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第2-39話

 時を少し遡り、深夜——。


 とある屋敷の寝室、そのベッドの横に立つ者が一人。


「……何用だ」


 ベッドに横たわる凛々しげな女性が目を閉じたままそう問うと、申し訳なさげな老齢なメイドが一礼をしながら口を開く。


「夜分遅くに失礼致します」


「緊急の用か?」


「……元首様の使者の方がいらっしゃいました」


 その言葉を聞いたその女性は一度目を開いたかと思えば、すぐに呆れたようにまた目を閉じた。


「こんな時間に使者を寄越すとは、相変わらずふざけた奴だ。礼儀という言葉を知らんようだな」


「緊急とのことで……」


 困ったようにそう言うメイドの言葉に女性はふんと鼻を鳴らす。


「だが……そうであれ、お父様だけで十分だろう。私まで出向く必要などないであろう」


「いえ……、陛下がお嬢様をお呼びです」


 少しの静寂の後、大きなため息だけが部屋に響き渡る。


 使者のいる場に向かうためには身支度を整えなければならないし、睡気眼で謁見を許すわけにもいかない。


「……まったくめんどうな」


 その女性は小さくそう溢し、体を起こした。



 それから少し——最低限の支度を終え、謁見の場にて跪き待っている使者と、既に座っている父親の現国王を一瞥し、父親の隣にある玉座のような優美な椅子へと横柄に腰を降ろした。


 深夜ということも相まって、元首の使者に対してするには些か無作法であろうが、遜るつもりなど一切なかった。


 それから簡単な挨拶を終えた使者が静かに口を開いていく。


 そして全てを伝え終えた使者は再び頭を深く下げた。


 その使者は女性の通っていた学院の同級生であり顔見知りではある男であった。


 別段親しいわけでもなく、学生時代に同じく同級生であった元首の周りにいた一人だな程度の認識だ。


 優秀であったのを覚えているため最低限の敬意を持って話を聞いていてのだが、使者の話を聞いた今となってはその敬意すら捨て去る直前といったところであった。


「——で? その子供一人を助けるために私が……、私たち王家がわざわざ貴様らの駒となり動けということか?」


 その美貌に似合わず男勝りともいえる気の強そうな女性——トレイディーヌ・ハインザムが長くスラリとした脚を組み替えながら、跪く元首の使者に鋭い眼光を向けた。


 だが、使者はただ黙し、頭を深く下げるだけであった。


 使者はただの伝令役でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。


 それはトレイディーヌも分かっているがそれでも尚、怒りにより漏れ出てくる威圧を抑えられなかった。


「……私たち五権はそれぞれが不可侵であるからこそ均衡が成り立っているということは、あんな元首(やつ)でも当然知っているはずだろう。それを破ってまですることが、たかが子供一人を助けることだと? いくら王家の権威が貴様ら政務局に比べて弱いとはいえ——私達を舐めているのか?」


 政務局、罪牢局、等級管理局、貴嶺局、そして王家という全てを総称して五権。


 実際には学院も含まれて六権などと言われることもあるが、トレイディーヌは学院長であるスリザーヌのことを認めてはいるが学院そのものが国に対してそこまでの権威を持っているということを認めてはいなかった。


 この五権が互いに睨み合い、そして不可侵であるがゆえにこの国の均衡は保たれている。


 だからこそ、ある程度の内部の不正などは基本的に組織内部の自浄作用に任せられる。


 行き過ぎれば、他から睨まれ、圧力をかけられるということもあるが、そこまでいくことはほとんどない。


 確かに近頃の罪牢局の一部の者達の行為は目に余るが、それでもまだ自分達が動くほどではないとトレイディーヌは考えていたし、現王であるトレイディーヌの父もまたそれには同意であった。


