 日和は暗い森の中で一人呟く。

 その表情は心細げだ。


 辺りを見渡しても、巨大な木々の幹が見えるだけ。

 上を見上げても、生い茂る葉が遮り空は見えない。

 だからこんなに暗いのだろう。


 ユナイテッドの試験に合格した日和。

 試験後、奥の部屋に進みユナイテッド本部に繋がる『転移結晶』に触れたのだ。

 だが、ここはどう見てもユナイテッドの本部などでない。


「転移の失敗……? トラブル、なのかな」

 転移の仕組みについて詳しくは知らないが、何かトラブルが起きたに違いない。


 ならば、帰る方法を考えなくては。

 まず、ここはユナイテッドがある『異能世界』ではないだろう。

 ここが、『別の異世界』だとすると世界を転移しなくてはならない。


「あ、そう言えば、これ……」

 日和は指に嵌めた『強制帰還装置』を見る。

 だが、それが起動する兆しはない。


 溜め息を吐く日和。

 そして歩き出す。


 取り敢えず、人がいる場所を探すことにする。

 そうすれば、この世界のことがわかるだろう。

 もしかしたら、帰る方法も分かるかもしれない。


 日和がそんなことを考えていたその時。

 何かの気配を感じ取る日和。


 日和は立ち止まる。

 そして、辺りを見渡す日和。


 それは、日和の右手側にいた。


 半透明で薄く輝く体。

 しかし、圧倒的な存在感を放つ、それ。

 実体がないように見えるが、おぼろげな輪郭から、巨大な鹿のような形をしていることがわかる。


 息を詰める日和。


 これは、とんでもない。

 異能に目覚めた日和ですら、全く相手にならない。

 そう思わせるほどの覇気が空気を震わせる。


 先に動いたのは、半透明の鹿のほうだった。


 巨大な角が生えた頭を下げる。


 警戒し、身構える日和。

 しかし、半透明な鹿はそのまま頭を上げると体の向きを変えた。


 不可解な行動に驚く日和。

 鹿のような『それ』は既に立ち去ろうとしていた。


「ま、待って──!」

 日和は思わず声を掛けてしまった。


 ゆっくりと、こちらを見やる『それ』。


 その体は半透明のままだが、日和ははっきりと目の位置が分かった。

 こちらを見据える鹿。


 その目を見て日和の心は震える。

 それは、恐怖ではない。

 感銘に似た、何かだ。


 叡智を宿した、深い深い瞳。

 慈悲深きその瞳に、敵意など一欠片も存在していなかった。


 一体、どれほど生きたのだろうか。

 その生きた歳月を、考えずにはいられなかった。


『──人の子よ──』


 声が、聞こえた。

 大地から滲み出たような、空から降りてきたような。

 大気を震わすほどの声のような、微かな囁きのような。

 そんな声だった。


『──我らが王の、末裔よ──』


 再び声が聞こえる。

 日和は理解した。

 これは、目の前の鹿の声だ。


『──王の血は、蘇った。虚ろを埋める空白が、やがて来る』


 何かを語る鹿。

 日和はそれに耳を傾ける。


 そして、踵を返す鹿。

 日和は何も言わずその姿を見つめる。


 少し歩くと、その姿はふと掻き消えた。


 ほっと息を吐き、肩の力を抜く日和。


「あれ、なんだったんだろ……」

 日和は鹿が去って行った方向を見て呟く。

 取り敢えず、襲われずに済んでよかった。

 あれに襲われたら、ひとたまりもないだろう。

 そんなことを考え、再び歩き出そうとした日和。

 その時だった。


「ひゃ」

 手に何かが触れたような気がして、小さく悲鳴を上げる日和。


 手を見ると何かがくっついている。

 それは、毛玉だった。

 ふわふわとした毛玉。

 手も足もなく、目や口もない。


 だが、意志を持っているかのように日和の周りを飛び回っていた。


 ふわふわ漂いながらも時々、日和の体にくっついてくる。

 日和が人差し指を立てると寄ってきて、そこに止まる。


「ふふ、かわいい」

 思わず笑みを溢す日和。


 毛玉は日和の指を離れると、少し離れたところでゆらゆらと揺れる。

 まるで、誘っているようだ。


「こっちに来い、ってこと?」

 日和が近付くとまた離れてゆらゆらと揺れる。

