第46話「やさしい嘘と最後の願い」
夕方、リリがリビングの隅に座る一人の老婦人を見つけた。
人間族の女性、名前はリーネ。最近入居したばかりだが、どこか不安そうに周囲を見回していることが多かった。
「リーネさん、お茶にしませんか?」
リリの声に、リーネは優しく微笑んだ。
「ありがとう。……でもね、今日はお茶より、聞いてもらいたいことがあるの」
その夜、リーネはリリと神田にぽつりぽつりと語り出した。
自分は若い頃、商人の家に生まれ、村々を巡る旅をしていたこと。
伴侶を早くに亡くし、一人息子も戦で行方不明となったこと。
「それでも、生きてこられた。誰かがいてくれたからよ。……だから、最後にね、あの子に食べさせたかったごはんを、もう一度味わいたいの」
神田が穏やかに尋ねた。
「そのごはん、どんなものでしたか?」
「……“かれー”って、名前だったかしら。辛くて、でも甘くて、あったかいやつ」
神田は目を見開いた。それはまさに、現代日本で親しまれていたカレーライス。
異世界にそのままの食材はないが、レオンと協力して香草と肉、野菜を煮込み、スパイスに似た調合を試していく。
何度か試作を重ね、ようやく“あの味”に近いものができた夜——
リーネは一口食べると、静かに目を閉じ、そして微笑んだ。
「……そう、これよ。これを……あの子に……」
彼女の手が、そっとリリの手を握った。
「ありがとう。これで、心配しなくていいわ。私は、幸せだったから」
その夜、リーネは静かに眠りについた。
誰にも気づかれず、でも確かに、満ち足りた表情で——。
今回は、新たな利用者・リーネさんとの「最後の願い」を描きました。
“最期に食べたいもの”というテーマは、現実の介護現場でもとても重要で、本人らしさを支える最後の支援とも言えます。
読者の皆さんにも、誰かの笑顔を思い出すような温もりが伝わっていたら嬉しいです。
次回は、この別れを経て、職員たちの気持ちに小さな変化が芽生えるお話をお届けします。




