メイドのお仕事
―――目が覚めると、私はシュガーハウスの自室にあるベッドに居た。
外を見てみると既に朝になっていて、魔女様がお仕事を始めている。
「あの…魔女様」
「おはよう、マリー。昨日は災難だったわね?」
「えっと……」
「混乱するのも分かるわ。マリー、あなたはどうやら不届き者に睡眠薬を飲まされ、眠ってしまっていたの。なんとか私の助けが間に合って、ここへ連れ帰る事に成功した。そう言う状況よ」
…魔女様は端的に短く私がどうしてここに居るのかを教えてくれた。
睡眠薬…そんなものを仕組まれていたなんて…
……そう言えば、私が睡眠薬で眠っていたのならカリノアさんは!?
「あの!魔女様!カリノアさんは…」
「カリノア…?……あなたの面倒を見ていた魔術師のことかしら?」
「はい!」
「……彼はあなたを守り抜いたわ。そして、私が間に合った」
「………」
私だって…空気を読むことや言葉の意味を理解することくらい出来る。
カリノアさんは…私を守るために戦って…そして殺された。
あの優しいカリノアさんは…私のせいで死んだんだ。
「あなたが気に病むことはないわ。魔法使いとは本来そう言う世界。他人を出し抜き、利用し、そして邪魔になれば殺す。彼だってきっと、そう言う経験はあるでしょう」
部屋の入り口で立ち尽くす私に魔女様が優しく魔法使いの世界の厳しさを教えてくれる。
私が怖がらないように、頭を撫でて慰めながら話してくれる。
…でも、私はその話を聞いて場違いな感想が頭に浮かんだ。
「…魔女様もそう言う経験があるのですか?」
あの優しいカリノアさんでさえそう言う経験があるのなら魔女様はどうなのだろう?
魔女様も、他人を利用して殺して…そんな事をする人なんだろうか?
本当はカリノアさんのことを考えるべきなのに、私はその事が頭から離れない。
魔女様はそんな私を見て少し困った顔をしながら首を縦に振る。
「ええ。私は大魔女。そしてこの国を支配する王でもある。並の魔法使い以上に、そう言う経験はあるわ。……なんだったら、国民から税金と言う形で金を巻き上げ、それを利用して贅沢な暮らしをしているのだから、アトランティットのどんな魔法使いよりも他人を利用しているわね」
悲しそうに語る魔女様。
しかし後半はまるで自嘲しているかのような話しぶりだ。
……学校の歴史の授業で勉強したことがある。
魔女様は元は辺境の農村部の出身で、小さい頃は今のような贅沢な暮らしとはかけ離れた暮らしをしていたと。
魔女となり、自分の生まれ育った国で人々に悪政を敷いて私腹を肥やす旧王国を打倒し、今の地位に立っていると。
そんな過去の経験があるからこそ、今まさに人々からお金を徴収して贅沢な暮らしをしている自分に何処か思うところがあるのかもしれない。
…そう考えた時、私のこのモヤモヤした気持ちも少しだけ晴れた。
せっかく助けてもらった命、今を生きられないカリノアさんの為にも前を向いて生きるべきなんじゃないかと。
魔女様は、今もこうやって前を向いてお仕事をしているのだから。
「……カリノアさんの事は残念です。でも、私は悲しんで引きこもる訳にはいかないんですよね?」
「ええ。…でも、もし本当に苦しいのなら、すぐに私に言って部屋で休みなさい。それか私の隣に立っているといいわ」
「はい」
私は休まない。
本当は悲しいし苦しいけど…泣いたり逃げたりしたらカリノアさんが悲しむと思うから。
だから私は今日も働こうと思う。
まずは朝のお茶を用意しないとね。
魔女様に飲んでいただけるような美味しいお茶を用意しないと。
そう思って魔女様にお辞儀をして隣の部屋の調理室に入ると、珍しく先客がいたいた。
「仕事が遅い。1つ減点」
「えっ?」
調理室の先客は、私を見るなりそんな事を言い出した。
見た目恐らく30代のメイド服を着た女性。
私よりも背が高く、目つきが鋭いのでちょっと怖い。
それに仕事が遅いとか減点だとか…誰だろう?この人。
「…愛玩動物のつもりなのかしら?どうしてこんな自覚の足りない娘を選んだのやら……」
「あの…なんでしょう?」
「気にしなくて結構。私は前任の専属メイド、名前はエル。テラ様よりあなたの教育を任されました」
前任専属メイド…私が新しい専属メイドに就任した事で魔女様の隣から離れることになった人。
すごく口調が厳しいし…私のこと嫌いなのかな?
