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【書籍化】公爵家の三男に転生したので今度こそ間違えない 〜黯然の愚者が征く己の正道譚〜  作者: 虚妄公
トライデント魔導王国編

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第2-20話

 カーボとアーノルドは見学ということで数多ある観覧席に腰をかけ運動場を見下ろしている。


 この一ヶ月間は実技においては見学と参加を選ぶことができる。


 とはいえ、いまのアーノルドやカーボ達は見学しか選ぶことができない。


 教師が設けた基準を満たしていないからだ。


 基準はその授業によって様々であるが大抵の授業は学校側が定めた基準に遵守する。


 だがこの講義では参加するためには少なくとも三年生以上もしくはグランクロアの称号を有する者とされているため、グラントフィシエの権限を有するアーノルドであっても参加することはできなかった。


 だが元よりアーノルドに参加する意志はないためどうでもよかった。


 観覧席には他にも見学者がポツポツといる。


 三年生は参加している者が大半であるため、その多くは二年生だ。


 現在参加できる基準と一月後に実際に授業を受けられる基準は変わる。


 そのため今現在基準を満たしていない者であっても見学に来る者は多い。


 そんな中、隣にいるカーボが大声ではしゃいでいるため無駄に注目を集めていた。


 元々田舎にいたためこのような広大な建造物など見馴染みがないのだろう。


 少なくとも試験で見ているはずであるが、まるで初めて見たかのようにはしゃいでいる様はもはや滑稽さを通り越して呆れるほどであった。


 パラクはそんなカーボを見て内心苦笑いを浮かべていた。


(あはは、悪い意味でかなり注目を集めていますね)


 集まる視線の意味は様々であるが、その中でもやはり多いのが嫌悪である。


 見るからに田舎者。


 そしてシュヴァリエであり、一年。


 自らの実力も分からず分不相応な振る舞いをする者に良い視線を向ける者はいない。


 特にこの学院ではクラスによる差別が当たり前のように横行している。


 シュヴァリエなんてものはその最底辺。


 中でも一年ともなれば学院で最も弱い立場の人間である。


 とはいえ、カーボは鈍感ゆえに、アーノルドは有象無象の視線などどうでもいいがゆえに、全く気にした様子はなかった。


 その太々しい態度も周りの嫌悪感に一役買っているだろう。


 だが不思議なくらい手も口も出してくる者はいなかった。


 パラクはそれを不思議に思いつつチャイムがなったことで三年生達が集っている運動場へと視線を向けた。


「時間だ‼︎ 並べ‼︎」


 授業の時間になると同時に一人の眼鏡をかけた細身の男性が声を張り上げながら運動場へと入ってきた。


 その男性を見て観客席にいる者達、そして運動場にいる者達の間に濁流のようなどよめきが巻き起こる。


 それは連鎖のように広がりまるでお祭りであるかのようにガヤガヤと騒がしくなっていった。


「静まれ‼︎ 授業中だ! 邪魔をするのならばご退出願おう!」


 騒がしくしていた者達はその言葉を受け、石像のように固まり慌てたように頭を下げる。


 だがそれでも尚、興奮冷めやらぬのか皆の顔は有名人にでも相見えているかのように紅葉している。


「……誰だ? あの教師有名なのか?」


 カーボも場の空気は読めるのか、流石に声を潜めてアーノルドにそう聞いてきた。


 騒がしくしていた者達が感激したかのように言っていたゲーテ・バルフォメットという名。


 それを聞いてから退屈そうにしているだけだったアーノルドは少しばかり視線険しくその教師の男を見ていた。


 七帝家、剣術の名家バルフォメット家の現当主。


 七帝家の中にはいくつかの武具を主とする家門があるが、アーノルドも剣を扱うがゆえに一度は直接見たいと思っていた人物である。


(強いな……。いまの私よりは遥かに強いか……)


 ゲーテから感じ取れるオーラとでもいうもの。


 それらがアーノルドの第六感とでもいうべき感覚に、まるで鋭い針で刺してくるかのようにチクチクと押し寄せていた。


 そしてアーノルドの口角は本人ですら知らず知らずのうちに僅かに上がっていた。


 それはまるで獲物を見つけ喉を鳴らしている獣を想起させたが、幸いにも皆がゲーテを見ているために誰もその姿を見てはいなかった。


 それから少し、アーノルドにひそひそと話していたカーボがその体をびくりと跳ねさせる。


「み、見られた?」


 ゲーテが鋭い目つきでアーノルド達の方を一瞥してきたのだ。


 アーノルドは表情を変えることなく頬杖すらついて不遜に見つめ返していたが、カーボは声を発したことで窘められたのだとあわあわと頭をペコペコと何度も下げていた。



 ゲーテは視線を前に並ぶ三年生達に戻し、少しばかりの指示をしていから先ほど目にした少年について思案する。


(何やら奇妙な気配がすると思ったが、ジュヴァリエ?) 


 自身を覗き見るかのような視線を感じたゲーテはその気配の方へと視線を向けたのだがそこにいたのは特抜生とはいえ最も劣っているシュヴァリエが二人、そしてその護衛らしき人物が一人。


 そして、ふむ、と顎に手を当て考える。


(黒髪……。黒髪で一年、ということは奴がアーノルドか?) 


