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【書籍化】公爵家の三男に転生したので今度こそ間違えない 〜黯然の愚者が征く己の正道譚〜  作者: 虚妄公
トライデント魔導王国編

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第2-38話

皆様、お久しぶりでございます。

スローペースにはなりますが、少しずつ再開していきます。

また、5月30日に第二巻が発売となるため、良ければ手に取ってみてくだい。

 アーノルドを中心に円状に広がる斬撃のような何かを飛んで避けようとしたクレマンであるが、足が地面に縫い付けられているように動かなかった。


「——ッ⁈」


 そのまま迫りくる攻撃を見て、舌打ち混じりに急所だけは守るように咄嗟に腕を上げた。


 衝撃に備え歯を食いしばる——が、その斬撃はまるで実体が無いかのようにそのままクレマンの体を透過していった。


 一瞬何が起こったのかわからず怪訝げに眉を顰めたクレマンであるが、それはアーノルドも同じであった。


 クレマンは僅かに困惑げに歯噛みしているアーノルドの表情を見て、先ほどの攻撃がただの不発に終わったのだと思ったのかニヤッと目を眇め、その口角を上げた。


 だがトドメを指すべく一歩踏み出したクレマンはそのままガクッと膝から勢いよく崩れ落ちた。


「なっ……⁈」


 それからすぐ、この世そのものが体の上に乗っているかのような重圧感がクレマンに襲いきた。


「カハッ……」


 何だと声を張り上げようとするも、肺から漏れ出てくるのは音にもならぬ空気のみであった。


 もはや手で体を支えなければ倒れ伏してしまうまでに体の力が抜けていた。


 集中しなければ呼吸すら出来なくなりそうな虚脱感と震えが体を支配する。


 辛うじてオーラで体勢を支えているが、そのオーラも制御が難しいのか揺れが大きく、乱雑であった。


 その様子を見ていたアーノルドもまた何が起こっているのか分からず警戒に身を固めていた。


 何らかの罠かもしれないからだ。


 だがクレマンのその様子は演技には見えない。


 そもそもクレマンがわざわざ弱った演技をしてアーノルドを罠に嵌める必要すらなく、そのような搦手をしてくるような人物にも見えなかった。


 だが自分でも何が何やらわからないイレギュラーばかりで何が正しいかの判断をするにも情報が少なすぎた。


 しかし臆していても勝機はない。


 そう考えたアーノルドは剣を握る手に力を込め、地を砕く勢いで駆け出した。


 ここが決め時だと。


 それに気がついたか、クレマンもまた地面を叩く反動で無理やり体を起こし、拳を構える。


 しかしその構えは目に見えて弱々しい。


「ッ……! この程度で殺れると思ってんじゃねぇッ‼︎」


 力を振り絞りそう叫ぶクレマンに向かってアーノルドは剣を振る。


 今まで同様、腕で受けようとしたクレマンであるが、アーノルドの剣はそのままクレマンの右腕を豆腐の如く容易く斬り裂いた。


「なっ……⁉︎」


 驚いたように目を丸くし、そう声を漏らしたのはクレマンであったが、アーノルドもまた同じ表情をしているだろう。


 ここまで簡単に斬れるなどと想像もしていなかった。


 斬れ味が凄まじいなどという次元ではない。


 クレマンの体そのものが変わっているかのようであった。


 しかし、驚きに動きを止めることなく即座に両者が同時に動き出す。


 クレマンは蹴りを。


 アーノルドは返す刃を。


 だが——。


「——往生際の悪い奴だ」


 突如聞こえてきた声と共に巻き起こる衝撃波。


 クレマンが空より落ちてきた何かによって地面に叩きつけられたのは見えたが何が降ってきたかまでは見えなかった。


 それにより起こった衝撃波で、その近くにいたアーノルドも吹き飛び、その場から大きく後退する。


 砂埃が晴れて現れたのは一人の男。


 黒いロングコートに黒い髪。


 褐色の肌。


 出現したときに現れる粒子のようなものを纏っていることからおそらくは五戦目の相手か。


 だがまだ四戦目が終わっていない時から現れるのはどういうことかとレヴォドを覗き見るも、レヴォドも苦々しく睨みつけるような険しい表情を浮かべていた。


 クレマンは男に叩きつけられた攻撃によって消滅したようで、例の如く妖精達が上空に出現するが、黒い男を見るや否や、怪訝そうな顔や露骨に嫌悪を露わにし、何やら妖精同士相談でもしているかのような仕草をしていた。


 そして何か結論でも出したのか、明らかに怒ったような、敵意むき出しの表情を浮かべ、その男を睨みつけていた。


「……ケッ、欠陥品共がこの俺様にその様な目を向けるか」


 妖精のいる空を見上げ、傲岸不遜に睥睨する男に妖精達が武器を出現させ、隊列を組み始める。


「身の程知らず共が……貴様ら如きがこの俺様に矛を向けるとは。ここが貴様らの領域ものだからと思い上がっているのか? 欠陥品でしかない三流風情が……。敵対するというのならば是非もない。その存在ごと消え失せるがいい。——塵芥に帰せ『濫觴崩壊ラプス』」


