7 雫の行き着く先
やった、やった、やったぞ…!!!
この精霊鉱は片手で掴めるほどの大きさ。だが、その価値たるや…!!
そうだ、別の街で名前を変えて商売を始めよう。
それを可能にする額は、手に入る筈。
この糞みたいな街ともおさらばだ。
ツエンの脳内は高速で未来を描き続けた。
―俺はそこらの塵とは格が違う。
ツエンは口の端を歪めて笑った。
ガクン。
突如、ツエンは地面に転がった。砂埃が舞う。
興奮状態にあったツエンは、自身の身に何が起きたのか理解するのに時間を要した。
左膝の上あたりに、何かが突き出ている。
違う。
何かが、俺の足を貫通している。
「あぐあっっ…!!」
認識すると同時に激しい痛みがツエンを襲った。
涎を垂らしながら、左足を抱える。
するとツエンの足に突き刺さっていた黒いものは、ヌルリとひとりでに抜けていく。
「な、なんだ、な…っっ?」
常に物事を俯瞰するのが特技だと自負していたツエンだが、混乱に溺れ言葉がうまく出てこない。
黒い何かが、目の前に立ち昇っている。見たことすらないそれは、まるで意志を持つ生物のように形を変えていった。
細く捻れていく。捻れる度に、その先端は鋭さを増していく。
闇色の槍に姿を変えた影は、迷いなくツエンの左肩を突き刺した。
「ぎっっ!!!あああああああ!!!!!!!」
影はまだ止まらない。再び新たな槍を生み出す。
防ごうと、体の前に突き出した両手。
あっさりと右の掌を貫く。そしてそのまま、大地に縫い付けた。
「ああ、あああ、あああああああ!!!!」
恐怖に染まったツエンは目を見開いた。
宙に浮かぶ影が、蠢いている。
「ば…化け物……!」
その声に応えるように、影はツエンの指を切断した。
「ロイ、ロイ、ロイ…!!!!」
イノリは闇の中で叫ぶ。抉じ開けようにも、何も掴めない。
だが、ツエンの悲鳴は聞こえるのだ。
広大な掘削現場のため、叫んだとて街には聞こえない。用がなければ夜、この辺りを通ることすらないだろう。
「ロイ!ロイ!!ロイ!!!!やめてくれ!!!!」
怯えたキトルの顔を思い出す。
肉片と化した獣達を思い出す。
イノリは顔を覆った。
「やめてくれ……!!」
「ああぁぁぁぁぁっっっ…!!」
右手の指、第一関節辺りを影は容赦なく切断した。
それでも止まず、新たな形を生み出す。
ブツリ。
今度は第二関節で輪切りにする。
「ぁっ、ぁっ、ぁふっ……」
激痛と恐怖と混乱と出血で、ツエンは痙攣した。
びくんびくんと跳ねたその懐から、精霊鉱が零れ落ちる。
それでも影は止まらない。
更に形を変えていく―――。
「もうやめな」
場違いな程、静かな声が響く。
「やりすぎだよ」
ミダはロイに向かって静かに言った。
ロイはぶわり、と広がったかと思うと、泡を吹いて気を失っているツエンの周りに次々と影の槍を突き刺した。
まだだ、こんなものではまだ足りない、とでも言うように。
「イノリが苦しむ」
ミダの言葉に、ロイの動きは止まった。
「もしお前が一緒に居たいのなら、あの子の気持ちも考えろ」
ミダは揺れ動く影をじっと見据えて続ける。
「もしお前があの子を守りたいのなら、排除する以外を学べ」
闇色の陽炎は揺らめく。
ミダは苦しそうに呟いた。
「…頼むから、僕に引き裂かせるな」
やがて、大地に突き刺さっていた幾筋もの影が吹き消えた。
それを確認し、ミダはツエンの傍に膝をつく。
生きている。だが、出血が多い。
ミダは切断された右手、貫かれた左足、左肩にそっと手を翳していく。
砂に流れ続けていた血が、漸く止まった。
「ロイ」
ミダは前方の黒い蕾のような塊を見ながら、影に呼びかけた。
蕾は、ゆるゆると花開くように解けていく。
「ロイ……!!」
中から血まみれのイノリが現れた。
少年はミダの姿を認め少しの安堵で瞳が揺れるも、直ぐに血溜まりに横たわっているツエンの姿に顔を歪めた。
「そんな……!!」
「イノリ」
ミダはイノリに駆け寄った。
「ミダさん、ああ…!!」
「イノリ、大丈夫。彼は生きてるよ」
過呼吸に陥りかけたイノリは喘ぎながらミダを見上げる。ミダは少年の体を抱き締めた。
「い、生きてる…?」
「ああ、生きてる。生きてるよ」
少年の痛めつけられた体を、心を摩る。
イノリの強張った体がずるずると崩れていき、ミダの胸に顔を埋めた。
「よ、よか…、あ…」
ミダは砂だらけの少年の髪に口付ける。そして耳元で囁いた。
「大丈夫。大丈夫だから。大変だったね…」
は、は、と少年は荒く呼吸を繰り返す。
ミダはイノリの額に張り付く髪を掻き上げた。
そっと人差し指で眉間に触れる。
「…少し、休みな」
すると、少年の体はガクリと力を失った。
殴られた頬は赤紫色になり、唇は切れ、鼻からは血が出ている。
少年は痛々しい姿になっていた。
ミダは再び、イノリを抱きしめた。
イノリの閉じた瞳、その目尻から、雫が頬を伝っていく。
ミダに包まれるイノリを大地から見つめながら。
影は、その小さな雫を受け止めた。




