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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
ポルターガイスト編

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ポルターガイスト編その12

 とある日の思い出が唐突に浮かび上がった。とある夏の日。父さんと母さんが別々に暮らすということがわかった。母さんは生まれ育った街に帰るという。姉ちゃんと恵子は母さんに連れて行かれることになった。

 俺は最後に3人で遊びたかった。だからわがままを言って最後の日、奏軸家で遊ぶことになった。

 そうだ。俺はあの日あの家に来ていた。とはいえ、出来たばかりの新築で今とは雰囲気も全然違う。だから最初に見た時気づかなかったのだろう。

 子供だった俺たちはひたすら遊んだ。鬼ごっこもした。かくれんぼもした。時間いっぱい遊び尽くした。午後、俺は帰ることになっていた。最後の別れになる。その時が近づいた時、恵子がいなくなっていた。それに俺はいち早く気づいたのだ。

 俺は恵子が森の中に行ったのではないかと思い、1人で森の中に行って探した。探し続けた。ひたすらに奥まで。

 しかしなかなか見つからず、もう日が暮れようとしていた。そんな時だった。古い、建物があった。今にも崩れそうな古びた廃墟だった。

 子供ながらに冴えていたのか、ここに恵子がいるのではないか? そう感じた俺は廃墟の中を探した。

 途中、恵子が持っていたおもちゃを見つけた。俺はその時確信した。恵子はここにいる。

 俺は階段を登った。登って階段を探した。そしてまた登って、また階段を探した。その繰り返しだった。子供だった俺からすればかなりきつかった。でもそれでも登り続けた。

 頂上に着き、やっと恵子を見つけることができた。恵子はうずくまって小さくなっていた。服に汚れがついて目立っていた。

 恵子もまた、ここを登ったのだろうと考えると俺はとても悲しくなった。


「恵子のバカヤロウ!」


 俺はつい、怒鳴っていた。そして叩こうとした。でも、それは出来なかった。


「ごめんなさい……」


 恵子は謝った。俺は理由を聞いた。なぜこんなところに来たのか。


「お兄ちゃんに、見つけてほしかった……もっと、一緒に遊びたい」


 恵子はそう言った。それは、俺も同じだ。俺ももっと一緒にいて遊びたい。だから俺はここで遊ぶことにした。

 その後もずっとこの古びた廃墟で遊んだ。ずっと、ずっと。

 時間が経つのは早かった。気づけば夜空は真っ暗になっていた。

 心配して探してくれていた父さんが俺たちを見つけた。俺はこっぴどく叱られた。あんなに父さんが怒ったのはあれが初めてだったかもしれない。


「ねえ、お兄ちゃん」


 恵子は涙目になりながらも、俺を見て言った。


「また、遊んでくれる?」


 俺は、分かっていた。父さんから言われていた。もう奏軸家と関わることは、大きなきっかけがない限りしばらくはないと。理由は知らない。でも俺はそう言われていた。だから、子供ながらにきつかった。


