4話
試験の内容は学問と武術である。
学問の試験の科目は魔言語学、魔法学、戦術論、算術論、現象論の5つである。
武術の試験は、体術が必須科目で、選択科目が2つの計3科目受けることになる。
学問の満点は1000点、武術の満点は500点と設定されている。
だが、これは受験生には知らされていない。
そもそもほとんどの受験生には関係のないことだ。
受験生の平均点は2割程度。
合格者の平均が大体3、4割。
事実上ほとんどの者が試験時間中に最終問題まで辿り着くことはないし、そもそも難易度ゆえに最後の問題を解くことが出来る者などほとんどいない。
この国と他の国ではそもそも初等部で習う内容すら違う。
この国で初等部で習う内容は他の国では中等部で習う内容も含んでいる。
他国の受験生達がこの学院を合格したければ、自国の中等部で習う問題も解けなければならない。
家庭教師を雇って先々の勉強をしているような貴族ならばともかく平民は自分で予習していなければ、まず合格できないだろう。
そしてこのテストでは大体、基礎レベルと呼ばれる250点までが他の国基準で初等部で習う内容、そこから標準レベルと呼ばれる500点までが中等部の内容、そしてハイレベルと呼ばれる800点までが高等部で習うような専門的な内容、そして最後の200点分はこの国でも解決していないような未解決問題となっている。
要は1000点満点となっているが、結局のところ、この国のほとんどの者にとっても500点満点と変わらないのだ。
ならばなぜ、それ以上の問題を作っているのかといえば、それこそがこの国にとって最も大事なことだからだ。
凡人ではなく非凡なる者こそこの国では求められる者。
それを見つけるためである。
試験は初日が学問、二日目が武術となっている。
大学の講義室によくあるような段々状の教室。
アーノルドはつまらなさそうに頬杖でもつきながら試験が始まるのを待っているが、周りの者達は勉強している者もいれば、必死に祈りを捧げている者もいる。
紙すら高価なこの世界、いま勉強するものがある者は、貴族であるか国から援助を受けている平民であることが窺える。
そうこうしていると試験時間となった。
まずは注意事項と誓約書のようなものが配られ、前に立つ教師らしき者が何やら説明している。
『試験に対して全力で取り組み、不正なく受けることを誓いますか』
誓約書にはそう書かれていた。
誓約魔法とは異なり何の効力もない紙である。
くだらぬとばかりにアーノルドは誓うにチェックを入れる。
注意事項にはカンニングはもちろん、無許可での身体強化や、何かを記録したり、試験を補助するような魔道具の類の使用を禁ずると書かれており、不正行為をした者は即座に失格であると書かれていた。
過去に受からなければならないという重圧に負けて、カンニングをした者や、自国でしていたからと普通にカンニングをすることが貴族であるから許されると思っていた者がいたらしい。
そのための処置なのだとか。
一つ目は魔言語学。
魔とついてるが、魔法に関することだけではない。
基礎レベルに関して言えば、まさに国語のような問題。
指示語や接続語の因果関係などに気をつけておけばさして難しくはない。
かつて大学受験を潜り抜けてき、勉強だけはできたアーノルドにとってはこの程度は楽勝である。
標準レベルになると魔法陣に関する問題が出てきた。
魔法文字と呼ばれる分野、だが、魔法文字といっても魔術回路に出てくるような神言文字とは違い図形問題である。
地雷魔法などの希少な魔法の魔法陣などではなく、小さな試験用紙に書けるくらいの誰もが習う日常生活でも平民ならばたまに使ったりする小規模な魔法陣の穴埋め問題。
いわば暗記問題だ。
当然その中には神言文字も含まれている。
だが、それを含めて丸暗記するのがこの分野である。
魔術回路に関する理解度などはいらない。
魔術回路先進国のこの国はもちろんのこと他国でも中等部になれば習うもの。
