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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生1学期
2/53

明里、涼子先生、入学式

入学式のお話です。

 ピピピピ、ピピピピ……。


枕元で目覚ましアラームが鳴り、目を覚ました。

手を伸ばしてアラームを止め、勢いよく状態を起こす。

そしてベッドから降り、ザッと勢いよくカーテンを開けた。


眩しい。雲一つない空。

今日はいい日になりそうだと根拠のない期待を抱きながら服を着替えて、リビングに向かった。


「おはようございます、お兄さん」


そう言って微笑むのは、妹の明里(あかり)だ。


「おはよう。今日から俺は高校生、明里は中学生か」

「はい」

「なんか、楽しみだな」

「ふふ、そうですね。ただ、花音(かのん)ちゃんと一緒に登校できないのは残念です」


花音ちゃんというのは、明里の小学校からの友達だ。彼女と明里は別の中学に入るので、共に登校することはもうないのだろう。

仲の良かった友達と別れてしまい、これから先人脈を作ることに不安があるに違いない。ここはひとつ、励ましの言葉をかけておくことにする。


「大丈夫だ。明里はとっても優しいし手際もいい。成績も抜群だし、運動だって人一倍できる。きっと学校もすぐ馴染んで、友達も速攻でできるだろ」


「そんな、過大評価です……」


明里は細い声でそう言うと、頬を赤らめて顔を逸らした。


「じゃあランニング行ってくる」


そう言い残して、俺は家を出た。




 家に戻って朝食を取り終えた。二階の自室に行き、身支度を始めた。


持ち物を確認しよう。

新しいリュクサックと筆記用具。そして忘れてはならないのがスマートフォン。

よし、これで全部だな……あ、靴も忘れずに!


新しい学生服に着替えて一階に降り、洗面台の鏡で自分の姿を見ると、「おお!」と声が出るくらいしっくりきた。


 そして数分後。


「お待たせしました」


新しい制服を着た明里が、中学の鞄を持って降りてきた。その制服姿はなかなかのもので、俺は思わず見とれてしまった。

黒基調で襟と袖に白いラインが三本入っているセーラー服で、明るい青色のネクタイが清潔感を醸し出し、長くてサラサラな黒髪の明里によく似合っている。

心の底から可愛いなと思うが、それを口には出さず、ただじっと見つめていると、妹は「どこか変ですか」と、不安そうな声で訊いてきた。


「ん? ああ、よく似合ってると思うぞ」


ふと我に返った俺は、そんな陳腐な感想を言って、妹から目を逸らした。


「行ってきます。じゃあまた」

「はい、気を付けて。私も行ってきますね」


明里と同時に家を出た。

しかし、明里が入学する中学は南西、俺の入学する高校は北東と、逆方向の位置にあるので、寂しさを感じながらも玄関前で別れた。



 晴天の下、北東に向けて自転車を走らせた。


住宅街から商店街の通りを過ぎて、大通りに出る。

南北数十キロに渡って伸びる二車線道路。

均等に均された広い歩道を、風を切って駆け抜ける。


普段より交通量が増えている。特に、制服姿の増加が顕著だ。

ここら一帯の中学や高校はたいてい今日が入学式だから、おそらくその影響だろう。


 風に仄かな温かさを感じながら、思考を膨らませた。


『事実は小説よりも奇なり』という(ことわざ)がある。これはイギリスの詩人、バイロンの言葉だ。この諺は文字通り、世の中の実際の出来事は、虚構である小説よりも却って不思議であり変わっている、という意味だ。


ひと昔は俺も夢見る男子中学生だったわけで、ライトノベルの日常ラブコメディの鉄板の展開のように、突然空から美少女が降ってきて、そのまま一緒に暮らすことになるという展開や、SFタイムリープ映画みたく、誰かと体が入れ替わって、「私たち、入れ替わってる!」って叫ぶ、というような展開が実際にあるのではないかと期待していた。

