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【書籍化】公爵家の三男に転生したので今度こそ間違えない 〜黯然の愚者が征く己の正道譚〜  作者: 虚妄公
トライデント魔導王国編

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3話

 トライデント魔導王国、そこはハルメニア王国にあるような村と村の間にある草原地帯など首都に近づけば近づくほど少なくなってきて、景色も一変する近未来的な国。


 馬車が通るための街道は石ブロックで舗装されており、村などは少なく国全体が一つの街といっても過言ではないほど辺境であっても整備が行き届いている。


 もちろん地域による格差はあるが、他の国にあるような寂れた村のような辺鄙なところなどそうはない。


 ある意味、他の国からこの国に来た者は異世界にでも来たかのような感覚を覚えるだろう。




 試験当日の早朝。


 アーノルドはトライデント魔導王国の首都ヒールベルから1つ離れた街の宿を出発し、馬車で首都へと向かっていた。


 各国から平民や貴族が試験を受けるために集まり、あまりにも数が多くて首都に辿り着くことができなかったからだ。


 これはアーノルドがギリギリまで暖房機を造っていた弊害と言えよう。


 周りにも同じく試験を受けにいくであろう者の馬車が多くおり、渋滞でもしているかのように街道をノロノロと進んでいる。


 この国が出している、主に平民達が乗っている乗り合い馬車も多くあるが、貴族とその護衛が乗っているという馬車も多い。


 街道には街中のような商店や家などがあるわけではないが、おそらくは研究施設のようなものとそれを取り囲むように一種の村のようなものが点在しているのが見れる。


 馬車の中にはパラクがおり、御者はコルドーが務めている。


 このトライデント魔導王国は現在入国制限をしており、目的や爵位などに応じて、国に入れる人数が制限されている。


 アーノルドが持つ爵位はフレベリックス男爵位とダンケルノ公爵家の子息という肩書き。


 この受験のための入国では、本人を除き、男爵位では2人、公爵位で15人まで従者として連れて来ることを基本的には許されている。


 アーノルドはダンケルノ公爵家という名前を出すとトラブルに巻き込まれることが多いため、普段はあまり前に出すことが好きではないが、それでもこの国の情報を探らせるためにはダンケルノ公爵家の名を使うしかなかった。


 この国の情報を得るためにアーノルドの配下の諜報員をこの国に入れるためである。


 諜報員など勝手に潜り込ませればいいではないかと思うかもしれないが、この国を覆っていた結界は未だに動作している。


 そして定められた場所からしかこの国には入ることができず、その検問を悟られることなく突破するのは容易ではない。


 そこを護る者の実力はそれこそかなり高いため迂闊に手は出せない。


 過去には他国の大騎士級(マスター)相当の間諜ですら、この国に入る前にその隠形を看破され捕らえられている。


 それゆえ、これまでこの国の情報源は主にニンデルや、アーノルドが鍛錬のための遠征で行く先々での噂話などからしか入って来なかった。


 なので合法的に入れる今がチャンスと、アーノルドはパラクとコルドー以外の者には諜報を命じている。





 アーノルドはノロノロと進む馬車の中で暇そうに窓の外を見ていた。


 暇そうにしているアーノルドに気遣ってか、アーノルドに渡されたこの国の資料を読み込んでいるパラクがチラチラとアーノルドを見ながら声をかけてきた。


「あの……、いまだにこの国が鎖国した理由も突然開国した理由もわからないんですよ、ね?」


「ああ。入国制限などといった露骨に情報規制をしているからな。どの国もそう易々とわからんだろう。それを探るためか技術をさっさと盗みたいのか知らないが、一昨年からポツポツと、そして去年から本格的に王族や高位貴族を送る国が増えたがな」


 いまアーノルド達が向かっているこの国の首都にある学院。


 この国が鎖国を解いたのは4年前であるが、その学院に他国の学生を受け入れ始めたのは3年前であり、今年の受験は4期目にあたる。


 アーノルドがいるハルメニア王国を含む多くの国ではそもそも受験という制度自体があまりない。


 平民などが王都の学院に入ろうとすれば、そういった選抜のようなものはあるが、貴族が受験しなければ入れないというのは世界で見ても稀である。


 アルトティア帝国やマリンエア王国の首都にある学院などは貴族であろうとも成績が良くなければ容赦なく落とされるらしいが、それは世界的に見れば例外である。


 そしていまや世界で最も入ることが難しいとされているのがこのトライデント魔導王国のバルデバラン学院、その中でも最も位の高いグラントフィシエというクラスである。


 だが、当然そうなるまでには紆余曲折あったし、入る難易度と学院の実力が必ずしも比例しているかと言えばそうとも言えないだろう。


 何せ誰でも受ける資格がある試験ともなればその母数が跳ね上がる。


 そういう意味では一概にこの国の試験が最も難しいとは言えないかもれない。


 だが、事実上この国の学院が最も優れた最先端の技術、学問、武術を学べるのは疑いようがないことであり、その内容も最も難しいことは誰の目にも明らかである。


 貴族平民、国籍すら問わず試験を受けることができ、忖度など一切なくその優秀さによってのみ合格できる試験。


 だが、その学院の門戸を他国に開いた初年度は高位貴族や王族といった高度な教育を受けた位の高い貴族達が試験を受けることはなかった。


 当然だろう。


 まだなぜ鎖国したのかもわからず、また突然鎖国するとも限らぬのだ。


 それに昔では当たり前であった他国への留学も、この国の鎖国がきっかけで大々的に行われることは無くなっていたため、いまの貴族達は他国に自分の子供を送るということにも忌避感を持っていた。