 何よりこの国は価値ある者こそが全て。


 その中でも最近は強尊弱卑——強い者が尊ばれ、弱い者の扱いなど、それこそ奴隷に等しい扱いをするところすらある。


 そしてそれが許される国だ。


 トレイディーヌも弱い者を虐げこそしないが、弱者が弱者であることによって受ける不利益に慈悲を施す理由などあるとは思わない。


 弱者が弱者として淘汰されるのは摂理であり、道理。


 そうでなければならない。


 子供とはいえ、弱者が自然淘汰されるのであれば、それは必然。


 わざわざそれを覆すために助けるなどトレイディーヌには意義を見出せない。


 そもそも、それ以前に政務局が王家に対して、頼み方はともかく有り体に言えば動けなどと命令するのも気に食わない。


 使者の言葉はお願いのようであるが、事実上の強制——命令にも等しいもの。


 それにトレイディーヌは元首の頼みというのもまた気に入らない。


 トレイディーヌにとって元首は恩人ではあるが、最も嫌いな人物でもある。


 いけすかない男。


 それがトレイディーヌの元首への印象。


 だがトレイディーヌは元首のおかげで強くなれたと言っても過言ではない。


 学院時代の元首の言葉があったからこそいまのトレイディーヌがあるのもまた事実。


 だからこそその点では一応感謝はしている。


 しかし、いまではその名を聞いただけでも表情が嫌悪に歪むほどであるし、それが命令に従う理由にもなりはしない。


 そんなトレイディーヌに使者は淡々と謝罪を述べる。


「申し訳ございません。ですが、トレイディーヌ王女殿下に元首様からの個人的な伝言がございます」


 そして話し出した使者の言葉を聞いたトレイディーヌは一瞬嫌悪を露わにするが、続く言葉で王女にあるまじき、その美貌を損なわせるほどの悪どく歓喜に満ちた笑みを浮かべた。


 ――∇∇――


「双方、矛を収め、控えよ‼︎ トレイディーヌ王女殿下の御前である‼︎」


 アーノルドの屋敷の屋根の上、トレイディーヌの傍らにいるお付きの者が眼下で戦いを繰り広げる数多の者に対してそう叫ぶ。


 だがその声が轟こうが、双方一向に止まる気配がない。


 否——罪牢局の人間はほんの一瞬、その声に止まろうとした。


 この国の人間にとって“トレイディーヌ”という名は無視できないからだ。


 だがアーノルドの使用人達は攻撃を止める気配がない。


 そのため罪牢局の人間も応戦せざるをえなかった。


 使用人達にとってはアーノルドの命令こそが絶対。


 誰とも知らぬ者の言葉などに従う道理はない。


「——ほう、私を前にして尚止まらぬか」


 トレイディーヌは表情に感情を見せぬまま、静かにそう言うと、一歩前へと進み出た。


 不機嫌そうにピリピリとした雰囲気を放つトレイディーヌに側近の一人があたふたと慌て出す。


 ただでさえ深夜——いまはもう朝方であるが、睡眠時間を削られてまで駆り出されていることで、トレイディーヌは人一人くらいは殺しそうなほどピリピリとした雰囲気を纏っている。


 そしてそれは元首が絡んでいることも原因だということは側近もわかっている。


「で、殿下……」


 側近の一人が恐る恐るそう言うと、トレイディーヌは煩わしそうに鼻を鳴らした。


「わかっている。暫しの間、動きを止めるだけだ」


 トレイディーヌはそう言うと、溜まった鬱憤を晴らすかのようにニヤリと嗤い、屋根から地面に降り立った。


 下で戦う何人かはそれに気が付き一瞬視線を向けたが、それ以上意識を割くことは出来なかった。


 だが、トレイディーヌがトンと足を静かに打ち鳴らすとすぐ、戦いは続いているというのに音という音がまるで世界から消えたかのような静寂が訪れる。


 剣を撃ち合えど、その剣戟の音すらも聴こえてはこない。


 自分の呼吸音も何もかもが聞こえてこない無音の空間。


 流石にその異常現象には皆が足を止め、警戒を露わに周囲の様子を窺うが、それからすぐ、トレイディーヌを中心に衝撃波のようなものが巻き起こり、それが貫通していった者達は例外なく膝を屈することとなった。


