第14話 Side レア 魔女の取扱説明書
「魔女?!」
「魔女ってあの伝説の魔女・・・ですか」
ジークとルミアちゃんの二人は信じられないといった様子だ。
「そうよ。遥か昔この国を支配し、世界を破滅へ導こうとしたと云われる伝説の魔女。その魔女も今のカーミラと同じように紅い紋様が身体に浮かんでいたって言われているわ」
「そうですか、それは・・・不味いですね」
ジークの表情が苦いものへと変わる。
「まさか・・・」
ルミアちゃんも察しが付いたようだ。ルミアちゃんは意外、と言ったら失礼かもしれないけれど、理解も早いし、察しもいい。それはこの初めて耳にするような内容ばかりの話に、淀みなくついて来られているところからも分かる。
そして二人の想像通り、それは良くない事態を引き起こしかねない。例えば・・・
「もし魔女だと知られれば、最悪処刑されるでしょうね」
「!?」
「もっともこの国にいる限りその可能性は低いけど」
「それはやっぱり魔女の呪いの所為・・・ですか?」
やはりルミアちゃんは察しがいい。もしかすると今までカーミラの足りない部分をルミアちゃんがこうやって補ってきたのかもしれない。
そして理由はルミアちゃんの目の付けた通りだ。
「その通りよ。この国に残っている魔女の呪い、その呪いのおかげでこの国は今まで戦火からまぬがれてきたわ。だからこそこの国が進んで処刑に乗り出すようなことはないと思うの」
そう、この世界の誰もが知っている呪い。かつて伝説の魔女が支配していたと言われる我がローゼンシア王国への不可侵の呪い。その呪いを無視し、我が国へ攻め入った兵士たちは呪いにより悉くその首を落とすこととなる。其の呪いは何千、何万という魔術師が集まろうとも決して打ち破ることは不可能とされ、この国を戦火から守り続けてきた。しかしそれ故に、他国からしてみれば魔女の存在は邪魔者以外の何者でもない。
「でもね、きっと他国はあなたの処刑を求めてくる。そして今のこの国にそれを退けるだけの力はないの」
「確かにそうですね。他国に強力な外交のカードを切られてまで、実績のない魔女を保護する価値を国は見出せないでしょう」
「そんな・・・」
「それにね。魔女監護機関たちがカーミラのことを知ったら何をしでかすか分からないわよ」
「魔女監護機関?」
これはカーミラもルミアちゃんも知らないことだろう。しかし、彼らはある意味国よりも厄介な存在と言えるかもしれない。
「魔女を神の使いと位置づけて活動している宗教団体です。とは言え、表には出てこない裏ギルドの者たちですが」
「裏ギルド?」
裏ギルド・・・表に出せないような依頼を引き受けて遂行することで金銭を得ている集団だ。確かにそれが必ずしも悪とは言えないし、彼らの素性を考えればそうするしかないのかもしれないけれど、だからといって、その全てが肯定できるわけじゃない。
「そうです。やっていることは様々ですが、主な活動目的は魔女の保護。カーミラ殿のような本物の魔女を保護しているかどうかまでは定かではありませんが、魔女と目され、処刑されそうになっていた者たちを多数保護しているそうです」
「もし魔女監護機関たちに知られたら、象徴に据えられて世界の敵に・・・なんてこともありえない話ではないわね」
一度魔女の烙印を押された者たちは当然表社会から隠れるようにして生きていくしかならなくなる。となれば、彼女たちの仕事は自ずと定まってくる。
そのため一般市民にはあまり知られていないが、その筋の人やあたくしたち王族や貴族には時折彼女たちの噂が耳に入ってくる。
「とまぁ、難しい話は置いておいて、魔女ということだけは絶対に知られないようにしましょう」
「ん、この力を使わなかったらいいのね」
「うん、それだけは絶対に守ってね。それに魔女の魔法・・・魔技って呼ばれてるんだけど、魔技を習得するためには代償が必要なそうなの」
「代償・・・ですか」
ジークがカーミラの身体に浮き出ているおびただしい数の文字を見て眉をひそめる。これだけの魔技を習得するのに一体どれほどの代償を払ってきたのか想像もつかない。
「そうよ。それも影響力の強い魔法になるほど大きな代償が必要になるらしいの。そしてその文字の数だけ魔法を覚えている、という話よ」