しかし、十五年という長い年月を暮らしていれば、自ずとわかってくる。そんなことは決して起こりえない。


テレビやネットで現在流行っている、超常現象や怪奇現象。ああいったものは全てガセネタの作り話だ。

そんな再現性皆無な現象を、ああだこうだと議論している暇があるのなら、それらを解明するために物理や化学を勉強したらいいのではないか。

種や仕掛けの無いマジックは存在しないし、占い師だって、コールドリーディングーー相手の心を実際に読んでいるわけではなく、読んでいるように見せかける技術を用いているだけなのだ。


とまあ、この世界の物理法則がよくできていることに感嘆し、また別の意味でも感嘆していると、もう学校付近まで来ていた。



野球場を横切り、そのすぐ側にある自転車置き場に自転車を止めた。

駐輪場を出て大通りに戻り、北に数十歩進んで右向け右。

すると、これから三年間通う学び舎が俺の視界を覆い尽くした。


『令和二十年度県立北高校入学式』と書かれた大きな板が昇降口の壁に立てかけられており、自分と同じ制服を着た人達が同じベクトルで歩いている。自分もその流れに加わって、ザッザッと行進するように歩を進めた。


「よう、お前も一緒の高校か!」

「あ、サツキーおはー」


新生活を思わせるような、新鮮で期待に満ちた声が周りから次々と聞こえてきた。


校舎内に入ると、大きめの電光掲示板が現れた。それを俯瞰してみると、どうやらクラス分けについて書かれているようだ。

一クラス約四十人でAからFまでの六組があり、その中で自分はBクラスに名前があった。

同じクラスに知り合いは……いなかった。

中学の三倍ほどの生徒がこの学校に通っているなんて、物凄い規模だと驚きつつ下駄箱へと向かう。


『1年B組7番 古暮和人(こぐれ かずと)


自分の番号が書かれていることを確認し、戸を開ける。中は掃除されていて汚れ一つない。

新品の上履きを袋から取り出して履き、外靴を下駄箱の中にしまった。



 昇降口を抜け、階段を上り、三階へ上がった。


Aクラスを通り過ぎ、前のドアを開けて1Bの教室に入る。

掲示板で確認した通り、クラスの人たちは知らない顔ぶればかりだ。


これから友達を作らなければならないわけだが、それはひとまず置いておくことにする。

まずは自分の席を探さなければならない。


教室の中心から、中をぐるりと見渡してみる。

席は四十席ほど。床から三十センチほどの高さの教壇。

その向こうには大きな黒板、その上にはデジタル時計。

黒板の中心付近に張り紙があるな。

ここからでは文字が小さすぎて読めないので、教壇に近づく。


どうやら席は指定されているようで、氏名順に座る形のようだ。

縦六列あるうち窓側の一列目で、横七行あるうち一番後ろの席に座った。


「うわっ、まじかよ。オマエ同じ高校だったんだなー」

「やったー、おんなじクラスだ! これからもよろしくね、サヨちゃん」


カバンを下ろして、教室内を再度見回す。

何人かの生徒たちが集まってグループが形成されているようだ。何の話かは知らないが、随分と会話が盛り上がっている様子だ。


初対面でこれほど仲良くなるものなのだろうか。中学からの同級生同士が盛り上がっているのか。

もしくは、外交的な人が沢山いるという可能性もあるな。学校の規模がまるで違うわけだから。


机の上に両肘を置いて、しばし沈思黙考してみる。

高校は凄い。人の数は中学の数倍近くいるし、校舎も数倍広くなっている。

情報によると、広い中庭だったり、温水プールだったりと、学校の設備はかなり充実しているらしいので、これから見て回るのが楽しみだ。それに、新しい出会いにも期待している。


