30話 勇者
「ぅ……」
軽く呻き、茉菜は体を起こす。
辺りを見回す。
茂みの中で倒れていたようだ。
額に手を当てて、ここに至るまでの経緯を思い出そうとしてみる。
「──だめだ。思い出せない……」
ユナイテッドの試験に合格し、『転移結晶』に触れたところまでは覚えてる。
その後が思い出せない。
どうやら、気絶していたようだ。
立ち上がろうとした茉菜は、動きを止めた。
向こうに人の気配がする。
茂みからそっと外を伺う茉菜。
そして、息を呑む。
近くに城がそびえ立っているのが見える。
そこは城の中に庭園だろうか。
花が美しく咲き乱れている。
その中に、ガーデンテーブルと椅子が置かれている。
そしてそこに一人。
まるで絵画から飛び出してきたような、美しい少女が座っていた。
茉菜と同い年くらいだろうか。
風にそよぐ長い金髪。
碧色の瞳で、どこか物憂げに夕暮れ時の空を見つめている。
純白のドレスは豪奢過ぎず、少女の魅力を最大限に引き出している。
茉菜が少女に見とれていた、その時。
城と庭園を繋ぐ扉がゆっくりと開く。
そこから、白髪の青年が歩み出る。
顔は非常に整っていて、瞳の色は青だ。
痩せて見えるが、その身のこなしからは相当鍛えられていることが窺い知れる。
そして、その腰に下げられた剣。
(ここ、もしかして異世界じゃ……)
本物の刀剣を見て茉菜は思う。
歩いてくる青年を見て、座っていた少女はパッと表情を明るくする。
そして、椅子から立ち上がると嬉しそうに声を上げる。
「ダイキ! もう戻ったのですね!」
「よ、姫さん。悪いな、待たせちまって」
頭を掻くダイキと呼ばれた青年。
「なんか、町で怪しい奴が暴れまわってたみたいでよ」
「まあ、もう捕まったんですか?」
「や、逃げられちまったらしい」
溜め息を吐くダイキ。
「──それで、お前がその犯人か?」
そう言うダイキ。
茉菜は肩を震わせる。
視線をこちらに向けるダイキ。
気付かれている。
「狙いは姫さんか? なんでもいいが、早く出てきた方がいいぜ」
剣の柄に手を掛けるダイキ。
それを見て、茉菜は慌てて立ち上がる。
「ち、違うんです! 私、目が覚めたらここにいて……」
突然現れた茉菜に目を丸くする少女。
「ま、お前に戦う気がないことは気配で分かっている。だが、少しばかり質問させてもらうぜ」
その言葉に胸を撫で下ろす茉菜。
「お前が騒ぎの犯人か?」
「騒ぎ? いいえ、知りませんけど……」
「そうか。犯人は見たこともない服着た少女だって聞いたんだがな」
その言葉に自分を見る茉菜。
確かに、それだと茉菜も当てはまる。
「じゃ、違うんだな。それで、お前は誰だ?」
「あ、えっと、私は……」
名乗ろうとした茉菜はそこで口を止める。
足音が聞こえる。
こちらに向かってくる。
それはだんだん大きくなり、扉の前で止まる。
勢い良く開かれる扉。
そして──
「うわぁ! イケメン!?」
現れた黒髪の少女は、ダイキを見て眩しいものでも直視したかのように目を覆った。
「目が潰れる!」
「何勝手に潰れてんだ」
溜め息を吐くダイキ。
「で、お前が騒ぎの犯人か」
「あ」
ダイキの言葉で茉菜も気付く。
黒髪の少女は茉菜と同じく現代的な服装をしていた。
「あ、ごめんなさい。確かに騒ぎは起こしてしまったかも……」
手を合わせる少女。
「かなりの衛兵がいたはずだが? それに、どうやって城に入った?」
目を細めるダイキ。
「あ、走って逃げっちゃった。お城へは、窓まで跳んで」
頭に手を当てる少女。
その言葉にダイキは溜め息を吐く。
「はぁ、こんな女の子一人捕まえられないとは……鍛え直さなきゃな。それで、ここに来た理由は?」
「私、異世界から来ました。でも、帰れなくなってしまって……」
茉菜は驚く。
少女が語った境遇は茉菜と全く同じものだったのだ。
「異世界から? 帰りたいのか」
「はい」
「ダイキ」
そこで金髪の少女が口を開く。
その顔は少し不安そうだ。
少女の方を見て頷くダイキ。
「悪いが、異世界に行く方法はこの国にはない。この世界の中を転移することは出来るんだがな」
「それがある国は?」
「──やめといたほうがいいぜ」
首を振るダイキ。
「なんせ、その国とこの国『サンディアール』は今戦争中だ」
「そう……」
肩を落とす少女。
「あの、ごめんなさいね」
金髪の少女が申し訳なさそうに声を掛ける。
それに首を振る黒髪の少女。
「いえ、大丈夫です……」
「それで、お前、名前は?」
「あ、ごめんなさい。名も名乗らずに。私、凛と申します。光坂凛です」
凜と名乗った少女はぺこりと頭を下げた。
「本当は捕まえて衛兵に引き渡さなきゃいけないんだけどな。そういう事情があるんなら、特別に見逃してやる」
「ありがとうございます」
ダイキは凜に向かって言う。
「それで、お前は?」
今度は茉菜の方に向き直るダイキ。
「私は茉菜です。相水茉菜と申します。実は……」
そうして、茉菜は凜が語ったのと似た、自身の境遇を話す。
「ええ、茉菜さんもユナイテッドから!?」
「はい。凜さんもユナイテッドから来たんですね」
「うん! すごい偶然」
頷き合う二人。
「そのユナイテッドが何なのかよくわからんが……どうやら、お前ら似たような境遇なようだな」
ダイキは腕を組み言う。
「お前ら、行く当ては?」
ダイキのその言葉に、顔を見合わせて同時に首を横に振る凜と茉菜。
「そうか。なら、俺が面倒見てやるよ」
「いいんですか?」
「ああ、また騒ぎを起こされても面倒臭いしな。お前ら、強いだろ?」
その言葉に驚く茉菜。
戦ってもないのに、よく力を見抜けたものだ。
「と言う訳でよろしくな」
手を差し出すダイキ。
そのダイキを、横からつつく金髪の少女。
「なんだ、姫さん」
「ダイキはまだ名乗ってないですよ?」
「ん? ああ、そうだな」
指摘されて少し顔を顰めるダイキ。
「俺は、ダイキ。この『魔法世界』を守護する勇者、だ」
「魔法……ゆうしゃ?」
ファンタジーでしか聞かない称号を名乗るダイキ。
「それで、こっちが……」
ダイキは金髪の少女の方を向く。
それを受け、金髪の少女は立ち上がる。
そして、ドレスの裾を摘まむと、なんとも優雅なお辞儀をする。
「わたくし、シエラ・ロワ・デ・サンディアール、と申します。この国の、王族でございます」
涼やかな声でそう名乗るシエラ。
「って、え! 王族!?」
「はい」
にこやかに頷くシエラ。
「お、王女様……」
凜は絶句する。
茉菜も同じようなものだ。
「凛様と茉菜様、でしたか? 私、異世界にとても興味があるんです。良ければお話してくださいませんか」
目をキラキラとさせて無邪気な顔でこちらを見るシエラ。
その様子に苦笑するダイキ。
「姫さん、そろそろ日が暮れる。話は部屋に戻ってからにしたらどうだ?」
「そうですね。ではお二人とも、こちらへ」
シエラが城に繋がる扉の方へと歩き出す。
凛と茉菜もその後に続いた。




