動物編・裏その3
日付は変わり7月7日。現在は昼12時を過ぎている。今日の昼食はパスタにしよう。そう思っていたのだが、ラーメンがいいとの希望があったため急遽変更した。
「ししょー。まだですかー?」
俺はラーメンを茹でながらリビングをチラリと覗く。髪を一本で束ねて、グレーのTシャツを着ている。ホットパンツに黒のタイツを履いた弟子、安堂風香がゴロゴロしていた。
今でも不思議に思う。この家には俺と魁斗の2人しか出入りしないものだと思っていた。それが今ではこうだ。魁斗がいない時を狙って、風香はたまにうちへとやって来る。
「出来たぞー」
俺は魁斗を途中から男手一つで育てた……自信はないが。だから料理も多少の自信はある。
「おほほー! 今日は何味かな〜」
実家のようにくつろいでいた風香が起き上がって嬉しそうにやってくる。こうして俺の作った飯を期待して食べてくれるのは正直嬉しい。
「今日は風香の好きな醤油だ!」
「おおー! さすが師匠! ……それで? 味玉がなぜ入ってないんですか?」
「あ」
すっかり忘れていた。風香は味玉入りの醤油ラーメンが好きなのだった。
「す、すまん! 普通に忘れてた!」
「まあいいでしょう。それじゃっ、いただきまーす!!」
本当に嬉しそうにラーメンを食べる風香。こうして風香の姿を見ていると、親戚の子供のような感覚を覚える。
「……」
魁斗もこんな風に食べていたこともあったかな。そんな気がする。
「それで師匠。昨日の話、本当なんですか?」
風香は唐突に切り出した。
「魁斗君が、力を取り戻したって」
昨日の話。それはつまり俺が魁斗から電話を受け取った後の話だ。
魁斗からの電話の内容はこのようなものだった。とある場所に富士見の両親が監禁されている。指定の時間になったら助け出して欲しい。
俺はその話が怨霊の言っていることと繋がっていることに気づいた。
そうして俺は富士見姫蓮の両親を助けに向かった。そこで出会った1人の男、音夜斎賀。怨霊も口にしていた男だった。
その男は怨霊に取り憑かれており、そして無様にも逃げられてしまった。
その後に俺は、怨霊と富士見に関する情報を得たのだった……
「ああ。いつ取り戻したのかはわからない。まさか本当にこんな日が来てしまうなんて」
魁斗が所持している力。それは幽霊を吸収することができるという力。名をゴーストドレインという。
魁斗がその力を発揮したのはまだ幼い頃だった。たまたま幽霊に触れた魁斗は、それを無意識に吸収してしまった。俺はその瞬間をはっきりと目撃した。
そして魁斗を幽霊と関わらせないために、俺は知り合いに頼んで力を封じ込めてもらったのだ。
「それで魁斗君は富士見姫蓮ちゃん、でしたっけ? その子と関わってしまった。そして、怨霊の狙いは……」
怨霊の狙いは富士見姫蓮だ。どういうわけか、魁斗と富士見姫蓮は知り合いになってしまった。魁斗のことだ。友達が危険な目にあうと分かれば助けるに決まっている。
魁斗を出来るだけ怨霊に関わらせるわけにはいかない。魁斗はまだあの力の全てを知らないのだから。
「風香。1つ頼みがある」
「ん? なんですかー?」
風香はラーメンを食べ終えて、丼をキッチンへと運んでいった。
「今後、魁斗と接触してくれないか?」
「え!? いいんですか? 一体どういう風の吹き回しです?」
「お前の話だと、魁斗はあの力を使って幽霊退治をしてるんだろ? だからそれを利用するんだ。魁斗を怨霊から引き剥がすために、風香があいつに課題を与えるんだ」
以前に風香から話は聞いていた。魁斗は学校で幽霊に関する相談をよく受けていると。
なんでそんなことを風香が知っているのかはどうでもいいとしてだ。今となってはすでに魁斗はゴーストドレインを使って、幽霊がらみの事件をいくつも解決しているかもしれない。だから逆にそれを利用するのだ。
風香に直接魁斗と関わってもらう。そして風香は霊媒師でもある。幽霊を霊界からこの世界に呼び寄せることも容易い。
そうして魁斗に怨霊とは別の課題を与えることで、怨霊から遠ざけるという作戦だ。
「なるほどー。じゃ、私。何しちゃってもいいんですねぇ〜!」
「さすがに人に迷惑をかけるようなことはするなよ!? 霊媒師としてやっていいことと悪いことがあるのはお前もよくわかってるだろ?」
