文化祭前日(文化祭準備 その5)
文化祭前日。
文化祭ーーそれは学校行事の中では欠かせないイベントだ。
学園が舞台の物語は、この行事を起用して話を大きく展開させる。文化祭の準備を通して、今まで知らなかった誰かの良い面に気づくこともあれば、共に出し物や出店を回ったりして、目当ての人との距離をグンと縮めるなんてこともあるだろう。
学園ラブコメの王道的展開なら、『ロミオとジュリエット』だとか『シンデレラ』だとか、そういった恋愛ものの劇を文化祭でやることになる。
主人公は劇の主役、ヒロインは劇のヒロイン役に抜擢され、煌びやかな衣装を身にまとい、恥ずかしい台詞を言い合うわけだ。
「なぜ私はこんなにどきどきしているの? これはあくまで芝居なのに……」
「ドレスを着たその姿はまさにお姫様。なんと美しい!」
わーもうお腹いっぱいです! とこうなるのだが、悲しいかな、現実においてそのようなエキサイティングな展開は決して起こり得ないのだ。
何せ俺は帰宅部でもなければ運動部でもなく、文化部。しかも文化部の中心的存在である『文芸部』に所属する高校生なのだ。
体育祭の主役が運動部なのに対して、文化祭の主役は文化部。そして、文化部の中の代表的な存在である文芸部。その文芸部が暇を持て余すことなどあるわけもなく、クラスでゆったりしながらワイワイ楽しく準備を進めることなんてことはできるわけがなかった。
この一ヶ月、展示会で出展する作品作りのため、毎日身を削り、クラスの方にはあまりというより殆ど貢献できなかった。授業時間内での話し合いには参加していたけれど、関わったのはそれぐらいで、放課後が来れば俺の体は強制的に文芸部の部室へと引き寄せられるのであった。
我が県立北高校の文化祭は週末、金・土・日の三日間に渡って開かれる。この学校の文化祭は例年盛大に盛り上がるらしく、今年の見込み客は相当なものになっているらしい。したがって準備期間も三日と、それなりに長い期間に渡る。
文化祭の三日前、すなわち火曜日からは授業が一切無く、正門の前に設置された仮設テント内に設置された出席確認用のデバイスにスマホをかざしたら、会場に直行し、すぐさま会場設営に取り掛かるというのがルーティンとなっていた。
昼休みも会場設営に関する雑用とその他諸々があったため、よそ見する暇もなく、自分の教室に足を踏み入れることはなかった。そもそも一度も1Bの教室の前を通らなかった。よって、漫画喫茶がどうなっているかこの目で確認することは叶わなかった。
さて、我がクラス1Bはどう変貌したのやら。
月曜までの話し合いやクラスのグループラインでのやり取りを見るに、なかなか順調に準備を進めていたようだが、いっさい助力の出来なかった俺は、詳細はおろか、その内装すら全くわかっていない。時間が空いたときに、客として1Bの教室へと出向いてみようと思う。
王雲祭。
多くの発見と出会いがあるであろう、大々的イベント。学校内だけで執り行われた体育祭とは違って、一般客が沢山訪れるだろう。
この行事のために全校生徒が、勉強も部活も放棄! とまではいかないまでも控えめにして準備してきたのだから、精一杯楽しみたいと誰もが張り切っていることだろう。
一方俺はというとその普遍的な考えをもちろん持っているだが、執筆で体力と精神力が大幅に削られてしまったうえ、提出し終わった後も展示会の準備やらなんやらで忙しかったため、更なる追撃をされてしまい、疲労困憊ーーなかなかに危ない状態に陥っていた。RPGに例えるなら、残りHPが1。ラスボスを倒せたものの、あと一撃食らったらゲームオーバーの瀕死状態だ。
なので俺は今日の夜、もとい文化祭前日の夜、明日登校して文化祭を満喫するための体力を回復するため、比較的早い時間帯にベッドに寝転がっている。
我が文芸部の展示会の準備はおおむね滞りなく行われた。
前から言われていた通り、今まで創作した代表作に加え、展示用の新作の計二作を各部員がそれぞれ出展した。また、百人一首の課題や地域レポートについても問題なくセッティングできた。
自分たちの作品がすべて出揃ったため、準備日に入る前日の月曜日は達成感で満たされていたのだが、「展示会で出展されるのはそれだけではない」と言われたときには、体じゅうの骨という骨が溶けそうになった。
何も、「それだけではない」というのは自分たちの他の作品のことを表しているわけではない。
以前、展示会をやりますと先生の口から初めて聞いたときは、俺たち文芸部の作品のみを展示するのだろうなと思っていたが、なんとそうではなかった。
言い換えれば、この展示会では、文芸部以外の団体からも出展されているということだ。
他の団体からも出展されるというのを、会場設営の初日、すなわち火曜日に聞かされて俺は驚いたが、「自分が創作するわけでないよな」と心底安心し、心もとなかった展示作品の数が増えると考えると、展示会の面白みが増すので快く思えた。
とまあ、いきさつを振り返ってみたが、その間にも刻々と時間が過ぎていくわけで、そろそろ本題に入らなければ。
今からやるのは、文化祭を存分に謳歌するための布石打ちだ。
