第12話 Side レア 魔女の弱点
目の前にいる小さな少女の瞳に涙が溜まっていく。少女はその涙を堪えながら震える声を抑えて言葉が続けた。
「お姉さまは、複雑な思考や記憶が、できなく・・・なって・・・」
「ちょっと待って、それは・・・どういうこと?・・・・・・できなくなった?」
「分から、ないです。ある日突然・・・」
それこそ聞いたことがない。ある日突然思考能力と記憶能力が低下することなどありえるのだろうか?
年老いてというなら話は分かる。だけどカーミラはまだ16歳のはずだ。
ジークに目を向けると目を伏せ首を振る。ジークも分からないようだ。
「そのときにいったい何があったっていうの?!」
「私は、病気が酷くなって、寝込んでて、目が覚めたときには・・・」
「ほら、泣かないの」
カーミラはそっとルミアちゃんの涙をぬぐってあげていた。こうしてみると至って普通に見える。
しかし思い返してみれば確かにカーミラは少し難しい話になると理解していない様子が見られた。思考能力と記憶能力の低下とは一体どの程度のものなのだろうか。
カーミラにはそのときの記憶が残っていないのだろうか。
「そう・・・なの・・・、カーミラはそのときのことは何も覚えていない・・・わよね」
「ん」
あたくしは愕然とした。そこでジークが何かを思い出したかのようにあっと声をあげる。
「そういえば、聞いたことがありました。頭に深い傷を負うとそういった知能全般が低下すると。・・・・・・ただ、その場合は身体の一部が麻痺してしまったり、うまく言葉をしゃべることができなくなったりといった症状を伴うことがほとんどだそうです。現在治療法は全く分かっていません」
「頭に傷は?」
「んー、覚えがない」
「私もお姉さまが頭に傷を負っていた覚えはないです」
「そう・・・」
「王都に着いたら一応カーミラもルミアちゃんと一緒に医者に見てもらいましょう」
ジークの言う症状なのかどうかは今のところ判断のしようがないけど、そういうことなら計画を修正しなくてはならない。
順番に整理してみよう。カーミラほどあたくしの近衛騎士に向いている人はいない。だからカーミラに守ってもらうことは絶対条件である。それにこれほどの人材、国益を考えても手放すことなんてまずありえない。
とはいえ、一介の兵士や傭兵として雇ってもあまり意味がない。いや、それどころか他国から引き抜きにでもあってしまったら目も当てられないだろう。
当然カーミラとの連絡に人を挟むような事態は避けなければならない。そう考えるとやはりカーミラには何としても近衛騎士になってもらうしかない。こんなところで躓いているわけにはいかない。
「ジーク」
「はい」
「仮に教養の単位を取得できないとして抜け道はあるの?」
「難しいでしょうね。自分の知る限り前例がありません」
ジークも学園出身の騎士だ。騎士に関してはあたくしよりずっと詳しいはず。そのジークが知らないというならないのだろう。
「そう・・・」
それに、あたくしが連れてきたとなれば、必ずや兄上たちからの妨害があるはずだ。そんな状況の中でカーミラの欠点はまさに致命的な弱点になり、学園生活の中で隠し通すことは不可能と考えたほうがいいかもしれない。そう考えると、とてもまともな方法で騎士になれるとは思えない。
・・・・・・まとも?
そのときふっとカーミラの戦っている姿が頭をよぎった。
果たして今日一日でまともな出来事なんてあっただろうか?
カーミラからなりふり構わず逃げるバジリスク。
バジリスクを一刀両断するカーミラ。
そんな仕事を1000ゴールドで引き受けるカーミラ。
ルミアちゃん可愛さに鼻血流すカーミラ。
思わず笑みがこぼれた。
「ジーク!」
「はい」
「やるわよ!」
考えはじめるとわくわくが止まらない。きっとそれは顔にも出ていることだろう。
「そう言うだろうと思っていました」
ジークもニヤリと笑う。なんて腹黒そうな笑みだ。きっとジークも先のことを考えると不安抱くより、みんながどんな顔をするか楽しみで仕方がないのだろう。
「何を、ですか?」
ルミアちゃんがそんなあたくしたちを見てちょっと不安そうだ。
「簡単よ。うるさく言ってくる奴らを全員黙らせるくらいのでっかい功績を打ち立ててやればいいのよ!学園を卒業するだけが騎士になる道じゃないわ!」
理屈は簡単だが、当然実現するとなると難しい。言うまでもなく前例がないことを為そうというのだから、前例がないほどの功績を立てなければならない。対立する王族や貴族たちが反対を口にすることも躊躇うような形勢を作るために。それこそ救国の英雄となるほどの。
「そうですね、例えば本当に竜を討伐してしまうとかいいかもしれませんね」
「ええっ!?お姉さまが竜を!?」
「それはいいわね。正真正銘竜殺しとして晴れて騎士になれるわ!」
ジークもなかなか洒落のきいたことを言ってくれる。ルミアちゃんは驚いているがカーミラならそれくらいやってのけてもおかしくはないんじゃないかしら。かの人物も竜を殺したことがあるというのだから。
「あの、一つだけ質問いいですか?」
「何かしら?」
「どうしてそうまでしてお姉さまを近衛騎士にしようとしてくれるんですか?」
そういえば、話が逸れてばかりで肝心な理由には全く触れていなかった。
「そうね、まずその話をしないといけなかったわね」
こほんと咳払いをして高まっていた気持ちを少し落ち着ける。
これはジークにしか話したことがない。とはいえ、王宮の内情詳しい人なら知っていてもおかしくない話ではある。果たしてこれからする話を信じてもらえるだろうか。
「実はあたくし、命を狙われているの」