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砂糖農園

砂糖農園。

魔女様が発見した砂糖の取れる木の実をつける樹木が並ぶ大規模農園で、この国の主力産業だ。

この農園で栽培された砂糖の実を絞って砂糖を作り、輸出する。

魔女様曰く、西方アトランティットの砂糖はほぼすべて魔女王国で生産された砂糖らしい。


「うぅ…寒いです」

「だから厚着しろって言ったのに…砂糖の木は寒い地域で栽培される。春先のこの時期はまだ寒いって言ったでしょう?」


そんな砂糖農園の視察についてきた私は、厚着をしてこなかったことを激しく後悔している。

魔女王国北部にある砂糖農園は、シュガータウンや私の故郷よりも遥かに寒く、まるで冬のようだ。

魔女様はいつもの服装で来ているから、私も大丈夫なんて大きな間違い。

こんな格好をしているのは、魔法で自分の周りの空気の温度を常に一定の温度に保っているから。

私も同じ魔法をかけてもらうと、さっきまでの寒さが嘘のようになくなり、とても快適な温度に変わった。


「あなたにまでこの魔法をかけるのは今だけよ。いつかは覚えてもらう」

「は~い」


本当に快適。

信じられないほど心地の良い温度で、北部地域でも楽々に過ごせそう。

私が一番に教えてもらう魔法は決まりだね。


そんな事を考えながら迷うことなく進んでいく魔女様について行くと、数人の警備兵を連れた初老の男性が現れる。


「半年ぶりですな。魔女様」

「ああ。…少し老けたか?」

「はっはっはっ!私ももう歳ですから。このような面倒な仕事は後進に任せ、早く隠居したいものです」

「優秀な後継者が育っているのなら否定はしない。だが、そうでないなら魔法をかけてでも無理やり働いてもらうぞ?」

「それはそれは…恐ろしいですな」


男性と話す魔女様はどこが楽しそうで、冗談を言い合っているようにも見える。

昔からの知り合いなのかな?


「さて…この時期特に見るものは無いはずだが、なぜ今なのだ?こんな時期に私を呼び出した理由を聞かせてもらおう」

「そうですな。簡単に申し上げますと、見たこともない虫による食害が、一部の木に見られるからでございます」

「食害だと…?」


本題に入った魔女様の表情は真剣そのもの。

そして、虫の食害と聞いて更に顔色が険しくなった。


見たこともない虫…長年この仕事に携わっている人なら、それが異常事態だとすぐに気づき、魔女様に視察に来るよう申請したって感じかな?


「虫は捕獲したモノがございます。議会へお願いします」

「ああ。見せてもらうとしよう」


男性に連れられて私と魔女様は議会という場所へ向かった。









「こちらがその害虫でございます」

「……私も知らない虫だな」


議会にやって来た私達に、男性が虫籠を渡してくる。

その中にいたのは、頭の赤い細長くて触覚の長い甲虫。

何処となく木を食べる害虫、カミキリムシに似ている気もするけれど…確かに見たこともない虫だ。


「この虫はどの程度見つかっている?被害の程度によって私も対応を決めなければならない」


虫を掴み、様々な角度から眺めてよく観察している魔女様は、男性にそう問いかける。


「砂糖園の西エリア全域です。前回の視察以前から発見されていたそうですが…夏の終わり頃から爆発的に数が増え、この害虫たちに食い荒らされた木の被害は深刻なものになっていると、報告を受けています」

「…それは本当か?」


魔女様は虫を籠に戻すと、男性の報告に眉を顰め、わかりやすく不機嫌な声で問いただす。


被害が深刻って…相当不味いんじゃ?

まだまだ子どもの私でもそれくらいはわかる。

どうしてそんなことになるまで放置してたんだろう…?


「正確な個体数の把握は難しいですが、夏以降から個体数が3倍から5倍に膨れ上がっていると予測が立てられています。これほど爆発的に繁殖する害虫など、聞いたことがありません」

「私だって無いさ。…この籠は貰っていく。知り合いにコイツを知っているか、対策はどうすればいいかを聞いてくる」

「そうしていただけると幸いです」


たった1シーズンで個体数が5倍に膨れ上がる害虫。

こんなの…農家からすれば悪魔そのもの。

魔女様は知人にこの虫について知っているか、対策はどうすればいいのかを聞くらしい。

そんな知人がいるなんて、魔女様の人脈はすごいね?