 ドサドサと人が倒れる音だけが響き渡り、トレイディーヌは満足したように口角を僅かに上げた。


「ふむ、やはり雑魚共を掃討するにはこれに限るな。さて……、件の少年は一体どこにいる? 目立つと言うからすぐにわかると思ったが、存外見つからないではないか」


 トレイディーヌはそう言うと、傍に倒れ伏す罪牢局の人間の首根っこを掴み上げた。


「ねぇ、お前達の隊長と黒髪の少年はどこにいるのかしら?」


 トレイディーヌは優しく問うているつもりだろうが、強者が醸す圧とでもいうのか、まるで大蛇に睨まれていでもいるかのような深緑の双眸の迫力に押され、その者は恐怖の臨界点に到達したのか気絶してしまった。


「はっ、使えない奴だ」


 トレイディーヌは呆れたようにそう言うと、その者を掴む手を投げ捨てるように離した。


 そのとき向かい側の屋敷の方から大きな力の流れが吹き上がる。


「ほう、……向こうか」


 そう呟き、アーノルドの方へと向かおうとするトレイディーヌの前に三人が立ち塞がる。


 この屋敷のメイド長、パラク、コルドーの三人である。


 すぐにトレイディーヌの側近達が相手すべく前に出ようとするが、それをトレイディーヌ自身がよいと言って止めた。


「まだ立ち上がれるか。なかなか気骨のある者もいるようだな。身なりからして少年の従者の方か。主人の命令を守り、その身を護ろうとする忠義の姿勢は評価しよう。とはいえ——立ったところで力が無ければそんな忠義も無意味に等しいぞ?」


 そう冷たく言うと同時、構えていたメイド長とパラクの間に突如現れたトレイディーヌがそれぞれの頭に手を被せると同時、二人は力が抜けたかのように崩れ落ちた。


「だが、その気概を評価し、私自ら手を下してやろう。光栄に思え」


 体の中をシェイクされているような感覚に喘ぐ中、パラクは遠くから一人の男が近づいてくるのを感じながら意識が闇へと落ちた。


 残るはコルドーのみであるが、コルドーも迂闊には動けなかった——否、動くことすら封じられていたというべきか。


 そんなコルドーを一瞥もせずトレイディーヌはその横を抜けていく。


 それを止めようと僅かに動いたコルドーを鼻で笑ったトレイディーヌが静かに口を開く。


「その者はお前達に任せよう」


 ——私が手ずから手を下すまでもない、と。



 アーノルドは蹲るレヴォドにトドメを刺そうと、疲労に喘ぐ足を叱咤しながら一歩前へと踏み出した。


 だが、その行く道を遮るように数多の剣が降り注いでくる。


「ッ‼︎」


 アーノルドは咄嗟に飛び退き、レヴォドから距離を取る。


「——トレイディーヌ様がお見えになられる‼︎ 黙し、平伏せよ‼︎」


 屋敷の門の方向からかなりの大声が響き聞こえてきた。


 アーノルドがそちらへ目を向けると、騎士達が両側に並ぶ中を、まるで凱旋でもしてくるかのように女性とその従者、二人の人物が居丈高な態度でコツコツと近づいてくる。


 両者共に凄まじい力が感じられるが、女の方は一際凄まじかった。


 その整った顔ゆえか、それともスラっとした長身の女性だからかその存在感が醸す威圧感だけで他者を従えられそうな王者のオーラを持っていた。


 その女性はアーノルドの眼前まで来ると、その目を細める。


「その黒髪……お前がアーノルド・ダンケルノか。なるほど、なかなか良い瞳をしている」


 上から見下し、見定めるような嫌な視線にアーノルドの表情が(いかめ)しくなる。


 だがそれよりも。


(囲まれているな。それも相当の手練揃い……増援か。チッ、面倒な)