 如何にこの国の先進的な技術を学ぶためとはいえ、国の重要な人物をいきなり送るなど出来ようはずもなかったのだ。


 トライデント魔導王国側もより多くの受験生を集めるために受けにくる受験者に対する金銭的援助、主に平民のために旅費や宿泊代などを出していた。


 だが、トライデント魔導王国だけでなく、受けに行く他国の王侯貴族達も平民に金銭的援助をしてやるから受けてこいと希望者を募ったりしていた。


 もちろん、ただの善意などではなく人身御供のようなものである。


 たとえ閉じ込められても平民ならばそれほどの損害などないし、情報を持ち帰って来たのならそれはそれでよし程度の扱いである。


 だが、まともに勉強しているかも定かではない平民では心許ないと、さらに生贄のように選ばれた下級貴族の子息を何人か受けに行かせていた国もあった。


 だが、結果はほとんどが試験に落ち、辛うじて受かった子息達もバルデバラン学院の中でも最も位の低いシュヴァリエというクラスにしか入れなかった。


 流石に貴族ならば忖度があるだろうと思っていた各国の重鎮達は苦々しく歯を噛み締め眉を顰めざるを得なかった。


 だが、そんなことで文句を言うことはできなかった。


 もちろん貴族としての矜持もあるが、そんなことを言って機嫌を損ねられ、魔道具の供給を止められれば、損害を受けるのは自国でしかないからだ。


 魔道具やその他のこの国のものが手に入らなくなれば周辺国に差をつけられるのは必至。


 黙すしか術はなかった。


 だが、その不満の根底にあるのは、“受けさせに行ってやっているのに”、という上から目線の考えから来ているものである。


 その後、それぞれの国からすれば、はやくあの国の知識を手に入れたいがそれを手に入れるためには自国の優秀な者を送らざるを得ないというジレンマに陥っており、他のどの国が先に抜け駆けするかと牽制しあうような状態だった。


 また現状、子供しかトライデント魔導王国の知識を学ぶ機会はなく、他国の者からすればそれは留学なのではなく、もはや人質に等しいものであった。


 それゆえ二の足を踏む者も多かった。


 だが各国の睨み合いも思いの外すぐに終わった。


 2期目には大胆にもアルトティア帝国が自国の皇子を、そしてマリンエア王国が自国の王女を試験に送り出した。


 ちなみにハルメニア王国の第二王子もその年が受験の年であったが、受けに行ったという話は聞かなかった。


 ハルメニア王国には3人の王子がいた。


 第一王子は4年前の戦いで行方不明。


 第三王子は側妃の子供。


 第一王子がいなくなったいま、王妃の唯一の息子である第二王子を他国に送り出すような危険を王妃が侵すはずがなかった。


 もし第二王子に何か起これば、自身の権力のための駒が減ってしまうのだから。


 そんなハルメニア王国の事情はさておき、強大な国であるアルトティア帝国、そして三大国と呼ばれたことこそないが、いまマリンエア王国を治める女王の影響力はかなり大きい。