 黒髪はこの世界でも珍しい。


 世間では不吉な色とも言われ差別されることもあるが、七帝家にも黒髪の者がいるゆえにゲーテにその辺りの差別意識はなかった。


(話には聞いていたが……、なるほど、確かに異質だな)


 ゲーテは一瞥したアーノルドの実力を正しく読み取ることは出来なかった。


 いや、その言い方は正しくないかもしれない。


 正確には、読み取った上で自らの判断に自信が持てないといった言い方が正しいか。


 まるで強いと感じる感情と弱いと感じる感情が自身に共存しているかのような不可解感。


 感覚は強いと言っている。


 なのに感情は弱いと言っている。


 その乖離がゲーテの眉を険しくさせた。


(少なくともある程度の実力があるのは間違いないだろうが……見え切らんのは魔道具によるものか? 不正をしたかどうかなどオルファイト公爵の戯言かと思っていたが、確かに奴らの愚見とも言い切れんか?)


 剣術の名家であるバルフォメット家は過激派に属している家門であるがゲーテは世間一般で言われている過激派、つまりは他国の者を排除する排斥派とも言える者達とは違う。


 だからこそ他国の者だからと差別するつもりもなければ、陥れるつもりもない。


 それゆえ先入観なくアーノルドを見ていた。


 魔道具や何らかの作用による不正という意見。


(……だが私の感覚はそれが違うと告げている。興味深いな)



 授業も終わりに差し掛かっていた。


 授業自体はそれほど際立ったものでもなかったというのがアーノルドの印象だ。


 とはいえ当然だろう。


 普段アーノルドがやっている鍛錬に比べれば、その労苦は比べるまでもない。


 たしかにゲーテ・バルフォメットが教える剣術というのは価値があるものだろう。


 模擬試験をした生徒達にする指摘も的を射た素晴らしいものだ。


 とはいえ、この程度ならばアーノルドに学ぶべきことはない。


 学生のレベルも確かに高いが、それでもアーノルドと比べるまでもない。


 所詮は訓練による剣術の域を出てはいない。


 そもそも現状オーラすらまともに扱うことが出来るものがいない。


 当然と言えば当然であるが、これがこの学院で最高峰の授業かと落胆にも似た感情を抱いていた。


 とはいえ、中等部の授業など所詮はこんなものだろうと思っていたがゆえにそこまでの失望はない。


 それにおそらくいま受けているのは三年生の中でも中程の実力者達だろう。


 上の実力者はアーノルド達と同じく三年生になる前にこの実習を受けているはず。


 そう考えれば、この学院のレベルの高さというものが窺える。


 それにまだ初回の授業だ。


 授業自体も様子見といったところではあろう。


「さて、もうそろそろこの授業は終わりであるが、せっかくだ、観客席にいる者達も少しばかり参加してみてはどうか? どの程度の実力があればいいか、身をもって体験してみるのが早いだろう。誰か模擬戦闘をしてみたいものはいるか?」


