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第十話 プレゼント

「ジェラルドさん! まだ寝てなきゃダメですよ!」



 あれから3日経つ。ジェラルドさんの怪我が良くなるまではと皆で洞窟に寝泊まりをしていた。

 膿を出し切ったためか、ジェラルドさんの傷はどんどん良くなってきているけれど、本人は安静にはしておらずに、弓を作るための素材を探しに森へと出て行ったりしている。

 それを見つけて叱るのが私の日課になっていた。

 バージルさんとグレンさんは毎日周囲の警戒を行っていて今は留守なので、ここには私とジェラルドさんしか居ない。

 今のところ、奴隷商からの追手がかかったり、テイムされたオーガが襲ってくるような気配は無いそうだ。



「恩人に叱られたら仕方ありませんね、大人しくしています」

「もー! どうしてそんなに弓が欲しいんですか?」

「バージルは自分の武器がありますし、筋肉バカも盗んだ物ですが一応武器を持っていますが僕には武器がありません。武器が無いと何かあってもチエさんを守れないでしょう?」



 何当たり前の事を言ってるの? みたいな顔をしたジェラルドさんにそう言われて、私は何度目か分からなくなるくらい頭を抱えてしまう。

 貴女に惚れました! とかいう気配は一切無いので、命の恩人と言うだけでこんなに慕われるものなのが判断出来ないでいた。エルフの文化が分からないので、頭ごなしに否定も出来ないでいる。



「武器が手元にあれば大人しくしててくれるんですか?」

「そうですね、試し撃ちくらいはしたいですけど。大人しくしていると思いますよ」



 傷が塞がるまでは出来るだけ安静にしてて欲しい。

 でもジェラルドさんはどうしても武器が欲しい。

 お互いに譲れないけれど、武器があればじっとしててくれるとの事なので、何かないかとサイバーモールを開いてみた。



「そもそも、サイバーモールに武器が売ってるかどうかなんですけどね……」



 そう言いながら、色んなページを見ているとアウトドア・スポーツのページで、アーチェリーや狩猟用の弓や、サバイバルナイフが売られているのを発見する。

 色んな種類があってよく分からなかったので、狩猟にも使える! と書いてあるコンパウンドボウと、スチールの矢を20本カートに入れて決済を行う。

 銀貨80枚ぐらいかかったけど、必要経費だと思って見ないことにした。


 届いた弓をジェラルドさんに手渡すと、二人で説明書を読みながら組み立てる。

 私には何の部品かは分からなかったけど、ジェラルドさんは頻りに感心したり、驚いたりしながらあっというまに弓を組み立ててしまった。



「これの材質はなんでしょう、明らかに木製の弓より軽いですが」

「スチールとカーボンファイバーって書いてありますね」

「全く知らない材質ですね……。一度外で試し撃ちしても良いですか?」

「はい、でも無理しないで下さいね。あと試すだけですからね!」

「ありがとうございます、では一緒に見てください」



 ジェラルドさんは洞窟の外に出ると、弓に矢を番える。

 その後に手首につけたストラップの様な物と矢を繋ぐと、そのまま手首の力で弦をひく。

 簡単にスッと弦をひけたので、ジェラルドさんも力が強いんだなぁと暢気に見ていた私と違って、ジェラルドさんは驚いたのか何度も手首を引っ張る動作を繰り返している。

 何度か繰り返すと納得したのか、限界まで弦をひいた後に指でストラップのロックを外した。


 すごい勢いで矢が放たれて、木に半分以上矢がめり込んだところで止まる。

 私もジェラルドさんも、お互い顔を見合わせて無言になった。

 え、コンパウンドボウって殺傷能力が高すぎるんじゃない?