 3期目である昨年度はより多くの国が高位貴族や自国の王族達をこの学院に入れるまでに至った。


 そして年々トライデント魔導王国の技術力に対する魅力が高まり、早くも嘗ての名声を取り戻しつつあるのである。


 いや、嘗てよりも遥かに高い名声をもう取り戻しているだろう。


 それゆえアーノルドが受験する今年度は更に多くの貴族が受けると予想されている。


 そんな話をしているとパラクがある疑問を口にした。


「でも、この国って昔は貴族もいたんですよね?」


 この国の有り様と聞こえ伝わる評判には、貴族の貴の字も聞こえてこないしパラクが持つ資料にもまだ読んだところまで一度たりとも記されていない。


 よく見るのは七帝家という文字だけ。


「正確には今もいる。いるが、形だけという話だ」


 ニンデルの報告書には確かに貴族の存在が確認できたというものがあった。


 だが、他国とは違いそれこそ名誉のようなもの程度で、人によっては本当に貴族かと思うほどのみすぼらしい格好の者も客として来たのだとか。


「形だけ、ですか?」


「尊い青い血だけが受け継がれ、実質権力を持っていないただの平民とさして変わらん者共だ」


「……」


 パラクはアーノルドの鼻で笑い、吐き捨てるようなその言葉に顔を険しくした。


 権力を持っていない貴族など本当に存在するのかと。


 パラクの中では貴族というものはとにかく傲慢で不遜な暴君である。


 アーノルドが相手にもしない貴族などはパラクやコルドーなどの臣下が相手をする。


 だが、貴族でもないパラクには敬意の欠片もない接し方をしてくる貴族など大勢いた。


 それゆえ権力を持たない貴族などといったものを想像できなかった。




 この国が他国との交流を絶った350年前。


 いまのこの国の有り様を作った当時の王であったバルデバラン王が貴族の形骸化とそれに準ずる制度を作った。


 ここで言う貴族の形骸化とは、貴族の爵位を形だけ残し、貴族の爵位そのものに権力を付随させることをやめさせようとしたのだ。


 しかし、そんなことをいきなり言われて納得するような貴族など皆無であろう。


 貴族からすれば、全財産捨てろ、と言われるようなもの。


 いや、先祖代々が築き上げてきた名誉なども考えればその程度では収まらないかもしれない。


 そのため当然いきなり権力をゼロの状態には出来なかったが、貴族達を納得させるために、そしてこの国を変えるために貴族制度に変わる新しい制度を作り出したのだとか。


 それがいまこの国を支配している『ブリアント制度』と呼ばれるものである。


 それは完全実力主義を実現させるための制度と言われている。


 部門を、武力、商業、学術、技術、医学などに分け、功績を挙げればそれぞれに色の違う『ステラ』と呼ばれる星のような形をした小さな勲章が与えられる。


 簡単に言ってしまえばその人がどれだけ優れている人物なのかの可視化である。


 騎士でいう小姓級、従騎士級、騎士級などを更に細かく専門の機関である等級管理局が精査し、その人物に星を与える。


 星1から星20までで評価され、星20が最も優れた人間というわけである。


 貴族のように子にそのまま権力が引き継がれるようなことはない。


 たとえば、星10を持った商人の商会長が代替わりしてその商会長の子供に受け継がれたとしたらその商会のランクは受け継がれた子供のランクとなる。


 それゆえ、単に子供に受け継がせるなどという者は少ない。


 自身の子供に受け継がせたいならばそれなりの教育を受けさせ実績を積ませる他ないのだ。


 そしてこの星の数が多ければ多いほどこの国では権力ちからを持っているということだ。


 バルデバラン王は当時の貴族達の腐敗を憂い、貴族達を政治から遠ざけるためにこのような制度を作ったと一説には伝えられている。


 それが本当かどうかはわからないが、アーノルドに言わせれば同じことだった。


(どれだけ最初は崇高な目的に沿って上手くいっていようと、人間というものは堕落していくものだ)


 アーノルドは窓の外を見ながら吐き捨てるように心の中でそう呟いた。


「しかし、バルデバラン王は一体どうやって貴族達を説得したんでしょうか……」


 パラクは資料を読みながら眉間に皺を寄せ、唸るような声でそう呟いた。


 アーノルドはパラクのその頓珍漢な言葉に思わずといった様子で嘲笑を孕んだ笑みを浮かべた。


「説得だと? そんなこと出来るわけがないだろう。もし本当にそんなことをしようと思ったら、ただ内乱になるか王の謀殺という結末を辿るだけだ。貴族を1人残らず殺した方がよっぽど早いだろうよ」


 その言葉にパラクは表情を強張らせた。


 今現在も貴族がいることからも当時の貴族達の反発は大したことはなかったのではないかという想いが頭の表層に出てきていたが、やはり事はそう単純なものではないと再認識し、自身の浅はかさを恥ずかしくなったからだ。


 確かに考えてみれば説得など論外。


 たとえ当時の権力に変わるものが与えられるとしても、今あるものを素直に捨てれる者が一体どれほどいたか。


 考えるまでもなくいないだろう。


 バルデバラン王がどうやったのかは知らないが、たとえパラクが住むハルメニア王国の王に、後の面倒を見てやるから今持っている金や戦闘技術を全て寄越せなどと言われても、自分ならば考えるまでもなく断るだろうと。


