8話 幕間
「さ〜て、さて、始まったな。お手並み拝見」
「ああ、そうだな……」
試験官の男達はアーノルドを映すモニターを見ながら何やらお菓子のようなものを食べていた。
まるで映画館で映画を見ているかのような気軽さである。
他のモニターでは受験生が死んだことで順々に真っ黒になり、そこに記録が表示されていた。
そこに記載されている記録はどれも一二分、一三分というものが多い。
第一陣の中での比較的優秀だった者たちだ。
さながら神の視点とでも言うべき数多あるモニターの中で一際大きなモニターにアーノルドがいるフィールドが映し出される。
いまだ始まったばかりで面白みもない映像であるが、試験官である二人の男達がまず気にしているのは、アーノルドがどういった選択をするのかということだ。
逃げるのか、隠れるのか、戦うのか。
この選択にはその者の性格とでも言うべきものが浮かび上がってくる。
といっても大まかなものであるが。
「逃げも隠れもしねぇ選択をしたか。自信の表れか……、それとも単に考えなしなのか」
この試験を受ける者の行動は主に三つだ。
開始早々移動してどこか隠れられるような穴や見通しが悪く後ろが壁となっている場所に身を置き、魔物が来れるだけのスペースがあまり無いような場所で迎え撃とうとする者。
できるだけ一対一に持ち込もうとし、自分のできることを把握している堅実な戦法とも言える。
実力の未熟な受験生としては最も王道の方法とも言えるだろう。
それに仲間がいるわけでもない魔法師単独の行動としては申し分ないものだ。
と言ってもデメリットもある。
当然狭い場所ともなると逃げ場もなくなる。
徐々に魔物の数が増えればそれこそ対応できなくなってそのままやられるケースも多い。
現実世界でなら適切に対処をしていれば魔物に自分の位置がバレなることはないが、この試験ではそこが異なる。
受験生にとっては知らぬこととはいえ、生存という意味ではどのタイミングでそれを察知し、その場を脱するのかも問われていくる。
次に多いのが、常に逃げながら戦う者や最初は迎え撃とうとその場に留まり、徐々に魔物が増えてきたために逃げながら戦う者達だ。
逃げながら戦うことにも限度があるが、先ほどと違い、しっかりと逃走経路を間違えなければ袋小路になって逃げられないというデメリットはない。
それでも体力の限界といった要素や逃げた先で魔物との鉢合わせるなどの運が絡んでくることは否めない。
もちろん鉢合わせしないように気配を探るのが常道であるが、それをできる受験生が果たしてどれだけいるのか。
だがそれができなくともその場の地形を駆使し、長く生き残る者もいる。
山や森といった地形に普段から慣れている者達だ。
魔物も大体の位置は把握しているが、完全に把握しているわけではないため、そういった知識を持っているかどうかでも生存時間が分かれてくる。
そして最後はずっとその場に留まる者。
これは自信過剰な者や状況判断も出来ぬ愚鈍な者に多い。
自分は強いのだから逃げる必要はないと自信満々に考え、気づいた時には囲まれて逃げることも出来ない者。
どうしようかと考えている内に戦闘が始まり、なし崩し的にその場に留まってしまう者。
魔法師としては最低評価であり、最もしてはいけない行動とされる。
魔法師は詠唱という時間が必要なため、先々を見通し行動するといったことが要求される。
あまり好まれるケースではない。
だがごく稀に、逃げる必要などないからこそ留まる者もいる。
己の力を把握している賢者たちだ。
だが、そのような人物が受験生程度にいるとはこの試験官達も思ってなどいない。
そしてアーノルドが選択したのもいわばこの留まるという魔法師としては愚鈍な選択。
にもかかわらず二人はまだ期待の眼差しでアーノルドを見ている。
アーノルドが賢者に相応き者かどうかはわからないが、賢者を常識で語ることなどできないと知っているからだ。
「下位魔法ばかりだな」
試験官の一人が唸るようにそう呟いた。
アーノルドの戦い方は至極地味極まるものだ。
ただひたすら下位魔法らしき『火球』を放ち、一撃で仕留める。
映し出されるモニターには一切の花などない。
ハラハラとする危機的状況も、胸が高まる超人的技術も。
「馬鹿野郎。魔力の総量もあるんだから無闇に中位魔法なんざ撃たなくていいんだよ。他の奴らは見栄なのかなんなのか知らんが、初っ端の雑魚相手に中位魔法撃ち込んでガス欠になってる奴もいる。あれは論外だ。魔法師をなんだと思ってやがる」
男はいままでそういう者達を数多く見てきたかのようにそう吐き捨てた。
それにはもう一人の男も頷く。
「まったくだな。いやなに、使い方が上手いな、と思ってな」
この二人も試験官を任されるだけあって優秀なのである。
モニター越しだからすべてがわかるわけではないがどのようにマナが運用されているか見ればだいたい読み取れる。
アーノルドは必要以上にマナを使っていない。
相手を殺せる最低限の威力。
それだけでなく一度たりとも攻撃を外していない。
徐々に魔物が増えてきているにも関わらず、その精度、そしてどの魔物から倒すかの状況判断すべてにおいてアーノルドは完璧と言えるものであった。
映像は地味であり派手ではないがまさに最適解とでも言わん運びである。
「派手さはないが……、えらく実戦的と言えばいいのかね」