しかし、一般的な者は知らなければ絶対に書けない。
勉強した者とそうでない者の差が大きくつくだろう。
小さい魔法陣とはいえ難しいものだと複雑なことには変わりなく、かなり問題数も多い。
毎年この問題が出るとは限らないため、どこまでしっかりと覚えているのかが問われる。
ハイレベル問題は魔術回路の書き問題であった。
要は示された効果を生み出す魔法陣を作れという問題。
明らかに専門的な内容であり、中等部に入る受験生が解けるような問題ではないだろう。
おそらく今年はアーノルドが暖房機を売りに出したことで。その分野が活発となり出題されるに至ったのだろう。
魔法陣は魔術回路と神言文字で形成されている。
魔術回路は文字通りマナの通り道となる電気回路のような回路である。
そして神言文字は象形文字のような神々の文字と呼ばれているもの。
魔法陣を作れない理由は数千年の間この神言文字を読み取れる者がいなかったからだ。
だからか知らないが、この問題には最低限、魔法陣を作成するための神言文字の意味が書かれている。
もしこれが書かれていなかったならばアーノルドはこれらの問題を解かなかっただろう。
神言文字を読み取れる者は、この国の魔道具を造っている者か、暖房機を造ったところにいる研究者しかありえないからだ。
だが、それゆえ、書かなければ出題としては成立などしないのであるが。
そして理論上、いまここに書かれている情報があり、魔術回路の勉強をしたことがあれば、解けないレベルではない。
だからこそアーノルドはすらすらと書いていった。
普段考えている魔術回路に比べれば簡単すぎた。
そして最後の研究問題は、アーノルドが作った暖房機の中にあった魔術回路に関する問題であった。
どうすればマナの保有ができるようになるのかその考察を書けという問い。
暖房機には数十枚の魔術回路で描いた魔法陣が入っているのだが、それを全て印刷するわけにはいかなかったのだろう。
数枚の魔法陣が描かれているだけであった。
当然ながらあれらは全て揃って意味を為すもの。
これだけで解けようはずもない。
だが、考察だけならばいくらでも書きようはあるにはある。
一瞬眉をピクリと動かしたアーノルドであったが、当然白紙で提出した。
適当に書いても良かったのだが、何が研究者達の発想に繋がるかわからないため、白紙が最も無難である。
それでも時間としてはギリギリ。
少しでも迷えば確実に時間が足りないだろう。
次に魔法学。
マードリーには悪いが、アーノルドにとって今回の試験で最も難しい科目かもしれないのがこの魔法学である。
アーノルドがマードリーから教えられたのは実戦で使える魔法が主であり、そして教会が定めているような魔法などほとんどまともに使うことはない。
そして座学にはあまり重きを置いていない。
それに言ってしまえば発動原理が違うのだ。
普通の者達は簡単な魔法は無詠唱で行使することもあるが、基本的には神への祝詞と言われる詠唱をして魔法を発動する。
そして仮に訓練の末、無詠唱で発動できるようになるとしてもまずは詠唱の練習からするのは間違いない。
だが、アーノルドは無詠唱でしか魔法を発動しない。
それゆえ、詠唱の問題などが出されれば、すぐには即答できない。
無論アーノルドとて書物に書かれた詠唱の記述を読んだことがあるし、相手が発動するものを見分ける上で重要なものは覚えている。
だが、戦闘にあまり役に立たないものはすぐには出てこない。
それでも一度覚えたことは忘れないという今世の能力により、辞書のように頭の中でパラパラと検索すれば書くことはできるだろう。
だが、確実に時間内に全ての問題を解くなど間に合わない。
案の定アーノルドはハイレベル問題の途中で試験終了となった。
だが、魔法学の最終問題は“マナとは何か”という問題であったため、アーノルドにもどの道解けない問題であった。
次に戦術論。
これは、とある戦闘中の描写が描かれている。
