動物編・裏その2
俺のすぐそばには1人の女性が倒れている。先ほどまで怨霊に取り憑かれていた女性だ。
「ふぅ……ま、こんなところだろう」
俺は風香と別れたあと、すぐに怨霊を追った。多少苦戦しつつも、なんとか見つけ出して除霊したところだった。
「……」
女性の見た目から察するに、まだ20代前半といったところだろう。肌もまだ若々しく、化粧もバッチリ決まっていた。
それが、怨霊という存在に取り憑かれて台無しになってしまったのだ。
「安心しろ。もう大丈夫だからな。すぐに元の場所に帰してやる」
俺はふと、そんなことを口にしていた。俺に今のようなセリフを言う資格なんてないのに。俺は逃げ出したのだ。責任を負うのが怖くて。
だが、今はこうして除霊師として活動している。昔の俺が聞いたら、絶対信じないだろう。
「なんだよ。もうやられちまったのかー」
そんな時だった。森の奥から声がした。
「誰だ!?」
俺はとっさに立ち上がり周囲を見渡した。しかし草や木が生い茂っており、相手の姿を捉えることが出来ない。
「ったくよぉ。全然強い手駒が揃わねーじゃねーか。やっぱり男じゃなきゃダメなんかね」
声は……女だ。またもや若そうな女の声だった。怨霊の中では若い女に取り憑くのが流行ってるのか?
「姿を見せろ。ただ声をかけてきたわけではないだろう」
相手が怨霊だとすれば俺に意味もなく声をかけてくるとは思えない。何か意図があるはずだ。
「へぇ……まあさすがにわかるよな。いやしっかし俺もいい加減に雑用は飽きるってもんだ」
怨霊は姿を現さない。当然だろう。姿を見せれば俺に除霊されてしまうからだ。
「まあいい。俺がここに来たのはちゃんと理由があることだ、除霊師」
「貴様らの目的はなんだ? 貴様らがやっていることは明らかに普通の怨霊とはかけ離れている」
怨霊とは本来であれば自発的に人間に取り憑くものだ。しかしこの街に彷徨っている怨霊は、一部を除いて前例に従わない。ある特定の怨霊が、人間に怨霊を取り憑けているのだ。
「貴様らの元を辿れば1体の怨霊に辿り着くことはわかっている。初代怨霊……俺たちはそう呼称することにした。そしてお前は、初代怨霊から分離した一部。そのお前は他の人間に怨霊を取り憑け回っている。その目的はなんだ?」
先程この怨霊は手駒が揃わないなどと言っていた。それだけ聞けば目的は手駒を集めることになる。しかし本当にそれだけなのか?
「おいおいわかってねぇな。俺たちはお前らに情報を伝えに来たんじゃねーよ」
そうして怨霊は一拍おいて声を轟かせた。
「宣戦布告だっ!! 俺たち怨霊は人間に牙を剥く!! 今日はこの街にただ1人しかいない除霊師のお前にそれを伝えに来たってわけだ!!」
宣戦布告、だと? 幽霊が人間に対して。
「霊媒師と霊能力者の方は音夜に任せてるからな。ついでに富士見もなぁ!? は、はは。はははははははははははははははははは!!!! ついに時は来たんだよ!! 俺たちの時代がな!! 何百年と待ったがそれももう終わりだ!! 後数ヶ月で人間の世界は終わりを告げる!! そして……俺たち幽霊の世界が誕生するんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
怨霊は高らかに宣言する。人間の世界は終わり、幽霊の世界が訪れると。
「そんな馬鹿げたことを言うためにわざわざ俺の前に現れたって言うのか? 確かに貴様ら怨霊は悪霊だ。祓わなければならない対象だ。だがな、たとえいくら貴様らが力をつけようが人間の世界を終わらせることなんて出来ない」
不可能だ。一体何をどうしたら幽霊の世界が誕生するというのだ。
「お前はまだわかっちゃいないんだな。今年が一体、何年なのか知っているか?」
「……?」
「来遊市が誕生して丁度500年目の年だ」
「それが何だっていうんだ」
怨霊はなぜか小さく笑った。
「わからねぇならいいさ。それよりお前。さっき俺たちにそんなことは不可能だって言ったよな?」
「ああ言ったさ。怨霊だろうがなんだろうがこの世界の常識を覆すことは出来ない」
「お前にはアレの考えは理解できねーよ。ああ、初代怨霊だっけ? まあ呼び方なんてどうでもいいんだけどよ……っと、そろそろ音夜も動き出すか」
怨霊の声が遠ざかる。本当にそれだけ伝えるために現れたというのか?