「そうだな。あれだけの量の魔物を初めて目の当たりにすればいかに仮想世界とはいえ狼狽えるもんだがな。随分戦うことに慣れているみたいだな。外の人間にしては珍しい」
「ああ、感じていた違和感はそれか。なんつうか余裕があるんだよな。自分のできることを分かっているというか魔物がたとえ近づいて来ようが焦り一つ見せていねぇ」
「そういや今年はあの……、ダなんとかって家門が受けるかもしれんって話だっただろ?」
「ああ、ダンケルノな。お上はなんか必死みたいだが、こっちにまで皺寄せをよこさんで欲しいね」
「こいつがそうか?」
ダンケルノの人間が強いというのはいまでもこの国で伝えられていることだ。
だが実際にどれほど強いのか、この国の人間よりも強いのかは知らない。
噂とは一人歩きするものだからだ。
だが、それでもモニターに映るアーノルドがその貴族家の者と考えるに値するほどの実力は持っていると思えた。
ここ数年見てきた者達とは既に一線を画しているのが読み取れた。
「さぁな。公平性を期すために俺らには、ってか誰にも家門をみる権限はないからな。この国の有力な家の出というだけで忖度しないようにという処置らしいが、結局そんなことをしようがこの国の有力者の子供なんざ有名すぎて顔見りゃわかんだから意味なんてないのにな」
「そうだな。今年はうちの国でも時代を築いた偉人の家門の子供や七帝家の子供も受けているはずだ。まさに激戦区だな」
「まぁ自国と他国の連中では試験は同じでも枠は違うようなもんだからな。まったく……、いままで以上に格差が拡がらなきゃいいけどな。正直、外の者を招き入れるメリットなんてどこにあんのかね〜。俺は未だににそこが不思議でならねぇよ。元首様も何を考えているのやら」
ここ三年間、他国の者を招き入れ、共に学院で学ばせているが他国の者のレベルが思っていた以上に低い。
平民が低いのは何となく予想できたが英才教育をされているはずの貴族がその程度なのか、と皆が呆れ返っている。
それに貴族はプライドだけは無駄に高い者が多い。
指摘しよう者ならば、逆上するような者もいた。
それで起こった問題を何度も処理している身からすれば愚痴の一つも溢したくなるというもの。
「さて、一○分経ったな。まぁ受験生からしたらここからが本番だわな」
——“一○分”
ここが受験生における正念場。
ここまではある程度戦いの心得があり、しっかりと生存戦略を立てれば簡単に生き残ることは出来るレベル。
他国の貴族も戦闘指南を受けているであろう者達ならば、この程度は生き残ってくる者も多い。
だが、ここからは違う。
「中位の魔物は慣れていれば楽だが、戦ったことないやつだと一方的に殺れる下位の魔物との違いにビビるやつはいるからな。それに強さも一段階上がる」
「体長もデカイのが増えるからな。その圧に臆する者も多い。逃げるにも魔獣型が多いから足の速さでは勝てないしな。囲まれる前に純粋に魔法で勝たないといけないが、序盤で魔力を使いすぎた者はここら辺からキツくなってくるからな」
さてどうなるかと、ニヤニヤとしながらモニターを注視していたが、アーノルドは中位の魔物が出てきてもまったく反応を示さず黙々と作業のように処理しているだけだった。
そこに恐れや焦りなどといった感情は微塵たりとも見えてこない。
それに対し、試験官の男の一人が苦笑を浮かべる。
「まぁ、あの程度造作もないってか」
「あれだけ魔法を撃っていても魔力が切れそうな兆候もないな」
「当然だろ。あれだけ微細な調整ができるんならな」
「当然なものか。いままで一体どれほど魔法を撃っていると思っている。既に数百は越しているのだぞ?」
「そう言えばそうだな。映像が単調すぎて意識してなかったが、そう言われりゃたしかにそうだ」
「それに異常なまでに戦い慣れているな……」
試験官の男はアーノルドが中位の魔物の中での一際大きい、五メートルはゆうに超えている巨人のような魔物を一撃で倒す様を見てそう呟いた。
たとえ中位という魔物全体の中ではそれほど強い魔物でなくとも、人間とは大きいものには恐れを抱かざるをえない。
圧倒されると言ってもいい。
慣れというものはあるだろうが、それでも慣れ過ぎであるとその男は感じていた。
そんなことを考えているともう一人の男が嘲るように鼻で嗤った。
「はっ、体術も一流、魔法も一流、度胸も一流ってか? まぁガキの頃には神童でした、なんてのはゴマンといるがな」
「まぁな。だからこそお上様は最終的には教会の潜在能力を重視してんだろうよ」
子供の時というのはそれだけ成長幅が大きい。
だからこそ抜きん出る者も多くいるが、そこで成長が止まり、そのまま凡庸に成り果てる者も多くいるのだ。
そのままの勢いを保てる者などほんの一握り。
それこそ世界に数多ある砂粒の一握り程度にすぎない。
——“一五分”
あまりの映像の変化のなさに試験官の男の一人は既に頬杖をつきながらお菓子を頬張り、飽きてきていると言ってもいい有り様であった。
「案外つまらんな。もっと、こう、心沸き立つようなものを期待してたんだがな。……いま何体くらい湧き出る設定だっけか?」
男は映し出される光景のあまりの変化の無さにそう愚痴をこぼした。
「一五分からは中位が五○体、下位一○○体が周囲五キロメートル以内に生成される。稀に上位の魔物も生成されるが、それは運次第だ。そして一分ごとにさらに生成される数が指数関数的に増えていく。いまいるフィールドが埋め尽くされるのも時間の問題だろう」