「すごい威力ですね……。あまり速射には向かないですが、一撃で急所を貫けそうです」



 何度も頷いて木に刺さった矢を見るジェラルドさんはとても満足そうにしている。

 反対に、私はとんでもない武器を与えてしまったのではないかと、気が遠くなっていた。

 まさかそんなに威力があるなんて……。



「何かあれば、これでチエさんを助けられますね。ありがとうございます。約束通り大人しくしていますね」



 満足そうなジェラルドさんの笑顔に、必要経費だから大丈夫と私はもう一度見なかったことにした。


 洞窟の入り口でそんな事をしていると、見回りを終えたバージルさんとグレンさんが戻ってきて、ジェラルドさんが手に持っている弓に興味を示した。



「おい貧弱。何だその弓」

「筋肉バカに比べられたら皆貧弱でしょうね。チエさんが僕の為に用意をしてくれました」

「へぇ、チエのスキルで買った弓か。ジェラルド、ちょっと撃たせてくれ」

「ええ、どうぞ。驚くと思いますよ」



 そう言って手首のストラップを外したジェラルドさんは、バージルさんに使い方を説明すると洞窟の入り口まで下がってくる。

 グレンさんも洞窟の前までやってきたので、一緒に見学するつもりなのだと思う。


 バージルさんも弓に矢を番えてストラップで繋いだ後、手首をひくと驚いたような表情を一瞬浮かべる。

 何度も試すことはせずに、そのままストラップのロックを外す。

 ジェラルドさんが放った矢の横に深々と突き刺さった矢には、流石のバージルさんも驚いたまま動きが止まっていた。



「なんだこの威力は……」

「僕も驚きました。こんな勢いで矢が飛んで来たら避けれる気がしません」



 グレンさんも何も言わずに目を見開いてるので、きっと同じ意見なんだろう。

 流石にこれは怒られるかな、とバージルさんを見るが、いまだに矢を見つめていた。



「なぁチエ」

「はい何でしょうかグレンさん」

「俺もナイフが欲しい」



 私の横に立っていたグレンさんが、ボソッとそう呟く。



「グレンさんはナイフがあるんじゃないですか?」

「これは人前ではつかえねぇんだ、盗品だってバレちまう。それに俺は二刀流だ」



 そう言うとグレンさんは、少し拗ねた様な顔をしながらそっぽを向いてしまう。



「ダメってんなら諦めるけど……」



 大きな身体を縮めながら、そう呟いた。



「ダメではないですけど、グレンさんの好みに合う物があるかどうかは分かりませんよ?」

「っいいのか! 出来れば刃が大きめの方がいい!」



 私の言葉にこちらへ振り返ったグレンさんは、この3日間の中で一番の笑顔を見せる。

 ジェラルドさんは良くてグレンさんは駄目なんて事は無いので、さっき見かけたサバイバルナイフのページを開いた。

 何個かナイフを見ていると、和鋼を使って鍛造したと書いてあるマチェットを見つけたので一度グレンさんに確認をしてもらう。



「こういう感じの物でいいですか?」

「ああ、問題ねぇ。チエが選んでくれ」



 お値段は1本銀貨80枚と書いてあるけれど、これも見ないふりをしてカートに2つ入れた。

 他にも、ダマスカス鋼製と書かれた、刃に綺麗な模様の出ているナイフも1つカートにいれる。

 バージルさんも自分で魔物を解体すると言っていたので、それならば一緒にプレゼントしようと思ったからだ。

 そのまま購入すると、マチェットが2つと、ナイフが1つ、ベルト穴付きの革ケースが箱に入って届く。

 ダンボールを開けてからグレンさんに渡すと、すぐに腰に装着して何度か出し入れをしている。

 器用に指と手首でナイフを回しているのを見て、すごい特技だなぁと思った。

 手とか切らないといいんだけど。



「切れ味悪くなったら砥石も買うので言って下さいね」

「ああ、わりぃな。ありがとよ」



 満足そうにナイフを触っているグレンさんから離れると、まだジェラルドさんと弓と矢の事で話し続けているバージルさんに近づく。

 私がグレンさんにナイフを買ったことも気付いて無さそうだった。

 声をかけるタイミングを見計らっていると、話が一旦落ち着いたのかバージルさんがこちらへと振り向く。



「お? チエどうかしたのか?」

「あの、これバージルさんにと思って。解体用のナイフです」

「いいのか? 最近切れ味が落ちてたから嬉しいな。ありがとう」



 鞘に入ったナイフをバージルさんに手渡すと、バージルさんは嬉しそうに受け取ってくれた。

 バージルさんは受け取ったあとすぐにナイフを鞘から出すと、刃に波打つ模様を興味深そうに指でなぞっていく。



「これは綺麗だな」

「本当ですね。僕も初めて見る刃です」

「ダマスカス鋼と呼ばれる物で出来てるそうで、波打つ模様は全部違う形になるそうです」



 商品説明のところに書いてあった事を伝えると、バージルさんは少し照れた様にはにかんだ。