 金は無くなっても稼げるかもしれないが、それは戦闘技術という自分自身の強みがあるからだ。


 今の自分が戦闘技術を捨てればどう生きていけば良いかすらわからない。


 貴族にとって権力とはそういうものに等しいだろうと。


 ならば、バルデバラン王は一体どうやってこのような国を形成出来たのか。


 パラクには到底及びもつかないものであった。


 アーノルドは険しい顔で黙り込んだパラクを見て、わからぬ程度に少しばかりため息を吐いた。


 だが、責めることはない。


 如何にダンケルノ公爵家で教育を受けたとはいえ、幼い頃から訓練に明け暮れ、政治については最低限しか習っていない。


 だからこそ、パラクがまだそういった方面に暗くとも仕方ないと言える。


 その辺はこれから嫌でも徐々に学んでいくことだ。


 そしてアーノルドもまたこの国の歴史に想いを馳せた。


 今でこそ、この国では実際にほとんど平民と貴族の差がなくなっているとはいえ、最初はやはりそう上手くはいっていなかった。


『ステラ』と呼ばれる星も、導入当初は平民と同じ数を与えるわけにもいかなかったし、爵位だけでなく要職に応じて数を多くしなければならなかった。


 だが、その代わりに貴族としてのあらゆる権利が徐々に国に、そして民に還元されていった。


 国を統べるのは王ではなく民の代弁者、領土の維持をするのは領主ではなく国。


 そういうことをバルデバラン王は数年、数十年かけて変えていった。


 そしていまのこの国は、ただの権力だけしか持たない無能ではなく優秀な者が上に立ち、国を導いていくという社会体系となっている。


 というのが他国に伝えられているこの国の大体の歴史である。


 だが、言葉で言うのは簡単であるが、これを実際に行うなど天地がひっくり返るくらいでなければあり得ないだろう。


 それが出来るくらい当時の王が強大であったならばともかく、アーノルドが調べた限り不思議なほど鎖国される前のバルデバラン王の記録は皆無と言っていいほど存在しなかった。


 鎖国という蛮行をしたとされる王だ。


 当時、有名な王であったのならばその考察なり、今までやってきたことなどの記録が残っているはず。


 だが、功績どころかバルデバラン王という名前すら過去の資料にはたった1回しか登場していなかった。


 王よりも研究者達の方が実質発言力が大きかった時代である。


 ほとんどが、鎖国したのはあの研究者が暴走したのではないか、などの考察であった。


 だが、アーノルドはバルデバラン王が数十年という期間で国を変えたことが理論上は不可能ではないことを知っている。


 前世の歴史を紐解けば、江戸から明治への変遷はまさしく今回の王政の撤廃に似ていなくもない。


 将軍や武士といった社会の絶対権力者達がいなくなり、象徴となる天皇や総理大臣といった政治家達が台頭してきた。


 トップに立つ絶対権力者がかくあれかしと決めたならば、それが実現することも不可能とは言い切れない。


 だが、それもバルデバラン王が貴族を一声で支配出来るくらい強大な王であったならば、という仮定の基にしか成り立たない。


 それゆえアーノルドにとってもこの国の実際の歴史がどのようなものなのか疑問が絶えない。


「しかし、貴族が権力を持っていない社会なんて想像できませんね。それに国王もいないなんて。本当にそれで国が回るんでしょうか?」


 思考の海から抜け出したのか、パラクが不思議そうな声色でそう言ってきた。


「所詮王というのも国を回すための歯車の一つにすぎん。この国にも元首という事実上のトップがいるらしいしな。そいつが事実上、国王の代わりということだろう」


 いまこの国には王族はいるが国王はいない。


 元首と呼ばれる者が民を導く国王の代わりとなっている。


 この元首も指名ではなく、他者の推薦と自身による立候補によって候補が決められ、民達の投票によって最終的に元首が決まるそうだ。


 だが、元首が事実上この国の最高権力者のような扱いではあるが、全てを決める権限があるわけではないという。


 この国には大きく分けて4つの機関がある。


 元首が属する政務局、星を管理する等級管理局、主に罪人達を取り締まる罪牢局、選ばれた貴族達で構成される貴嶺局。


 その四つの局に加えて王族の当主の5つで話し合ってあらゆることを決めていくのが今のこの国の有り様だ。


「そういうもんなんですね……。それにしても王族がいるのに国王がいないってのは不思議な気分ですね。権力がないということは、この国に住んでいる人達って貴族の人達とどう接しているんですかね」