「相変わらず詳しいな。どれくらい生き残れると思う?」
むしろ男の方が大雑把過ぎるのである。
いくら審査に関係がないとはいえ、試験の概要くらいは頭に入れておくべきである。
「ここからは力だけじゃどうにもならないからな。数の暴力に対してどれだけ生き残れるかになるだろう。まぁそれも本当にあの程度の実力ならば、だけどな」
「なんつぅか、自分に縛りでもしてるかのような動き方だよな。いや、まぁ、魔法しか使えないって縛りはあるから剣や体術を反射的に使わないように律してんのかもしれねぇが」
「私にはそのあたりの機微はわからんな。だが、少なくともただの下位魔法で中位の魔物を正確に倒すというのは凄まじいな。そもそもあれは本当に下位魔法なのか? お前あれ出来るか?」
問われた男は目を細め、まるで獣のような低い唸り声を上げる。
「出来るかと問われりゃ、そりゃ出来るが、あれを真似するのは無理だ。どうやったらあんな威力をもった下位魔法をあの歳で撃てるようになるんだよ。そりゃマナをぶち込めばそれ相応の威力が出せるが、あいつはむしろそのマナを抑えてやがる。てかそもそも精度良すぎだろう。一つくらい外せよ!」
アーノルドの行動には花がないが、花がないからこそ、その他の微細な行動がよく目立つ。
この者達とて凡庸ではないのだ。
その程度を見抜く目は持っている。
動かぬ的に当てるだけならばともかく動く的にずっと正確に当てるというのは凄まじい集中力に加え、魔法を精密に扱う熟練度が要求される。
それに四方八方から自分よりも遥かにでかい魔物が迫ってくるのである。
慣れていなければ大抵の者はパニックになり、普段通りの動きなど到底できない。
「ん? 動きに乱れが出たな」
「どうやら一撃で倒せない魔物が出てきたみたいだな」
「ここからがやっと本番か? 随分待たせてくれるぜ」
だが、それでも表面上の映像に変化はなかった。
ただアーノルドが迫りくる魔物を順々に倒していくだけだ。
しかし、それを見ている二人の男の表情は若干引き攣った笑みを浮かべていると言えるものとなっていた。
「……おいおい、マジかよ」
「驚嘆に値するな。まさかそこまでの微調整を可能にするとは」
込める魔力の調整というものは存外難しい。
一ミリ単位でアクセルペダルの踏み具合を調整するようなものだ。
威力を出したいのならばただ踏み込めばいい。
下げたいのならば、踏み込みを浅くすればいい。
その大雑把な行いならば誰であろうともできる。
だが、狙ったピンポイントで止めるというのは存外難しい。
一ミリのズレなく狙った位置への踏み込み。
それも毎回違う位置に、何回も連続でだ。
アーノルドがやっているのは込める魔力をそれを撃ち込む魔物それぞれに対し瞬時に切り替え、それだけでなく射出速度すら変えているのだ。
一撃で倒せない魔物には倒せるだけの魔力を、避ける魔物には避けれないだけの速度を、弾く魔物には弾けないだけの威力を。
それを戦いの中で瞬時に使い分けている。
状況判断が早いなんてもんではない。
そもそも見ただけでそれを瞬時に判別する感性がそもそも凄まじいのだ。
どれだけその魔物という種について知っていようとも、当然ながら個体差がある。
その個体差を見ただけで判別するなど生半可な能力ではない。
「単純な魔法の練度だけなら俺らより遥かに上だぜ? 化け物じみてやがるな、ありゃ」
もはや意図せぬ笑いすら出てくるほどだ。
それほどアーノルドがやっている微細な調整というものは魔法師にとっては常軌を逸した難しいものなのだ。
そうこうしているうちに次のステップへと移ろうとしていた。
「二○分になったらどうなるんだ?」
「上位の魔物が主に出てくるようになる。そして簡易なフィールドは中位と下位の魔物が犇く地獄と化す。隠れられるような場所などなくなり必然的に別のフィールドに行かなければならないが、あの状態から追ってくる魔物を撒いて逃げ込むなど不可能であろう。それに仮にできたとしても別フィールドの魔物は草原よりも厄介な魔物が多い。これまで出てきた魔物を全て屠れるほどの魔力量は驚愕に値するが、ここまで全ての魔物を倒している。もうこれ以上戦えるほどの十分な魔力は残ってはいないだろう」
アーノルドの動きには間違いなどない。
最低限の魔力で最適の一撃を。
だが、人間には魔力の保有量という問題がある。
ほとんどの受験生が死ぬ原因とも言えるものだ。
今回アーノルドはその魔力の使い方に誤りなどはなかった。
だが、強いていうならば判断を誤ったと言える。
この試験では魔物の数が減ることはない。
それゆえ、その場に留まるという選択はするべきではなかったのだ。
アーノルドがいまのいままでずっと生き残れてきたことは驚嘆に値することだ。
その魔力量も生半可なものではないことが窺える。
人間の魔力量は一般的に成長するごとに増えていき、人にも依るが早ければ二十代、遅くとも三十代程でその絶対量の上限に至ると言われている。
いかに魔力の使用量を抑えているとはいえ、これまでに使った魔力の使用量はアーノルドの年齢の平均的な魔力保有量に対して優に超えていることなど想像に容易い。
だが、常識的に考えてもうこれ以上あるはずがない。
アーノルドの魔法練度は確かにすごいものであった。
