第10話 Side レア 魔女と天使と生き写し
うたげ亭を出るとあたくしたちはカーミラの家へと向かった。
それほど広い町ではないため、目的の場所にはすぐに到着したようだった。
カーミラが一軒の民家を前で立ち止まり、あたくしたちの方へと振り返る。
「ここ」
カーミラが目の前の家を指差して言う。どうやらここに住んでいるらしい。
カーミラの指差す家は一階建てでとても小さく、一般市民の感覚でも人が一人か二人住めればいい方だろうといった大きさであった。
カーミラは家の外に置いてあった木箱を開けて持っていた大剣を中へと仕舞い込む。どうやら鍵はかけないらしい。
とても無用心なようにも思えるが、特に業物でもというわけでもなく使い手もほとんどいないだろう巨大な大剣を盗む人なんて・・・いや、そもそも持ち出せる人自体ほとんどいないように思える。本当にこの剣の製作者は何を考えてこんな大きな剣を作ったのかしら?
「ジークはついてきて。他の者たちは・・・」
「周囲の警戒に当たらせましょう」
「そうね。どこに誰の目があるか分からないし」
もしかすると兄上たちがあたくしを見張るために付けた間者がいるかもしれない。そのような者たちにこれからする話を聞かせるわけにはいかない。
いや、例え間者じゃなくてもこれからする話は誰にも聞かせられるものじゃない。
「ん、どうぞ」
カーミラが扉を引いてくれたので、あたくしとジークはお言葉に甘えて先に家の中へと足を踏み入れた。
想像していた通り中も広くはない。その広くない部屋に、ベッド、タンス、調理場、そしてテーブルと椅子が並んでいるため尚更狭く見える。
ガタッ
「お、お客さま?」
ご家族の人が誰かいるかとは思っていたが、あまりにも予想外な人物の登場にあたくしは目を丸くした。
何を言っているのか分からないかもしれないが、カーミラにうながされ家の中へと入ってみれば、なんとカーミラが出迎えてくれたのである。しかも小さくなって。
思わず後ろを振り返ると大きいカーミラがいる。再び前を向くとちっちゃいカーミラがいる。
顔や髪、肌の色までそっくりなのに身長と女の子の夢がいっぱい詰まっているはずのところがあたくしよりも残念なことになっている。
「もしかして・・・妹さん?」
あたくしは後ろを振り返って聞いてみた。
「ん、双子の妹のルミア」
「ふ、ふたご!?」
さらなる衝撃があたくしを襲った。
この身長170センチはあろうかという女にしては長身のカーミラと、背があたくしの胸くらいまでしかないこの小さな女の子が双子だっていうの?
すごくそっくりなのに全く似ていない・・・・・・もしカーミラがあたくしをからかっていないのだとしたら、人類の神秘とは本当にすごいものだ。
「お二人は、何歳、なのかしら?」
あたくしは震える声を抑えながら聞いてみた。
もうここまで来るとカーミラの成長が早すぎるのか、妹ちゃんの成長が遅すぎるのか想像も付かない。
「16歳(です)」
「そ、そうなの・・・あたくしと一緒なのね」
かく言う私も16歳。
だとすれば妹ちゃんの発育がずいぶんゆっくりしているということになる。
そう思って妹ちゃんを見ると・・・・・・不思議、何だか優しい気持ちがこみ上げてくる。
「そ、そんな優しい目で私のムネを見ないでください!」
妹ちゃんは恥ずかしそうにムネを両手で覆い、身体をそむけ、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
やばい。何この可愛い生き物は?
「カ、カーミラ殿!」
突然ジークが声をあげたので、驚いて振り返って見るとカーミラが鼻血を流している。
何事?
「大丈夫ですか・・・」
ジークが心配そうにハンカチを差し出すと、カーミラはそれを受け取って鼻に当てる。
「ん、大丈夫。ルミアが可愛すぎてちょっとのぼせただけだから」
受け取ったハンカチがどんどん血に染まっていく。
本当に大丈夫なのかしら。とても大丈夫そうには見えないのだけれど。とはいえいつまでもこのままでは話が進まない・・・どころか始まりもしない。とりあえず大丈夫だということにさせてもらおう。
「とりあえず挨拶させてもらおうかしら。あたくしはレア・ノワール・ローゼンシア。この国の第2王女よ」
「お、王女さま?!」
あたくしが自信たっぷりに挨拶すると、妹ちゃんが驚いて声をあげる。
うん、実に初々しい反応ね。
「そうよ、そしてこっちの男はジークハルト・ブリッツェン。あたくしを守る近衛騎士。他にも外に5人、騎士を待たせているわ。あなたは・・・ルミアちゃんでいいのかしら」
「は、はい。カーミラお姉さまの双子の妹でルミアと言います。」
そう言ってぺこりと頭を下げる。何だろう。ちっちゃい所為か動作がいちいち可愛い。
もしかしてあたくしはこの歳で母性に目覚めてしまったのかしら?