「それ以外にも何か問題はないか?あれば今年の予算について考え直さなければならない。早めに報告してくれ」

「そうですな…現状他に問題は無いと考えております。よろしければ、お帰りになられる前にお茶でもいかがですか?」


特に問題は無いらしい。

まあ、この害虫を前に他の問題なんて些細なことか…

でも、だからってそれを無視するのは不味い気がするなぁ…


魔女様はどう対応するんだろう?

ここで小さな問題を放置したら、良くないことになると思います!

どうか気付いて!


「…本当に問題はないのか?些細なことでも構わん。言ってみろ」


私の事を一瞬見た魔女様は、お茶の用意をさせようとしている男性を呼び止め、問題がないかを聞く。

魔女様は、私の心配を汲んでくれたみたい。


「些細…と言うには語弊がありますが、また砂糖の窃盗が頻発しておりまして…」

「窃盗か…また面倒な。警備は付けているんだろうな?」

「はい。ですがそれでも犯人が見つからず、忽然と倉庫から砂糖が消えるという事件が相次いでいます」

「忽然と、か…」


魔女様は顎に手を当てて少し考え込む姿を見せると、何かの魔法を使う。

すると、険しい表情になり、溜息をついた。


「あのコソ泥が…流石にここまで派手にやられると、私も無視は出来んぞ…!」

「もしや、犯人は魔法使いなのですか?」

「ああ。私の知り合い……というか、元弟子だな。こっちで対応しよう」


魔女様の元弟子…そんな人が盗みを働くなんて。

砂糖は他所の国で高く売れるらしいから、それを狙ってなのか、他の目的があるのか…

まあでも一つ確かなことは…この国でそんな事をするなんて許せないね!


「ビシッと言って上げてください!魔女様!」

「そうね。軽く半殺しにして脅してくるわ」

「えっ!?」


私が驚いて声を上げた瞬間、魔女様の姿がかき消えてしまう。

転移で何処かに行ったんだ。

そう理解した私は、1人こんな場所に取り残されてどうしようと思っていると、男性が声をかけてくる。


「少し時間がかかることでしょう。お菓子でもいかがですかな?」

「え?いいんですか?」

「ええ。お気にならさらず。それに、ここで何も出さなければ、私が不敬罪に問われるかもしれません」

「不敬罪…?」


魔女様は今はいないのにどうして…

それに、私みたいなメイドに何も出さないことのどこが不敬なんだろう?


首を傾げていると、男性が苦笑する。


「自覚はないようですが、あなたは実質的なこの国のナンバー2。魔女様の側付きという、特別な役職に就いているのですから」


男性は、私が特別な存在だと言った。

でも、私はそうは思えない。


「側付きがナンバー2って…流石に冗談ですよ〜。私なんて、平民上がりの子供ですよ?」


この国のお偉方は、大抵が大富豪とか旧貴族とかの特別な家系に生まれた人達。

平民も一応お偉方――議会員になれるらしいけど、あんまりそう言う議会員の話は聞かない。

私みたいな平民で、なおかつ孤児がナンバー2なんてどうかしてる。


しかし、男性はゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。生まれなど関係ありません。魔女様の側付きとは、物理的・心理的に最も魔女様に近しい役職。側付きの進言によって、魔女様が新たな法を作ったり、斬新な政策を実行に移すという事は、よくある話ですからね」

「えーっと…つまり?」

「あなたの一声で、国民投票によって選ばれた最高議長が処刑されることだってあるのです。最も魔女様に近しい存在。それは、この国のナンバー2と呼んで差し支えないのでは?」

「なるほど…?」


確かに…そう聞くとこの男性の言っていることも納得だ。


この国では、地方議会と中央議会という2つの政治体制が存在する。

地方議会は文字通りその地方の(まつりごと)を司る議会。

中央議会とは、そんな地方議会全てを管理している、この国の政治の中枢。

多数の中央議会員と各地方のトップである大議長、最高議長によって構成されている。

最高議長と言うのは、国民投票によって選ばれる中央議会のトップ。

この国の政治で一番偉い人だ。


まあ、その上に全てを凌駕する存在として魔女様居るんだけどね?