 ゲーテとアーノルドの視線がその瞬間交差する。


 だがゲーテはすぐにアーノルドから視線を外し観客席全体を見渡した。


 目が合ったのがたまたまだと言われればその通りだろう。


 だがそれでも一秒にも満たぬほどの視線の交差であったが、ゲーテが明らかにアーノルドへと強い視線を向けたことはアーノルド自身すぐにわかった。


 だがアーノルドはその意味まで考えるつもりもない。


 既にアーノルドの興味はゲーテから外れている。


「はい! はいはい‼︎ 俺やりたいです‼︎」


 そんな中、アーノルドの隣にいるカーボが耳が割れんばかりの大声でそう言った。


 視線が圧となってアーノルド達の周囲に集まる。


 身の程知らずに向ける嫌忌の念を孕んだ視線が。


「では降りてきなさい。そうだな、もう一人くらい……」


「——では私がその者と」


 アーノルド達とは少し離れた観客席にいる二年生の生徒が手を挙げる。


 バッチを見ればコマンドゥールに属する生徒だということがわかる。


 明らかに敵意剥き出しの目でカーボを見据えている。


「三年生とやらせるつもりだったが……まぁ良いだろう」


 カーボとその生徒は運動場へと降りていった。


 はしゃぐカーボに対して向けられる視線はとても良いものとは言えない。


 他の観客席にいる生徒も、何なら運動場にいる三年生達もカーボを見る視線はまるで聖域でも汚されたと言わんばかりに鋭いものだ。


 悪意、敵意、害意、毒気、邪気——そういったものがまるで目に見えるかのようにその場を渦巻いていた。


 あからさまとも言えるそのような視線を受けようとも気づいていないだけか、それとも気づいて尚、気にしないほどの胆力があるのかカーボの様子は全く変わらない。



「お手並み拝見ですね」


 パラクが楽しそうな声色でそう言うが、アーノルドにはそれほど興味がなかった。


 始まる前から欠伸を漏らすアーノルドは退屈を紛らわせるためかパラクに問う。


「どっちが勝つと予想する?」


「そうですね……。おそらくはあの二年生の方でしょう」


 順当と言えば順当。


 ゲーテがこれまで授業を受けていた三年生ではなくあの生徒との対戦を認めたのもいま運動場にいる三年生相当の実力があると認めたからだろう。


 騎士級には至っていないが、それでもアーノルドと出会った頃のパラクといい勝負ができる程度の実力はあるだろう。


 それに対してカーボの実力はまだ騎士級に至るには遠い。


 覆らぬほどの差ではないが二人の実力差はたしかに存在する。


 だからこそ二年の生徒が勝つというのが普通の考えだ。


 だがアーノルドはそれを否定するかのように言葉を濁した。


「だがどうだろうな」


 それを聞いたパラクは意外そうに眉を寄せた。


 真意を探るべくアーノルドの顔色を窺うが、心情を窺い知れぬほどその表情は無に等しい。


 だがその言葉は明らかにカーボに沿ったもの。


「……アーノルド様はあのカーボ君が勝つと?」


「さぁな。だが強い方が勝つだけがこの世の真理ならば、私も今頃ここにはいないだろう」


 アーノルドもまた一般的には勝てぬと判断されるであろうものと戦い勝ち続けてきた。


 最初に戦った盗賊の頭領しかり、教会しかり、黒竜しかり。


 アーノルドが一人で戦ったものではないものもあるが、それでもアーノルドが戦うには過ぎた相手達であったことには違いない。


 感じ取れる実力だけがこの世の全てであるなどと単純なわけもない。





「では準備はいいな?」


 ゲーテは一通りの簡単な説明をし終え、カーボとエバンという生徒に確認を取る。


「よろしくな! いい勝負をしようぜ!」


 カーボが木刀を握り締め、元気よくエバンにそう言った。


 その姿は学院の制服こそ着ているがやはりどこか田舎者感が抜けないものであった。


 そんなカーボをエバンはその目を細め、忌々しげに睨む。


「シュヴァリエ風情がコマンドゥールたる俺にそうも気安く話しかけるか……」


 怒りを噛み殺すためか歯を噛んでいる様子のエバンにカーボはやっとその楽しげな表情に僅かに影を落とした。


 それを見たエバンが少しばかり得意げに笑みを浮かべ、目を眇めながらカーボを睨め上げる。


「それも一年如きが、誰に向かって口を利いている? まだ身の程も知らんのか? お前のような見るからに雑魚が、優れた者のためにあるこの授業を受けようと考えるだけでも烏滸がましいというのに。バルフォメット様は俺達のことを想ってこのような提案をしてくださったというのに、お前はそれすら汲み取れず立候補するとは。少しは周りのことを考えたらどうだ? それに雑魚には雑魚に相応しい態度ってもんがあるだろうが! まぁだが、お前もまだここに入学して一日目だろう? まだ雑魚が取るべき態度を知らないというのも仕方のないことではあるのだろう。とはいえ、この学院の“法”を破ったことを仕方がないなどという言葉で済ませるわけにもいかないだろう? それなりの代償が必要だ」