少し誇大して言ってみたが、それほど大したことではなく、回数に限りがある文化祭という名のお楽しみイベントを誰とともに楽しむか、友人たちと連絡を取って決定しようというものだ。
もし俺が文化部一忙しい文芸部でなければ、三日間を通して最大の幸福を追求しにいけるのだが、そういうわけにはいかない。
各団体との話し合いの結果、文芸部は展示会の見回りを任されることになったのだ。
その一番の理由に、文芸部は部誌販売を行うので、少なくとも一人は会場内にいる必要がある。
文芸部員の人数は言わずもがな、全部で四人いる。半分ずつ分かれて二組のペアになり、午前と午後で交代して教室の見回りを行うことになるのは、ごく自然な流れだ。
一人ずつで良いのでは、と思わないでもなかったが、教室をまるまる一室使ってそこそこ盛大に開かれるし、もしやむを得ず会場から離れる場合も考えられるため、ツーマンセルというのが最適な戦術なのだと今では納得している。サッカーのディフェンスにおいてもツーマンセルは基本の戦術だ。
おっと、少し話が脱線しつつあるので、元に戻ろう。
俺は展示会の見回り兼部誌販売の当番があるため、自由に動けるのは一日目の午後、二日目の午前、三日目の午後のみである。
よって、今からその時間帯が空いている人を見つけ、同行が可能であるかを伺いたいわけである。
俺が持っている連絡先は、十五人ほど。上級生は霞先輩のみで、下級生はそもそも自分が一年生なのでなし。また、チャットの頻度がそれなりに高い同級生は、男女合わせてちょうど十人。
普段やっているソシャゲーに比べると随分フレンド数が少ないが、ゲームとリアルは違うのでひとまず置いておき、まず初めに考えることは、対象が特別な役職持ちであるかどうかだ。
文芸部や吹奏楽部などの多忙な文化部、そして文化祭実行委員。それらに属している場合、同行は困難であると思われる。
思考を巡らせる。一、二、三、四……五人!
文芸部のメンバーである霞先輩、琴吹さん、栄子の三人。それから、文化祭実行委員の水上と日代さん。この五人は無理なので、選択肢から排除する。
今段階で残ったのは、六人。男女三人ずつだ。
六人全員に片っ端から声をかけるというのも一つの手ではあるが、効率的でないのでしばし考慮してみよう。
男性陣はライト、奏、万和人の三人ーーうん、ちょっと無理な気がしてきた。
ライトと奏では入学当初から絶大な人気があったので、前日にどうこうできる相手ではない。これは断言できる。
次に万和人についてだが、万和人はライトたちに比べるとそこまで知名度は上がらなかったが、我がクラス1Bには彼を信頼している人も多く存在する。
彼に対する女子たちの好感度はよく知らないが、決して低いということはないだろう。対して、男子の大半は彼を親切な生徒と認識している。彼の友好的で温厚な性格が、誰に対しても好印象を与える所以である。よって、万和人に対しての前日の予約は厳しいと判断せざるを得ない。
となれば可能性があるのは女性陣だ。
女性陣には春百、東条さん、中虫壁さんがいる。基本的にどの人とも複数回チャットをしたメンバーである。
まず、中虫壁さんはすでにお目当ての人がいるため、選択肢から外れる。
彼女に初めて会ったのは九月の頭で、まだお目当ての人に告白できる段階には至っていないため、今回はサッカー部のメンバーみんなと一緒に文化祭をまわることにしたそうだ。
よって、実質連絡できるのは春百と東条さんの二人。
もし両方に断られようものなら、俺はゾンビとなって一人寂しく校内を徘徊することに……いやいや、ソロプレイヤーとして秋の季節限定ボーナスクエスト『文化祭散策』に挑まなくてはならない。
年に一度の文化祭をソロプレイするとなれば、なんと寂しいことか。
せっかくのボーナスイベント。ただ場所を回るだけであれば一人の方が効率的だが、普段手に入らない経験値やアイテムを多く得るためには、誰かと一緒に行動した方がはるかに効率がよいだろう。
三日間をフル活用できないため、時間に制約がある。ここは量より質を求めていきたい。
そしてそのためには同伴者が必要だ。
なのでどうかどうかお願います。このわたくしめに同伴の許可を与えてください。
というわけで、まずは春百から。ラインのアプリを開き、彼女のトーク画面を開いた。
「春百! 明日、デートしようぜ!」
春百の場合は素直にデートと言っても問題はないはず。十分仲がいいから不快に思われることはないだろう。
彼女の返信は比較的速い方だから、ネットサーフィンでもしながら時間を潰そう。
そして数分後。ピロリンと通知音が鳴った。
「デートしようぜって、なんだかなあ~。でも丁寧系で来られたらそれはそれで返答に困るけどね。まあそれはいいとして、私部活あるんだよね」
「あー部活か。確か英語部だったな。詳しく聞いてなかったけど、なんか出し物でもやるんか?」
「うん。展示と出し物の両方をやる予定だよ」
「まさかの両方!? ってことは終日忙しいわけだ?」
「シフト制だからそうでもないかも」
ほう。ならば空いている時間があるわけだ。これはチャンスがあるかもしれない。
「明日空き時間ある?」
「13:00からは空いてるよ」
キッター! ちょうど俺もシフトない時間帯だ。やったぜ!