「さぁな。だが、この国の貴族共も単に力を失ったというわけではないみたいだがな」


「たしか貴嶺局でしたっけ」


 ついさっき読み進めた資料に書かれていた情報を思い出しながらパラクはいつもよりも低い声でそう口にした。


 貴族全員が所属できるわけではないみたいだが、貴族が最低限でも政治に関わっている。


 それだけでも眉を顰めるには十分であった。


「所詮は権力という妄念に取り憑かれた大愚共の集まりに過ぎんだろうがな」


 アーノルドもまたその内情を思い浮かべながら、その目をより鋭く細め窓の外に見える、近づいてきたことによって大きくなってきた首都の城壁を睨みつけた。





 パラクはあれ以降資料を読むことに集中し、アーノルドも目を閉じて馬車に揺られていると遂に首都であるヒールベルに到着した。


 馬車を降りたアーノルドは検問のようなもので身分を確認されるが、別段護衛の数が少ないことについては言及されなかった。


 馬車は専用の馬車置き場にコルドーが持っていった。


 平民達は徒歩か乗り合い馬車のようなもので移動しているが、貴族はそれぞれが自身の馬車で来るためかなりの数の馬車が並んでいた。


 馬の世話をするのもかなり大変であろうと思えるほどの数だ。


 アーノルドは試験時間よりも少し早めに着いたため、ヒールベルの中に入った後、歴代の元首の像が建てられているという広間へと来ていた。


 まだ早朝の6時頃だというのにそれなりに人がいる。


 像は台座を含めて4メートルほどの大きさで、大きな広間にそれぞれ間隔を開けて円形に並べられていた。


 アーノルドはパラクとコルドーを伴い初代元首であるバルデバラン王の像の前まで来ていた。


 この像の前には特に大勢の人がおり、商人風の男やその像に込められた技術を探るためか職人風の男もまじまじとその像を覗き込んでいた。


 観光名所となるくらいにその像の出来は素晴らしいものらしい。


 像一つとってもこの国の技術が先をいっているのが窺える。


 また像に向かって祈りを捧げている者も見られる。


 ある種、バルデバラン王が神格化されているというのは前情報として聞いていたので驚きはない。


 ———『初代元首バルデバラン大王』


「……大王?」


 アーノルドはその像の台座部分に書かれている言葉を見て、掠れるような小さな声でそう呟いた。


 訝しげな表情をしていたアーノルドに親切心を働かせたのか、隣でまじまじと像を見ていた気の良さそうなおっちゃんが話しかけてきた。


「ああ、それはこの国の今の有り様を創った、いわばこの国の祖として敬意を込めてそう書かれているんだ。いまのこの国があるのはこのお方のお陰だからな。お前さんは(なり)からして他国から来た受験生か?」


 アーノルドはチラっと声をかけられた方に視線を向けた。


 頭にはタオルを巻いており、いかにも職人という風貌だった。


 これからの仕事前に見に来たといった感じである。


 突然話しかけられても何も気にした風もないアーノルドとは対照的に後ろに控えていたパラクは話しかけてきた者の言葉遣いにピクリと反応した。


 アーノルドの姿は明らかに貴族といった出立ちであるし、後ろに護衛も2人いることからもわかるはず。


 だが、それでも敬語でもなく普通に話しかけてくるということは、この国では貴族というものがやはり意味をもたないのか、単純に他国の貴族が舐められているのか、それともこの国の権威に相当する(ステラ)でしか相手を判断しないということなのか。


 その真意は図りかねたが、貴族に対する接し方に他国の平民とは大きな違いがあることには間違いないとパラクは認識した。


 この国が学院を開放して2期目まではそれほど問題を起こすような学生が入学していなかったこともあって貴族であるという理由で問題が起こることはそれほどなかったが、去年入学した者の中に平民にタメ口で話しかけられたとその者を斬り殺そうとした者がいた。


 だが、結局その者はこの国の騎士に取り押さえられ、この国の規則に従えぬのなら去れと、容赦なく追い出され、永久追放となっていた。


 その親がこの国に、“平民如きのために我が息子を追い出すとは何事だ”、とほとんど激昂に近い抗議をしたが、にべもなく聞き入れられなかったそうだ。


 それだけでなく、その貴族は国の王から罰を与えられる形となった。


 いまやこの国の武力が怖いだけでなく、徐々にではあるが、その技術、道具、あらゆるものがこの国に依存するような形となっている。


 それゆえ、この国の機嫌を損ねるわけにはいかないと国同士の格付けが既に済んでいるのだ。


 いまも至る所に騎士達が配備されていることからも、ここで暴れれば取り押さえられることは必至であろう。


 だからこそ、この国の民達は貴族に対する恐怖心を持っていないのかもしれない。


 もしくは他国の貴族もこの国の権力無き貴族と同じと見做し、本来の貴族というものを分かっていないのか、それとも自国の優位さを自覚し、そもそもこの国では何もできぬだろうと他国の貴族自体を舐めているのかもしれない。


 だが少なくとも、アーノルドにとっては敬語か敬語でないかなどどうでもよかった。


 敵か、敵ではないか。


 それさえわかれば十分である。


 少なくともこの隣に立つおっちゃんから敵意のようなものは一切感じられない。


「ああ、試験まで時間があるからな」


 アーノルドは像に視線を戻し、ぶっきらぼうにそう返答した。


「ほう。それでわざわざ拝みに来たってわけか。勤勉勤勉!」


 おっちゃんはそんなアーノルドの態度を気にした風もなく、自身の顎ひげを撫でながら元気よくそう吠えた。


 だがアーノルドは別の言葉が気になって、もう一度そのおっちゃんの方へと視線を向けた。


「拝みに?」


「ん? 知らないのか? 最近は他国から来た学生も試験前によく拝んでいるのを見るが、まだそれほど知れ渡ってるってわけじゃあないんだな。まぁ、まじないみたいなもんさ。バルデバラン大王様の偉大さにあやかろうとこの国では試験前には結構この像の前に拝みにくる学生が多いんだよ。この像を拝んでから試験を受けたら絶望的だった試験も通ったってな迷信があってな。ほら、あっちにもいるだろう?」