 また近付けば、少し離れて同じことを繰り返す。


 そこで日和は気が付いた。

 毛玉が少し増えてる。


 毛玉に付いて歩いていると、更に増えていく。


「友達、かな」

 歩きながら日和は笑う。




 毛玉に付いて行き、しばらく歩いた。

 その間に毛玉は徐々に増えていき、今ではかなりの数になっている。


 日和を案内していた毛玉がふと止まる。


 日和も立ち止まり、辺りを見渡す。

 もやが立ち込め、視界が悪い。


「これは、煙?」

 そう言い、日和は気が付く。


 煙ではない。

 霧でもない。

 これは──


「湯気?」

 日和は少し歩く。


 すると見つけた。

 湯気の出処。


「これ、もしかして、温泉?」

 岩場に隠れて湯が沸き出ていた。


 そっと手を入れてみる。

 少し熱いが、入ることが出来る温度だ。


「もしかして、ここに案内してくれたの?」

 もうどれがどれだか分からなくなってしまった毛玉に声を掛ける日和。

 日和の言葉に、まるで頷くかのように上下に動く毛玉たち。


「ありがと」

 一番近くの毛玉に、つんと触れる日和。

 その毛玉はくすぐったそうに離れていった。


「さて、どうしよ」

 日和は立ち上がると呟く。


 なんだか、とても疲れた。

 たくさん歩いたせいで汗もかいたし、少し汚れてしまったところもある。


「誰もいないし……少しくらい、いいよね」

 日和は一人呟いた。




「はぁ~、気持ちいい~!」

 手足を伸ばし、肩まで湯につかる日和。

 温泉は、日和がちょうど座って入れるくらいの深さだった。


 ほっと息と吐くと、空を見上げる。

 この辺りは木が生えておらず、空を見ることが出る。

 空はすっかり暗くなり、星が瞬いているのが見える。


 だが、明かりなどないため少し暗い。

 日和がそんなことを考えていると。


 毛玉の一つがふるふると震え、ほんのり輝き始めた。

 それを受け、次々と輝きだす毛玉たち。


「わ、きれい!」

 まるでホタルかのように光るその光景は、とても幻想的だ。

 日和が頬が緩むのを感じた。


 最近は異能に目覚めたり、異世界に来たりといろいろ忙しく、心を休める機会がなかなかなかった。


 ──たまには、こういうのもいいかもしれない。

 日和はゆっくりと目を閉じる。


「──」

 その時、何かが聞こえた気がして日和は耳を澄ます。


「──ぁぁぁぁ──」

 やはり、何か聞こえる。

 しかも、だんだんと近付いてきている気がする。


 日和は立ち上がろうとして、自分が今非常に無防備な姿であることを思い出す。

 慌てて、湯から出ようとする日和。

 しかし、その動きを止める。


「──ぅぁぁぁぁぁぁあああああ──」

 今度こそ、はっきりと聞こえた。

 日和は、音が聞こえる方向を向く。

 そして、目を細めた。


 異能に目覚め、鋭敏になった視力が『それ』の姿を捉える。

 空から、何かが飛んでくる。

 それも、こちらに向かって。


「──ぅゎぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッ!!」

 それは日和が行動を起こす暇さえ与えず、猛スピードでこちらに突っ込んできた。

 わらわらと逃げていく毛玉たち。


 何かが地面に激突し、轟音が鳴り響く。

 衝撃で地面が少し揺れた。

 朦朦と舞う土煙。


 その奥に何か長細い影が見えた。

 唖然として、それを見る日和。


 段々と土煙が晴れ、その姿が見えてきた。

 木製の柱だ。


 そして、一人の人間が、逆さまになって柱に括り付けられている。

 その人間とバッチリ目が合う日和。


 まだ、少年だ。

 日和と同い年くらいだろうか。

 状況が読み込めず、思考停止してしまう日和。

 しばらく沈黙が続く。


「──なあ」


 先に沈黙を破ったのは少年の方だった。

 逆さまのまま、顔を背けて日和に語り掛ける少年。


「風呂入ってる途中で悪いんだけど、──この縄、解いてくれないか」

「へ?」


 間抜けな声を出す日和。


 今、少年は何と言った?


