*どうしましょう
大賀邸は広い家だけあって2階は無く、庭園にもあと一軒くらい建てられそうなほどだ。
こんな大豪邸に住んでるなんてうらやましい……健吾はマジマジと見取り図を眺めていたが、ふと気づく。
「これで何をするつもりなの?」
「あ?」
解りきったことを訊かれ、泉は少し苛つき気味に声を上げた。
「え」
それに少しビクついて顔を引きつらせる。
ベリルと同じ部屋に泊まる健吾が気に入らないのだろう、同性に興味が無いと何度言おうと泉は納得しない。
確かに、それほどにベリルには何か魅力的な部分がある事は健吾もよく解ってはいるがそれでも同じ男に欲情を覚えるほど飢えてはいない。
飢えてない……と心の中で何度も言い聞かせ、ベリルに視線を移した。
「……」
そこはかとなく醸し出される上品な立ち居振る舞いと整った顔立ちに一瞬、クラリ……ときそうになり頭を数回、振って我に返る。
なんだってこの人は、こんなにも自然に尊大なんだ。現実にいる人とは思えないけど、目の前にいるしな……なんて思っていた処で、刺さるような視線に気がつくと案の定、泉が静かに睨み付けていた。
心の中で謝りながら視線を外す。
「健吾」
「! なに?」
「見取り図を覚えられるか」
ベリルの問いかけにテレビ画面を再度、見つめた。
「……なんで?」
どうしてそんなことを訊くんだろう、不安になって聞き返す。
「サポートを頼みたい」
「!? 僕がっ!?」
無理だよ! と両手を前に突き出して頭を激しく振った。
「強制するつもりは無い。外からのサポートが少しでもあれば、被害も少なくて済むというだけだ」
「う……」
そんな風に言われると、やった方がいいのかなと思ってしまう。
「カメラはどこに設置するんだ」
とりあえず話を進める泉に、ベリルは衛星画像に切り替えた。
とある一軒の家を上から映しているのだが当然、大賀 由三郎の豪邸だ。妻は数年前に他界し、子供たちも別の家に住んでいる。
たった1人で広い家に住みやがって……と少しくらい思ってもいいよね。などと、健吾はその画像を眺めていた。
画像に赤い丸が記されていく──入り口と裏口、庭に続く縁側。それらを映すようにカメラを設置しろ、という指示なのだろう。
「ヘッドセットに、解像度は低いがCCDを取り付ける」
「ここからの送信はちょいと遠いな」
「屋敷の近くに部屋を借りる」
距離はさほど関係ないと思われるが、少しでも緊張感や音が伝わりやすい距離を考える事は重要なのである。
「サポートって何をやるの?」
健吾は2人の会話を聞いて、なんとなく興味がわいた。
「カメラに映っているものを伝えてくれれば良い」
「え?」
そんなのでいいの?
「簡単だと思うな。2人分の動きを見て、必要だと思うものだけを伝えなきゃならねぇんだ」
「そ、そか……」
「無理に伝えようと思わなくて良い。自身が伝えたいもので良いのだ」
「で、例の石はどこに保管されていると思う」
「おそらく居間だろう。金庫が置いてあると聞いた」
「……」
健吾は、会話を続けている2人を交互に見つめた。
どうしよう……やってみたいと思う自分がいる。遊びじゃないのも解っているけど、興味がムクムクと湧き上がってきていた。
こんな感覚は初めてかもしれない……テーブルの上に置かれている、プリントアウトされた見取り図を静かに手に取る。
テレビ画面に映された真上からの大賀邸は、かなりの大きさで高級住宅街の端に位置いている。取り囲む塀はとても高く、等間隔で監視カメラが設置されていた。
正門から玄関までは10m強の距離だと思う。後門は正門ほど大きくは無いけれど、やはりセキュリティはしっかりしているように見えた。
とはいえ、相手もベリルたちを待っている状態なのだから外部に連絡されるセキュリティは切るはずだ。
閑静な住宅街で静かな戦いが繰り広げられる──彼らのテリトリーに飛び込む2人は、明らかに不利である。
「形見は確かに大切だけど……命を賭けてまでやらなきゃいけないことなの?」
健吾はどこを見るでもなく、ぼそりと問いかけた。ふと思った疑問を口にしただけだったが、2人に聞かれていたようで視線にはたと我に返る。
「まあ確かにそうだわな」
泉が苦笑いで発した。
「形見の位置づけはそれぞれだ。彼女にとっては、かけがえの無い物だと私が判断し依頼を受けた」
中には、高価な宝石も含まれている。
依頼主は決して裕福な生活ではない──しかしそれを理由に売り払う事はせず、ずっと手元に残していた。
彼女にとっては金銭的価値はなく、精神的な価値でしかない物なのだ。
「それでこそ受ける意味があったってことさ。そうじゃなきゃ俺に協力要請はしてこなかっただろうけどな」
泉はニヤリと笑んでベリルを見やった。
「当然だ。お前と会うのはできるだけ避けたい」
「地味に凹むこと言うなよ……」
相変わらず、さして気にしていない口調で応える。
「まったく。見た目に似合わずお優しいこって」
「どういう意味だ」
「……」
ああ、そういうんだ……健吾は2人をぼんやり見つめて、何故か納得した。
金銭的な価値だけで、仲間の命を危険に晒すことは彼にとって許し難いことなんだ。それが解ってるから、泉さんも引き受けた。
僕は、彼らの関係がとても羨ましく思えた。だから、その輪に入れない自分がとても寂しかったんだ。
入れる訳が無いのは当たり前だけど、それでもそれに触れていたかった……それを感じられる距離にいたかった。
「本当に僕でいいの?」
見上げる瞳にベリルは無言で頷いた。





