22話 目覚め始めるナニカ
「はぁ……」
珍しく落ち込んでいる様子の心。
「──どうする?」
実辰は隣の日和に小声で話しかける。
「ほっとこ。いつもより静かだもん」
肘をついてリングで行われている試験を眺めている日和。
「だ、大丈夫ですかね……」
すこし心配そうな茉菜。
「大丈夫もなにも、あれでしょ? マラソンで一位になれなかったから拗ねてるんでしょ?」
今、実辰たちはBスタジアムにいる。
Aスタジアムで筆記試験を終え、次の試験会場がBスタジアムであることと、そこまでマラソンすることが二次試験だと告げられた。
それで、ここまで走ってきたところまではいいのだが──
実辰たちは、ひたすらマラソンの最前線を走っていた。
だが、たった一人全く追い付けない者がいたのだ。
先頭を走っていたその青年は、心が全力で走っても追いつけなかったらしい。
更に言ってしまえば、驚くべきことに差が縮まるどころか、どんどん開いていってしまったのだ。
異能を持つとは言え、この世界の一般人レベルの体力では、『魂魄』に目覚めた実辰たちには遠く及ばない。
そんな、実辰たちですら追い付けなかったのだ。
そして現在、一位になれなかった心が落ち込んでいると言う訳だ。
「私、そろそろ準備してきますね」
茉菜がそう言い立ち上がる。
「頑張って、相水さん!」
「はい、ありがとうございます」
実辰の激励にぺこりと頭を下げる茉菜。
実辰たちの試験は、幸運なことに被らなった。
仲間と争うことにならず実辰たちは胸を撫で下ろした。
だが、と実辰は考えてしまう。
もし、実辰たちが戦ったら。
一体誰が勝つのだろうか。
興味がないこともない。
能力が目覚めた時期的に心が一番長いので、心は能力の使い方に長けている。
また、日和の目覚めは実辰と同時期だが、その能力の破壊力には目を見張るものがある。
そして、茉菜。
茉菜はその知識を用いて多彩な能力の使い方を生み出せる。
そう思っている内に茉菜の試験が始まる。
試験開始と同時にリングを覆う茉菜の『水』。
しかし、それはただの水ではない。
茉菜の意志の通りに動く、変幻自在な武器だ。
他の受験者たちが水に足を取られ、思うように身動きできない中、茉菜だけは素早く動くことができる。
そして、正確に他の受験者たちを気絶させる茉菜。
まるで、水を得た魚だ。
茉菜は難なく試験を突破した。
『ほら心。そろそろ行かなくちゃ』
茉菜の試験が終わった後、心を急かすイチヤ。
「──もう俺の番か?」
顔を上げる心。
「うっし、暴れるぞ!」
出番が回ってきて徐々に機嫌が直り始める心。
「お前ら、行ってくる!」
「はいはい」
手を振る日和。
心は走って準備に向かってしまった。
イチヤの声は聞こえない。
最近分かったことだが、イチヤの声が届くのは心の近くにいる時だけらしい。
心の声が聞こえる範囲ならイチヤの声も届くのだ。
「あ、出てきた」
日和がリングを指す。
その先には意気揚々とリングに上がる心の姿があった。
体を大きく動かして準備体操をしている。
アナウンスと共に試験が開始される。
開始と共に勢いよく走り出す心。
そのスピードは実辰から見ても速い。
心の能力は『エネルギー』だ。
それは自然に存在するエネルギーを操ることが出来る力である。
また、『魄』もそれに該当するようで、身体強化のレベルは実辰たちより心の方が上だ。
つまり、心の能力は単純だ。
速く、そして強い。
それ以外にも色々なことが出来るらしく、まさに『万能』というのが正しいだろう。
一瞬で受験者を三人倒し、試験を終える心。
「はぁ、認めるのは癪だけど──やっぱ強い」
心の戦いを見て溜め息を吐く日和。
日和はやたらと心に突っかかる。
当の心は気にも留めていないのだが。
だが、日和が心に苦手意識を持つのはわからなくもない。
日和はこう見えて繊細だ。
傷付きやすく、脆い。
そして、感情が表に出にくい。
そんな日和にとって、感情を露わにできる心の存在は、いろいろと複雑なのだろう。
「ん、どうしたの?」
リングを眺めていた日和が、実辰の方に目を向ける。
「日和、そろそろ出番じゃない?」
そう言い、誤魔化す実辰。
「え? あ、ほんとだ。行かなきゃ」
日和が立ち上がる。
「実辰、一人で大丈夫?」
「大丈夫だって! 頑張って!」
ぐっと親指を立てウィンクする実辰。
そんな実辰に呆れたような顔をする日和。
「じゃ、行ってくるね」
手を振って行ってしまう日和。
「さて、一人になっちゃったな。どうしよ」
一人呟く実辰。
「ん、あれって……」
その時実辰はリングの上に立つ青年に気が付く。
先程、マラソンで心が追いつく事が出来なかった、あの青年だ。
青年は試験開始とほぼ同時に他の受験者たちを倒すと、颯爽とリングを降りる。
心よりも速かったのではないだろうか。
「──すご。滅茶苦茶強いじゃん」
実辰は想像してみる。
実辰があの青年と戦って、果たして勝てるだろか。
(わかんないよね、そんなの──戦ってみないと)
実辰は薄く笑う。
何故だろう。
それは、とても。
──愉しそうに、思えたのだ。
実辰がそう思った瞬間。
実辰に背を向け歩いていた青年が足を止め、振り向いた。
実辰と青年の目が合う。
その瞬間、全身が総毛立つ実辰。
(そう。あなたも──)
それは、数秒の間のことだった。
再び背を向け、歩き出す青年。
実辰の顔に浮かんだ笑みは更に大きくなっていた。
(──あなたも、そう思うんだ?)
早く、戦いたい。
何かが、そう囁く。
日和は一人で廊下を歩いていた。
日和は先ほど試験を終えたばかりだ。
能力は使わなかった。
日和の能力、『雷』は人に使うのには危険すぎる。
だから、身体能力のみで試験に臨んだ。
それでも、試験は難なく合格できた。
だが、その顔は浮かない。
日和が不安に思うのは、実辰のことだ。
異世界に渡り、実辰が変わり始めている気がする。
人を見るときに、まるで心を覗き込むような眼をするのだ。
これまでも、実辰がそういう目をするときはあった。
だが最近、それがより顕著になっている気がするのだ。
その眼はまるで『蛇』のようだ。
獲物を見つけた、蛇。
そんな眼を、よくするようになった。
力に、目覚めたからだろうか。
それでは、まるで実辰が力に溺れているようではないか。
だが、有り得ないと、完全に言い切れるだろうか。
『力は人を変える』
そんな言葉が日和の心に浮かぶ。
日和はそこでかぶりを振る。
実辰は、親友だ。
親友を疑うなんてことは、したくない。
その時、日和は少し辺りが寒いことに気が付く。
「あれ、冷房が効いてるのかな……」
腕をさする日和。
その瞬間、廊下の窓から影が差し、寒さが急激に増す。
「さ、寒! 何これ……」
日和は窓がある場所まで向かう。
影の原因はどうやら、スタジアム内部にあるようだ。
窓からリングの方を見る日和。
そして、息を呑む。
リング全体を覆うように起立する巨大な氷の柱。
スタジアムの外からでも見えるであろう、その巨体。
それを作り出したのは、恐らく──
「実辰……」
日和は不安そうに親友の名を呟いた。