 法などと言っているが、そんな法などこの学院には存在しない。


 その法は学生が勝手に決めている暗黙のルールとでも呼べるそれに過ぎないものだ。


「この学院を代表して優しいこの俺がこの学院での雑魚がすべき態度ってやつを教えてやるから感謝しろよ。身の程ってやつをその身でたっぷりと味合わせてやるよ」


 エバンにとって——否、この学院の生徒にとってシュヴァリエの生徒なんてものは奴隷にも等しい。


 何をしようともいい存在であり、何をされようとも文句一つ言えぬ存在。


 だが入ってきたばかりの一年がそれを理解していないことはよくあることだ。


 そして反抗してくることもよくあること。


 普通であればその学年の上のクラスの者が教え込んでいくものであるが、ここは三年生の領域。


 ならば誰かがそれをその身に刻んでやらなければならないだろうと。


 奴隷としての態度をその身に。


 その言葉を聞いたカーボはそれまでの人懐っこそうな笑みを引っ込めた。


 どれだけ視線に鈍感であろうが、言葉に込められた悪意には気がつくようだ。


「はっ、身の程か。ちょうどいい。俺も俺以外のやつの実力なんて大して知らねぇからよ。俺が本当に雑魚かどうか教えてくれよ」


 挑発的とも言える言葉を放ったカーボもどうやらそんな法が実際にはないことくらいは知っているのだろう。


 おそらくはリーンにでも教えられているのだろう。


 それゆえかカーボは萎縮するどころかむしろ楽しげに好戦的な笑みすら浮かべていた。


 だが当のエバンはカーボが自らに口答えしたことが気に入らなかったのか、再び歯を食いしばらんほどその表情を怒りに染めていた。


「お前っ……! まだそのようなふざけたことをっ……! よほど痛い目を見ないとわからないみたいだなッ‼︎」


 エバンは声を張り上げると、開始の合図も待たずに駆け出しカーボへと斬り掛かった。


 二人の距離はそれほど離れていないため、一歩、二歩の踏み込みで詰めれる間合いだ。


 とはいえ別にそれが反則というわけではない。


 それに対応できないのは対応できない側の問題。


 少なくともゲーテはそう考える人間だ。


 いつ如何なる時も気を抜かぬこと。


 授業でもそれを言っていた。


 それをエバンも分かっているからこそ、奇襲のように仕掛けていった。


「へへっ!」


 だが、その奇襲をカーボは一切慌てることなく難なく捌く。


 まるで慣れているとでもいわんばかりにその対処はスムーズであった。


「お前っ‼︎」


 アーノルドから見ればただの単調な攻撃であったが、エバンにとっては渾身の一撃でもあったのか躱したカーボに逆上したような声を上げた。


 そしてそのままエバンは振り向きざまに攻撃を加える。


 だがカーボはその攻撃を木剣で難なく受け、笑みを浮かべる。


「先生の攻撃に比べれば全然甘いぜ‼︎」


 一瞬何を言われたかわからないかのように呆けた表情をしたエバンであったが、次第に自身の攻撃が甘いと言われたことが理解できたのか、怒りでその顔を更に染めていった。


 そしてまたしても攻撃に転じようとするが、それよりも前に今度は自分の番だとばかりにカーボが楽しげに攻め込んできていた。




 眼下で繰り広げられる二人の戦いをアーノルドはさして興味が無さそうにただ見ていた。


 現状押しているのはカーボの方だ。


 カーボは見た目からしてそうだが攻めの気質なのだろう。


 防御もそこそこにとにかく動き、攻め広げる。


「やりますね」


 そのパラクの言葉にアーノルドは返答しない。


 とはいえ、パラクも手放しに褒めているわけではない。


 確かに思っていたよりはだいぶデキると言っていいだろう。


 だがその攻めはまだ平凡の域を出ない。


 どこにでもいる少し剣術を齧った少年というだけ。


 それでも同年代の子供ならばその実力が平均よりも遥かに高いことには違いない。


 だが平均というのは武力を求める者にとっては取るに足らない基準だ。


 平均よりも高いと満足するような者では到底頂きになど辿り着けはしない。


 カーボがどう考えているのかはわからないが、いまのカーボではダメだ。


 果敢に攻めてはいるが攻めきれていない。


 徐々に見切られ、相手に余裕を与え始めている。


 おそらくは経験の違いだろう。


 対人戦闘の経験の欠如。


 カーボと共に過ごしていたであろうリーンは魔法師ということで剣の鍛錬はできなかっただろうし、出来たとしても到底実力が釣り合わない。


 そして先生と呼ばれる者とは実力がかけ離れているため真の意味での鍛練にはなりはしなかっただろう。


 同レベルや少し格上との戦いの経験がカーボには圧倒的に足りていない。


 ゆえに攻め手が、そして考えが甘いのだ。


(もったいない。技術に関してもまだ拙い部分は多いですが、それでも光るものは確かにある。なのにああも踏み込みが甘いのは、人を斬ることに慣れていないからか……? それとも躊躇いでもあるのか……?)


 一見怒濤の勢いで攻め入っているカーボであるが時折見せる刹那の躊躇ともいえる僅かな攻撃の隙間がある。


 おそらくは無意識だろう。


 対峙しているエバンも気がつかぬ程度の誤差。


 だがそれが無ければ少なくとももう一歩踏み込むことが出来るだろうと、パラクは残念そうな目をカーボに向けた。


 対するアーノルドはいまだ無表情のままだ。



 戦っているエバンは自分でも意図せず苦悶の声を漏らす。


「くっ……‼︎」


 本来ならば既にカーボは地に沈み、自身は当然のように称賛の目を向けられているはずであった。


 シュヴァリエが自身の前に平伏すのが当然であり、雑魚如き本気を出さずとも瞬殺できて当然。


 本気を出すなど自らの沽券にすら関わるが故に。


 なのに現実はどうだ。


 地に伏させるどころか、まるで自身が劣勢かのような状況。


 笑い者もいいところだ。


(俺はコマンドゥールだぞ‼︎ あの化け物共を除けば一番上のクラスだ! その中でも上位に位置する俺が……俺がっ! たかが一年の、それもシュヴァリエごときが……楯突いていい相手じゃねぇんだよッ‼︎)