「わーお! 奇遇だな。俺もその時間帯空いてるわ。んじゃあ、そこから文化祭終わるまでの二時間共闘しようぜ!」
「共闘って何するの?」
「クイズ大会とか脱出ゲームとか。とにかく一緒に楽しめるやつをやろうぜ!」
「うん、わかった。付き合ってあげる」
「おお、ありがとうございますぅ! 本当にありがとうございますぅ!」
大事なことなので二回言った。これで少なくとも三日のうち一日はぼっち回避だ! 神様ありがとう。
「はいはい。じゃあ、明日の午後一時ね。集合場所はどうしよっか?」
「混んでない場所?」
「そーだね。閉まってる教室の前とか?」
終日閉まっている部屋は何か所かある。一番良いのはどこだろう。
「PC室はいかがですか?」
「よろしい。そこにしよう。
じゃ、また明日(。╹ω╹。)」
「はい。明日はよろしくお願いします! ( ̄^ ̄)ゞ」
よし、これで百春とのトークはひとまず終了だ。
二日目、三日目の予定も聞くべきかと思ったが、文化祭を同じ人と三日間回るというのは体裁的にあまり良くないし、そもそもできない可能性が高い。
それに、できるだけ多くの人と交流したいという希望もある。欲張りだと思われるかもしれないが。
というわけで、春百と巡るのは一日目だけにしておこう。
さて、次は東条さんに連絡だ。ラインのトーク画面を開いた。誘いの文章はどうしようかな。
「東条さん、こんばんは。文化祭の二日目、良かったら一緒に見て回りませんか?」
手短かつ簡潔に済ませたいので、前置きは置かずに誘いの旨を送る。
東条さんはリプライが春百ほど早くないので少し気長に待ってみようと思う。
もし今日リプライが来なくても、明日聞く時間は十分にあるので問題はない。読書でもして三十分くらい待って返答がなければ寝てしまおう。
それから三十分後。そろそろ寝るかと思ったところで、ピロリンとラインの通知音が鳴った。東条さんからの返答だろうか。トーク画面を開いた。
「小暮君こんばんは。二日目だけど、予定がぎっしり詰まっちゃってて、悪いけど無理そうです」
「そっか、残念。なら、三日目でどこか空いてない? 出し物を一個か二個見て回るくらいの時間でいいんだけど」
「ちょっと待ってね」
スケジュールを確認してるな。どうか空いてますように。
「午前は予定が入ってるから厳しいかな。午後も予定があるけど、二時ごろには終わりそう」
ほう、午後の最後の一時間は空きということか。これはまたしてもチャンス到来!
それでは行ってみましょう!
「そっか。じゃあ、最後の一時間で何か見に行かない? お化け屋敷とか、科学部の実験とかどうかな?」
文化祭の出し物決めの際、東条さんはお化け屋敷をやりたいと言っていた。つまりお化け屋敷は興味ありということだ。そして、科学部の実験については、いつも物理や化学の授業を楽しそうに受けているのを隣で見ているので、実験が好きなのだろうと推し量ってみたが、はてさてどうだろうか。
「いいね! どっちも興味あるよ!」
よし。当たりだったようだ。
「よかった。それじゃ集合場所はどこがいい?」
「1Bの教室前でお願いしたい」
「了解! ありがとう\(*T▽T*)/ 三日目楽しみにしてます。ではまた」
「うん。ばいばーい」
シロクマのスタンプ『おやすみなさい』が送られてきた。安定のシロクマだ。
よっしゃー! やったやった!
なんと幸運なことに、東条さんからも同行する許可が下りた! 三日目も予定が入っていると聞いたときはダメだこりゃと思ったが、少し粘ってみたら、なんと最後の一時間をキープすることができた。
まさか二人から許可が得られるとは思っていなかったので、本当にびっくりだ。こんな俺に時間を割いてくれるなんて大層嬉しゅうございます。
三日間すべてに予定を入れることができなかったが、十分満足な結果が得られたと言える。二日目はソロプレイを楽しむことにしよう。
というわけで、今日の大目標は達成した。あとは明日から始まる文化祭のスケジュールを確認しておくぐらいか。
以前学校のホームページから入手しておいた王雲祭のプログラムをスマホの画面に表示していく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・リアル脱出ゲーム ESCAPE FROM SCHOOL
・ミュージカル映画 Wonderful World
・VRお化け屋敷 うらめしや
・ミニ四駆で爆走しようぜ! 北高F1
・自作リズムゲーム BEAT MAX
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
すでに何度か目を通しているが、なるほど何度見ても楽しそうなイベントばかりではないか。
どれに行こうか非常に迷う。隅から隅までじっくり読みたいところではあるが、なんだか眠気が増してきたので、今日はもう寝て、明日の朝見るにことしよう。では、おやすみなさい。