「じゃあ、これは俺だけの模様なんだな。チエ、ありがとう」

「いえ、お世話になってるので! 全然! そんな!」



 これで、私以外の全員が武器を持っていることになる。

 戦いは無い方がいいけれど、ここは日本ではない。

 他人によって、魔物によって、簡単に命が散ってしまう世界。

 いい加減に、私も現実に向かい合わなくちゃいけないのかもしれない。



「あの、私も戦えた方がいいで「必要ありません」



 決死の覚悟で口にした言葉は、ジェラルドさんにかき消されてしまう。



「僕がチエさんに付いて行くので、戦う必要はありませんよ」

「え? どういう……?」



 突然のジェラルドさんの言葉に、意味が分からずに頭に疑問符ばかりが浮かんでくる。

 反応に困ってバージルさんを見るけれど、バージルさんも、え? そうなの? みたいな顔をしてジェラルドさんを見ているので何も知らないらしい。



「僕はもう村には帰れませんし、チエさんが秘境で一人で暮らすと聞いたので一緒に行って僕が守ります。なので戦う必要はありません」

「あっ!! しまった、そうだった!」



 ジェラルドさんの宣言の後に、バージルさんが大きな声を出した。

 何事かと思ってバージルさんを見ると、右手で顔を覆っている。

 え、何がしまって、何がそうだったのか言ってほしい……!

 縋るような気持ちでバージルさんを見ていると、あーとかうーとか言いながら、バージルさんは口を開いた。



「エルフは恩に報いる」

「え? どういう事ですか?」

「エルフは恩を感じるとそれに返そうとするんだ。本人が恩を返し終えたと思うまでそれは続くんだが、恩を返し終える前に恩人から武器なんかを贈られると主従の誓いになるんだ」

「え?」

「古い仕来りなのによくご存じですね」



 バージルさんの説明に、ジェラルドさんを見ると何度も頷いて肯定している。

 私はどうやら何も知らずにジェラルドさんと主従の誓いを行っていたらしい。



「因みに破棄とかは……」

「誓いが破棄される時は僕が死ぬかチエさんが亡くなるまでですね」

「なん……え、でもジェラルドさんはそれでいいんですか!?」

「まぁ、俺も秘境でずっと一緒に居てやれる訳では無いし、戦えるジェラルドが一緒に居てくれるなら安心だけどな」



 バージルさんも誓いには肯定的なようで、まぁいいか、と言った様子で納得をしていた。

 私はいまだに納得も流されることも出来ずに、混乱から立ち直れずにいる。

 知らなかったとは言え、ジェラルドさんに主従関係を迫っていたのだとしたらどうしよう。

 オロオロしていると、ジェラルドさんが苦笑いをしながら口を開く。



「恩人と言えど主従の誓いは強制ではないので、嫌なら僕も拒否してますから大丈夫ですよ」

「え!? こんな小娘で嫌じゃなかったんですか!?」

「チエさんは他種族だからと言って見下したり、強制的な労働をさせたりしないでしょう? 焼き印を押されていても気にせず普通に接してくれますし、ちゃんと僕も相手は選んでいますから」



 そう言うと、ジェラルドさんは中性的な顔で綺麗に微笑む。

 他のエルフは知らないけれど、想像の中にあるエルフという生き物よりもずっと美しいジェラルドさん。

 ちゃんと私の人となりをジェラルドさん自身でチェックして受け入れたと言われても、主従関係というのがよく分からないので、いまいち何と答えればいいのか悩んでしまう。



「チエ、難しく考えずに戦える友達が増えたと思えばいいぞ」

「え、そんな軽いノリでいいんですか……?」



 俯いて頭を抱える私に、バージルさんがそう助言してくれる。



「ああ。別にジェラルドも恭しく頭を垂れてチエに付き従う訳ではないんだし。因みにケイタも同じ感じでエルフが付き従ってるけど、普通の仲間みたいな感じだぞ。だから気にしなくていい」

「あ、ケイタさんも同じような事があったんですね……」

「まぁ、色んな信仰や価値観、仕来り、習性があるからな」



 バージルさんのその言葉で、顔を上げてジェラルドさんを見る。

 緩く首を傾げたジェラルドさんに向き直って、頭を下げて手を差し出した。



「主従関係とかよく分からないので、お友達でお願いします!」

「フフッ、よろしくお願いしますね」



 ジェラルドさんは私と握手をしながら、笑ってその提案を受け入れてくれる。

 ほっとして顔を上げてから、しっかりと握手をして手を離したところで、一通りナイフを触って満足したグレンさんもこっちに近づいてくると、不思議そうに私たちを見比べた。



「何してんだ?」

「ああ、ジェラルドがチエと一緒に秘境で暮らすらしいぞ」

「あん? なら俺もそうするか」

「え!?」

「んだよ、貧弱は良くて俺はダメなのか?」

「駄目ではないですけど! 何故なのかと思って!」


 