 男がそう言い、妖精達に手を翳すと、妖精達のいる上空が次第に湾曲していき、空間そのものにヒビが入り始めた。


 そしてその近くにいた妖精達はまるで紙の様に折りたたまれ、その穴の中へと消えていく。


 その穴は黒々と輝きを放ち、異質なまでの存在感を放っていた。


 吸い込まれた結末がどうなるのか考えるまでもなかった。


 残る妖精達も必死に抗おうとするも吸い込まれるようにその穴に吸い囚われ跡形もなく消滅していく。


 残ったのは修復された空間と静寂のみ。


 干渉できぬはずの妖精達をいとも容易く屠る目の前の男にアーノルドの警戒が最高潮に達する。


 それはレヴォドも同じであったのか、レヴォドも剣を構えていた。


 アーノルドの頬に一筋の汗が滴る。


 妖精達を片付けた男は消えていった妖精達の方を向き、上機嫌にクツクツと笑みを浮かべていた。


「さて……、あとはあのクソウゼェ結界か」


 そう言うと男は一瞬で闘技場の端まで移動し、コンコンと結界を叩いた。


「くだらねぇ」


 そしてその上にいるレヴォドの方に手を向けたかと思えば、そのまま手の中にある何かを握り潰すように固く手を握り締めた。


 たったそれだけで闘技場を囲っていた結界がガラスのようにパリンと音を立てて崩れていく。


 そして降りてこいとでも言うかのようにレヴォドに向かって指を下へと指し示す。


 結界が壊れる様を呆然と見ていたレヴォドであるがすぐに正気を取り戻したように表情を引き締め、闘技場へと降り立った。


「お前は……一体何だ?」


 警戒と恐怖が半々といった様子のレヴォドがそう問うと、男は小馬鹿にするように鼻で嗤った。


「お前が呼び出しておいて何と問うか」


「俺が呼び出すのはあくまでも器にすぎん……。そこにあの妖精共が入ることで初めて自我ある“影”が出来上がる。だがお前は……それ以前に自我を持ち、あろうことか主人であるはずのこの俺にまで牙を剥けてきている。それに俺が選んだのは”人“ではなかったはずだ。お前は一体何だ?」


「クハハ、貴様如きがこの俺様の主人と宣うか。流石は思い上がった欠陥品共に好かれるだけはあるぜ」


 そう言いながら男は辺り一体に響くほどの哄笑を轟かせる。


「それに人ではないか……。しかし貴様がそれを知る必要はない。だがお前の“意志”があろうがなかろうと、この俺様を、たとえ器だけだとしても使おうなどと——そして俺の名を呼ぶなど、その不敬は万死に値するぞ?」


 男はそう言うと、次の瞬間にはレヴォドの腹に拳を叩きこんでいた。


 凄まじい衝撃と打撃の音が鳴り響くが、衝撃波が巻き起こるだけでレヴォドは吹き飛びはしなかった。


「ほう。殺す気で殴ったが……なり損ないとはいえ『能力』には違いないか。残滓程度に加え補正まで掛けられていればこの程度となるのも致し方ないか」


 そう言いながら男が拳を引いた後、そのまま膝から崩れ落ちたレヴォドは夥しい血を口から吐き出していた。


 吹き飛ばなかったということは衝撃全てをその身に受けることとなったのだろう。


 それによってこの『能力』が解け始めたのか、空間そのものに亀裂が入り始める。


 そんな中、その男の双眸がアーノルドへと向けられ、思わずアーノルドの体が強張る。


 先ほどの動きはアーノルドでさえ目で追えなかった。


 アーノルドが今いる場は、遠く離れてはいるが確実に男の間合いだろう。


 本来ならば距離を取るべくすぐに飛び退くべきなのだろうが、動けば死ぬと頭が警鐘を鳴らしていた。


「……貴様は、何者だ?」


 そうアーノルドが問うと、男は静かに笑い声を漏らしながら近づいてくる。


「何だの次は、何者か。愚鈍もそこまでくると、もはや滑稽だな」


 呆れすら混じった物言いであるが、そうしている間にもその男の体は徐々に崩壊していっていた。


 イレギュラーとはいえ、レヴォドの能力で作られた以上、それが解け始めているいま、形を保つことは出来ないようであった。


 アーノルドからすれば朗報だろう。


 いまのアーノルドでは明らかに手に余る相手だ。


 万全の状態でもないいま、まともに相手することも難しいだろう。


 このまま消えてくれるのならばこれ以上ない幸運だ。


 とはいえ、たった数秒あればいまのアーノルドなど簡単に殺せる力を持っているだろう。


 油断は出来ないと身構えるアーノルドにその男はフッと愉しげに口角を上げた。


「そう身構えるなよ。殺る気なら最初に両方殺っていたぜ?」


 たしかにその通りだろう。


 最初にクレマンを叩きつけた距離ならば、アーノルドもそのまま叩きつけることも出来ただろう。


「お前はわざと残してやったんだ。……それに、ここで殺そうが意味なんざねぇよ。所詮は幻舞げんぶでしかねぇんだからよ。まぁ近い内にお前とはまた相見えるだろうよ。そのときにはいい加減分かることを祈ってるぜ? 精々その時までその体を大事にするこったな! ハハハハハハハハハハ——」


 笑い声と共に男は空間ごと消滅していった。


 そして眩い光に飲まれ、開けた視界は元いた場所であった。


 隣の屋敷の庭だ。


 同じく傍にいるレヴォドは腹のダメージが相当酷いのか未だに蹲り、呻き声を上げている。


 だがアーノルドもまた急激な疲労感に膝をついた。


 元々あの空間で負っていた傷の類は治っているが、いま感じている疲労感は明らかに外的なもの。


 これがレヴォドの『能力』かとアーノルドは忌々しげに歯噛みする。


 しかしそれも束の間、アーノルドはハッと周囲の気配に気が付き、すぐにその場から飛び退こうとするが——。


「双方、矛を収めよ‼︎ トレイディーヌ様の御前である‼︎」


 アーノルドの屋敷の方角——こだまでもするかのように、場によく通る大きな声が鳴り響いてきた。


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