怨霊編その6
風香先輩の一言で俺は彼女の言葉に意識を向けた。
「なんでそのことを知ってるんですか?」
『ごめんごめん。さっきまでちょっとつけてたんだよね』
まさかつけていたのは風香先輩だったのか。
『それで話が聞こえちゃったからね。こうしてアドバイスをしようかなって』
アドバイスって、やっぱりこの人は普通じゃない。確実にこちら側の人間だ。
「だったら直接言えばいいじゃないですか」
『言ったでしょー。私は忙しいんだよー。今ももう移動中。だからこうしてわざわざ電話してるんだー』
この際風香先輩の正体などはどうでもいい。結論、そしてこれから為すべきことを聞き出す。
「それで? 怨霊について、って言ってましたよね? やっぱり富士見に取り憑いたのは怨霊で間違いないと?」
『まーあの現状から考えればその線が1番高いと思うよ。それで魁斗君? さっきの様子だとゴーストドレインは発動しなかったみたいだね』
事実だ。幽霊を吸収することが出来る能力、ゴーストドレイン。だというのに効果が発揮されないなんて全く役に立たない。何のための力なんだ。
『だとすると、姫蓮ちゃんを助けるには除霊師に頼むしかないね。魁斗君、知り合いに除霊師はいる?』
「知り合い……にはいないです。あったことならあるけど……」
『うーん。まあそれは安心していいよ』
一体何を根拠に安心できるというのだ。
『私の知り合いに除霊師がいるから。その人に頼んで祓ってもらおう』
彼女の素性がまだわからないが、知り合いにいるというならその人を頼るしかない。
『だけど、それだけじゃ無理ってこともあるかも』
「ど、どういう意味ですか? さっきと言ってることが違うですよ!」
『だってさ、姫蓮ちゃんには不死身の幽霊が取り憑いてるわけでしょ? もしかすると除霊師でも祓うことが出来ないかもしれない』
なんでだ。なんでそうなる。とことん邪魔をするのか、不死身の幽霊は。
『だから万が一のことを考えるべき』
「万が一って、除霊師がダメだった場合の対処法があると?」
『そうだよ。魁斗君は幽霊って自発的に取り憑くと思う?』
質問の意味がわからない。今はそんなこと言ってる場合ではないのに。
「要点だけお願いします、こうしてる間にも富士見は……!」
『あーごめんごめん。なにが言いたいかってことでしょ? 自発的に取り憑く幽霊ってのは例えば浮遊霊や地縛霊、騒霊だね。じゃあ怨霊は? 怨霊も自発的に取り憑くよね。だけどね。この街の怨霊は違う。』
この街の? どういうことだ?
『魁斗君は日本三大怨霊って知ってる? まあそれに近いものだよ。この街にはかなり昔からずっとこの街に彷徨ってる怨霊がいるんだ。ここまで聞けばもしかしたらわかるかな?』
「まさか……音夜に取り憑いてる怨霊は……」
その怨霊だというのか??
『正確には違うかな。その怨霊の一部ってところだね。私たちはその怨霊のことを『初代怨霊』って呼んでるんだけど、その初代怨霊は長年にわたってこの街に残り続けたから力が強まっちゃったんだよね。そうして初代怨霊は自身の力を分別して他の人に取り憑かせているんだ』
なんだそれは。何もかもがイレギュラーすぎるではないか。
「……今に始まった話じゃないか、この街なら」
とはいえ、ここまで話の規模が大きくなるとは思いもしなかった。初代怨霊。そいつが怨霊の力をバラまいて人に取り憑かせているなんて。
『そして音夜斎賀。彼はなぜか怨霊に取り憑かれても平気っていう特殊な体質の人間だったってわけなんだ』
やはりそういうことか。奴もまた、特殊な体質の人間だったということだ。
「それで、それがどう繋がるんです?」
『うん。つまりこの街の怨霊は自発的ではなく、意図的に人から憑けられるっていうことになるね。そしてここからが本題だよ。仮にAという人物がBという人物に怨霊を憑けたとしよっか。この場合Bは何もできないけど、Aには取り憑いた怨霊を再び取り除くことが出来るんだ。……つまりね』
そこまで聞けばわかる。何をなすべきかを。
「富士見に取り憑けた奴なら富士見を治せるってことか」
となればすぐにでも音夜を追わなければならない。
『そう。だけど魁斗君は1つ勘違いしていることがあるよ』
「なんですか? もうここまでわかれば後は音夜を……!」
『そこだよー。姫蓮ちゃんに怨霊を取り憑けたのは音夜じゃないよー」
は……?? なんだって??
「音夜じゃない……? じゃあ誰だって言うんですか?」
『それは私にもわからないなー』
「っ! ふざけないでください! そもそもなんで音夜じゃないってわかるんですか!!」
俺はあの状況を見ていたのでわかる。どう見ても音夜がやったようにしか見えなかった。
『そうだね。彼の性格上ありえないってことかなー』
どういうことだ? 音夜の性格? そんな曖昧な材料で判断できるのか?
『魁斗君。姫蓮ちゃんのご両親が誘拐された話は知ってるよね?』
「知ってますよ。それがなにか?」
『音夜斎賀。彼がその実行犯だよ』
風香先輩はあまりにもあっさりと言った。あの男が? 富士見の両親をさらい、富士見に自殺を命じた犯人だって?
