23話 芽生えたもの
「さっきの一華、すごかったね」
少し呆れが混じった声で凜が言う。
Cブロックの試験で、木刀を持った一華が鬼神の如き戦いを見せたのは、つい先程のことだ。
隼人は準備に向かってしまい、今はいない。
元々剣道を習っていた一華が、更に『魂魄』に目覚めたことにより、その強さはとんでもないことになっていた。
それを、感心すると共に少し呆れて見ていた瑠香たち。
だが、充だけは素直に感心していた。
「すごいな、あいつ。何か習ってただろ」
「よくわかったね。剣道習っていたよ」
一華が剣道を習っていたことを言い当てる充。
瑠香はそれに驚く。
「わかるさ。剣の重さが素人とは違う」
「剣の重さ?」
凛が首を傾げる。
「ああ。あれは、相当訓練してるな。食らったら、俺でも無事じゃ済まない」
何度も頷きながら言う充。
「あ、隼人だよ」
凛が眼下のリングを指す。
その先で、隼人がこちらに向けて手を振っていた。
「あいつ……」
額に手を当てる充。
手を振り返す瑠香と凛。
『それでは、これよりDブロックの試験を開始いたします』
そこで試験開始のアナウンスが入る。
『試験開始!』
だが、試験が開始されても隼人はのんびりと屈伸をしている。
その行動に驚く瑠香たち。
「あいつ、実力はあるんだがな……調子に乗りやすいのが玉に瑕だ」
溜め息を吐く充。
「だ、大丈夫なのかな……」
瑠香は心配になる。
「大丈夫だ。──もう終わってるからな」
リングを指差す充。
「え、?」
つられてリングの方を見た瑠香は驚く。
そこには腕輪を光らせてリングを降りる隼人の姿があった。
「い、いつの間に……」
「あいつは、最も『速い』。俺はそう思っている」
充は隼人を見ながら言う。
「『速い』?」
「そうだ。一番最初に能力に目覚めたのはあいつだと聞いている」
首を傾げた瑠香の言葉に頷く充。
「そうだよ。隼人が異能のことを教えてくれたの」
凛がそう言う。
「『速い』ってのは成長の速さのこと?」
「それもある」
頷く充。
「だが、それだけじゃない。例えば、ただ単純な攻撃速度なら『光』である凜の方が上だ」
「うん。常識的に考えてそうだよね」
充の言葉に頷く凜。
「あいつは相手の攻撃より『先』に動いている。あいつの速さは、すべての先を行く」
「反射神経がいいからかな?」
瑠香の言葉に首を振る充。
「それ以前の問題だ。『戦いの才能』。そして──いや」
そこで首を振る充。
「とにかく、『速い』。そういう印象を俺はあいつに持っている」
瑠香は充が言い掛けた言葉が気になったが、凛が充に言った。
「でも、隼人は何も習ってなかったよ? 思い当たるとすれば、ずっと外で遊んでいたくらいかな」
「それは本当か? だとすれば、とてつもない才能だ」
顎に手を当て思案気な顔をする充。
そこで凛が立ち上がる。
「じゃ、私、そろそろ準備してくるね」
「あれ、もう? 頑張ってね!」
瑠香は手を振り応援する。
手を振りながら去っていく凜。
二人きりになった瑠香と充の間に気まずい沈黙が流れる。
「──そう言えば、合格したみんなはどこに行ったんだろうね」
「奥の部屋で待っているんじゃないか?」
「り、凜はどうやって戦うのかな」
「あいつはあまり能力を使いたがらないからな。素手で戦うんじゃないか」
「こ、このスタジアム広いよねー」
「そうだな」
「──い、いい天気だね!」
どう話しかけても淡泊な答えしか返ってこないため、最後はヤケクソ気味になってしまった瑠香。
そんな瑠香に呆れた目を向ける充。
「話すことがないなら、別にいいんだぞ? ただでさえ付き合いが短いんだ」
「あ、そ、そうじゃなくて……」
口を噤む瑠香。
その様子を見て充が言う。
「まさか、昨日のことを気にしてるのか?」
「う、うん……」
瑠香は頷く。
昨日の夜、二人きりでいた時、不用意に充の両親のことを聞いてしまったことがずっと気掛かりだったのだ。
「なんだ、そんなに知りたかったのか?」
「ううん、違うの。ただ、謝りたくて」
「謝る? なんでだ?」
不思議そうな顔をする充。
「私、お母さんがいなくなってすごく辛かったの。すごく不安で、怖くて……」
その言葉に少し目を開く充。
「だから、だからね。みんなもおんなじ気持ちなんだろうなって思ったの。もちろん充も。悪いこと言っちゃったなって思ったから、謝りたかったの」
「──悪いこと?」
「うん。悪いことしたら、謝らなきゃだめでしょ?」
その言葉を口にした瞬間。
充はハッと息を呑み、目を見開く。
そしてなぜか。
一瞬だけ、泣き出しそうな顔をした。
瑠香は、見たことのないその表情に驚く。
慌てて顔を背ける充。
「充……」
「──大丈夫だ」
首を振って充は言う。
充はそのまま視線を下げる。
瑠香はそっと視線を逸らし、空を見る。
しばらく、沈黙が続く。
「俺の母さんと父さん、もう死んでるんだ」
ぽつりと呟く充。
その言葉に息を呑む瑠香。
瑠香と同い年のこの少年は。
一体どれだけの苦しみを背負っているのだろうか。
瑠香には、想像もできなかった。
「俺が五歳の時に、殺された」
充は続けた。
「犯人は、分かってない」
瑠香は言葉が出せなかった。
今の瑠香がどんな言葉を掛けても、充の心を癒すことはできないだろうから。
「母さんと父さんを殺したのは、『銃』だ」
充はぐっと手を握りしめる。
そこには銀色に光る銃が握られていた。
「これは戒めなんだ。あの時、何もできなかった俺への」
充は銃をゆっくり構える。
「だから、俺は能力を『銃』にした。父さんと母さんを殺した銃で、犯人の心臓を撃ち抜くために」
そう言って、遠くを睨み付ける充。
「充……」
瑠香が呼ぶと銃を下し充は目を閉じる。
「悪い、いろいろ言って。あいつらには、まだ言ってないんだ。──秘密にしてくれるか」
「うん、わかった。言わないでおくね」
「……助かる」
深く息を吐く充。
「ねえ、充」
「……なんだ?」
「辛くなったら、言ってね?」
驚いたように瑠香を見る充。
「仲間、でしょ?」
微かに笑う瑠香。
その顔を見て慌てて顔を背ける充。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
充はそう言うが、少し耳が赤くなっている。
熱でもあるのだろうか。
「だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫だ! もう準備してくる!」
顔を合わせないまま、歩いて行ってしまう充。
後に残された瑠香は、困って首を傾げた。