 そのおっちゃんが視線でさし示した方を見ると、顔の前で手を組み、祈りを捧げているように跪いている者がいた。


 先ほども見たような者達だ。


「……なるほどな」


 アーノルドはそんなまじないなどに意味があるのかと内心思っていたが、それを口に出すことはしない。


 そんなことで自身が持つ実力が変わることは決してないが、それをどれだけ引き出せるかは気持ちの持ちようが大事になってくるからだ。


 たかが祈るだけで心の持ち様が上がるならば、それはそれで有効な一手であろうことはわかる。


 だが、それでもアーノルドには祈るなどという選択肢はない。


 そんなアーノルドの微妙な表情の変化を読み取ったのかおっちゃんが苦笑いを浮かべていた。


「みんな必死なのさ。なんせあの学院を無事に卒業できれば将来は安泰だからな。犯罪でも犯さねぇ限りは一生食うに困らんだろうさ。まぁ、お前さんも頑張れよ!」


 それだけ言うと、手をひらひらとさせ、ガハハと豪快に笑いながらそのおっちゃんは二代目元首の銅像へと移動していった。


 そのおっちゃんを数瞬目で追ったアーノルドは改めて目の前にある像をよく見た。


 カイゼル髭を生やし、端厳な顔立ちの銅像であるが何かを憂いどこか冷淡なイメージを持つ像。


 少しばかりムッとしたいかめしい顔にも見える。


 当時このバルデバラン王がやったことを思えば、貴族達の煩わしさは想像に容易い。


 常日頃からこのような表情をしていてもおかしくはないだろうとアーノルドは憐憫さを無意識に表情に浮かべた。


 権力というものは人間をどこまでも腐らせえる麻薬のようなものだ。


 それを持つ者から取り払っただけでもアーノルドはある種、バルデバラン王に尊敬の念を抱くほどだった。


 そこにコルドーがアーノルドの後ろから話しかけてきた。


「大王ですか。初めてこの国の制度を読んだ時にはもっと民衆はいまのこの制度に不満を持っていると思っていましたが、そうでもないようですね」


「言葉だけで見るならば、実力あるものが正当に評価される社会だ。評価されないのは実力がないから。不満など言う暇があれば努力しろと言われる。なんとも素晴らしい社会ではないか」


 アーノルドはコルドーの方には振り返らず、口の端を少し歪めながら皮肉を込めてそう答えた。


「アーノルド様にとってはこの社会は理想であると?」


 コルドーはアーノルドの表情が見えていないためか、言葉をそのまま受け取ったようだった。


 それに対してアーノルドは鼻で笑った。


「理想か。くだらんな。だが、無能共が蔓延る国と有能な者が支配する国、果たしてどちらの方が良いのか。それはこの世のどこを探しても答えなどない問題だな」


 コルドーの言葉に嘲弄気味な笑みを浮かべたアーノルドはコルドーの反応を見ることもなくそのまま二代目元首とは反対側にあるいまの元首の像の方へと移動していった。


 現元首の像の前にも多くの人がいた。


 そこにいる人を見ると、バルデバラン王よりも祈りを捧げている者が多いように見える。


 だが、バルデバラン王は年若い学生達が主であったが、こちらはどちらかと言えば年配の者が多い。


 ニンデルからの情報に依れば、これはいまの元首がバルデバラン王が予言したこの国を救う救世の神人であるとされているからだとか。


 それゆえ歴代元首に比べて今の元首は一際権威を持っているらしい。


 だが、権威を持っていると言っても本人はそれほどその権威を無為に振りかざすことはないらしいが。


 いまの元首は三十代前後という話は聞いているが銅像の顔は二十代前半くらいの頃に造られたのか、少しばかり幼さが垣間見え、優男といった風貌の像である。


 口元に薄らと笑みを浮かべ人当たりの良さそうな顔である。


 カリスマ性とでもいうのか人を惹きつけそうな雰囲気がその像からも滲み出ていた。


 だが、その薄ら笑っている像がなぜだかアーノルドは無性に気に入らなかった。


 生理的に受け付けないとはこういうことを言うのかとその像を睨みつける勢いでアーノルドは凝視した。






 あれからさまざまな歴代元首の像を見ていった。


 どれも確かに素晴らしいものであるが、アーノルドに像を賛嘆するような趣味はないため別段面白味はなかった。


 せめてそれぞれの元首が為した功績なり、歴史なりを像の説明として書けば良いのにと、大した情報が得られなかったアーノルドは心の中で盛大にため息を吐いた。


 そんなことを考えているとおずおずといった様子のパラクに話しかけられる。


「アーノルド様、そろそろ参りませんと」


 アーノルドは、パラクに声をかけられ思っていた以上に銅像を見ているのに時間を使っていたのに気がついた。


 朝日も昇り、最初にここに来たときに比べればもう太陽が燦々(さんさん)と地を照らしていた。


「ああ、そうだな」


 ここから試験会場まではそう遠くない。


 周りには他にも受験生らしき者達が多くいる。


 アーノルドはパラクとコルドーを引き連れ、その広間を後にした。




 学術修文特区。


 莫大な広い土地で丸ごと学習出来る環境を創った区画である。


 この国にもいくつか学問の施設はあるが、ここだけが群を抜いて大きく、最も最先端のことを学ぶことができる。


 その区画の周辺には金網が張り巡らせられて、ここからが学術修文特区だとわかる境界のような役割となっている大きな門を潜ると、その先は学生街といった感じの商店が数多く立ち並んでいた。