だが、もし初めから移動しながら戦っていたならばもっと長い時間生き残ることができたはずだと眉を顰めざるをえない。
それこそ満点である三十分にもっと近づけただろうと。
だからこそ、ため息を吐かざるを得ない。
実にもったいないと。
「いや、まぁ、二○分も生き残れりゃ十分だろう。思ってたような派手さはなかったがな」
受験生が生き残れるような環境ではなくなると聞き、その男は張り詰めていた心を解き、息を吐いた。
ずっとその場に留まっていたアーノルドでは、いまからその場を離れたとしても別フィールドに辿り着くことはないだろうことは確実だ。
なにせもう見渡す限り魔物たちがアーノルドのいる草原地帯を埋め尽くしていっているのだから。
いまから逃げようにも逃げる隙間すらない。
逃げながら倒すにも、もう数が多すぎる。
それこそ上位魔法レベルを連発しなければならないだろう。
だが、そんなことはもはや非現実的な空想でしかない。
いまから何十、何百という上位魔法の連発など、たとえ開始当初であろうと不可能であろうと。
そしてモニター越しにでもわかる騒々しいほどのドタドタと魔物が大地を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
試験官の男の一人がモニターを引きの映像に操作し、夥しい量の魔物がアーノルド目掛けて四方八方から迫ってきているのを確認する。
もはや逃げ場はない。
一体一体チマチマと倒している暇もない。
そして今の今まで逃げることもなく律儀に魔物達を全て倒していたのだ。
たとえ上位魔法以上の広域殲滅魔法を使えようと、もはやそれを発動するための魔力もないだろうと。
「さてと、他の受験者はどうかね〜」
試験官の一人はもう終わったとばかりに他のモニターへと視線を移した。
二十分も経てば、別の試験を先に受けていた他の受験生も増えてくる。
そこにもまた次なる原石となる者がいるだろうと。
それを探す作業に戻ったのだ。
だがモニターは消えては次へ、消えては次へと移り変わっていた。
それほど他の受験生の脱落率は高い。
特に平民は初等部で少し魔法を習うだけで、ほとんどは我流で修練しなければならない。
それに実戦など経験できる環境にはいない。
それゆえ、魔物の数が増えれば処理できなくなり下位の魔物達にさえ後れを取ることがあるのである。
下位とはいえ魔物は魔物だ。
なんの心得のない一般人程度ならば殺せる生き物なのだ。
一体でも対処が遅れれば、そのままなし崩し的に殺られることは想像に容易い。
「おい、もう見ないのか?」
「あ〜? ありゃ無理だろ。どう足掻いてもゲームオーバーだろうよ」
その男はもはや見るまでもないだろ、とお菓子を頬張りながら別のモニターに目を泳がせた。
やれやれと呆れたようにその男のことを見ていたその試験官も、もう終わりであるということに疑いはなかったが、アーノルドがどのような結末を辿るのか最後まで見届けるつもりであった。
どう終わるか。
ギブアップするのか。
最後まで足掻くのか。
せっかくならそこまでは見てやろうとアーノルドのモニターに視線を戻す。
アーノルドはいまだに焦ることもなく的確に迫りくる魔物を倒しているが、それでもジリジリと魔物がアーノルドへと迫っているのが見て取れる。
もはや時間の問題だろうと。
だがここで、アーノルドが周辺に残っている魔物を一気に一掃した。
今までは一定のリズムでずっと魔法を使っていただけにその忙しなさは焦っているようにも見えた。
パニックとまではいかないが、ついに焦りを見せ始めたかと。
だがそれも仕方ないだろうと、その男は微笑ましく思うような同情するような何とも言えない微笑を浮かべる。
しかしアーノルドはここで男が予期せぬ行動に出た。
四方に『土壁』を出したのである。
「『土壁』? それで防ぐつもりか? いや、そんなわけはない。どういう意図だ?」
いまアーノルドのモニターは引きの視点となっているため小さく造られた『土壁』の箱の中のアーノルドの姿は見えない。
その試験官はアーノルドが何をしたいのかわからず困惑した表情を浮かべていた。
「死ぬ瞬間を感じたくない……とか? いや、それならギブアップすればいいだけだな」
『土壁』程度ではあの魔物の大群の突進を受けきれるわけがない。
それはあれほど魔法に長けているアーノルドならば言うまでもなくわかるはずだろうと。
死に臆したか?とも思ったが、ギブアップの制度があるのだからそれはないと思い直す。
だがこれほどの時間集中しているために現実との区別が曖昧となりギブアップという制度自体を忘れているのかとも思ったが、我を忘れるほど慌てていた素振りは見えなかった。
いくら考えても懐疑の念を払拭することは出来なかった。
遂に魔物達がアーノルドの造った『土壁』へと衝突するときがやってきた。
案の定、一瞬の足止めすら叶わず『土壁』は破壊される。
その瞬間映像が乱れたようにノイズが走った。
そしてその後すぐにモニターが暗転して何も見えなくなった。
「終わったか?」
もう一人の男も気にはなっていたのか、そう声をかけてきた。
だが、そう問いかけられた試験官の男は正直それどころではない。
「最後のあれは何だったんだ?」
自問自答のようにそう呟くが、答えは出てこない。
アーノルドが一体何をしたかったのかが見えてこない。
