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天に恵みの雨を乞う儀式をするためには、魔力が必要だ。そして、その儀式を執り行うことができるのは神子姫のみ。そのため、当代の神子姫はハーラルトとの結婚と相成った。
まだ子供のころから幼馴染は誰よりも努力を重ねていると知るにつれ、次第に憧れるようになった。
初めは「接待」やら「ごますり」やらを強いられ、面倒だと思っていた。
幼馴染は与えられたものをただ享受するのではなく、感謝し、その恵みに報いるのが当然だとしていた。その考え、振舞い方に、幼いながらも大人顔負けの責任感を感じ取って驚かされたものだ。そして、自分も励もうと思った。そのお陰で、優秀だと言われるまでになった。でも、彼女には届かない。
いつしか、憧れは思慕に、そして長ずるにつれ欲を伴って胸の奥にくすぶるようになっていた。
そんな彼女が神子姫に選ばれたのは当然のことではあった。
イルムヒルトが倒れたとき、自分はすぐ傍にいた。みずみずしくうつくしい彼女が力なくくずおれるのに、胆が冷えた。考えるまでもなく身体は動き、倒れ伏す前に抱き留めた。力を失った肢体は、とても華奢で軽く、こんな細い両肩に重責を背負わせて恵みだけを享受している自分を含める者たちが、面憎く思えた。
干ばつにより頻々と儀式を行ったためか、魔力が著しく低下していると聞いて悲しくなった。同時に怒りが沸いた。
あんなに努力をして神子に対する期待に応えようとした彼女に、無理を強いたからだ。周囲がいけない。みながそう悔いても、すでに遅い。
そして、対策として神殿が打ち出したのが、魔力を豊富に持つ者を伴侶につけ、閨事で魔力を譲渡するというものだった。
ハーラルトは反対した。さらに彼女に無理をさせようというのだ。
しかし、資源をめぐる紛争は古今東西争いの種となってきた。和議も共生も、気候変動による水源や豊かな大地の減少の前には塵芥となる。
神殿の発案にほかの部族たちがこぞって乗るのは当然と言えば当然のことだっただろう。
ハーラルトはなにもできないことに歯噛みした。
ところが、最後の順番とばかりに、唯一反対したはずのエアハルトにも見合いの話が舞い込んだ。父は喜び勇んで自分に出向くように命じた。
街で久々に会った神子姫はとてもうつくしい女性に成長していた。見合いの席で話をすれば、素直さ、無邪気さが失われず聡明さに磨きがかかっていると実感した。二十一歳という年齢はこの地方の女性としては行き遅れと言われるが、彼女は別だ。神子姫としてその役割を嘱望されている上、引く手あまただ。
幼いころの記憶があったせいか、横柄に振る舞われることを覚悟していたが、その実、とても柔和な雰囲気で話しやすく、見合いは和やかに済んだ。久しぶりに間近で会い、話をすることができただけで望外の喜びだった。それで十分だった。
だというのに、ハーラルトが伴侶として選ばれた。
驚きのあまり、常にない高揚感のなかにいたハーラルトにその一報がもたらされ、冷水を浴びせられた気になった。
神子姫の誘拐。
それは以前、当時の神子姫の力をわがものにせんとしたエーリヒを彷彿とさせた。いまはなき、七番目の部族だ。神子姫を強引に奪おうとし、神の怒りに触れて消滅させられた部族である。
「エーレンフリートの仕業だろうか」
「いいえ、エーレンフリートではありえないでしょう。エドゥアルトとエトヴィンを相争わせその隙をついて、というのであればまだしも」
「さよう。エーレンフリートが頂点に立つことを悲願としているのであれば、ヴィンフリーデが存続は不可欠だ。誰よりも神子姫の存在を重要視しておろう」
「では、エメリヒ?」
「あるいは、エーヴァルトか」
「なるほど。自身で噂を流しておいて、その実、裏では密約を結んでいたということですか」
エアハルトでも主要人物が集まって今後の対策を練った。そんな折、エドゥアルトからハーラルトに救援要請が舞い込んでくる。
「神子姫の伴侶として選ばれたハーラルトさまならば、信に値するというのでしょう」
「優れた武人であられる手腕を買われたのでしょう」
エアハルトのみなが押し出すようにハーラルトを神子姫救出に向かわせる。