ワイワイ、ガヤガヤ。


皆、新たな学友達との出会いに高揚し、和気藹々と会話している。知らない人ばかりだけれど、これから仲良くなれるといいな。


その後、前の席で盛り上がっている男子達の会話に耳を傾けていると、



キーンコーンカーンコーン♪



と、中学の時より少し低めのチャイムが、室内に反響した。リズムは同じだが音程が違う。懐かしさの中に新しさを感じさせる音だ。


鐘の音が鳴り止むと同時にドアが勢いよく開き、若々しい女性が入ってきた。

薄っすらと化粧をしたその人は颯爽と教卓の前に出た。


「皆さんおはようございます。私は一年B組の担任、一ノ瀬涼子(いちのせ りょうこ)です。これから一年間よろしくお願いします!」


教壇に立ったその人は、声高らかに自己紹介をした。愛想の良い、明るい雰囲気の先生だ。

張りのある肌と艶やかな桜色の唇。茶色の髪はおしゃれなショートボブ。

容姿には結構気を使っているようだ。

年は二十代前半といったところか。かなり若々しく見える。


「では早速、入学式についての説明をしますね……」


入退場についてや座席についてなどの話を聞かされた後、少休憩となった。


クラスメイトたちはそれぞれ立ち上がり、集まっておしゃべりをし始めた。

入学式が長くなりそうなので、俺もお手洗いを済ませておくことにしよう。


用を済ませて戻ってくると、生徒たちが名前順で廊下に並んでいたので、俺もそれに混ざって、いざ会場に向かった。


 入学式では新入生入場から退場まで二時間ほどで、長々と校長やPTA、来賓の人の話を聞かされた。

あまりに退屈だったので、最近読んだライトノベルの内容を思い出していた。


ヒロインが入学初日にぶっ飛んだ自己紹介をする非日常SFストーリーで、何度か読んでいるうちにその内容をほとんど覚えてしまった。主人公が入学式に出るシーンは確かこうだった気がする。


ーーそんなわけで、無駄に広い体育館で入学式が行われている中、俺は新しい学校での希望に胸を膨らませているような新入生とは裏腹に、暗い顔をしていたーー



回想から戻ると、ちょうど新入生代表挨拶だった。黒く四角い縁の眼鏡を掛けた男子が横文字を使いながら言葉巧みに喋っていたが、パッと意味が出てこない表現が多く、途中から何を話しているのかわからなくなってきて、後半は聞くのをやめて回想に戻った。彼が1Aに所属しているということは何となく耳に残っていた。



 式が終わり体育館の入り口に近いクラスから順に教室に戻った。学校での生活について大まかな説明がなされ、その後解散となった。


「部活なんに入る?」


生徒たちがそれぞれ席を立つ中、そんな声が耳に入った。


「決まってんだろ、俺はバスケ一筋だぜ!」


前の席の近くに(たむろ)している男子達が、部活選びの話で盛り上がっているようだ。

そういえば、自分は部活動をどうするか考えていなかった。

入学説明会の際に、何かしらの部活動に入らなければならないと言われたのを思い出す。

中学同様、汗を流そうかーーその考えが頭に浮かんだが、正直なところ、体育会系の部活動に入る気はない。となると、文化系の部活動に入ることになる。




 昇降口を出ると、正門までの通りで上級生たちが部活の勧誘をしており、朝の長閑さとは裏腹に、喧騒に満ち溢れていた。


「野球部に興味のある方は球場まで」

「サッカーやろうぜ!」

「放送部希望者は二階の放送室にお越しください」

「キミー、体格いいねえ。アメフト部の見学にぜひ来てくれ」


多くの声が飛び交う中、俺はきょろきょろとあたりを見回し、色々な部活があるんだなと感心していた。見るに、勧誘活動をしているのは、放送部は例外として運動部だけで、文化部はしてないようだ。まだ時間は十分にあるから、探すのは明日でいいか。今日は帰ることにしよう。




 夜、自室の窓から空を眺めた。


夜空に浮かぶ星々がいつもより輝いて見える。

どんな学校生活が待っているのだろうか。楽しいことが沢山あるといいな……。


予測不可能な未来に期待を寄せて、俺は眠りについた。



これからよろしくお願いします。

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