それこそ本当に自分が死ぬ瞬間を見たくなかっただけという説が濃厚になっただけだった。
だが、それはなぜだか脳が違うと否定する。
「どうかしたのか?」
そう問われようとも何も言葉は出てこない。
自分ですら整理しきれていないからだ。
だがそこでふと別の疑問が生じる。
普段ならば、受験生が死ねばその暗転した画面にタイムと点数などの記録が表示されるのだが、アーノルドのモニターには未だにその画面が出ていないのだ。
そのことに訝しんでいると、再びノイズのようなものが走り、モニターがついた。
既にもう一人の試験官は他のモニターへと視線を移していた。
訝しんでいた男が次の受験者が映し出されたかとそのモニターを確認すると、そこに映っていたのは山の頂上付近の断崖に立っているアーノルドの姿だった。
「……はあぁ⁈」
それを確認したその試験官はガタッと身を乗り出すほど驚きを露わにする。
ありえない。
何がありえないって生きていることもだが、この短時間でそこまでどうやって移動したのか。
モニターは自動追尾だ。
移動していたならその画像が映し出されたはず。
たとえどれだけ早く移動しようと、モニターには映るようになっている。
自分の頭では処理できない事態に取り乱し、机の上にあったお菓子を床にばら撒いてしまった。
そんなことにさえ気づくこともなく、その試験官の目はモニターへと釘付けであった。
そんな男の様子を見たもう一人の男が怪訝そうな顔でそのモニターを覗き込み、同じく驚愕とも畏怖とも取れるような表情を浮かべた。
「お、おい、どうやってあの状況から生き残った?」
視線を外していた男にはその過程がわからなかった。
そして自らが考えうる限りもう道はないと思ったからこそ、あれ以上見る必要はないと判断したのだ。
どうやってあの場を切り抜けたのか、それを聞かずにはいられなかった。
だが、ずっと見ていた男にも何が何やら分からなかったのだ。
元々アーノルドの行動に疑問だらけだったその頭に特大の爆弾が追加されただけだ。
もはやその口から出せる言葉など何一つなかった。
そして何も言わぬ男を尻目にもう一度その男がモニターを見るとさらに眉を寄せた。
「そもそもここはどこだ?」
明らかに草原地帯とは違うその周囲の環境を見て更に困惑が深まった。
山岳地帯であることは見ればわかる。
だが、さっきまでは草原地帯にいただろうと。
この短時間でフィールドの移動自体はしようと思えば出来なくはないだろう。
魔法の使い方次第ではそういったことは可能だ。
だが、それも魔物がいなければだ。
地も空も魔物で埋め尽くされていたあの地帯に生きる道などなかったはずだと。
唯一の道は殲滅という棘の道であったが、いまのアーノルドは殲滅戦を繰り広げるどころか別の場所にいるのだ。
時間の収支が限りなく合わない。
男は即座にキーボードのような埋め込み式パネルを叩き、アーノルドがいるフィールドの状況を映し出した。
受験生それぞれに生成されるマップはランダムである。
共通していることは最初は草原地帯ということだけ。
どの方向に逃げるか、その地形をどううまく使うかも試される。
男がモニターに出したマップを見るとアーノルドが今いるのは草原地帯の二つ隣の地帯、身体強化が使えるならともかく普通に走ればどれだけ速くても一○分はかかるだろう。
アーノルドがただ山の上から草原地帯の魔物の群を見下ろしている姿だけがモニターには映し出されていた。
そして男が出したマップのモニターには映像には見えない敵影が赤い点として映し出されている。
既に一○体以上の魔物に囲まれ、ジリジリとアーノルドに迫っていっているのが見て取れる。
断崖の端に立っているアーノルドはまさに背水の陣。
更にはモニターを見る限りアーノルドがそのことに気づいている気配はない。
ただ先ほどまで自分がいた草原地帯の方を見ているだけだ。
試験官達は長年の経験とも言える感覚によってモニター越しでも何となくわかる攻撃の気配を感じ取った。
(来るッ!)
攻撃の瞬間アーノルドが見計らっていたかのようにジャンプをし、砂擬態蜥蜴の舌による攻撃を避けた。
「「おぉ」」
試験官達は思わず感嘆の声を漏らした。
よく避けたと。
しかし宙を舞うアーノルドがそのまま地へと着地することなく断崖を落ちていったのを見てガタッと体が反応した。
「空中はまずいぞ。山岳地帯の空には大抵あいつがいるはずだ!」
試験官の一人が叫ぶと案の定その魔物の鳴き声が聞こえてきた。
「ワイバーンか!」
ワイバーンはドラゴンと似てはいるがその戦闘能力はまったく異なり上位に過ぎない魔物だ。
だが、飛行していることと基本的に群れで行動していることからかなり厄介な魔物とされている。
「だが、運がいい。一体だけだ。落ちるまで凌げるか? ……だが、そもそも着地はどうするつもりだ?」
身体強化を使えるならばある程度の衝撃は何とかなるかもしれないが、今はそれも使えない。
かなりの高度からの着地になる。
生身では耐えられないだろうとアーノルドのミスを疑った。
だが、着地よりもまずは目の前のワイバーンである。
ワイバーンは上位の魔物であり、空中の覇者とも呼べる空のスペシャリストだ。
魔法を当てようにも、その動きは素早く、そしてその皮膚には弾性があり耐久力も高い。
威力の弱い攻撃では、かすり傷程度しかつけられない。