 ちょっと拗ねたような表情を浮かべるグレンさんに、慌てて否定を入れる。

 グレンさんは少し考えたあと、ぶっきらぼうにそっぽを向いてから話し出した。



「どうせ行くとこねぇし。女と貧弱だけだと危ねぇだろ。俺はシーゴートだしな」



 ぶっきらぼうな物言いでも、怒ってる訳では無いのは分かってるので怖くはない。

 だけど意味が分からずに首を傾げていると、バージルさんが笑いながら翻訳をしてくれた。



「焼き印のせいで普通の生活が送れないし、チエとジェラルドが心配だし、俺はシーゴートで農作業や畜産に詳しくて役に立てるから一緒に行きたいらしいぞ」

「バッ……! んなこと言ってねぇだろ!?」



 顔を少し赤くしたグレンさんが、笑ってるバージルさんに食って掛かっていく



「ちげぇかんな! 確かに普通に生活が送れねぇけど一人でも余裕だし! 詳しいけどひけらかす気はねぇし!」

「心配は否定しないんだな!」

「うっせぇな!」

「バージルさんロジャーさんみたいになってますよ」

「え!?」



 顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでしまったグレンさんが可哀想で、バージルさんにそう声を掛ける。

 大きな身体を小さくしたグレンさんは、赤い顔を隠す様に頬杖を突いて誰も居ない方を睨んでいた。



「俺は……ただ、その……なんだ」

「はい」

「角がこんなだから、戻ってもバカにされるしよ……」



 グレンさんの巻き角は、羊のような大きな巻き角が二つついているけれど、片方が途中で折れてしまっている。

 角が折れてしまっているとどうして馬鹿にされてしまうのか分からずに何と声を掛けようか悩んでいると、ジェラルドさんが納得したように口を開いた。



「羊族の男は角で優劣をつけますしね。その角はどうしたんです? 壁に頭でもぶつけて折ったんですか?」

「んなマヌケなことするかよ!! ……ガキの頃、病気で切るしかなかったんだよ……」

「なるほど、角のせいで性格が歪んでるんですね」

「性格歪んでて悪かったな! うるせぇよ!」



 遠慮なくズバズバ物を言うジェラルドさんに、大きな声で反論するグレンさん。

 止めなくて大丈夫かと悩んでいると、私の横に来たバージルさんがこっそりと耳打ちをしてくれる。



「シーゴートは群れで生きるんだ。仲間を大事にするし大事にされる。けどグレンはあまり群れに馴染めなかったのかもしれないな」

「そうなんですね……」

「だからちょっと素直じゃないし口も悪いが、ジェラルドやチエの事を仲間だと思ってるから心配してる。けど、仲間外れにされるのが怖いからあんな言い方になったのかもな」



 バージルさんが前に言っていた、そういうところはシーゴートと言う言葉は、仲間を大切にするという意味だったんだなぁと気付いた。

 今まで色んな嫌な事があったんだろうな。

 そう思うと、グレンさんの言動が少し可愛く思い始めた。

 本当は寂しくて仕方ないのに、精一杯強がりをするところは私にも覚えがある。

 きっと、誰にでも覚えがあるその強がりは、自分を守るために必要なものだ。


 私はグレンさんのそばまで行くとしゃがみ込んで、グレンさんの手を握りこんで握手をした。

 ジェラルドさんと言い争いをしていたグレンさんは、きょとんとした後に握られた手に視線を落とす。



「二人だけだときっと大変なので、グレンさんも一緒に来てくれますか?」

「あ……」



 握られた手をじっと見つめたグレンさんは、少しずつ笑顔になっていく。



「んだよ、仕方ねぇな。一緒に行ってやるよ」

「はい、お願いしますね!」

「おう」



 言葉とは裏腹にはにかむグレンさん。

 それを優しい顔で見つめるバージルさんと、しょうがないと言いたげな顔のジェラルドさん。


 一緒に生きていくための仲間が二人出来たことに、とても心が満たされていく。

 ひとりぼっちじゃない。

 私もそれが嬉しくて、だらしなく顔が緩むのが止められなかった。

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