 防戦を強いられていたエバンが木剣を握る手に力を入れ、強引にカーボの木剣を弾く。


「調子に乗るなよ! 雑魚如きがッ‼︎」


 少しばかりカーボと距離を置いたエバンが何やら技の構えをする。


 たかが雑魚如きに自身の流派の技を使うなどそれこそ笑い者にされるであろうが、負けるよりはマシだと。


 それを見たカーボは一際真剣な表情を浮かべるが攻撃の手を緩めず、そのままエバンに向かって突っ込んでいった。


 未知の技への警戒心のなさは自信ゆえか蛮勇ゆえか。


「はっ‼︎ 馬鹿がッ‼︎」


 所詮雑魚は雑魚かとエバンは突っ込んできたカーボに嘲笑するような笑みを浮かべて斬りかかる。


 見ている者にとってはエバンの剣がカーボを斬る未来を幻視していた。


 だが——


「へへっ‼︎」


 笑みすら浮かべていたカーボの動きは異質なるものであった。


 どこかの古武術のようなぬるりとした動き。


 幾人かの者は驚きに目を丸め、幾人かの者はカーボの動きを理解しその目を細めた。


 そしてカーボは斬られるどころかそのままの勢いで逆にエバンを斬りつけた。


 だが、そこに真剣な試合とは思えぬ素っ頓狂なカーボの声が鳴り響く。


「なっ⁈ しくった⁉︎」


 自身の勢いを殺すために砂の上を滑っているカーボは顔だけをエバンの方へ向け、悩ましげに表情を歪めていた。


 木剣ゆえに直撃しようと大したダメージはないであろうが、今の一撃は真剣であろうとも肩が斬れた程度にしかならないものであった。


 戦闘不能とするには弱い。


 エバンは木剣を当てられた左肩を押さえながらカーボの方へと振り向き、勢いよく動いたことで痛みでも生じたのか呻き声を上げる。


「ぐっ……‼︎ 貴様ぁ。ただで、ただで済むと思うなよっ……!」


 言葉は荒々しいままであるが先ほどまでの激昂した様子と異なり、攻撃を喰らったことでむしろ冷静になっていた。


 ここで怒りで更に我を忘れ冷静さを失い、より精細を欠かないことはエバンの優秀さを証明しているだろう。


 だがその内心はとてもではないが穏やかではいられない。


 流派の技を使い、倒せなかったどころか反撃された。


 笑い者どころではない。


 晒し者だ。


 この汚名を返上するにはもはやただ倒すだけなど生ぬるい。


 殺意すら滲ませる怒り。


 慢心を捨てたかのような立ち姿。


 明らかにエバンの気配の鋭さが上がっている。


 だがエバンが駆け出そうとしたその時——


「——そこまでだ」


 試合終了の合図がなされる。


 その言葉に一瞬呆けたエバンが怒声にも似た荒々しい声を上げる。


「……なっ⁈ なぜです⁉︎ この程度で、この程度で決着が着いたとでも……⁈」


 エバンはゲーテにすら喰ってかからん勢いでそう捲し立てたが、ゲーテは呆れたように僅かに吐息を吐くだけだった。


「勘違いするな」


 ゲーテが冷めた様子でそう言うと、ちょうどチャイムが鳴る。


「授業が終わったというだけだ」


 ゲーテは冷徹な目で吐き捨てるようにそう言った。


 エバンは木剣を握る手を震わせ、それ以上何も言えずに悔しげに俯いているだけであった。


 エバンに向けられた目は普段のゲーテと変わらないが、エバンの中では本来ならば自身はカーボを圧倒し、称賛の目を向けられるはずであったのだ。


 剣の最高峰に位置する人物から認められ、一目置かれるという栄華。


 そして意図せず降ってきた“幸運”を手に入れるはずだった。


 それが手に入るどころか、エバンには周りから蔑まれているかのようにすら感じていた。


 それがただの錯覚かそれとも事実なのかは神のみが知るところであろうが、当人は事実と捉えている。


 その想いがカーボに鋭い視線を向けさせる。


 だがカーボはそんな視線になど気が付きもせず、楽しい戦いが中途半端に終わってしまったことを残念がっていた。


 そのまるで自身には目も暮れぬ様に周囲からの人目が無ければ頭を抱え、髪を掻きむしりたいほどであった。


 だがエバンのそれらはそもそも逆恨みもいいところだ。


 初めから怒りに支配されず、本来の実力を出していたのならば、圧勝はできずとも難なくカーボに勝つことが出来ただろう。


 全ては自身の感情すら制御できなかった——いや、感情ごときで実力が左右される自身の未熟さゆえのこと。


 それをカーボのせいにしているところがまだまだ青い。



 ゲーテによって授業が締め括られ、カーボがアーノルドの方へと向かおうとするときエバンがこれ以上は耐えれないとばかりに声を荒げる。


「おい、お前ッ‼︎ この俺に恥をかかせておいてこのままただで済むと思うなよッ‼︎」


 怒りを噛み殺すかのようにエバンはカーボを睨みつけながらそう言った。


 息すら荒げている様はもはや昔年の恨みを抱く相手に対峙しているかのようですらあった。


 だがそう言われたカーボは怯えるでも怒るでもなく、眉を寄せただ不思議そうな表情を浮かべる。


「恥? どこに恥なんてあったんだ?」


 カーボからすれば先ほどの戦いは良い戦いだった。


 それゆえ恥になる要素など微塵も見当たらなかった。


 だがその言葉をエバンは挑発と受け取った。


 エバンがやられるのは当たり前の結果でしかないのだから、恥でもなんでもないと。


 現実を受け入れろと、そう見下されているかのようにすら感じていた。


 普通いまのカーボの様子を見てそんな受け取り方などしないが、この学院での生活は基本的に弱肉強食。