アーノルドが手をかざし、三つの魔法紋を生じさせたのを見て怪訝そうな顔を浮かべる。
「『岩弾丸』? そんなものワイバーンには避けられるぞ」
『岩弾丸』は中位魔法の中でもたしかに素早い部類には入るだろうが、それでもワイバーンの動きに比べれば緩慢もいいところだ。
まずはワイバーンの動きを止めるところからだろうとその男は苦々しく心の中で叫んだ。
ワイバーンの空中での機動力は上位の魔物の中でも群を抜いている。
だからこそ『岩弾丸』程度、放たれたのを見てからでも簡単に避けられるだろうと。
そして案の定、ワイバーンは最小限の動きで岩弾丸を躱し、アーノルドへと突っ込んでいく。
「そりゃ避けられッ——‼︎」
だが、ワイバーンの横を通る『岩弾丸』が爆発し、ワイバーンの翼がもがれたことで墜落していく映像が映し出された。
そしてアーノルドはあろうことか下向きに加速しワイバーンに飛びついた。
「な、何をするつもりだ……?」
口から出てきた言葉に反して、アーノルドの意図はすぐにわかった。
ワイバーンを着地のクッション代わりにするつもりだと。
だが、頭では理解できても言葉ではそれを否定する。
いくらなんでもそれは無茶だろうと。
地面まであと数百メートル。
どれだけ少なく見積もっても、地面に到着するときの速度は時速一○○キロメートルは超えるだろう。
そんな速度で衝突すれば、たとえ魔物のクッションがあろうとも無事では済まない。
その速度で叩きつけられれば、悪くて即死するか、良くて——といってもいいのかもわからないが——体がぐちゃぐちゃになり、動けもせずそのままじわじわと死ぬだけだ。
そんな衝撃に耐えられるように人間の体はできていない。
もちろん、このまま落下するとは思っていない。
さっき風魔法を使っていたことからも風魔法が使えることはわかっている。
となれば、おそらくは着地前に風を操作することでその速度を減衰させるつもりだろうと。
だが、加減を誤ればそのまま生き残ったワイバーンと戦うことになる。
空を飛べなくともワイバーンは上位の魔物だ。
それにいくら速度を落とそうともその衝撃は計り知れない。
やはり無茶だと。
おそらくは魔力を節約するための手段なのだろうが、不確実すぎる。
それならば、魔力を多量に使おうとも確実に着地するべきだろうと。
そんなことを考えている内に、アーノルドが地面へと墜落していく。
案の定、墜落の衝撃は凄まじかった。
高さ数キロメートルもある山の上から落ちたのだ。
落ちたのが山の途中までとはいえ、数キロメートル、数百メートルの落下の差など、そんなものは人間にとってはもはや誤差だ。
粉塵が舞い、地面が落下の衝撃で陥没していた。
試験官達は結局最後の最後まで減速することなく地面に墜落していったアーノルドを見て呆然としていた。
数十秒経ってもモニターが暗転しないことからまだ生きていることは確実だ。
死んだならば、光の粒子となりそれが消える程度の時間でモニターが暗転する。
だがそうは言っても、流石にこれはもう生きていたとしても残息奄奄だろうと疑うことはなかった。
そう思って見ていると、天に昇るほどの砂煙の中から出てきたのは外傷など見えず、ダメージを受けている様子すら見えないアーノルドであった。
その映し出される状況を理解もできず、かと言って冗談を言って笑い飛ばす気にもなれず、ずっと見ていた試験官の男達はまるで人間ではない何かを見るように引き攣った笑みを浮かべていた。
試験官の男たちの心中に浮かぶ言葉はまさに怪奇という言葉だろう。
今までこの男たちとて魔法師として数多の修練を積んできた。
それゆえに自分にできることだけでなく、できないことも含めて魔法とはどういうものなのかを理解しているつもりだ。
だが、いま目の前に映るアーノルドの行為の結果は先ほどから何一つ理解できない。
いままで培ってきた常識がアーノルドのした行為に対して自身が導き出した回答にあらゆる反論を叩きつけてくるのだ。
どれも不可能だと。
「おいおい、どうなってやがる⁈ まさかあれを生身で耐えれる頑丈な体でも持ってるって言うのか⁈」
自分でも信じてなどいない皮肉を込めた言葉であったが、案外それは的を得た言葉である。
だが、この男がその言葉にたどり着くのも当然の帰結ではあるのだ。
この空間を創っているシステムは忠実に現実の体、性能を再現しているとされている。
今の衝撃を受けても無傷ということは現実であれをしたとしても無傷で生還できるということである。
魔法を使わずにあの衝撃に耐えたというのならば、体がそれに耐えうるくらい頑丈でなければ筋が通らないと。
だが、もちろん本気でそんなことは思ってなどいない。
だからこそ自分が気付かぬうちに何らかの魔法を使ったのだと頭の中で自己完結するだけだ。
それ以外にないのだから。
アーノルドは足場の悪い中、的確にそして迅速に山を降りる方へと駆けて行った。
このマップにあるさまざまなエリアの中で山岳地帯は当たりとも外れとも言い難いエリアだ。
基本的に山の生息域は上に行けばいくほど魔物も強くなる。
アーノルドがいた山頂付近。
あそこにいる魔物達はこの山でもかなり強い部類のもの達だ。
だが、砂擬態蜥蜴、あれらはこの山の主を守る番人のようなもの。
山の主人の気を散らさぬように透明になれるという理由だけで配置されているもの。
山の頂上には上位を超えた魔物が鎮座していた。