お金をたくさん稼げる職を奪われて嫌ってるとか…
ビクビクしながら何も言えずにいると、エルさんはため息をついた。
「まずあなたはテラ様の側付きであると言う自覚を持ちなさい。それすら出来ないようでは困るのですよ」
「困る、と言うと…?」
「テラ様のご起床から何時間も後に起きる。それなら一般メイドでも出来ること。専属メイドは常にテラ様よりも早く起き、テラ様のお仕事準備をしなければならないと言うのに…」
…私はいつも魔女様に起こされている上に、二度寝する時もある。
仕事を舐めてると言いたいって事か……その通り過ぎて何も言えない。
「あなたは知っていますか?普段誰が朝の準備をしているか」
「えっと…魔女様、ですか?」
「いいえ私です」
「すごく食い気味……」
話を聞く限り、私がスヤスヤ眠って二度寝までしている間、専属メイドのお仕事をしてくれているのはこの人――エルさんらしい。
でも、エルさんはもう専属メイドを辞めて一般メイドになった。
それなのに専属メイドの仕事をさせられていて困ってる…ってところかな?
……つまり、やっぱり私が悪いと。
でも、急に教育係を用意するなんて…そろそろ仕事に本格的に慣れてもらおうってことかな?
「えっと、エルさんが教育係に選ばれたのは、魔女様が私に早く仕事を覚えてほしいとか、仕事に慣れてほしいって思ったから、ってことですか?」
「いいえ。私がずーっと文句を言い続けたらやっと対応してくれただけです。全く、テラ様はこういう時に限って動きが遅い」
「あ、あははは…」
額に手を当ててため息をつくエルさん。
ついに魔女様にさえ文句を言い出しちゃったよこの人。
私、気付いてないだけで相当迷惑かけてたんだろうなぁ…
「テラ様のお気に入りでなければ、今頃鞭で打っていたのに…」
「怖っ!?」
「その上仮にもお気に入りであり現専属メイド。わざわざ敬語を使わなければならないのもまた…こんな小娘に敬語なんて必要ないはずなんですけどね?一応立場はあなたのほうが上ですから……命拾いしましたね?」
「私のことそんなに嫌いですか…?」
「逆に何故好きになってもらえるのか聞きたいくらいですね」
そ、相当鬱憤が溜まってるね。これ。
とりあえずまずはご機嫌取りから…
エルさんの機嫌を直してもらおうと口を開こうとすると、私を呼ぶベルが鳴らされた。
ご機嫌取りは諦めて振り返ったその時、後ろから背中を強く押された。
「え?」
「遅い。さっさと歩きなさい」
「は、はい!」
不機嫌MAXのエルさんにグイグイ押されながら扉を開ける。
すると――
「痛っ!?」
思いっきり頭を叩かれた。
「まずはノックでしょう。やり直し」
「うぅ〜…」
後ろに引っ張られて扉を閉める。
そして、扉をノックすると魔女様が入室を許可してくれた。
今度こそ扉を開けると――
「痛っ!?」
また頭を叩かれた。
「学校で習わなかったのかしら?目上の人の部屋に入る時は何と言うの?」
「………」
「やり直し」
いやみったらしくグチグチ言ってくるエルさん。
私もちょっとイライラして来た。
もう一度扉を閉めてノックをし、少し困った声の魔女様の声を聞いた後扉を開ける。
そして今度こそしっかりと――
「失礼します」
これで大丈夫。
全く、いちいち面倒くさいんだから。
「痛っ!?」
「お辞儀は?」
「むぅ〜!!魔女様〜!!」
我慢の限界が来た私はエルさんの前から走り出し、魔女様に抱きつく。
