第11話 Side レア あたくしの騎士になりなさい
静寂が部屋を支配する。
徐々にあたくしの言った意味を理解し始めたのか次第にルミアちゃんの表情が戻りはじめる。
しかしカーミラは相変わらず何を考えているのかよく分からない。
「私が騎士さまに?」
「そう、このジークのようにあたくしを守る近衛騎士に」
「ごめんなさい」
「「え!?」」
あたくしとジーク、そしてルミアちゃんの声が重なった。
カーミラがいきなり頭を下げて断ったのだ。突然すぎて頭が真っ白になる。
まさかいきなり断られるなんて思いもしなかった。いや、むしろ今までのカーミラの言動を見ていたら、ひとつ返事で引き受けてくれるものと完全に思い込んでしまっていた。
「ど、どうして!?理由を教えて!?」
あたくしは席から立ち上がりカーミラの方へと身を乗り出した。
後から考えるとかなり気が動転していたらしい。それほどまでにこの短時間でカーミラのことを気に入ってしまっていた。
「私、ルミアをお医者さまに診せるのにお金貯めないといけないから」
一体どういうことなのだろう。どうして騎士になることがお金を貯められないことに繋がるのか分からない。
確かにあたくしが認めたからといってすぐに騎士になれるわけじゃないから、お金にはならない。
でもこんな話を持ってくるくらいなのだから、当然それまでの生活費・そのほか必要な経費は保障するつもりだ。
そもそもカーミラがさっき受け取った大金があれば数年は遊んで暮らせるくらいだし。
というか、こんなに王都から離れたところに住んでいるカーミラが近衛騎士になるまでの過程を果たして知っているのかしら。
いや、その前にちょっと待って。病気?
「ルミアちゃん、・・・病気なの?」
「はい・・・」
「ちょっと待って!それって、もしかしてこの町でしか治せない病気なの?」
聞いたことがある。都会のような人の多いところでは病状が悪化し、自然の多いところでないと症状を和らげることができない病気があると。
しかしルミアちゃんは首を振って答えた。
「この町のお医者さまでも完全に治してしまうことはできないんだそうです。・・・抗失病って聞いたことありますか?」
抗失病?聞いたことがない。もしかするとジークなら知っているかもしれない。
そう思ってジークの方に目をやると深刻な表情を見せている。どうやら知っているらしい。
「確か・・・生まれながらにして発症し、個人差はありますが年齢を重ねる毎に病気に対する抵抗力を失っていく病気だったかと。現在のところ親から子に対する感染以外は確認されていません」
病気に対する抵抗力を失う・・・、もしそんなことになったら軽い病気にかかったとしても、自分の力で治せないということになる。直接死に至る病気ではなさそうだけど、抵抗力が徐々に失われていくというなら時間の・・・。
「そう・・・」
愕然とした。一見明るく見えるこの少女はそんな重い病気を背負っていたんだ。
あたくしは乗り出していた身体を引いて椅子に深くもたれ掛かった。
「お母さまもその病で・・・」
ご両親がいないのはそういう理由だったんだ。
「そうだったのね。親から子に・・・・・・カーミラは大丈夫だったの?」
「ん」
「私だけです。その所為でお姉さまには無理ばかり・・・」
「ほら、そんなこと言わないで」
カーミラはルミアちゃんの首に両腕を回し、抱き込むようにして優しく慰める。
「治療法はあるの?」
あたくしは一縷の望みにすがる思いでジークを見る。
「一度失われた免疫力を取り戻すことは不可能と言われています」
しかしジークから返ってきた返事は絶望とも言えるそんな言葉だった。
「そんな・・・」
ルミアちゃんを見る。
こんな小さな少女がそんなに重い運命を背負っているなんて・・・。
あたくしはかける言葉を失っていた。
しかしそこへジークから助け舟が入る。
「ですが薬の処方や治癒魔法により、完全にではありませんが病気の進行を抑制することが可能だったと思います。それに未だ研究が続けられている病気ですから今後治療法が見つかる可能性もないわけではありません」
「そう・・・なの?」
医者や治癒魔法による治療を受けるなら国内では王都が一番高い水準の技術を持っているはずだ。そうと分かればすることは一つ。これがきっとお互いにとって最善の道になると信じて・・・。
