第9話 Side レア 処刑させなさい!
「バジリスクの討伐が、たったの1000ゴールドですって!」
あたくしは怒りのあまり両手をカウンターへと叩きつけた。大きな音が部屋中に鳴り響き、カウンターの上に乗っていたグラスやメモ用紙が落ちそうになる。
「そ、そのように申されましても依頼書の方には確かにそのように記載されておりまして・・・」
「見せなさい!」
「は、はい」
うたげ亭の主人が恐る恐る依頼書を差し出してくる。
あたくしはそれをひったくると、文字に目を走らせた。
依頼内容:バジリスクの討伐。
依頼主:ゲッセン
難度:S
報酬:一人当たり1000G(最大人数30人)
備考:討伐対象の素材を目的しており、死体の所有権は依頼主が持つ。
内容を確認した瞬間目の前が真っ赤になった。
「一人当り1000ゴールド?それで一人で討伐したから1000ゴールドしか出さないってこと?巫山戯てるの?!」
あまりにも馬鹿馬鹿しい内容にますます語気が荒くなる。
「ジーク!」
「はい」
「国の試算ではバジリスクの討伐はどうなっている!」
「そうですね・・・あれだけの大物となると騎士団一個中隊は必要になるでしょうから、傭兵に換算したとしてそれなりの実力者が50人・・・安く見積もったとしても1匹あたり40000ゴールドは必要となるでしょう」
確か我が国民の一般的な月収が500ゴールドほどであったはずだ。だから、1000ゴールドもあれば2ヶ月は遊んで暮らせる。だが、それとこれとは話が別だ。
その場にいてあれだけの強さを見れば、ジークの言うとおり本来ならば40000ゴールドもの価値のある仕事だったことは容易に想像が付く。
「それをたったの1000ゴールド・・・、ジーク!我が国の法でこの男の首は飛ばせないのか!!」
そもそも、依頼の最大人数をたかが30人に制限している時点でカーミラ以外にこの話を持っていくつもりはなかったのだろう。つまり、カーミラをピンポイントで利用するために作られた依頼というわけだ。
詐欺紛いの契約でこんないたいけな少女を騙すなんて許されるはずがない。
怒りを抑えきれないあたくしの怒声が部屋の中に響き渡り、それを聞いていたうたげ亭の主人は一気に顔が青ざめていく。
「残念ながらそれは不可能です」
その言葉に主人はほっと胸を撫で下ろすが、ジークの言葉はそこで終わらなかった。
「しかし・・・レア様の権限でこの者を捌く、もとい裁くことはできます」
「レア様・・・まさかレア王女様!」
主人の顔が驚愕に染まり、次第に自分の立場を理解していったのか、次第に表情を恐怖のそれへと変えていった。
「そう」
俺は満足げに頷いた。
きっと今鏡を見たら満面の笑みを浮かべていることだろう。
「さぁ選ばせてやる。どうせ今までこうやって荒稼ぎしてきたんだろう?正当な報酬を支払うか、死か」
俺は腰の剣を抜き放って、主人に突きつけて言い放った。
「せ、正当な報酬って40000ゴールドなんて大金・・・」
それでもまだ金が惜しいらしい。それとももしかしてコイツは自殺志願者なのか?
「どうせさっきの商人たちともグルなのだろう?なら、同罪だ。あの商人たちは・・・」
「今頃他国に逃亡しているでしょうね」
恐らくジークの言うとおりだろう。こんなことを考えつくような奴らだ。当然バレたときのことも考えていることだろう。
「そうか、後で手配書をまわしておけ。詐欺罪で極刑だ。さぁお前はどうしたい?」
俺がそう言ったことで商人の罪は確定した。
つまりここで主人が支払わなければ共犯として現行犯で捌くことができるというわけだ。
「は、払います。すぐに払わせていただきます!」
「そうなの?残念ね。命拾いされてしまったわ」
そういってあたくしはにっこり微笑んで剣を鞘に収める。
いけないいけない。つい怒りで我を忘れて口調が素に戻ってしまっていた。
一応言っておくとさっきのは少し女らしくはなかったけれど、あたくしはれっきとした女である。
「ひ、ひぃ!」
主人は悲鳴をあげて奥からお金の入った袋を持ってくるとカーミラに手渡して頭を下げた。
「今まですまんかった!こ、この通りだ!」
涙と鼻水を垂らしながら頭をカウンターに押し付けている。そんなになって謝るくらいならはじめからしなければいいのに。
「・・・ん?ありがとう」
カーミラは嬉しそうにお金を受け取ると不思議そうな顔をして首を傾げる。
「・・・いつもより重い?」
それもそのはず。40000ゴールドともなればかなりの重さになる。
しかし、カーミラはお金の価値をよく分かっていないのかしら。さっきの話を聞いていてだろうに全然怒っているようには見えない。
それどころか話の内容をよく分かっていない節があるような気がする。
それにしても・・・
「ゴールドマイン商会のゲッセンね。あたくしの騎士様を食い物にしてたこと絶対に忘れないわ」
次に会ったら産まれてきたことを後悔させてやる。
「それじゃあ、気を取り直して、カーミラの家に行きましょうか」
そう言ってあたくしは主人に背を向けた。
「ん、それじゃあ、また」
カーミラが主人に向かって挨拶をすると、主人はがくがくと首を縦に振って頷いていたが緊張の糸が切れたのか腰が砕けてへたれ込んでしまった。
少し脅しすぎたかしら?
まぁこれに懲りてこれからはまともな商売をしてくれればいいんだけれど・・・、何と言っても次はないのだから。
余談ではあるが、カーミラは一人で40000ゴールドという大金受け取ったが、別に金貨が40000枚あるというわけではない。通貨には100ゴールド硬貨と10ゴールド硬貨、他にも1/10ゴールド硬貨として銀貨、1/100ゴールド硬貨として銅貨などがある。もちろん金貨はそれぞれデザインや大きさも違うが、金の含有量が大きく異なるため、色も重さも全く違い、偽金が作られるようなことはほとんどない。そのため40000ゴールドという大金であったとしても一人で持つことができないわけではなかった。
当然かなりの重さにはなるのだけれど・・・。