「私この人イヤ!!」
「そうは言ってもね……あなたにはそろそろメイドらしい仕事が出来るようになって欲しいのよ」
「むぅ〜!!」
「エルもあなたの事を思って言ってくれているのよ?」
「絶対私情ですよあれ!余計な仕事がしたくないから私にキツく当たってるだけです!!」
「それはあなたが悪いと思うけどね…」
苦笑いを浮かべ、私の愚痴を聞いてくれる魔女様。
優しく頭を撫でて慰めてくれる魔女様はやっぱり良い人だ。
それに比べてエルさんは…
「いくらお気に入りだからといって、そんなに甘やかさないで下さい。愛玩具として使いたいのなら別の人間を専属メイドとして雇うことをお勧めします」
「それだとこの子が暇でしょう?あなたもそんなにカッカしないで――」
「私は現実的な話をしているのです。テラ様、一体どうされたのですか?私の時はこうではなかった」
「それは……」
エルさんの言葉に口ごもる魔女様。
何か言いにくい事があるのか、言葉を濁している。
「まさかとは思いますが、その小娘に惚れたとは言いませんよね?」
「惚れる…とは少し違うわね。でも、意味は似たようなものよ」
「はぁ?」
魔女様って、そっちの気があるのかな?
でも、私はあんまり興味はないと言うか…気にしたことないと言うか…
「安心しなさいマリー。私はあなたを見て発情するなんて事は、絶対にないから」
「あ、はい…そうですよね…」
「ふふっ。落ち込んでいるあなたも可愛いわね」
「はい!」
「……この国は大丈夫なのだろうか…?」
…ほんっと失礼だねこの人。
こんな人が前任専属メイド?
よくクビにならなかったね?
「マリー、そんなに睨まないの。エルだって、昔はもっと可愛げがあったのよ?仕事に慣れ、公私混同しない人間になっただけ」
「それは働くなら当然のこと。本当にどうなされたのですか?」
「あなたの気にすることではないわ。まあ、この通りマリーの教育には骨が折れるでしょうし、教育係以外の仕事はしないでいいわ」
流石に一般メイドの仕事をこなしながら私の教育係をするのは大変だと思った魔女様は、一般メイドの仕事はしなくていいと言った。
でも、エルさんはまだ不満げだ。
「それはつまり、専属メイドの仕事をしながら教育係をしろと言っているのと同じでは?」
「……まあ、そうとも言えるわね」
「はぁ…テラ様の命令であれば実行するのみですが……」
私を睨むエルさん。
「……なに?」
「ふん。私が正式に教育係に選ばれた以上、今までような甘えた事は出来ないと思いなさい」
「……ふん!」
いいもんいいもん。
さっき自分で私の方が立場が上って言ってたし、何かあったらすぐに魔女様に泣きつくし。
絶対にこのオバサンの思い通りにはさせないんだから!
……まあ、それとは別でメイドの勉強はしっかりするけど。
「年頃の子と言うのは困ったものね。頼むわよ。エル」
「……その前に、テラ様はその小娘を甘やかす事をお辞めになられた方がよろしいかと。そして、その小娘をお呼びになられたご要件は何でしょうか?」
「ああ、練習も兼ねてお茶を淹れて貰おうと思ってね。マリー、出来るかしら?」
「はい!」
自信満々で立ち上がり、調理室の扉を開けて入ろうとすると…
「痛っ!?」
「扉を開ける時は『失礼します』。そして、お辞儀もしなさい」
「むぅ〜!!!」
…私が立派なメイドになるのはまだ先の話みたい。