「ならなおさらあたくしの近衛騎士になりなさい!ルミアちゃんと王都に来ればこの国で最高の治療が受けられるようになるわ」
「そうなの?」
「で、でもうちにそんなお金は・・・」
ルミアちゃんが不安そうに声をあげる。確かにこの部屋を見る限り余裕のある生活を送っているようには見えない。しかし・・・
「今日カーミラは仕事で4万ゴールドもの大金をもらっているわ」
「4万!?お姉さま、一体・・・・・・」
「ん?」
ルミアちゃんの驚愕する声にカーミラは何をそんなに驚いているのかと言わんばかりに首を傾げる。
「別に驚くようなことじゃないわ。今までカーミラの雇い主だった人が小狡い方法で報酬をちょろまかしていただけ。本当なら一日でそれだけもらえるような仕事をカーミラはずっとやってきたのよ」
「お姉さま、今まで一体何を狩っていたの?」
ルミアちゃんは驚いた顔のまま頭の上にあるカーミラの顔を見上げた。
「んー、トカゲとかヘビとかカエルとか・・・犬?」
「全部とは言わないけど、恐らくその中のいくつかが暴獣ね」
「暴獣!?お姉さま・・・どうしてそんな無茶を・・・」
「カーミラのことは責めないであげて。全部その小狡い連中に騙されていただけなんだから」
もっとも、カーミラは多分自分が騙されていることを知っていたとしても、法外に安く見積もられていたとはいえ依頼の中で最もお金のたまる暴獣討伐を選んだだろうことは想像に難くない。
「そんな、お姉さまを責めることなんてできません!全部私の所為なのに・・・・・・でも、お姉さま。もうあんまり無茶なことはしないで」
「ん」
頷いてカーミラはニコニコとルミアちゃんを見下ろしている。
あの顔はきっとまた無茶をする。そういう顔ね。
話は逸れてしまったけど、例えお金がなかったとしても、これからは医療費の心配なんてしなくてもいい。
なぜなら・・・。
「ふふっ、それとね。お金のことなら心配しなくても王室専属の医者や司祭に見てもらえばタダよ。タダ」
そう、王族に何かあったときのために国が抱えている医者や司祭には決まったお給料が支払われており、治療を受けるたびにお金支払ったりする必要はない。
「そんな王族の方々のお医者さまになんて」
確かにルミアちゃんの言うとおり一般市民の感覚からすれば恐れ多いことなのかもしれない。
しかし、実際中にいればそんな堅苦しいものではないことがよく分かる。
「王族といってもそれほど大勢いるわけではありません。それに王族の方々は皆さん健康ですから、医者や司祭たちは暇を持て余しているのです。ルミア殿が来て少しばかり働かしてやった方が彼らの成長にも繋がりますから、その点はお気になさらずともいいでしょう」
いや、確かにその通りではあるのだが、ジークの言い方だとまるで穀潰しのようだ。もしかするとジークはあまり彼らを快く思っていないのかも・・・・・・。そういえば、宮廷医官の中にジークと同期の宮仕えがいたような・・・・・・。
「ルミアがよくなるの?」
カーミラの目に希望が灯ったように見えた。きっとこの町の医者ではそれほど大した治療は望めなかったことだろう。王都に来ることが少しでも希望に繋がってくれるならそれに越したことはない。
「もちろん、この町にいるよりはずっといいはずよ」
あたくしはしっかりと頷いた。少なくともこの娘たちを不幸にはしないはずだ。
「ん、いく」
「即決!?」
思わず本音が漏れた。
だって仕方がないでしょう?まだ給金や条件の話を全くしていないのだから・・・。
「ルミア、いこう?」
「で、でも騎士になるなんて難しいんじゃ」
ルミアちゃんはまだ不安そうだ。うん、これが普通の反応。それにいい着眼点をしている。
「確かに簡単ではないわ。まずは国営の学園に通ってもらうことになるわね。そこを卒業するまでに何か大きな功績を残せば、あたくしの推薦で晴れて近衛騎士に、つまり王族を守る騎士になることができるというわけ」
「学園ってことは教養を学ぶ授業もあるんですか?」
「そうなるわ。騎士ともなれば王族や貴族と接する機会も多いから、最低限の礼儀作法や一般的な教養が必須科目となっているわね」
「れいぎさほう・・・きょうよう・・・」
カーミラは言葉を反芻する。やはり難しい言葉がよく分からないのかしら。だけどそれはおいおい学んでいってもらえればそれで構わない。
そんな風に楽観的に考えていると、ルミアちゃんの口から信じられないような言葉が出た。
「それは・・・無理、なんです」