「そんな、あいつが……」
『それで再び確認するね。音夜斎賀は姫蓮ちゃんのご両親を誘拐したあと、姫蓮ちゃんに何をしたか?』
あの男は富士見に自殺を命じた。恨みを持っているとの話だったが、音夜は自ら殺すことはしなかった。わざわざ自殺をさせようとしたのだ。
そんな遠回りなことをする奴が、怨霊を取り憑けるようなことをするか?
『音夜斎賀は自らの手で姫蓮ちゃんは殺さない。彼の目的は姫蓮ちゃんを絶望させること。自殺を命じたのも、自らの手で命を立たせようとして絶望させようとしたんだよ。そんな人が怨霊なんて取り憑けると思う? だって怨霊に取り憑かれた人は放っておくと死んじゃうんだよ? そんなの、彼からすればなんにも面白くないでしょ?」
一瞬、ゾワっとしたのがわかった。もちろん風香先輩の意思なのではないのだろうが、電話越しでも思うところがあった。
結論をまとめると、音夜斎賀は富士見に激しい恨みを持っている(内容は不明)。
音夜は怨霊に取り憑かれているが、平静を保つことができる。
富士見は怨霊に取り憑かれている。風香先輩の知り合いである除霊師に頼んで除霊をしてもらうつもりだが、成功するとは限らない。
「じゃあ、どうすんだよ」
ヘッドホンがごもっともな意見を述べる。
『ん? 今の声は……?』
やばい。風香先輩にはヘッドホンのことはバレたら色々まずい気がする。
「と、通りすがりの一般人ですよ……そ、それより音夜じゃないとしたら一体誰なんです?」
とりあえずなんとか誤魔化せたか?
『さっきも言ったけど、音夜に取り憑いてる怨霊は初代怨霊の一部なんだ。つまりね、他にもいるんだよ。初代怨霊の一部に取り憑かれた人が』
「つまりその誰かわからない奴が富士見に取り憑けたって言うんですか?」
だとしたらどうやってそんな奴見つけろというんだ。
『大丈夫。今日1日の行動を思い出して。怨霊を取り憑けるにしてもそれなりに接触してこないと不可能だからね。今日1日、姫蓮ちゃんと魁斗君に関わった人。その人たちに絞って探すしかないよ』
今日1日。それはこの偽のデートで関わった人たちのことを指す。パッと思い浮かんだのは……
「神速の完二、マッチョの店員、丸メガネ、萌え絵、ロン毛、イチャつきカップル、レポーターとカメラマン……ぐらいか」
『それだけ聞くと君達は一体何をしていたんだって聞きたくなるね』
だが果たして本当にあり得るのだろうか? そもそも今日に憑けられたとは限らないし。
『それはないよ』
そのことを聞いてみるとあっさりと否定された。
『取り憑けた人は怨霊の力を調節できるんだ。例えばさっきのAとBにまた登場いただこう! AがBに取り憑けたのが今日の午前10時だとしよう。Aは怨霊の力を操って、まだBに気づかせないようにする。そして午後3時にAは怨霊の力を放って、Bは倒れてしまった。と、このようなことができるんだー』
し、知らなかった。いや、当然か。怨霊を他人に憑けるって行為自体がイレギュラーなんだ。知るはずもない。
『だけどそれには限度があるわけで、力をセーブできるのは24時間だけなんだ。つまりほぼ確実に今日出会った人間じゃなきゃありえないってことになるねー』
そういうことなら納得できる。
「本当に接触してきた人だけなんですか?」
『いやーそんなことはないよー。ただその可能性が高いってことだよ』
可能性の話をされても……しかし風香先輩は納得のいく説明をした。
『魁斗君さー、怨霊の性質忘れたの? 恨みだよ? 今日1日で仮に姫蓮ちゃんに恨みを持つような人間があるとすれば、間違いなく関わった人だけでしょー』
「あっ……」
確かにそうだ。何も知らない通りすがりの一般人が急に富士見に対して恨みを持つか? そしてわざわざ怨霊を取り憑けるなんてことをするとは思えない。 だとしたら接触した人間は?
例えば神速の完二。奴は富士見をナンパしようと声をかけてきた。結果としてはマッチョ店員に敗北して追い出された。あの出来事でマッチョ店員を恨むのが妥当だが、同時に富士見を恨んでもおかしくはない。
「は、はは。まじかよ」
今日1日の偽デートのせいでこんなことになったかもしれないと考えると胸が苦しくなる。もし俺が断っていたらこんなことにはならなかったかもしれないのに。
『魁斗君のこれから為すべきことは決まったね』
今まで関わった人の中で富士見に怨霊を取り憑けそうな人物を探す。そして富士見を治させること。
「風香先輩」
『ん? 何かなー?』
「はっきりいって聞きたいことは山ほどありますよ。怨霊のことを知ってる理由。富士見のこと、音夜のこと。全て終わったら話してもらいます。だから1つだけ聞かせてください」
これだけは聞かずにはいられなかった。
「安堂風香。あなたは一体何者だ?」
風香先輩は一瞬間をおいて、こう答えた。
『私は魁斗君の超頼りになるスーパー可愛い先輩だよー』
一方的に切られた。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あの女!! 絶対正体暴いてやる!!」
「落ち着けよ。今はあいつの正体なんかどうでもいいだろ」
ヘッドホンの言う通りだ。とりあえず落ち着こう。
「そ、そうだな。とりあえず手始めに……」
まずはさっきの地割れ現場に戻ろう。まだレポーターとカメラマン、カップルがいるかもしれない。
俺は今日辿った道を、今度は走って戻った。