「私も大議長の1人ですが、発言力で言えばあなたより下。いえ、最高議長もあなたよりも下ですな」

「そんな実感は無いですね…」 

「ふふっ。ですが、それどの立場にいると言うこと。身の振り方には気を付けた方が良いでしょう」


私にそういう実感が無くたって、今の私はそういう立場にいる。

だから、身振り手振りに気を付けろ、と…

肝に銘じておかなきゃね?


そんな事を考えていると、お菓子とお茶が運ばれてきた。

高そうなお皿に盛り付けられたお菓子は、あまり見覚えのないもので、小さなクッキーのように見える。


「コレは『ラングダシェ』と呼ばれる、魔女様が開発された高級菓子です。卵白を使ったクッキーでとても美味しいですよ?」

「へぇ〜?聞いたこと無いお菓子ですけど…名前の由来はなんでしょう?」

「さぁ?魔女様は『訛が気になる』の一言で、意味までは世に広めていないそうなので…」


訛が気になる…魔女様が開発された当初とは少し名前が異なって広まってしまったのかな?

本当の名前がどんなお菓子なのかすごく気にる…

だけど、今はそんな事どうでもいいや!


一口食べてみると、クッキーとはまた違う独特なサクサク感と舌触りを感じる。

そして、沢山砂糖が使われているからかとっても甘く、濃厚なバターの味が感じられる。


「あぁ…確かにこれは高級菓子ですね…」

「バターや卵がふんだんに使われていますから。魔女様もこの北部地域のラングダシェがお気に入りのようで、年に数回は転移でコレを買うためだけにこちらにいらしておられるのですよ?」

「そうなんですか?私なら毎日買いに来そうです!」

「ふふっ。新しい側付き様はユニークですな」

「そ、そうでしょうか…?」


男性に笑われてしまい、恥ずかしくて急いでお茶を飲んだ。

一応、照れ隠しのつもりだ。


すると、男性は何か思い出したような表情を見せ、優しい顔でこちらを見てくる。


「可愛らしい側付き様。老人の豆知識に興味はお有りですかな?」

「豆知識、ですか?一体どんなものでしょう?」

「『お茶を一般的に飲み始めたのは魔女王国が最初』と言う豆知識です」

「え?そうなんですか?」


お茶って…普通に飲んでたからそんなの知らなかった。

いつでも飲めるものだし、そんなに気にしてなかったけど…意外だね?


「お茶を飲むと言う行為自体は昔からあったそうですが、それを一般市民から国のトップまで、幅広い人が飲むと言う文化を持ったのは、魔女王国が初めてです。大陸の東にはもっと前からお茶を飲んでいる国もあるそうですが…アトランティットでは、この国が最初。魔女様が、麦を煎って作った麦茶が始まりと言われています」

「へぇ〜?」


麦茶か…孤児院に居た時によく飲んでたなぁ。

アレも魔女様が作ったものなのか。

魔女様は本当に偉大な方だね。


「他には、飲酒に関する法律で、20歳未満は飲酒をしてはならないのはこの国だけなのですが、それも魔女様が広められたものでして―――おっと、ずいぶんとお早いお帰りですね」


話の途中、魔女様は転移を使って帰ってきた。

そして、勢いよくソファーに腰掛ける。


「上手く逃げられてしまってね。うん?…『ラング・ド・シャ』か!私の分のお茶の用意も頼む」


ラングダシェを見つけた魔女様は、目を輝かせてお茶の用意をさせる。

…今、『ラング・ド・シャ』って言ったよね?

もしかして、それが本当の名前? 


「魔女様。このお菓子は…」

「…待て、静かに」


お菓子のことを聞こうとしたら、急に真剣な表情になった魔女に止められて、しまう。

私と男性、お菓子を運んできた女性が目を合わせて、なんのことかわからずに居ると、魔女様が立ち上がる。


「チッ!帰ってくれないか…」


苛立った様子でそう言うと、お茶を淹れるのを止め、私と手を繋ぐ。


「帰るぞ。面倒な客人が来た」

「え?えっ?」


状況が飲み込めない私を無視し、魔女様は転移の魔法を使用する。

そうして、視界がグニャッと曲がったかと思えば、いつもの執務室に戻っていた。


…私のラングダシェ〜!

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