最初のほうは1対1、どんどんと人数が増えていき、最後の方は軍対軍など、また魔物との戦闘問題もある。
実際に過去にあった戦闘を元にして作られている問題もあり、その場面においてどのような行動を取るべきかという完全な論述問題である。
魔物との戦闘問題では魔物の特性をしっかりと把握しているかなど、事細かに色々なことが聞かれている。
難しい問題だと実際に負けた軍の方をもち、“ここから勝つならばどのように行動するべきか”という、指揮官になって軍を差配していくような問題もある。
負け寸前という状況下でここから勝つなど一見不可能に見える問題であるが、一応の答えは用意されている。
なかなか面白いが、大軍の差配を知識としてしか知らないアーノルドにとっても難しく、そのようなことなど縁のない平民達にとってはかなり鬼門の学問である。
年度によって出される問題傾向は異なるようだが、今年はハズレと言えるかもしれない。
次は算術論。
これは正直簡単である。
前世で高校数学を学んでいるアーノルドにとって、この程度は造作もない。
だが、当然高校数学のようなものがそのまま出てくるわけではない。
この世界にはこの世界の使われ方がある。
どこで使うのかと言えば、まずは魔術だ。
魔術の行使は原理上、算術など考えずとも作ることが出来る。
しかし難しくなればなるほど、そして自分自身で魔術回路を組み、魔法陣を作成するならば必須の学問だ。
それに魔法を使う際にも数字による管理は必要となってくる。
ほとんどの者はそれを感覚的に行えているのだが。
また統計に関する問題など、商人や職人向けの問題も数多くある。
この学院は何も戦うことだけを学べる学院ではない。
戦いに縁のない者はこれと現象論などでどれだけ点数が取れるかが合格するキーとなっているだろう。
アーノルドにとってはこの程度の問題など簡単ではあるが、単純な計算ではなく、職人などのあらゆる職業で使われる場面を想定した問題などは慣れぬアーノルドには少しばかり手間取ったといえよう。
だが、それでも最後の研究問題まで解き切ることは出来た。
最後に現象論。
これも簡単だ。
なにせ簡単なものは魔法によって起こる現象など、この世界で身近なものが多い。
そして難しいもの、これは前世の物理や化学で習うことで説明できる現象なのだ。
しかし、この国では魔法があるためなのか、逆にそういったアーノルドにとっては当たり前の現象が軽視され難問扱いとなっている。
だがアーノルドにとって最も難しかったのはやはり職人向けの問題であった。
貴族が習う分野ではないため、対策していなければここで点数を取ることは他の貴族達や平民にとっても難しいかもしれない。
だが、それは満点を取りにいこうとする者がそう思うだけで、実際のところそれらが解けなくともしっかりと自身が取れるところを取っておけば問題なく合格できるように各科目調整されているのである。
これで1日目の試験は終わり。
過去の試験の合格最低点がわからないため、アーノルドも手を抜くということはしなかった。
それにこの国でより深く学ぶためにはこの特区の奥に行かなければならない。
そのためには成績優秀者となり、行く資格を得なければならない。
武術ならばともかく、学問で出し惜しみする必要はない。
試験が終わったのは日が沈む間際。
しかし、試験会場に残っている受験生の数は明らかに最初よりも減っているように感じられる。
去年もそうだったみたいだが、初年度が試験を受けるために掛かる費用を全額支給だったからとその年度の募集要項もまともに見ずに来るだけ来て、その試験難度の高さにこのように身勝手に帰る者が後を絶たないらしい。
だが、いまは最低限の成績を取れた者にのみ試験が全て終わった後に支給している。
かといってその基準が高いわけではない。
基準を高くしてしまえば平民が尻込みしてしまうからだ。
初等部の問題を5割、もしくは一つの科目で4割以上取れればその資格ありと見做される。