 縄を解いてくれ、と言った。

 確かに少年は縄で縛られている。


 いや、そっちではない。


 入浴中?

 誰が?


 日和だ。


 そこで日和は気が付く。


 見ず知らずの少年の前で、自分が真っ裸でいることを。


「──っ」

 真っ赤の染まる日和の顔。

「あ?」

 少年が怪訝そうな声出す。


「きゃあああああああああああああああああっ!!」

 そんな日和の悲鳴が、夜の森に響き渡る。




「いてて……ありがとよ、助かったぜ」

 縄で縛られていた場所をさすりながら、礼を言う少年。


 だが、日和は顔を背けて答えない。

 その顔はまだ少し赤い。


「なあ、悪かったって」

 困ったような顔をする少年。


「……見た?」

「は?」

「見た?」

 少し目つきを鋭くし、日和は問う。

 何を、とは言わない。


「暗かったし、何も見えなかったぜ」

 肩を竦めてそう言う少年。 

 その言葉に溜め息を吐く日和。

 それ以上は追及しないことにする。



 あの後、少年に目を瞑らせ、急いで服を着た日和。

 そして、少年を縛る縄を解いてあげた。

 かなり固く結ばれていたため、ほんの少し『雷』を使い焼き切った。


「それでお前、名前は?」

 少年に訊かれ、まだ名乗ってないことに気が付く日和。


「私、雷門日和。あなたは?」

「俺は風谷隼人だ。よろしくな」

 隼人と名乗った少年は手を差し出す。

 その手を握る日和。


「それで、日和だったか? ここがどこだかわかるか?」

「ごめん、私も分からない……」

「そうか……」

 困ったように頭を掻く隼人。

 日和の目は、その指に嵌まったものに吸い寄せられる。


「そ、それ、もしかして『強制帰還装置』じゃ……」

「なんで知って──、ってお前もつけてるじゃねーか。お前どこから来たんだ?」

「私は異能世界ってところから」

「何? 俺も同じだ。異能世界から来た」

 驚いたように言う隼人。


「じゃあ、隼人もユナイテッドの試験を?」

「ああ、受けてたぜ。俺はAスタジアムだ」

「私はBスタジアムだった」

「すぐ近くじゃねえか」

 更に驚いた様子の隼人。

 日和も驚いていた。


 同じ境遇の人と異世界で出会うとは。

 一体どんな偶然だろうか。


「なるほど。しっかし困ったな」

 腕を組む隼人。


「俺とお前、どっちもこの世界のことを知らない。これじゃ帰る方法がわからないぜ」

「私は人を探そうと思ってたけど……」

「やめといたほうがいいぜ。俺は殺されそうになった」

 首を振る隼人。


「じゃ、じゃあどうすれば……」

「取り敢えず、お前さえ良ければ一緒に帰る方法を探そうぜ。どうせ目的は同じなんだ」

「私はいいけど……」

 日和は頷く。

 すると隼人は笑みを浮かべた。


「助かるぜ。正直言えば、異世界に一人きりで心細かったんだ」


 日和も、その気持ちは理解できる。

 こうして誰かと話すことが出来るだけでも、安心している自分がいるのだ


「本当は、今すぐにでも帰る方法を探したいんだけどな……もう夜だ。あんまり動き回らない方がいいな」

 天を仰ぎ言う隼人。

 日和もその意見には賛成だ。

 日和が頷こうとした時。


 隼人が弾かれた様に、近くの茂みを見る。


「ど、どうしたのよ」

「しっ、何か来る!」

「何かって……」


 素早く身構える隼人。

 日和も立ち上がると、そちらの方を見る。


 耳を澄ますと確かにガサガサという音が聞こえる。

 音は段々と近付いてくる。


 緊張が高まる。