 陥れるか陥れられるか、その発想しかないエバンの思考が当然のようにカーボの言葉を歪める。


 そもそもシュヴァリエのような格下(どれい)に自身と同列などと思われていることすら腹立たしくて仕方がない。


 そもそも戦いにすらならないのがシュヴァリエであり、そうあるべきなのだと。


 そんなシュヴァリエの、それも一年にやられたままで終わったと言う事実。


 自身はこんなものではないと、見ていた者が自身を本来の実力よりも低く評価しているであろうという事実に腑が煮え繰り返りそうであった。


 それこそ、その元凶である目の前で自身を“嘲笑っている”カーボをいまここで八つ裂きにでもしてやりたい気分であった。


 雑魚の分際で優秀たる徒である自身に反抗してくるなど許されないと。


「精々半年の間……半年の間だけ……この学院生活を満喫しておくんだな‼︎」


 だが如何なる憎悪がその内に渦巻こうともエバンは歯を噛み締めたかのように表情を歪ませ、そう吐き捨てるだけであった。。


 そしてぺっと唾を吐き捨てエバンは仲間の元へと戻っていった。


 半年とは上級生が下級生に手を出せない期間のことだ。


 星詠戦と呼ばれる生徒間で問題が起こった時に両者の合意の元で行われる戦い。


 色々と条件はあれど、両者が合意すれば命を除くほぼ全てのものを賭けることができる。


 何であれだ。


 互いのクラスを賭けることも、退学を賭けることもできる。


 それが解禁されるのが同学年で三ヶ月、学年問わずで半年となっている。


 それまでに手を出すと罰を受けるのが自分自身であるがゆえにエバンは帰っていったのだ。


 観客席にまで聞こえてきたそれにパラクは呆れたような、それでいて優越感すら漂わせるような笑みをその口元に浮かべていた。


 エバンの態度と表情はパラクをして分かりやす過ぎた。


 本気を出せば勝てると言わんばかりの態度。


 子供によくありがちであり、それはそれで可愛いものである。


 とはいえエバンのそれは子供のそれとするには些か行き過ぎた感情が垣間見えていた。


 今までアーノルドが殺してきた、欲を掻いた馬鹿共と同じような暗い暗い心の有り様。


 そもそも本気を出せばなどといった仮定に意味などない。


 そんなものを仮定し、自身が負けたという事実を認められない時点で武人としての底など見えている。


 それにあれほどの激情をその身に宿そうともルール一つでその矛を納めるなどその激情の程度もしれている。


 少なくともアーノルドならばそんなもの考えもせず即座に行動に移しただろうとパラクはいまだ無表情にカーボを見ているアーノルドを盗み見、微笑んだ。


 そしてそんなことを考えながら戻ってくるカーボを見る。


 カーボ自身が気がついているのかは知らないが早速目をつけられた形となったわけだ。


 カーボの保護者かのようなあの少女、リーンが知れば頭を抱えて嘆くであろう。


 そんなことなどまるでわかっていなさそうなカーボはアーノルドのもとにまるで飼い主を見つけた犬のように嬉しげにやってくる。


 そしてニカっと笑みを浮かべていた。


「どうだ? 俺もそこそこやるだろう?」


 カーボがただ単に戦いたいから志願したのかと思っていたが、どうやらアーノルドに自身の実力を示すためだったようだ。


 そんなカーボに対してアーノルドは何を考えているのか僅かな間を置いた後に、鷹揚に口を開いた。


「なるほどな。一つ聞くが、お前はあのまま勝負を続けていて勝てたと思うか?」


 その言葉にカーボは僅かに表情を歪めた。


 パラクは即答するかと思っていただけに若干驚きに目を丸くした。


「う〜ん……、二◯パーセントってところかな」


 パラクは内心嘆息した。


 あの状況で終わったのだ。


 自身のほうが強いと錯覚していてもおかしくない。


 カーボも別に弱いわけではない。


 素の力でもギリギリ従騎士級を名乗れるくらいの力はあるだろう。


 年齢を考えるのであれば十分才能ある者であり、強い方に分類される。


 それに実際先ほど見せた動き、あれは慣れぬ者にとってはかなりやりにくいものだ。


 実際それがゆえにカーボは特抜生に選ばれたのだろう。


 だが、総合的な実力で言えばエバンの方が上なのは明らかであった。


 最初は怒りで精細さを欠いていたが、最後に冷静になったエバンと勝負していたらどちらが勝ったか、順当に言えばエバンであることは間違いない。


 だがそれは才能によるものではない。


 純粋な経験値の差によるもの。


 少なくともパラクは先ほどの戦いを見てそう考えていた。


 才能だけを見るのならばエバンよりもカーボの方が上であると。



 カーボとの少しの問答を終えたアーノルドは来る時に通った受付を通り、いまいる建物を出て行っていた。


「なぁ、一緒にこの授業受けねぇか? ちょっとレベルは高そうだけど、高いくらいがちょうどいいしよ。実際授業が始まったら模擬戦だけじゃなく色々やるみたいだぜ? それにあの先生もかなり強そうだったしよ! あれ、まじですごかったよな〜」


 興奮冷めやらぬといった様子でゲーテと生徒がしていた剣戟を思い浮かべているカーボは随分と楽しげであった。


 カーボからすれば普段は見れない質の高い戦いであったのだろうが、アーノルドから言わせれば本気のほの字も出ていない戦いであり、ゲーテの実力を知るものにはなりはしなかった。