 目の前にいる二人以外にも大勢がこの場を囲っているのが気配を探ると読み取れた。


 アーノルドには彼女達が罪牢局の増援にしか見えず、如何にしてこの場を切り抜けるかに思考が傾くが、それもレヴォドの驚いたような声に遮られる。


「第二近衛進隊と政務局直轄の鵝黄(がおう)影隊だ、と……ッ? なぜ、お前達がここにいる⁈」


 未だダメージが治りきらぬか、腹を手で抑え、膝で立つレヴォドが心底驚いた様子でそう叫ぶと、そちらに目を向けたトレイディーヌが意外そうに目を丸くした。


「ほぅ……。これは驚いた。まさかあのレヴォド・ウォルバーをそこまで追い詰めるとは。なんでも知ったような口を利く彼奴も遂に見誤ったか? ハハハ、良いではないか。だが……、ハッ、これならば私が来るまでもなかったのではないか?」


 そう言ったトレイディーヌは不機嫌そうに顰めっ面になるが、すぐに元に戻る。


「いや……、場を収めろと言っただけで”あれ“を助けろと言ったわけではないのか? だがどちらにせよ……当然約束は果たしてもらうぞ?」


 トレイディーヌは後ろからちょうどやってきた黄色の紋章が入った制服を身につける男にそう嗤いかけた。


「主が約束を違えられることはありません。……また、見誤ることも」


 そう淡々と述べた者にトレイディーヌが面白くなさげに鼻を鳴らす。


 そんなやり取りをしているトレイディーヌ達に痺れを切らしたのか、レヴォドが噛み付くように叫ぶ。


「ッ‼︎ 任務遂行中の我々に干渉するなど越権行為だぞッ⁈ いくら王女殿下といえど、その意味がわからぬわけではな——」


「何も知らぬ下っ端が、それ以上囀るな」


 絶対零度の双眸で睨まれたレヴォドは捕食者に睨まれた獲物のように固まり、思わず黙ってしまった。


「越権行為? はっ、くだらぬ言葉だ。貴様ら罪牢局の人間共も過去に何度我ら王家に、その越権行為をしたか、知らぬわけではないだろう? そもそもその任務とやらも正当性が怪しいものだ。一体誰の差し金だ? ……しかし、そのような些事などどうでもいいのだ、レヴォド・ヴォルバーよ。そもそも、いまこの場において貴様が何か言える立場か? 貴様は、いつから私に声を荒らげられるほどに、偉くなったのだ? 貴様の言う越権の是非を問うならば、その貴様の言葉こそが私に対する越権行為だぞ? 身の程を弁ろ」


 トレイディーヌは厳然と有無を言わさぬ態度でそう言った。


「……ッ‼︎ そ、それは王家と政務局が罪牢局に対して弓を引くという意味にも取れますが、……よろしいのですね?」


 明確な敵対行為だと告げ、歯を食いしばり睨むレヴォドにトレイディーヌは呆れたようにため息を吐いた。


「知らぬな」


「なっ⁉︎ なん——」


 その瞬間、トレイディーヌが目にも止まらぬ速さで移動し、レヴォドの額に人差し指をコツンと突きつけた。


「この私に二度言わせる気か? 拒否も、懐疑も、何一つ貴様に許されてなどおらん。黙って私に従え。それが今ここでお前ができる全てだ」


 トレイディーヌはそう言うと、背を向けてレヴォドから離れていく。


「そもそもの話、私は貴様らの権力争いには興味がない。貴様ら同士潰し合おうが、誰の何の計略が交錯しようが、我が王家に累が及ばなければその他一切がどうでもいい。だが、累が及ぶのならば——そのときはこの程度で済むとは思わぬことだ。私一人でも貴様らの喉笛を噛みちぎるくらいは容易いぞ?」