魔法のみという縛りで、さらに手加減して倒せるほど甘い魔物ではない。
もしあのままアーノルドがあの場で砂擬態蜥蜴と戦っていたのならば、それに気づいたその魔物があそこまで降りてきて逃げることもできずそのまま戦わざるを得ない状況となっていただろう。
だからこそいまアーノルドが下に行こうとしている選択は正しい。
だが、その速度は無謀に見えた。
無警戒すぎると。
そのアーノルドが進む先に特殊個体を指し示す緑色の点がマップで指し示されていた。
その個体は自ら動くこともなく、まるでアーノルドが自ら近づいてくるのを待っているかのようにジッとしていた。
特殊個体とは本来ならばその魔物が有しない何らかの能力を有した魔物である。
現実世界にも稀に存在する希少種とも呼べるもの。
だが、現実は無情だ。
そういった際立ったものは周りの者達に潰されるのが世の常である。
普段は団結などしない魔物達もその希少種を潰すために一致団結し、仕留めようとする。
だからこそ、人間達はあまり希少種といった存在を認知していない。
だが、その洗礼すらも生き残った魔物達はより上の魔物へと昇格し、天に至る資格を得ていくのだ。
男達は固唾を飲んでアーノルドと特殊個体が接敵するのを見守っていた。
男達の見るモニターには金剛魔人が岩に擬態しているかのように丸くなり、そこにアーノルドが近づいてくるのが見えていた。
そして遂にアーノルドが金剛魔人の射程範囲に入った。
焦れたように若干フライング気味に金剛魔人がその長い腕を振るった。
それに気付いたアーノルドが間一髪といった様子でその腕を避ける。
「いい反射神経だ」
「だが、あれでは……」
アーノルドは緊急的な回避を強いられ飛び跳ねてしまった。
滞空時間というのは何もできず避けることができない最悪の時間だ。
試験官が思い描いた通りアーノルドは金剛魔人の強烈な一撃をその身に受け豪快に吹き飛ばされた。
凄まじい轟音と共にアーノルドが吹き飛ばされるのが映し出される。
アーノルドは咄嗟に『防御』を張っていたがあんなものは無意味に等しい。
並の者なら今の一撃で確実に死んでいる。
だが、試験官達はアーノルドがギリギリ自身の腕を差し込んだを見た。
咄嗟の判断だろうが悪くはない。
悪くはないが、かといってそれでどうにかなるほど甘いものでもない。
それを証拠にいまもアーノルドは木々をへし折るどころか粉砕しながら吹き飛ばされているのだから。
その体に入った衝撃とダメージは見るまでもなく甚大だ。
並の者ならば、それこそ即死、治癒魔法が使えないならばもはや立ち上がることなどできないだろうと。
そしてそれこそが魔法師の弱点とも呼べるもの。
基本的に魔法師は防御に劣るのだ。
この試験はそれを自覚させる側面もあるとはいえ、痛々しくて見ていて気持ちのいいものでもない。
いくら現実世界に戻ればダメージがなくなるといえど、ここで感じる痛みは本物だ。
それを見たくないからと、この試験官をやりたがらない者もいるのだ。
誰であれ、人が苦しみ、死んでいく様を嬉々として見たいなどとは思わない。
たとえそれが虚実であるとわかっていようとも。
常人ならばもはや終わったも同然の状況。
だが、いままでアーノルドはそれを幾度も覆してきた。
だからこそ試験官の男達もまだアーノルドが終わったとは思っていない。
それがいくら道理に合わぬことであろうと、自らの直感とそして経験から感じ取れるものを信じるのだ。
常識などというものに縛られていては魔法師として大成などできないのである。
そしてその期待通りにアーノルドは起き上がった。
だが、今までの済ましたような顔とは違い、アーノルドの金色の瞳は心なしかキラリと輝き獰猛な笑みを浮かべ怒りを露わにしていた。
その様を見て、モニターで見ている二人の背中にもゾクリと寒気が走った。
『瓦礫風情が図に乗りやがって』
静かに発せられた言葉は鋭く重い言葉であった。
二人の体が強張り目の前にいるわけでもないのに一瞬戦闘態勢を取りそうになったほどだ。
それほどアーノルドの放つ気迫は凄まじい。
だが、その威圧感もほんの一瞬。
錯覚かとすら思うほどごく短いものだった。
アーノルドに釘付けになっている間に金剛魔人は粉微塵になっていたのだがこの二人は気づいていなかった。
アーノルドが背を守るように断崖にもたれ掛かり服を脱ぐ。
そしてその体を見て驚愕に目を見張った。
服で隠れていてあまりわからなかったが鍛え抜かれた肉体。
筋肉隆々というわけではないが、一目見てわかる無駄のない洗練された筋肉に加え、鍛錬によってできたであろう刻まれた無数の傷跡。
並の鍛錬をしているだけではその肉体は得られないだろうとゴクリと唾を飲んだ。
「それにしても、また……古式の応急措置だな」
「あ、ああ……、だがよくあんなものを知っているな」
骨折を添え木を使って固定するなどこの世界ではそうそうない。
なぜならこの世界には相当田舎でもない限り基本的に教会がある。
そこに行けば神聖魔法と称した治癒魔法で治してもらえるからだ。
教会は治癒術師を独占しているわりには、意外にも治癒魔法にそれほど莫大な金を取ることはない。
それにこの国では独自の医学が発達しているため、いまのような治療法はもう数百年以上前のものである。
むしろこの試験官二人がそれを知っていたことの方が褒めるべき事柄であろう。