本気で受かりにきているのならば前述の条件は余裕でクリア出来るだろう。
だが、初年度の全額支給というインパクトがデカすぎるためか未だにそうだと思っている者がいる。
それゆえ帰るときに旅費を寄越せと言うらしいが当然やる理由など存在しない。
だが、それも仕方がないことでもある。
この国ならともかく他国での情報伝達精度はそれほど高くない。
この国の者も手ずから他国に身を運び、各国の村や街に説明して回っているみたいだが、時が経ったり、伝聞ともなると少しずつ内容が変化することもあるだろう。
だが、この国はよくも悪くも実力至上主義なのだ。
実力ある優秀な者には手厚くもてなすが、平凡な者や愚鈍な者など見向きもしない。
優秀な者は更に優秀になれるが、平凡な者にとってはこれ以上住みにくい国はないだろう。
優秀でなければこの国ではやってはいけない。
いや優秀であるだけでもダメなのである。
才ある努力家だけがこの国では上に立つことを許される。
それゆえ情報すらまともに入手できぬ才無き怠惰なる者など捨て置こうが誰も見向きもしはしない。
1日目の試験が終わったアーノルドはパラクとコルドーと共に夕食へと出ていた。
宿は1年前に予約していたので試験会場からそれほど遠くない、学術修文特区を出て20分くらい歩いたところである。
だが、高貴な者達が集う地区ゆえに近くにある食事処は既に予約客で満杯であるため入ることはできない。
アーノルド達は街を見物するために適当にブラブラと歩きながら今日のアーノルドが試験を受けている間にコルドー達が予約してきてくれた食事処に向けて歩き出した。
「食事まで気が回っておりませんでした。申し訳ございません」
歩き出して早々、コルドーがそう謝罪してきた。
パラクを含めもう三度目である。
予約ができたのはこの国の有名店ではなく、無名の店とのことだ。
食事に気が回ったのがコルドー達が昼食を食べ終わってからだったらしく、それから予約できるところを探し回ったらしい。
だが、そうなるのも仕方がないことである。
前世のように電話があるわけではないので、他国から予約するということもできない。
かといって、1年前に予約するなどこの世界ではそんなことは受け入れてはくれない。
なぜなら、ちゃんと来るかわからぬ者より当日来た者をもてなす方が商売としては確実だからだ。
店によっては数日前なら予約できるとのことだが、アーノルド達も着いたのは今日の明朝。
ちなみに宿は一年前に予約したときに先払いだ。
それならばたとえ来なかったとしても食材のように余ることもないし、他の客に部屋を貸すことも出来る。
そもそもいまのこの世界に食事処の予約などという概念はこの国以外にはない。
普通の国では、貴族がよく来るような店ならば、店の方もいつ貴族が来ても大丈夫なように席は確保しておく。
それこそが貴族が来るような料理店における暗黙のルールだ。
なので、貴族ならば通されぬということなどほぼありえないし、ここまで混雑するような場所などそれぞれの国の王都、帝都くらいなものだ。
コルドー達が普段しないことに気が回らないのも仕方のないことだろう。
むしろ途中でその可能性に気がついただけでも上等だろう。
実際にはこの国の人間と話す際にその話題が出ただけらしいが……。
臣下としては未熟者としての烙印を押されるが、別にアーノルドはその程度で何か思うことはない。
アーノルドもコルドーとパラクに執事のような真似事をさせたいわけでもない。
この2人は騎士なのだから。
執事としての役割を期待しているのならば、他の者を連れてきているだろう。
それに、この世界で異様とも言えるこの街を見回れるというのも悪くはないと思っていたし、アーノルドも貴族ではあるがお世辞にも優美な世界に身を置いているわけではない。
今更高級料理しか口に合わぬなどと言うつもりもなかった。
アーノルド達は黙々と予約した店に向かってレストランが立ち並ぶ道を歩いていた。
この国の様相はかつて住んでいた国ほどではないが、それでもかなり先進的なものだろう。