「お前が受けるかどうかは好きにすればいいが、私はこの授業を受けるつもりはない」


 そうアーノルドが断言すると、カーボが説得でもするためか声を上げようとする。


 だがそれよりも前に第三者の声が二人の耳に入ってくる。


「——それは残念ですね」


 歩くアーノルド達に後ろからカーボの言葉を遮るようにそう声をかけて来たのはゲーテであった。


 運動場から出たアーノルド達に悠然と近づいてくるゲーテをアーノルドは具に観察する。


 長身かつ細身の男であるが、その身に秘める力強さを近づけば近づくほど肌で感じていた。


 そのまま近づいてきたゲーテはまずアーノルドの隣にいるカーボを見据え、声をかけた。


「君、先ほどはいい戦いでした。しかし、実力はまだまだです。精進しなさい」


「は、はい! ありがとうございます‼︎」


 ゲーテの目はとても称賛しているようなものではなかったが、カーボは緊張でもしているかのようにガチガチになりながらも憧れの人に褒めてもらったかのように喜んでいた。


 そしてゲーテは本題だとばかりにアーノルドの方へと視線を向ける。


「初めまして。自己紹介は不要……でしょうかね。子供とはいえ、かの名高き家門の方にこうも早くお目にかかれるとは……。お会いでき光栄ですよ」


 そう言ったゲーテは恭しさを伴った一礼をしているが、その眼鏡の隙間から覗いている目はアーノルドを鋭く見据えていた。


 相手の価値を測るような、それでいて全てを飲み込むような狂気すら孕んだ瞳。


「御託はいい。わざわざ何の用だ?」


「授業への勧誘ですよ。この学院は教師もまた生徒を選ぶ権利がある。貴方が参加してくださればより良い授業になると思うのですがね」


「はっ……、私にとって得るものが無ければ受ける意味もないだろう」


 アーノルドはそれだけ言い、これ以上は話すことがないとばかりに踵を返す。


 生徒達の大体の実力はわかった。


 あれらと模擬戦闘をしたところでアーノルドに得るものなどありはしない。


 それに何より教師が“ゲーテ・バルフォメット”という時点でアーノルドに授業を受けるという選択肢はない。


「——では、毎授業私と手合わせするというのはどうでしょう」


 自信すら伴ったゲーテのその一声に去ろうとしていたアーノルドの足が止まった。


 本来七帝家の当主が授業を受け持つというのも珍しく、さらに立ち合えるなどそれこそ値千金の経験となる。


 この国にいる人間ならば大金を払ってでも望む、七帝家当主の立ち合いを授業の度にできると。


 それこそこの学院にいる生徒ならば一つ返事で飛びつくほどの提案だ。


 アーノルドは理解していないが、ゲーテが一授業の教師となったからにはもはやただの一年生が受けられる授業ではない。


 その倍率は凄まじくなるだろう。


 すでに単位をとっている者まで受講を申し入れるのは想像に容易い。


 ゲーテ直々の推薦がなければ一年生などもはや受けられない。


 実際ゲーテもただの抽選などではなく、受ける生徒は自分で選ぶつもりであった。


 その一人として目をつけたのがアーノルドというわけだ。


 そうこうしているとゲーテという大物がいるということで周りにたまたま居た他の生徒も少しばかりザワザワとし、集まってきている。


 アーノルドはそれを見て煩わしげに表情を顰めた。


「……悪くはないが、断る」


「解せませんね。少なくとも貴方がこの国に来たのは自らを高めるためという目的もあるはず。ならば私の驕りだとしても、この国で有数の剣士である私との立ち合いの機会を捨てるというのは……」


 そこでアーノルドの眼前に小さな魔法陣が現れ僅かにマナの気配が立ち昇り、すぐに消えたことでゲーテは言葉を切る。


 少しばかり警戒に目を細めるゲーテであるが、そんなことなど気にせず今度はアーノルドが口を開く。


「確かに私にメリットがあることは確かだろう。だが、ならばそれによって得られる貴様のメリットはなんだ? 七帝家、剣の名家バルフォメット家現当主ゲーテ・バルフォメット」


 アーノルドがゲーテの名を改めて告げたことでゲーテのメガネから覗く不遜とも言える瞳が懐疑的に細まる。


「貴様は過激派と呼ばれる派閥に属していただろう。この国の人間でもない私と立ち合うほどのメリットといえば——容易に叩き潰せるとでも思ったか?」


 友好的などとは言い難い過激派の人間が、それもアーノルドを陥れたとされる側の人間がわざわざ自身の領域テリトリーに招き入れようとする理由などそう多くはない。


 声は穏やかであるがそこに漂う雰囲気は重く、刺々しいものとなっていた。


 とはいえ臨戦体勢とは違う。


 アーノルドには怒りも憎悪も何もない。


 だがそれでも他者を圧するかのような空気が周囲の者達を無意識に強張らせる。


 だがゲーテはそんな空気などどこ吹く風で、少し上空を見上げている。


「……ほう、遮音魔法か。よくこんな魔法を知っていますね。それに無詠唱とは」


 アーノルドが先ほど立ち昇らせたマナの気配は周りに集まってきていた他の生徒にアーノルドとゲーテの会話を聞かせないために張った遮音魔法によるものだった。


 遮音魔法は空間に張る、いわば一種の結界魔法にも似た魔法であるため簡単ではない。


 それこそ、その存在を知らない者の方が多いだろう。


 それを詠唱もなく容易に行使した。


 目の前で為されたのならば魔道具かそれとも本人が行使したのか見間違うはずもない。


 何より魔道具によって為されたのならば魔法陣が“ああ”も見えるはずがない。


「不正などと、まったくよく言ったものだ」


 ゲーテはあの会議には参加していなかった。


 それゆえ過程と結果を参加させた他の者から聞いただけだ。


 情報と言葉の上で下したゲーテの判断は保留。


 だが、いま実際に見て、そして感じたうえで下した判断は不正などありえないというもの。


 確かにまだ不可解な部分はあれど、それでも情報に対して目の前の少年はその実力を持つと。


 むしろ情報以上の実力を有している。


 その実力を一目見たであろう教師共はそれすら理解できないクズ共かと内心蔑んでいた。


(感覚の乖離が起こっている理由は何らかの魔術による残り香か……? とはいえ、ゲイツは確かに魔法は不得手であったか。だから使わぬとも勉強はしておけとあれほど……。一応学院長には言っておいた方が良いか? ……いや、あのお方が自身の領域に入ってきた者の実力を誤るなど……。だがならばなぜ会議の場でそれを言わなかったのだ?)


 アーノルドを間近で見たことで生じた納得と疑問。


 だがそれらは一旦置いておき、徐々に視線険しくなるアーノルドに対する返答を先にすることにした。


「一つ勘違いを正しておこう。確かに我が家門は俗に言う過激派に属している。だが、過激派に属しているからと皆が皆、他国の者を嫌っているわけではない。私が嫌いなのは無能だ。特に自分が有能だと思い込んでいる無能ほど度し難いものはない。優秀な者ならば他国の者とて歓迎だ。そして無能な者ならば自国の者とて至極どうでもいい。だからこそ君のような優秀な者は大歓迎なのだよ。今年は優秀な者が多いというからこそわざわざ面倒な教師などという役割を引き受けたのだ。原石を見つけたのならば磨いてみたくなるというのが私の性でもある。まぁ理解されるとも思っていないがね」


 敵意はないとその目が語る。


 だがアーノルドは相手を試すかのような鋭い眼光をゲーテに向けた。


「確かに貴様は強いのだろうが、かといって私が求めるものが得られるとも限らん。それに私が思うほど貴様が優秀ではない可能性もあ——」


 言葉を強制的に切ったと同時、アーノルドが腰にある黒剣を抜き放つ。


 二つの剣が交差し、アーノルドとゲーテを別つかのように一陣の風が吹く。


「……何の真似だ?」


 アーノルドはギロリとゲーテを睨め付ける。


 だがゲーテは薄らと笑みすら浮かべ、自身の手に持つ剣を鞘に納める。


「心にも無いことを言うものではありませんよ。私の力量を測る眼くらいもっているでしょう? ですが、実際に見て見ないことにはわからないのもまた事実。先ほどは見せる機会もなかった私の剣筋です。満足していただけましたか?」