アーノルドが木々が生い茂る森の中に入っていき、地を走るのではなく木の上を速度を落とすことなく走っていた。
「木の上を走る方が危なくないか?」
走る速度は変わらないが、攻撃されたときの安定性が違う。
「いや、そうとも限らん。地にいる俊敏性の高い魔物に襲われる可能性が低くなる。木の上の魔物は機動力は高いが俊敏性はそれほどないからな」
「だが、木の上を生息地とする奴らとやる方が危なくないか?」
「それはこの子がそっちの方が良いと思ったんだろう。腕の安定性がない分バランスが取りにくいだろうがな。まぁ、私も木の上で戦う方が嫌だが」
試験官二人がそんなことを話しているとアーノルドの前方にあった木が突然爆せて吹き飛び、そしてそれに驚きの声を発する間もなく今度はアーノルドがいる木の下の地面が爆せて土が舞い散った。
「なんだ⁈」
「ワーム⁈ 馬鹿な‼︎ なんでこんなところにワームが? それになんて大きさだ!」
ワームは上を通るものを感知して飲み込む魔物だ。
だが、ワームの生息域は普通は平地や砂地だ。
こんな木々が多く雑音も多い森の中になど生息しないはず。
その体のほとんどが地中に埋もれているが、すべて地上に出れば推定体長一○メートルほどもありそうな巨大ワーム。
その巨大さゆえに森に生えている木々などどうでも良かったのかもしれない。
その巨大な口がいままさにアーノルドを飲み込もうとしていた。
そしてウネウネと蠢くワームの動きはワームと思えぬほど素早いものであった。
「終わりか⁈」
バクリ喰われたアーノルドを見て思わず立ち上がりながらそう叫ぶ。
立ったところでワームの口の中まで見えるわけではないが思わずモニターを上から見下ろしたくなった。
「いや」
ワームの口から漏れ出る魔力光が見えてきた。
そしてワームの体が跡形もなくズタズタに引き裂かれた。
そしてそのまま周辺にあるもの全てをズタズタに切り裂いた。
「うなっ⁈」
「っ‼︎ いまのは、いまのは明らかに上位魔法だ! バカな、あれだけの魔法を放っておきながらまだ上位魔法を放てる余力があるというのか⁈ 一体どれだけの魔力を有している⁈」
試験官二人が顎が外れんばかりの驚愕の声を上げる。
上位魔法それ自体は別に驚くことではない。
この国にも何人かはアーノルドと同じ年代の子供でも上位魔法を扱える者はいる。
それよりも驚くべきは魔力量である。
普通の者ならば戦いの中で三○分マナを持たせればいい方だ。
それも仲間と共に戦っての話である。
魔法師にとって戦いとは自身の持つマナの総量を節約しながらここぞというときに使うもの。
それは例え研究が進んでいるこの国であっても基本的には変わらない。
自身が扱えるマナの総量に限りがある限り、それをどう使うかが魔法師としての腕の見せ所となるのだ。
アーノルドは今回始まってからまだ二○分と少しであるが、それでも下位魔法、中位魔法しか使っていなかったとはいえ相当数の魔法を放っている。
いつ魔力が尽きても良いはずだ。
にもかかわらずここにきて上位魔法の発動。
そしてそれをしたアーノルドはケロッとした様子で地面に舞い降りている。
その様子にマナが尽きたときに起こる倦怠感などは到底見られなかった。
「スリザーヌ様並の魔力を持ってんのか?」
「バカなことを言うのはやめろ。スリザーヌ様の魔力量はもはや人の域ではない。この程度ならまだ比べるまでもない。それにいままで上位魔法を使わなかったということはそれほど魔力量は多くないのだろう」
スリザーヌ・ガルフィード、この国の至高の魔法師にしてこの学院の学院長も務める者。
その齢は誰も知らないが、見た目だけで言うならば既に七十は超えているかというバァさんだ。
だが、いざ戦場に立てばその苛烈さは誰もが及ばない正真正銘の化け物。
それがスリザーヌ・ガルフィードという人物。
保有する星は一九という事実上この国で最も高い星を有しており、他国風にいうならば神人級の魔法師である。
「さぁどうだかな。あれだけ何も気にせずずっと撃っていたってのも魔力量に自信があったからじゃねぇのか? そうでなきゃ、焦りの一つくらい見せてもよかったはずだ」
そう言われた男は口ごもる。
「……だが、それでもスリザーヌ様ほどではないだろう」
「まぁそれは当然だな」
その男もそこには異議を挟むことはなかった。
(だが、本当にまだ魔力が有り余っている可能性はある。むしろいままで温存していたとも考えられるか?)
普通の受験生ならば中位の魔物が出てきた時点で余裕など皆無となり、皆が一切の余力など残すことなく全力でマナを使い切っていく。
残そうなどという発想など生まれはしない。
だが、あの子ならばもしかしたら……、そういう考えが頭をよぎっていた。
だが、その考えは一瞬で消し去られた。
木の木陰から迫っていた猿型の魔物が放った投擲によって拍子抜けするほどあっさりとアーノルドの頭が弾け飛んだからだ。
それを見た試験官達が前のめりに立っていた状態からドサっとイスに力が抜けたかのように座った。
「……なんつぅか。最後は呆気なかったな」
「……ああ、そうだな」
二人はどこか呆然とし、消化不良感が全身を襲っていた。
ここからが見所というところで突然劇が終わったのだ。
それも仕方ないだろう。
試験官の男は床に散らばったお菓子を回収し、その消失感を紛らわすためにか次のモニターへと視線を移した。




