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第四十三話 イメチェン

「あら~、ソーセージちゃん、矢田くんやめちゃったって本当~?」


「ええ、ていうか、単に雨宿りしていただけだったんですけど……」


「あら~、残念ね~、あんなに優しくて親切だったのに~。


 おまけに私と×××したいだなんて言ってくれて……」


「ストォーップ!」


 昨日の今日で、いいかげん疲れていた僕は、つい乙女さんの妄言を遮ってシャウトしてしまった。


 もっともこのまま喋らせると、話が無限軌道並みにエスカレートしてしまう。それに、今はまだ午前10時で、日の高いうちからする会話じゃない。


 昨日の夜、雪が降り止むのを確認した矢田は、来たとき同様、身一つで楓荘を辞去した。


 門のところで僕たち三人は彼に別れを告げた。さすがの楓も、「もう一晩くらいは泊っていっても構わんぞ。お前にはなんだかんだいって、いろいろ助けてもらったしな」と引き留めるも、彼は、「所長、お気持ちはうれしいけんど、もう十分ですちゃ。お邪魔虫は消えますちゃ」と言って、凍り付いた夜の彼方へと歩み去って行った。


「矢田さん、これからどうするんでしょうね……凍死しないで下さいねーっ!」と後ろ姿に叫ぶネズミ。


「大丈夫だ、そう簡単にはくたばらんだろう。だが、あいつ、意外といい奴だったな。てっきり……」と途中で口を濁す楓。


 やや不振に感じた僕は、「てっきり、何なんですか?」と聞くも、「風邪を引くぞ。さ、家に入ろう」と聞えなかったふりをして、そそくさと引き返した。


 おかげで昨晩は気になって寝付きが悪かった。


 しかもその後、またもや楓様の夜這い(?)があり、とても眠れたもんじゃなく、現在絶賛寝不足中でございます。


 ま、変な夢を見なかっただけでも良しとするか。たまにとてもおぞましい悪夢を見るのだが、どうも内容を思い出せなくて、落ち着かない変な気分になってしまう。


 なんだか失われた過去の記憶と関係しているような気がするのだが……。


「昨日はうちのバカ息子の件で、矢田くんに本当にお世話になったのにね~」


「ところで昨日、息子さんたちはどうやって帰宅したんですか?」


 僕は、雪の中、青い牽引車にひっぱられていくグレーの事故車を思い出し、乙女さんに尋ねてみた。


「ああ、貫太郎たちなら大丈夫よ。孫の健一郎の運転してきた車で、皆無事に帰ったわよ~」


「あ、そうだったんですか。良かったですね。家に車が二台あって」


 僕はちょっとホッとした。忘れていたけど、奥さんたちは、事故の後に駆け付けたんだっけ。


 そう言えば、昨日見慣れぬ赤い車が停まっていたけど、あれは中村氏の息子さんの車だったんだな。


「いえ、それがちょっと違うのよ~、ソーセージちゃ~ん。健一郎は、たまたま里帰り中だったのよ~。


 健ちゃんは今、大学6年生なんだけど、この前医師国家試験が終わって暇になったんで、数日前に実家に戻って来たのよ~。


 あの赤い車は、彼が一人暮らししているアパートから乗ってきたもので、本当はうちのじゃないのよ~」


「はぁ、そうですか。あれ、でも医師国家試験って……ひょっとして医学部なんですか、お孫さん?」


「ええ、そうなの~。話してなかったっけ? 国立の雲州大学ってとこに行ってるのよ~」


 知らなかった。あの無口な青年が、まさか国家試験を終えたばかりの医学生だったとは。さすが中村家は油断も隙もあったものじゃない。


 でも、雲州大学ってどこかで聞いたような……?


「健ちゃんは私に似て、可愛くって、賢くて、とっても優秀なのよ~。


 絶対国家試験なんか楽勝よね~。この前のお寿司も、試験終了の慰安会だったのよ~」


 婆バカモードに突入した乙女婆さんは、文字通り乙女のように瞳をキラキラさせながら、うっとりと夢見るように孫自慢をし出す。


「でも、息子の血も引いているせいか、帰ってきたらちょっと怒りっぽくなっちゃってね~。


 昔はおどおどしている泣き虫な子で、私がよく慰めてあげたのに……。


 男の子って皆あ~なっちゃうのかしらね~? お婆ちゃん、悲しいわ~」


「はぁ、僕にはよく分かりかねますが……」


 昨日のイメージでは、お孫さんは気弱そうな印象で、とても易怒的な性格には見えなかった。


 もっともまったく口を開かなかったので、実際どうなのかはわからないし、彼の父親からして外見と内面がやや乖離しているとのことだし……。やっぱ血筋なんだろうか?


「お、仕事してるな、感心感心」


 珍しく、白衣の上から、白色のどこかで見たエプロンを身に着けた楓が、リビングに入ってくる。


「ど、どうしたんですか、その恰好? イメチェンですか?」


「いや、どうもネズ公のやつ、思ったよりも昨日の疲れが残っているようで、今、仮眠をとってるんだ。


 だから現在俺がピンチヒッターで、彼女のエプロン借りて、いろいろやってんのさ。


 まったく職員が少ないと苦労するぜ。あのちんちん野郎も、正式に雇用してやればよかったかな?」


「そうでしたか。昨日強く縛り過ぎましたかね?」


「いくらなんでも菱縄縛りはマニアック過ぎるだろ! 亀甲縛りとの違いもよく分からんわ!」


「縛ったのは僕じゃなくて、あのちんちん野……じゃなかった、もじゃもじゃ頭ですよ!」


「とにかくお前の監督責任だ! 罰として今日は英語の論文を10本読んでおけ!」


「えーっ!? そんな殺生な!」


「なに言ってんだ、人間死ぬまで勉強だ! 十代のレビーみたいな希少な症例が、まだまだ世界には多いんだぞ!」


「あの……お取込み中、すいませんけど」


 突如僕たちの会話に、聞きなれない男性の声が乱入してきた。

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