「・・・お姉さま、すごい数だけど・・・・・」
本当にすごい数だ。手足の先までびっしり文字で埋め尽くされている。きっと服の下にも無数の文字が浮き出ていることだろう。
「・・・ん?でもこれ、最初からあった」
「やっぱりね、多分そうだと思ってたわ」
「どういうことですか?」
ルミアちゃんは不思議そうな顔をしているが、あたくしには一つの推測があった。
「だって、たった一人で代償を払い続けてそれだけの魔技を覚えるなんて不可能でしょう?」
「代償って具体的にはどういうのがあるんですか?」
「そうね、例えば髪の毛なんかでもいいらしいけれど、その人にとって大切な何か、らしいわ。大きな魔法を得るためにはそれこそ自分の手足とか大切な人の命とかね。関係が薄い人の命だと、意味がないらしいの。そして最も強い力を得ることができるといわれているものが・・・・・・自らの命らしいわ」
まさにその者にとっての代償である。それほどのものを失わなければ、魔女は魔技を覚えることができないというのだ。そして普通に考えれば本当に大切なものというのはそれほど多くはない。
「それがどうして最初から持ってることに繋がるんですか?」
ルミアちゃんの言うとおりだからといって最初から持っているというのは理屈に合わない。しかし、王家にはまだ魔女について他にも伝わっている伝承があった。
「それはね、カーミラが伝説の魔女の転生体だからよ。伝説の魔女は魔法を魂に刻み込むことで来世へと魔技を継承する魔技・・・というのを産まれた頃から既に覚えていたらしいわ。そして長い年月をかけて幾度となく繰り返されてきた転生と数多なる代償・・・。伝説の魔女もカーミラ同様最初から多くの魔技を使うことができたらしいわ。そして今は伝説の魔女が生きていた時代から500年以上が経っている・・・それがどういうことか分かるわよね?」
そう、カーミラは伝説の魔女が使えた魔技以上の数の魔技を習得している可能性が高い。
「伝説の魔女の・・・・・・、じゃあ、もしかして伝説の魔女の呪いって・・・」
「言い伝えでは、伝説の魔女は自らが死ぬときに呪いを掛けたと言われているわよね。多分魔女は自分の命を代償に魔技を覚えてこの国を守ろうとしたんじゃないかしら」
「世間で語られている伝説とはずいぶん話が違いますね・・・しかしどうしてそこまで具体的な話が王家に伝わっていたのでしょうか?」
ジークの疑問も尤もだ。もちろんそれにも理由がある。
「それがどうやら初代国王は魔女とかなり懇意な関係にあったらしいのよ」
「初代国王といえば、ローゼンシア女王陛下ですね」
そう、この国の名前の由来ともなっている建国者。あたくしたち王族がこの話を知っているのは彼女が魔女に関する手記を残していたからだ。その手記によると魔女は女王にとって最も大切な人だったらしい。しかしそれが親友を指しているのか、恋人を指しているのか、もしくは別の何かを指した関係なのかは記されていない。ただ、文末はこう締めくくられていた。
魔女の力を求めてはならない。彼女たちは最大の理解者である。
願わくば我が子らが道を誤ることのないよう、この手記を残す。と
最も代々伝わっている手記ではあるが、これまで魔女の転生体が見つかったことはなかったので今ではこの手記も聖書|(神の教えを説いた本)程度にしか信じられていない。
「もちろん、あたくしも魔女なんて初めて見たし、王家に伝わっている話が真実である確証はないわ。もしかするとあたくしもその力に頼る日が来るかもしれない。でも、今は可能な限り隠し通してほしいのよ」
「でも、魔技には代償があるんじゃ!?」
「もちろん、既に覚えている魔技の話よ。さすがにあたくしも代償を払ってまで新しい魔技を覚えろなんて言わないわ」
「そうですか・・・よかった」
ルミアちゃんはほっと胸を撫で下ろす。
元々あたくしはカーミラが魔女だから騎士になってもらおうと考えていたわけではない。ただ、あたくしと同じくらいの年頃で凄腕の傭兵がいるという噂を聞いて、一縷の望みに縋る思いでここまで来ただけなのだから。
「ありがとう。もう消してもいいわ」
「ん」
カーミラが深く息を吐くと、肌に浮かび上がっていた文字が消えていき、蒼く澄んだ瞳へと戻っていった。