 そして。


「来るぞ!」

 隼人が叫ぶのと同時に茂みから何かが飛び出してくる。


 それは、黒い布を身に纏った人間だった。

 フードを目深にかぶっているため、顔は見えない。


「誰だ!」

 隼人は警戒心を露にし、その者に問う。


 人影はフードを外した。

 長く伸ばした美しい黒髪が、はらりとフードから零れ落ちる。


「あなたたちは……」

 綺麗な声が言う。

 恐らく、女性だ。


 女性は困惑したように呟く。


「お前、誰だ?」

 構えを解いた隼人が再び問う。


「私は、シノ。ただの旅人よ」

 シノと名乗る女性。

「あなたたちは?」


「俺は隼人だ。それで、こっちは……」

「日和です」

 隼人と日和も名乗る。


「隼人君と日和さんね。ここでなにを?」

「迷ったんだ。実は異能世界ってとこから──」

 隼人が自分たちの状況を話す。



「なるほど、ユナイテッドの試験中のトラブルってことね」

「ユナイテッドを知ってるのか?」

 驚いたようにシノを見る隼人。

「ええ。行ったことがあるわ」

 その言葉に更に驚く日和と隼人。


「じゃ、じゃあ、帰る方法とかは……!」

 日和は言うが、シノは首を振った。

「ごめん。今はないの」

「そうですか……」

 その言葉に肩を落とす日和。


「ただ、この世界にあった文明の跡を見つければ、帰れるかもしれないわ」

 シノはそう言う。


「文明の跡って?」

 隼人は首を傾げる。

「この世界は『神獣世界』。かつて魔獣と人が共存していたと言われる世界よ」

 シノは語る。


「遥か昔、この世界は魔獣を操り、高度な文明を築いた王国があったの。今は滅びてしまっているけどね」

「なあ」

「うん?」

 シノの話を遮り、隼人が手を上げる。


「魔獣ってなんだ?」

「はぁ?」

 シノは呆れたような声を出し、額に手を当てた。


「魔獣っていうのは、特殊な生物のことよ。魔獣は生まれながらにして特殊能力を持っているの。例えば、あれとかね」

 ふわふわと飛んでいる毛玉を指すシノ。


「なんで力を持ってるんだ?」

「簡単よ。君たちも使える『魂魄』を、彼らも使えるの」


 わかりやすく解説してくれるシノ。


 いや、それよりも。


「どうして、私たちの『魂魄』のことを知ってるんですか?」

 日和は疑問を口にする。

 それを聞き、溜め息を吐くシノ。


「やっぱりね。そんなことだろうと思った」

「え?」

 首を傾げる日和。


「君たち、『魂魄』の使い方知らないでしょ?」

「そんなことないぞ」

 ちょっとムッとしたような顔をする隼人。


「ほら、ちゃんと使える」

 隼人が手を振ると落ち葉が巻き上がる。


 話に聞いていた隼人の『風』だ。


「他には?」

「え?」

 シノの言葉に怪訝そうな顔をする隼人。

 それを見て頷くシノ。


「やっぱり。変だと思ったのよ。力は持ってるのに、全く使いこなせてない」

「おい、どういうことだ?」

 隼人が訊く。


「君たち、このままじゃ危ないよ。なにせこの世界の魔獣はかなり強いからね。すぐに死んじゃうよ」

 その言葉にゾッとする日和。

 こんなところで、死にたくはない。


「おい、その使い方ってやつ、教えてくれよ。俺、強くなりたいんだ」

 隼人は真剣な面持ちで言う。

 シノは頷いた。


「いいよ、君たち二人とも私が面倒見てあげる。まずは基礎からだね」

 指を立てるシノ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。