 まず門を入って目につくのは、遠くにある天にまで伸びているのかと思うほど高い塔である。


 この国では魔塔などと呼ばれているらしいが、ニンデル曰くこの国の民達の誰も、何のためにある塔なのかわからないらしい。


 知るのはそこに立ち入れるほどの実力(しかく)を持った者達だけ。


 この国の異様さを目にした他国の人間にとってはあれもその異様なものの一つでしかないのかもしれないが、アーノルドには如何にこの国が独自の発展を遂げたとはいえ、対した進歩もないこの時代にあれほどの高い塔をどうやって建てたのかが気になって仕方がなかった。


 しかし、あの塔はこの区画の奥も奥。


 この区画はその身分や能力に応じて入れる区画が限られているため、あの魔塔に入ることはいまのアーノルドにはできない。


 忍び込むという手もあるにはあるが、そこまでリスクを負ってまですぐに知らなければならないことでもない。


 それにその区画に行くということはそこに入れるだけの実力者しかいないということだ。


 バレる可能性も高くなるだろう。


 アーノルドは先ほど潜った門の方へと振り返った。


 門があるが別に天井があるわけではない。


 何のための門なのかと思えば、よく見なければ、いや、よく見たとしても普通の人には到底認識できないような結界のようなものがこの区画をドームのように覆っていた。


(神具……? いや、国を覆っているようなとてつもないほどの異様さは感じられん。おそらくは魔道具による結界か? ……いや、ずっとマナを供給し続けるなど今のこの国の技術では不可能か。まぁ、もしかすれば私と同じようにマナを保有できる技術を既に開発しているのかもしれんがな)


 暖房機を出したときのこの国の反応からもおそらくマナを保有できる魔道具を造れていないだろうが、それすら事実を隠すためのカモフラージュの可能性もある。


 とにもかくにも、この区画一帯に国を覆う結界とは別に、新たな結界が張り巡らされていることには違いがない。


 アーノルドが見た限り、あの結界は外側というよりは内側から出さないタイプの結界である。


 ここには重要な資料などが数多くあるはずだ。


 もし侵入者が入ったときに容易に出られないようにするためだろうと推察した。


 国全体をいまだに結界で覆っているくらいだ。


 更に重要なこの国の根幹であるこの区画を元首達がいるところよりも厳重に警備するのは妥当と言えるだろう。


 アーノルドが門を見上げていると、突然の怒鳴り声がアーノルドに浴びせられた。


「おい、邪魔だ‼︎ 下位貴族風情がこの俺様の道を塞ぐでない! さっさとそこをどけ‼︎」


 アーノルドが煩わしそうに視線を向けると、不機嫌そうに顔を顰め、偉そうにふんぞり返ってこちらを見下すような目をした少年がいた。


 その服は煌びやかすぎてかえって下品に見えるほど輝いており、成金の子息といったものをアーノルドは連想した。


 そしてそのぽっちゃり体型がそれに拍車をかけていた。


 道幅は広いが、アーノルドが道のど真ん中で突っ立ているのには違いない。


 相手は騎士を10人ばかり引き連れていることからも、おそらくはどこかの国の公爵か王族クラス。


 対してこちらはコルドーと年若いパラクだけ。


 相手からすればこちらは下位貴族にしか見えないだろう。


 たとえ迂回すれば良いだけだと思っても、普通なればこちらが道を譲るのが貴族社会では当たり前だ。


 だが、それはアーノルドの当たり前(ルール)ではない。


 アーノルドの鋭い眼光がその少年を射抜くと、その少年は少しばかり怯んだように眉をピクリと動かした。


 それを見たアーノルドは心底どうでもよさそうに鼻を鳴らして踵を返した。


「くだらんな」


 アーノルドは誰にも聞こえぬくらいの声量でそう言うと、そのまま学院に向けて歩いていった。


 パラクが少しばかり意外そうな表情を浮かべ、コルドーはその少年を一瞥し、表情を変えることなくアーノルドに追従していった。


 それを見た少年は、アーノルドがすぐに端に寄りこちらに頭を下げるだろうと思っていただけに、その予想外の反応に少しの間、目を丸くし固まっていた。


 だがその硬直も心の底から湧き上がってきた怒りという感情によってすぐに破られる。


「っ〜〜〜あの、野郎っ! この俺様を無視しやがっただとっ⁉︎ なんたる侮辱! おい、あいつのことを調べておけ! くだらん家の出ならば、この俺様に恥をかかせた対価を支払わせてやる」