そこへカーミラがハンカチで鼻を押さえながらふらふらとやってくる。
「ルミア、私とも挨拶しよ。ただいま。んー」
そう言って、ルミアちゃんに顔を近づけていくとルミアちゃんはおかえりなさい、と挨拶のキスを返す。
それにしてもあのバジリスクと戦っていたときの凛とした姿からは想像も付かない。今日初対面のあたくしでも妹を溺愛していることがよく分かる。
「お姉さま・・・どうして王女さまがうちに?」
「王女さまたち、私にして欲しい仕事があるって」
「そうだったんですか。あっ、狭いところで申し訳ありませんが、どうぞお掛けください」
そう言ってルミアちゃんが椅子を引いてくれる。
小さなテーブルに椅子が3つ。もしかするとまだ他にも家族がいるのかもしれない。
私はお言葉に甘えて席へと付いた。
「ジーク様もどうぞお席に」
「お気遣いありがとうございます。ですが私はレア様の近衛騎士。同じ席に付くことはできません。どうぞお気になさらず残りの席はお二人でお使いください」
相変わらず堅い男。こういうときまで畏まったところで相手が気を使うだけなのに、もう少し融通が利かないものかしら。
「あ、もしかして私たち跪いて話を聞いたほうが・・・」
ほらね。
「その必要はないわ。あたくしはあなたたちに乞うてこの場にいるのよ。ここでは礼儀作法なんて無粋なものは忘れてちょうだい」
私はその言葉を遮るように口にした。
「いいんですか?」
ルミアちゃんはジークの方にちらりと目を向け、伺うようして尋ねた。
「もちろんです、私のことは空気とでも思っていただければ構いません」
全くずいぶんと堅い空気もあったものだ。
「えっと・・・じゃあ、お茶入れてくるからお姉さまも座って待ってて」
「ん」
ルミアちゃんは戸惑いながらもカーミラを席に促してパタパタとお茶の準備をしにいった。
あぁ、カーミラがルミアちゃんがお茶を入れている様子をじっと見ている。ガン見していると言っても過言ではない。これではお茶が入るまで話しかけても無駄そうね。
やがてお茶を入れ終わるとテーブルまで危なげなく運んでくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
入れてくれたお茶は紅茶ではなく緑茶だった。
あたくしはこう見えても紅茶より緑茶の方が好きだったからこれは嬉しい誤算だ。口に含むとほっとため息が出る。今日一日で色々ありすぎて少し神経が過敏になっていたのかもしれない。
ルミアちゃんがお茶を配り終わったところでカーミラがルミアちゃんをそのまま抱きすくみ膝の上に座らせた。
「お、お姉さま!王女さまの前でこれはお行儀悪いです!」
「ん?」
ルミアちゃんはバタバタともがくが無駄な抵抗でしかない。
それもそのはず。カーミラのあの怪力から逃れられるわけがない。仕方なくあたくしはルミアちゃんに助け舟を出した。
「いいのよ、ルミアちゃん。ふふっ、いつも通りリラックスして話を聞いてね」
「は、はい」
あらあら、すっかり赤くなってしまった。
行儀悪くて恥ずかしいのか、子供扱いされてるところを見られて恥ずかしいのかどっちなのだろう?もしかすると両方なのかもしれない。
とりあえず本題に入る前にこれで話を進めていいのか確認しておかないと。
「ご家族の方はこれで全員なのかしら?」
「ん」
カーミラは頷いた。
そっか、ご両親はもういないんだ。
遥か昔に大きな戦争を経験して以来、あたくしの国は戦争に巻き込まれることがなくなった。しかし、それでも孤児がいなくなるわけじゃない。
「それじゃあ、本題に入らせてもらうわね」
あたくしにとってはここからが勝負。このために危険を冒してまでここに来たのだ。
あたくしはカーミラの目をしっかりと見つめる。
あたくしの本気が確かに伝わるようにと。
そしてあたくしは一呼吸飲み込んでからゆっくりと口を開いた。
「カーミラ。あなたには私を守る近衛騎士になって欲しいの」




