それぞれの選択
その頃、リリアナは自室でぼんやりと外を眺めながら、先ほどポルカの元を訪ねた時の会話を思い出していた。
ようやく胸の中にあった感情に名前が付いた。それを分かってしまった以上、ロゼス王子のあの反応には応えられないと思ったからだ。それを伝えに初めて自らポルカの元を訪ね、正直な気持ちを白状した。しかし、返ってきた答えは、自分の想像しているようなものではなかった。
***
「……リリアナ。あなたは、レルムの事をどれだけ知ってる?」
そう訊ねてくるポルカの目は真面目そのもので、リリアナはぐっと言葉に詰まった。
どれだけ知っているか。そんな事を訊かれても答える事が出来ない。改めて訊ねられて、自分はまだ何も彼の事を知らない。そこまで親密な関係にあるわけではないのだから当然と言えば当然だ。
「その想いが届くか届かないかは分からない。身分や価値観の違い等を引き合いに出すのは、案外、当事者ではない他の誰かだったりするわね」
ポルカは優しげな笑みを崩さないまま、意気消沈してしまったリリアナを見つめる。
「……私の本音は、あなたの自由にさせてあげたいところだけれど」
その表情には、どこか申し訳なさが滲んでいるように見えた。だが、そこで甘やかさないのは、王妃と言う長年培ってきた経験なのかもしれない。
きゅっと目を細め、ポルカは淀みなく口を開いた。
「あなたが選ぼうとする道は、とても平坦なものではないわ。これから先、辛く、悲しく、心折れる事が何度もあるかもしれない。どんな結果になろうとも、それは誰のせいでもない。仕方がなかったことだったと自分を納得させられるかしら」
ポルカの言葉は、親として言わなければならないものだった。
それだけの覚悟がなければ、向き合う事は出来ない相手を好きになってしまった。それが出来ないのなら、諦める事も一つの手だといわれている。
リリアナは固く握った手を見つめ、ポルカの言葉を真っ直ぐに受け止める。
「……分かり、ません」
無意識にも口をついて出たのは、悲観的な答えだった。
ぎゅっと下唇を噛み、今にも泣き出しそうな顔でポルカを見た。ポルカはそんなリリアナの顔を真っ直ぐに見つめ返し、彼女の言葉を待っている。
「……分からないけど、でもあたし、この気持ちを何もしないで見過ごす事はしたくないんです」
「……」
「だって、後悔しそうだから……」
リリアナの視線が再び手元に落ちる。
「あたし、初めてなんです……。誰かをこんな風に好きになるの……」
少しばかり恥ずかしそうに頬を染めながらそう呟くと、そわそわと落ち着きなく髪の先を弄り出すリリアナに、ポルカは目を瞬いてふっと微笑んだ。
「……そう」
「身分とか少しは理解できたつもりです。でも、せっかく気付いた初めてくらいは、大事にしたいなって……」
怒られるかもしれないと思いながら僅かに視線を上げると、ポルカは優しい笑みを浮かべていた。
「……後悔したくないのなら、その想いを貫くといいわ」
「え……」
思いがけず賛同を貰えた事に、リリアナは目を瞬かせた。
鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべるリリアナに、ポルカは満面の笑みを浮かべる。
「私はね、今まであなたに親らしい事を何一つしてあげることが出来なかった。これは、あなたをただ甘やかしているだけかもしれないけれど、それでも私が今のあなたに親として最初にしてあげられる事は、あなたのするべき事を見守ることだと思うの」
「……王妃様」
ポルカはリリアナの隣に席を移動すると、そっと彼女の手を握り締めた。
そして真っ直ぐにリリアナの目を見つめ返し、励ますように言葉を続ける。
「この先、嬉しい事もあるでしょう。でもそれと同じくらい辛く、悲しい事がたくさん待ってるわ。傷ついて立ち直れない事もあるかもしれません。でも、私はずっとあなたの味方よ。あなたが諦めない限り、私も応援するわ」
「……っ」
ポルカの言葉が胸に迫る。
母親として自分を全力でサポートしたい。そんな優しい想いが溢れていた。
リリアナはこみ上げる感情を抑えきれずボロボロと涙を流し、ポルカに抱きついた。
「……ありがとう、お母さん」
抵抗無く、素直な気持ちのままに出たその言葉を受けて、ポルカは瞬間的に目を見開く。そして嬉しそうにそっとリリアナを抱き寄せた。
「ゆっくりでいいのよ。あなたはまだあの子のことを何も知らない。まだまだ知らなければならないことがたくさんあります。急がず、あなた自身の目で見て、知っていってちょうだい」
***
リリアナは深いため息を吐いた。
包まれた母の温もりはとても力強くて優しい。ポルカはリリアナの気持ちを否定はしなかった。しかし、ここからがスタートなのだと思うと、不安な気持ちになるのは否めない。
「何も知らない……。確かにそうだよね……」
並大抵の道じゃないと言っていた。レルムを知るということは傷つくこともあるのだろう。