 歯が砕けんばかりに怒りに飲まれている少年はそう息巻いているが、いま手を出さなかったのは二重の意味で正解である。


 この周辺にはこの国の私服の騎士らしき人物が多く配備されていた。


 もしここで問題を起こせば、試験を受ける前にこの国から追い出されたであろう。


 追い出されなかったとしても事情聴取を受け、試験時間に間に合うことはない。


 そしてもし手を出していれば、試験に間に合うかなど気にすることもできない結末となっていたことは間違いない。


 騎士に即座に命じなかったことがこの少年の命を繋いでいるのである。



「アーノルド様、よろしかったのですか?」


 先ほどのところから少し離れてからパラクがそう尋ねてきた。


 パラクは命令があれば即座に制圧するつもりであったし、数秒もあれば出来る簡単な作業であった。


 人数こそ多けれど、相手の引き連れていた騎士の強さはいまのパラクならば殺すことなく簡単に倒せる程度のものであった。


「ガキの戯言にいちいちムキになる必要はない。貴族なんてものはどこもあんなものだ。害がないならば放っておけば良い」


 たかが居丈高に振る舞われたくらいで殺していてはキリがない。


 アーノルドが動く一線は自身が定めた己の法を破った者に対してのみ。


 すなわち、自らの定めた領域を侵す者。


「……パラク。お前、また気づいていなかったのか?」


 アーノルドが振り返りもせず進む中、コルドーが険しい声色でパラクにそう問い詰めた。


 アーノルドも気がついていたことであるが、あの場には潜伏していたり、市民に紛れているような騎士が大勢いたのだ。


 おそらくは他国から来る者達が、面倒ごとを起こさぬように見張るため。


 手を出せば面倒ごとになるのは目に見えていた。


「あ……」


 パラクはバツが悪そうな声を出した。


 コルドーに言われて自分がやらかしている可能性に思い至ったのである。


 パラクは実力こそあれど、アーノルド達が当たり前のようにできる、気配を読み取るといったことが苦手であった。


 それは実力が上に成れば成るほど致命的な弱点となり得るため、矯正しようとしているがその成果があまり出ていない。


 もちろん相手が相応の実力者でなければパラクでも見つけることができるが、今回潜んでいたのはかなりの実力者達であったため、パラクは全く気がついていなかった。


 そんな様子のパラクにコルドーが小さくため息を吐いた。


「はぁ、確かに周りにいた騎士達の気配の殺し方はなかなかであったが、集中していればおそらくお前でも見抜けたはずだ。あの場所で暴れれば奴らは即座に捕らえに来ただろう。そうなれば、アーノルド様は試験を受けることが出来なくなる。倒せばいいというものではない。その後のこともしっかりと考えておけ。お前はアーノルド様ではないのだ」


 アーノルドならば、あの少年がこちらを殺すつもりで騎士を差し向けてきたのならば、あの場に騎士がいようがいまいが相手を殺すことを選択する。


 だが、それはアーノルドだからこそして良い選択であった。


 もちろんパラクもアーノルドの命なくそんなことをするつもりはないのであるが、コルドーはパラクのその気持ちが希薄ではないかと感じていた。


 自分で考え行動することはたしかに大事である。


 だが、主君の考えを超えた行動はただの越権行為にしかならない。


 主人のための行動が主人を苦しめるようなことなどあってはならないのである。


 従者とは、出過ぎず、かといって出なさ過ぎてもいけない。


 その塩梅がとても難しいものなのである。


「も、申し訳ございません」


 パラクは慌てたようにアーノルドに対してそう謝罪した。


 だがアーノルドは仮にパラクがあの場で暴れたとしても別に責めるつもりはない。


 パラクが怒り、それを許せぬというのならば好きなようにすればいいと思う。


 現に、アーノルドもこの4年間好きなように生きてきた。


 アーノルドもまた自身とその周りの者を脅かす者には容赦なく死という名の制裁を加えてきた。


 別に後のことなど考えていない。


 後のことはその時に処理すれば良い。



 パラクは少しばかり気まずそうに歩いているが、アーノルドの頭の中には既にあの少年のことなど微塵たりともなく、この街の景色を歩きながら観察していた。


 道は全て石畳であり、建ち並ぶ店もかなり綺麗である。


 アーノルドには建築技術などわからないが、おそらくはかなり高い技術が使われている。


 数人くらいは建築士もスカウトしたいところであった。


 そんなことを考えながら歩いていると遂にバルデバラン学院に着いた。


 そこでパラクとコルドーとは別れることとなる。


 試験に従者は連れてはいけない。


 ここからはコルドーとパラクも情報収集にまわる。


 アーノルドはバルデバラン学院の門を潜り、中へと入っていった。


 見渡せぬような広大な土地に、城と見間違うような大きな建物が幾つか建っている。


 今日受験生が入れるのは第一特区と呼ばれる最も浅い区域のみであるが、それだけでもハルメニア王国の王都の4分の1ほどの敷地がありそうであった。


 だが、そのくらいの面積が無ければ各国からこれほど多くの人物を一度に試験することなど不可能であるだろう。


 実際にはここだけでなく、地方の学院なども使って試験が行われているらしい。


 各国から数多の数が受験するため、そうしなければ一度に受けるなどできないほどの数が集まるのである。


 貴族の数も増えてはいるが、それでも大半は平民である。


 平民にとってはチャンスがあるならなりふり構ってなれないだろう。


 昔と同じでこの学院を卒業できれば、国の中枢で働けることは間違いないのだから。


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