ある意味ではかつての国ですら再現出来なさそうなものもあるのだから。
「それにしても、あれなんてかなり本物そっくりの絵ですよね〜」
驚いたような表情を浮かべているパラクは、あるレストランの前にデカデカと飾られている一枚の煌びやかに光り輝くポスターのようなものを見て感嘆の声を漏らしていた。
それはそのポスターが掲げられたレストランの名物料理なのだろう。
まるで実物を取り出したかのような知らぬものには絵にしか見えない本物そっくりなそれがアーノルドには何か分かり、目を細め難しい顔をした。
(写真か。たしかに理論上は可能だ。だが……)
アーノルドは魔術回路の研究過程においてカメラを作ろうとした。
写真というのは記録など使い勝手がかなり良いもの。
真っ先に思いついたと言ってもいい。
だが、アーノルドは作れなかった。
理論上は完成するはずであったのだ。
カメラは暖房機のようなものとは違い、押すときだけエネルギーを入れてやればいいので平面構造でこと足りる。
しかし何度やっても写真はぼやけたように何も写ることはなかった。
一瞬でその場を切り取ることができる写真。
軍事方面でもその威力は絶大である。
口頭で伝えるよりも遥かに精度が高いのだから。
それがこの国にはあると分かっただけでもこの国で学ぶ価値があるというもの。
そして大抵の店の前にはデカデカと掲げられた緑色の星がある。
緑は商人としてのレベルを表すものだ。
星の数はどの分野で貰おうが共通だが、その色が違う。
例えば、武術で星10、商人として星5であったならば、星は5つは武術の色を表す茶色で与えられ、残りの5つは茶色と緑色が半々の星が与えられ、合計10個の星を持っている。
人がかなり並んでいるようなところは星の数がそれだけ多い。
ずば抜けて多いところなどは逆に店の前に客などいない。
おそらくは予約客のみしか来ないのだろう。
評価が高いということはそれだけ上手い料理であると保証されているということ。
当然、そこに客は集まる。
そして必然的に星が低い店は淘汰される。
アーノルドは本当にこれがバルデバラン王が望んだ光景なのだろうかと、あのなんとも言えぬ瞳をした像を思い出しながら懐疑的な視線をその店の星に送っていた。
そうこうしていると、宿から30分ほど歩いたところにある星5と掲げられている店へと着いた。
この国の最大の星の数が20だと考えれば星5は低いかもしれない。
だが、星が低かろうが需要はある。
同じく星が低い者達はそういうところにしか行けないからだ。
客はアーノルド達の他に少しばかりで店の中は閑散としていた。
この場所は比較的、治安の良い場所だ。
客層と店のレベルが合っていないのかもしれない。
だが元々それほど大きい店ではない。
これでもやっていけているのだろう。
「いらっしゃい」「いらっしゃいませ!」
無愛想そうな店主の声と、対照的に元気いっぱいといった感じの娘の声が店内に響きアーノルド達は奥にあるテーブル席へと案内された。
店主とまだ十代後半くらいの娘らしき者の2人で経営しているみたいである。
店は星がいくつもある高級料亭に比べればボロく感じられるが、それはこの国ではという話だ。
この程度の店ならばアーノルドの国でも全然高級な店として通用する。
ボロく感じられると言っても別に壁の塗装が剥げているだとか、使われているテーブルがボロいなどといったこともなく、清潔感も十分である。
アーノルドはメニューを確認したが名前を見ても正直どういう料理なのかわからない。
料理もこの国独自の発展を遂げているのだ。
だがここ数年で他国の食材も入ってきているため料理人にとっては今が正念場だろう。
アーノルドはいくら見ても分からぬメニュー表をテーブルの上に無造作に置いた。
それを見たパラクが心得たとばかりに店員を呼んで「おすすめを3人分」とそう頼んだ。