 そうは言うが、どちらかといえば試したのはゲーテの方だろう。


 何を確かめたかったのかは定かではないが、明らかに試すような太刀筋。


 試すようなとはいえ、もしアーノルドが凡人であったのならば、誇張なく死んでいた一閃。


 だが害意もなければ敵意もない。


 それに実際アーノルドが止めれぬと判断したのであればゲーテは寸止めでその剣を止めていただろう。


 ゲーテの実力からしてその程度は造作もない。


 それが分かるからこそアーノルドもまた剣を収める。


「随分と余裕のようだな。手の内をこうも容易く晒すとは」


「ああ、仮想敵国……とでもいう考えですかね? くだらないですね。仮に戦うとしてもその時の私はさらに成長しているでしょう。していなければそこまでというだけのこと。別に貴方のことを侮っているわけではありませんよ。誰しも考えは違うというだけのことです」


 手の内を晒すことを恐れる者を揶揄するような言葉であるが、アーノルドの表情は変わらない。


 アーノルドもまたアーノルド自身の考えを恥じることもなければ迷うこともない。


「自らを誇示するか。くだらぬな。まるで子供のようだぞ?」


「ははは、言い得て妙ですね。ではもう一つ面白いものを見せましょう」


 そう言うとゲーテが神速の剣閃を虚空に放つ。


 素人には動いたことすら悟らせぬだろう。


 だがアーノルドにはその剣線が辿ったジグザグとした道筋が見えていた。


 そしてその剣が鞘に収まるや否やガラスが割れたかのような音がこだました。


 それを聞いたアーノルドは僅かに驚愕を面に浮かべる。


(遮音魔法が破られただと……⁈)


 ゲーテの剣が斬ったのはアーノルドが張っていた魔法。


 魔法を斬ること自体は驚愕に値しない。


 アーノルドとて火球や土弾などこれまで様々な魔法を斬っている。


 だが今回ゲーテが斬ったのは実態のない、謂わば状態の魔法。


 それを斬る意味は普通の魔法を斬るよりも遥かに重い。


 少なくともいまのアーノルドにそれは出来ないし、しようと思ったことすらない。


 剣の師匠であるコルドーですら、それを口にしたことすらない。


 驚きが霧散していくにつれてアーノルドの耳に雑音が入ってくる。


「なぁ、さっきの本当にあいつが防いだと思うか?」


「ありえねぇよ。シュヴァリエだぞ? バルフォメット様が手加減しただけだろう」


「だがお前、さっきのあれ……見えたか?」


「いや……、だが前もってなんか合図でもありゃ……」


「そんなもんあったか? それにそんなことをする意味ってなんだよ」


「しらねぇよ!」


「そもそもなんで話が聞こえねぇんだ?」


「七帝家の当主だぞ? 音を遮断する魔道具の一つや二つ持っているんじゃねぇか? まぁそんなもんがあるのかもしらねぇけど。ヴァレンヌ家なら非売品の魔道具も多いだろうしな。てか、あいつ誰なんだ?」


 遮音魔法が無くなったことでゲーテ見たさか周りに集まっている生徒達の声が聞こえてくる。


 それを聞き、冷静に、だが煩わしそうな表情となったアーノルドはゲーテを真正面から見つめた。


「一つ聞こう。……お前の授業をそれを教えるのか?」


 アーノルドのその言葉にゲーテは僅かに口角を上げる。


「残念ながらこれは我が流派の技。たかが一生徒相手にそこまでする義理はありません。ただ私との立ち合いであれを引き出せるのならば視ることはできるでしょう」


 その言葉に対してアーノルドは少し考えてでもいるかのように黙る。


「……まぁ考えてはおこう」


 ため息一つ吐いた後、アーノルドは憮然とそう言った。


 その態度はとても目上の者にする態度ではない。


 更に言えば、七帝家の者はこの国の者にとって象徴のようなもの。


 周りの者達は自らが尊敬するゲーテに対してそんな態度を取るアーノルドに対して、それをしても許されるに値するほどの人物なのかと値踏みでもするかのように訝しげな視線を向けていた。


 当のゲーテはむしろ機嫌良さそうに笑みを浮かべているため周りの者達も何も言いはしないが、どこか神聖なものをその価値を知らぬ者に汚されたかのように納得のいっていなさそうな者達が大勢いた。


「そうですか。それでは良い選択をされることを望んでいますよ。ああそれと、私の息子も貴方と同学年ですが、少々跳ねっ返りでしてね。殺さぬのならば少々痛めつけようが私は何も言うつもりはありませんので。あれにもまた荒療治は必要でしょう」


 ゲーテはそれだけ言うと去っていく。


 周りを囲っていた生徒達は慌てたようにゲーテが通る道を開けていた。


 そしてそれと同時にアーノルドもまた歩き出す。


 ゲーテと同じく自然とその通り道が出来ていく。


「おいおい、お前やっぱり凄い奴だったんだな! 何だよさっきの! 全然見えなかったぞ⁈」


 歩き出したアーノルドにカーボが興奮したかのように喋りかけてくる。


 ゲーテが先ほど最初に放った一撃は授業中に三年生に指導していた時に見せたどの一撃よりも速いものであった。


 カーボには互いが剣を抜いた瞬間すら把握できはしなかった。


 だがアーノルドは煩わしそうにするだけで応対することはなく、そのままパラクを引き連れ帰っていく。


 そんなアーノルドにカーボはひたすら興奮したかのように付き纏っていた。


 その様子を木陰から見ていた数人の男達は舌打ちをして同じく去っていく。


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