「私そんなに悪い子じゃないですよー?」
と、わざとらしくウインクをする風香。
「そういう小悪魔的な動きはやめろ! そうやって年頃の男子は騙されてくんだ!」
「ふーん。師匠は騙されないんですかー? ピッチピチのJKを部屋に連れ込んで……まさかいやらしい目で見てるんじゃ」
ば、ばかは言わないで欲しい。これでも俺は既婚者だ。さすがに魁斗の一個下の子供に欲情なんてするわけがない。
のだが、風香はわざとらしく寝そべってなまめかしい動きをする。格好も格好なだけあって、色々と邪な気持ちが生まれそうになる。
「だー!!!! やめやめ!! それよりもお前はなんでいつもその格好なんだ!? 学校の制服とか着ないのか??」
「これは私なりの除霊師の弟子としての姿ですー。師匠には制服姿は見せられませーん!」
なんだ、そんな理由があったのか。納得はできないが。
「と、とにかくだ! お前はなんとかして魁斗と関われ。そして課題を与えるんだ。いいな? くれぐれも常識的な範囲の幽霊を使えよ? 地縛霊とか怨霊、生霊は絶対使うな! せいぜい浮遊霊か騒霊ぐらいにしておけ」
浮遊霊や騒霊についてだが、多少の被害は出てしまうかもしれないが大した存在ではない。魁斗に与える課題としてはうってつけだろう。
「それから正体は絶対明かすな。お前はあくまでただの一般人として接するんだ」
「えー。私魁斗君と幽霊のお話したいんですけどー」
「我慢しろって。幽霊の話なんて俺といくらでも出来るだろ」
ぶー、と頬を膨らます風香。本当にあざといなこいつは。
「はいはいわかりましたよー。じゃあそっちはもういいですか? 私もそろそろ本題に入りたいんですけど」
話にはまだ続きがある。怨霊とは別にもう1つ。動物霊について。
「私が確認出来た動物霊は2匹。ですけどなんの動物霊かはわからないですね。せめてそれがわかればいいんですけどねー」
風香曰く、その動物霊は怨霊に匹敵するほどの力を持ち合わせているとのことだった。動物霊にも種類がいくつか存在するのだが……
「なあ風香。その動物霊は2匹とも怨霊に匹敵するほどの力を持っているのか?」
「いえ、片方はまだそんなでもないです。問題はもう片方。明らかに霊力が高かったですね。私も姿までは確認出来なくて……」
逆に考えれば、姿を確認しなくてもわかるほどに協力な動物霊だったということがわかる。
「今も補足出来ているか?」
風香が貼った結界。それには範囲があるが限界がある。その範囲を超えてしまった場合は補足が出来ない。
しかし、問題は予想を超えていた。
「いやぁそれが、結界。破られてます」
「な、なんだと!?」
「うーん、いつだろう。昨日の時点でもうやられてたかもしれないです。動物霊を追いかけるのに夢中で気づかなかったみたいです……」
怨霊の仕業である可能性が高い。怨霊にとっても結界は困るものだろう。破壊してもなんら不思議ではないし、破壊出来るほどの力を持っている可能性だってある。
「再設置にはどれだけかかる?」
「そーですね……距離を狭めれば2週間ぐらいあればなんとか」
結界を張るには時間がかかる。結界はただ張ればいいというものではない。その地の地脈などの計算が必要なのだ。だから必然的に時間がかかってしまう。
「くっ……とにかく結界を張らないことには話が進まない。風香、お前は魁斗との接触と結界を優先してくれ」
「えー、私仕事多くないですかー」
「弟子ならそれぐらいはいって1つ返事で答えるんだよ」
「ちぇっ、とんだブラック除霊師ですね……」
どのみち俺は怨霊を追わねばならない。怨霊さえ始末してしまえば済む話なのだ。
しかしあの霊媒師と霊能力者の2人曰く、今は絶対に除霊することは出来ないという。
「……」
その話を聞いたとしても、やるべきことは変わらない。たとえ初代怨霊が不可能でも、その周りにいる怨霊……俺と昨日対話した怨霊や音夜斎賀といった敵。彼らを放置するわけにもいかない。
そして2匹の動物霊。今はまだ霊力が高いというだけで何かをしているわけではない。しかし怨霊の言葉が本当なら、敵は怨霊だけとは限らないということになる。
「師匠はどうするんですか?」
風香の問いに俺は答えた。
「俺は俺で怨霊と動物霊を追う。それから……」
「……?」
「1人会っておこうと思う人がいる」