「待て!! このままみすみす逃すか!!」
「そうだ! 最後にもう1ついいことを教えてやるよ!」
怨霊は大きな声で再び叫んだ。
「この街でやらかそうとしてんのが、俺たちだけだとは思うなよ?」
その次の瞬間、怨霊の声はスッと消えてしまった。
「どういうことだ……」
怨霊の言っていることが真実かどうかはわからない。だが、真実でないとしたらあの怨霊はなぜここに現れた? 目的がわからない。本当に宣戦布告をしに来ただけなのかもしれない。
それに最後の言葉。
『俺たちだけだとは思うなよ』
俺たち、とは怨霊のことだろう。それだけではないということは……
「……!」
突然、携帯が鳴り響く。俺はすぐに出た。
『あ、師匠! そっちはどうですかー?』
風香だ。風香は住宅街の方になんらかの存在をキャッチして向かったのだった。
「こっちは片付いた……だけどわからないことが増えた。それは後で話す」
何か引っかかる。先ほどの会話で何かを見落としている気がする。
『……? それは気がかりですねー。それとこっちもあまり良くない報告があるんですけど大丈夫ですかー?』
よくない報告? それは怨霊が真実を述べていたことを意味する事だった。
『こっちで捉えた霊力の元、辿ってみたらまあまあ厄介なのがいましたよ。動物霊、しかも2匹です』
「待て。動物霊だって? それなら低級霊だろ? 大したことないんじゃないのか?」
動物霊は幽霊の中でも力は低い方で、人間への影響力も少ない。ある意味、1番人間に被害が出ない幽霊といっても過言ではない。
『それが大したことある奴になってたんですよ。私も初めて見ましたよ。今は様子を見るべきと判断して除霊は行わなかったです』
「どういうことだ? そんなに協力になっているのか?」
風香は答えづらそうにしている。
『……動物霊の霊力なんですけどね……はっきり言ってさっきの怨霊より上だと思います』
「は!? そ、そんなバカなことあるか!?」
風香の言うさっきの怨霊とは、俺が除霊した怨霊のことだろう。それよりも上となると、先ほどまで会話していたあの怨霊ぐらいという可能性もあるというのか?
「何かの間違いじゃないのか? さすがに動物霊が怨霊と同等はおかしいだろ!」
だが怨霊のセリフを思い出す。怨霊以外にも何かをやらかそうとしている幽霊がいる。まさかそれがその動物霊だというのか。
『私だって信じられないですよー。でも実際に見ちゃったんですからしょうがないじゃないですかー』
確かに風香は霊能力者でもある。霊能力者は霊力を感じ取ることが出来る。ある程度まで接近すればその幽霊の正体も大体わかる。
その風香が言っているのだ。間違いなはずがない。
『それに……やっぱりおかしいですね。私が補足した動物霊以外にも何か強力な霊力を持ったものが動いてます……2体いますね。1体は怨霊……っぽいですね……もう1体は……何コレ? なんかよくわからない存在と……あれ、これは……霊能力者と霊媒師も一緒にいる……?』
風香が貼った結界内に再び誰かが入ったのだろうか? しかし霊能力者と霊媒師も一緒というのはどういうことだ?
なんだ? 何か見落としている気がした。そう思っていた。あの怨霊は宣戦布告を告げた後、なんて言っていた?
霊能力者、霊媒師。そして……
『私の名前は富士見姫蓮と申します』
「……!!」
思い出した。あの怨霊は富士見、と言っていた。そして俺はその名前を知っている。
魁斗がうちに連れてきた女の子。あの子は確かにそう名乗っていた。もしあの子が怨霊に狙われているのだとしたら?
「悪い風香! また後で掛け直す! お前はもううちに帰れ!!」
『え? ちょちょっと何言ってるんですかー、まだ動物霊が……』
俺はすぐに通話を切った。そして走り出す。嫌な予感がする。的中しないでくれ。俺は誓ったんだ。
魁斗を、絶対に関わらせないと。しかし、それを打ち砕くかのように。
「……! 電話??」
風香ではない。俺は画面に表示されている名前を見て絶句した。
「魁斗……!」
魁斗から電話を受けて、俺はとある場所へと向かった。そこで全ての真実を知ることとなった。
怨霊の目的。不死身の幽霊。霊媒師。霊能力者。そして。
富士見姫蓮についてーー