 振り返りながらトレイディーヌが目を細めると、レヴォドは悔しげに歯噛みしながらその目を逸らした。


 五権などと言いながらもその実、王家は長い間軽んじられてきていた。


 それは力を持たなかったからだ。


 かつての権力もなければ武力もない。


 それがこの国の王家であり、形だけの置き物。


 それをたった一代で——いや、一人で無視できぬほどの力を回復されたのがトレイディーヌであった。


 この国でも有数の圧倒的な武力をその身に宿すこの国の第一王女。


 トレイディーヌは手をパンと鳴らし、配下にレヴォドを拘束させ、その場を締めようとするが、それを許さぬ者が一人。


 黒い斬撃がトレイディーヌに向かって駆ける。


「⁈ ……ッ」


 アーノルドが放った斬撃を腰に差す紅剣で難なく打ち払ったトレイディーヌはめんどくさげに表情を歪ませ、アーノルドへと駆け詰め寄ってくる。


 紅き残影を残しながら振るわれた剣を受けたアーノルドは押し込まれながらも、なんとか押し留めた。


「ほう、我が宝剣『プロミンス』の一撃を受け止めるか。なかなか良い剣だな」


 そう言いながらさらに力を込めようとしたトレイディーヌの眼前、そして足元、頭上に数多の魔法陣が浮かび上がる。


 ——『岩弾丸』


 それらが撃ち出される前に離れたトレイディーヌは、最小限の動きで避け、またその紅剣で打ち払った。


 しかしそれによりまたしても距離ができる。


 睨み合う両者であるが、既に疲労困憊なアーノルドの方が余裕がないのは言うまでもない。


 トレイディーヌはそんなアーノルドに対して、殺気とも呼べる凄まじい圧力をかけるが、一切動じる様子もないアーノルドを見て、一瞬眉を顰めたが、その後フッと相好を崩すかのように表情を緩めた。


「どうやらレヴォド(そいつ)をここまで追い詰めたのも嘘ではなさそうだな。その禍々しいほどの気に、私を退かせるほどの魔法までとは。何よりそれほどの数の魔法を無詠唱かつほぼ同時に繰り出せるとは。その歳で大したものだ。だが、まだまだだな」


 顎に手を当て、愉快そうに微笑むトレイディーヌであるがその目は笑っていない。


 そしてその眼光が鋭く細められた。


「強き者、強くあろうとする者は好きだぞ? だが、身の程を弁えん奴は嫌いだ。その程度の奴を倒したくらいで私に歯向かうつもりならばやめておけ。武力差がわからんほど愚鈍ではなかろう?」


 痛い目にあいたくなければ退けとでも言わんばかりの眼光に平然とアーノルドは睨み返した。


「知ったことか。それが貴様に従う理由になりはしない」


 アーノルドも現時点において、その紅剣とトレイディーヌという名で、目の前の人物がこの国でその実力が五指に入るとされる人物であることは記憶から思い出している。


 超越騎士級にまで到達しているとされる女傑。


 いまのアーノルドでは到底敵わないだろう。


 超越騎士級と大騎士級は一つの違いであるが、そこに天と地ほどの力の差があることはアーノルドもここ数年で本当の意味で理解している。


 だからこそ、レヴォドとは違いトレイディーヌに抗っても勝てぬことは分かっている。


 だがそれでも阿ることはない。


 トレイディーヌはそんなアーノルドの毅然と放たれた言葉に笑みを漏らす。


「ククク、そうか……。身の程は分かった上で後退を選ばぬか。その退かぬ姿勢には好感が持てるゆえ、見逃してやっても良かったが、今はそうもいかん。とはいえ、いまの私は少しばかり機嫌がいい。貴様のおかげで奴に一泡吹かせることもできそうだからな。だからこそ、もう一度(ひとたび)手心(チャンス)をやろう。——ここは、退け」


 最終通告だとその目が告げる。


 アーノルドはそれに対する返答とばかりに剣を構えた。


 その返答も分かっていたとばかりにトレイディーヌは僅かに口角を上げる。


「……ならば致し方あるまい。少々眠っていてもらおう。安心しろ。殺しはしない」


 そう言い、紅剣を構えたトレイディーヌは妖艶に笑った。


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