注文をとりに来た娘が後ろに結んだポニーテールを靡かせながら厨房に戻っていったのを見たコルドーは機を窺っていたかのように声を潜めて話を切り出した。
「しかし……、なんというか異様な国ですね」
その顔は困惑とも甘苦とも取れるような複雑な表情をしていた。
アーノルドが試験を受けている間コルドー達はこの国を、この街を具に見て回っていた。
その末に抱いた感想が自身でも消化しきれていないのだろう。
「理解できぬか?」
アーノルドはそのコルドーの苦悩を察し、薄く笑みを浮かべながらそう問うた。
時代の移り変わりというものは今までの生活に慣れている者には理解し難い。
徐々に変わっていったとしても、やれ若い者は、と変化を拒絶する者もいる。
しかしこの国は徐々に変わったなどという比ではない。
いや、この国の中では徐々に変わっていったのかもしれないが、突然この国の有り様を知ることになった者達にとってはそれこそ別世界に来たかのようなものだ。
比べることすら意味をなさない。
「正直に言えば……仰る通りです。この国の在り方、街並み、人の営み、何一つ理解できません。いえ、一つだけ理解できたのはどこに行こうが強者が弱者を虐げる姿は変わらないということでしょうか」
コルドーは難しい表情をしながらそう言い、同じものを見たであろうパラクもそれに同意するように頷いた。
「ふっ、それは世の常だな。どれだけ平等を謳おうがそこには強者と弱者が必ず存在する。そして人間とは自らが強者だと思えば弱者には何をしてもいいと思い込む。これは何も人間に限った話ではない。生物の魂に刻み込まれている本能だ。それはどこに行こうが変わらんだろうよ」
強者が弱者を支配する。
世界が変わろうとも、種族が変わろうとも絶対に変わることのないこの世の理。
それが弱肉強食だ。
これだけ両極端な国ともなれば貧富の格差や国に蔓延る闇の側面も一段と強いことは容易に想像がつく。
「お待たせいたしました!」
そこに先ほど注文を取りに来た娘がアーノルド達の料理を運んできた。
料理の代金は料理と引き換えの形であった。
「ごゆっくり〜!」
料理の代金を貰った娘は人懐っこそうなニコッとした笑みを浮かべて厨房へと帰っていった。
評価は低いと言っても見ていて気持ちのいい娘が働いているだけでも雰囲気が変わるというものであった。
少なくともパラクにはそう思えた。
アーノルドは運ばれてきた料理をじっくりと観察した。
料理の見た目は美味しそうであり十分合格点である。
ワンプレートに、主菜、副菜などが乗っており、それに汁物がついている。
値段も良心的であり、食べてみても十分上手い。
もちろん、アーノルドの屋敷にいる料理人ほどではないが、それでも値段に対して考えるならば全く問題ないどころかかなり良心的とも言えるだろう。
だが、アーノルドにとっては良心的な値段であるが、星に対して考えればこの国では割り高な料理なのである。
それがこの店が閑散としている理由の一つでもある。
それゆえ平民の受験生などはもっと安いところに流れている。
アーノルドが食べたことでコルドーとパラクも料理を食べ始めた。
「……普通に美味しいですね」
パラクも店主に気遣ってか声を潜めてその驚きを露わにした。
普段屋敷でいい物を食べていたアーノルド達でも美味しいと思うのだ。
これほど閑散としているのでそこまで期待はしていなかったが期待以上の品であった。
「この国にとってはこの程度は有象無象の品なのか……、それとも——」
食器同士が当たる音と店主が料理する音だけが鳴り響いていた店内に、突然店の扉が荒々しく開けられた音が鳴り響いた。
アーノルド達も話を一旦やめて、警戒を露わにし視線だけをそちらに向けた。
すると喧しい声が店内に響いてきた。
「——なんでこの俺がこんな店で飯を食わなきゃならん‼︎」
「誠に申し訳御座いません」
怒鳴りながらズカズカと入ってくる少年とその少年に謝りながら入ってくる執事らしき人物と騎士達がその少年の後に続くようにズラズラと店の中に入ってきた。