「ああ、約束だ。姉ちゃん含めてまた3人で遊ぼうな」


 俺は、そんな悲しい嘘をついた。


 こうして、俺は忘れてしまった。いや、違う。自ら忘れることを望んだのだ。こんな辛い思い出なら、いっそのこと忘れようと。

 俺は、逃げたんだ。嘘までついて。いい思い出だけを残して、辛いことは全て忘れてしまう。なんて卑怯な男なんだ。俺は。

 だから、もう逃げるのはやめだ。ちゃんと向き合わなければならない。


「恵子! 恵子! 恵子……!!」


 気を失っている恵子を揺する。少しずつ彼女の呼吸が戻りつつあった。


「……あ、え……ここ」


 気がついたようだ。取り憑いていた地縛霊は吸収した。残っているのは正真正銘、恵子だけだ。


「そうか……ここってことはやっぱり……」


「気づいていたのか?」


「なんとなく。そんな気はしてた」


「……っ! バカヤロウ! だったらなんで言わないんだ! 姉ちゃんのことだけ言って自分のことは隠すなんて!」


 俺はつい怒鳴っていた。恵子は自分に幽霊が取り憑いているかもしれないなんて話は一度もしなかった。それなのに姉ちゃんの心配ばかりしていた。


「だって……」


 恵子は今にも泣きそうな声で言った。


「心配、かけたくなかったんだもん」


「……っ!」


 その言葉に息がつまる。恵子は、今までどんな気持ちで俺に接していたのだろう。


「それは俺も同じだ! 俺も、心配してた!」


「嘘だよ。あたしのことなんて覚えてないのに」


 気がつけば、俺は恵子の肩を掴んでいた。


「違う! 思い出したんだよ! ちゃんと、お前のこと……! 恵子のこと思い出したんだよ!!」


「……!」


 恵子は一瞬、動きを止める。その目には涙を浮かべていた。


「は、ははは。やっと、名前で呼んでくれたね」


 俺は、恵子を抱きしめていた。


「ごめん。今までごめん! 俺はずっと逃げてたんだ。恵子に嘘ついたことからずっと逃げてた。それを忘れることで気持ちを楽にしようとしていた。俺は卑怯者だ」


 恵子はなにも答えない。


「でも、思い出したんだ」


 今思えば最初に部室であった時。俺は姉ちゃんの話ばかりして、恵子のことはなにも話さなかった。それが、どれだけ辛いことか。


「ずっと、泣いてたよな。すごい泣き虫だった」


 昔のことを思い出す。


「それでいてすごいわがままだったよな。はは、それは今も変わらないか」


 俺が変わらなければ、これから先なにも変わらない。


「そして、すごい強かった。子供ながらに感じてたよ。恵子はすごい強い子だって」


 俺は変わる。恵子に嘘をついていたことを受け入れる。そして、先に進むんだ。


「俺は、そんな恵子のことを忘れてしまっていたんだな。ごめんな。ほんとに、ごめんな」


 謝った。なんども、なんども、なんども。謝った。それで許されるとは思っていない。ただの自己満足だったのかもしれない。

 だとしても、俺には謝る義務がある。


「もう、いいよ」


 恵子はポツリと呟いた。


「あたしは、ずっと忘れずに覚えていたよ。約束のことも。何もかも覚えていたよ……それは、これからもずっと変わらないよ?」


 恵子は明るい瞳で俺を見て言った。


「だからさ、約束、してくれる?」


 俺も、恵子の目を見る。


「また、3人で一緒に遊んでくれる?」


 あの時と同じセリフ。だけど今度は違う。今度こそ約束を果たすのだ。


「ああ、約束だ。今度こそ、守ってやる」


 恵子は立ち上がり、階段の方に向かって汚れた足で駆けていった。


「ありがと。お兄ちゃん」


 恵子は泣きながらも精一杯の笑顔を見せた。この笑顔のためなら、どんなことにも耐えられる。俺はそう思った。


 翌日、全てを説明した。姉ちゃんにも、帰った富士見にもだ。そして地縛霊についても。

 地縛霊のやったことは許されることではないが、土地を守ろうとした気持ちは理解できる。そして地縛霊は決して人を傷つけることはしなかった。それだけでも十分恵子の影響を受けていたのだろう。


『それで、その廃墟はどうなるのよ?』


 俺は富士見に電話で現状報告をしていた。


「ああ。姉ちゃんが頼んであそこだけは残すように説得してみるって。多分なんとかなるってさ」


「しっかしまあアンタもよく気づいたよな。アタシは全然気づかなかったよ」


 最初は確信はなかったが、徐々に材料が揃っていった。パズルのピースが埋まっていくような感覚だった。地縛霊も言っていたが、少しだけ探偵らしかったかもしれない。


『それで? 怪奇谷君、私1人先に帰してどういうつもりなのかしら?』


「あー、それについては悪い」


『ふふ。冗談よ。私も家庭の事情に深入りするほど野暮じゃないわよ』


 理解があって助かる。こういう時富士見は察してくれるからありがたい。


『ちゃんと帰ってきたら智奈にもお礼言いなさいよ?』


「わかってるって……おっと、じゃあとりあえず切るな」


 姉ちゃん達に呼ばれたため、電話を切る。


「おやおや、愛する妹達がおよびってか。ひゃ〜さすがシスコ〜ン」


「おま、次ふざけたこと言ったら叩き割るぞ!」


 ヘッドホンをポカポカ叩きながら俺は姉ちゃんと恵子の元に駆け寄った。


「兄ちゃん。何してんの?」


 恵子が変な目で見てくる。


「え? ああいや。ヘッドホンの調子が悪くてな」


「魁斗。それいつもつけてるよね? ボロボロだけど新しいの買えば?」


「ははは。俺、これ気に入ってんだ」


 首元がなんだか暑い気がするが故障でもしたのだろうか?


「約束、忘れないでよね?」


 恵子が心配そうに言った。


「約束?」


 姉ちゃんが続けて言う。


「うん。また3人で遊ぼうって」


 昔、同じ会話をしたような気がする。


「へぇ、魁斗ー。そんな約束したの?」


 姉ちゃんは笑う。確か、昔も笑っていた気がする。


「ああ、約束した」


 昔と同じセリフを言っている気がする。まるであの時を再現しているかのように。


「あんまり信用できないなー」


 恵子が言う。やっぱり、昔と同じだ。


「大丈夫だよ。私は魁斗を信じてるよ?」


 そして姉ちゃんも全く同じことを言う。そういえばこの後、俺はなんて言ったんだっけ? 確か……


 約束だ。また3人で遊ぼうな


 って言ったんだっけ。なら、今の俺が言うべきセリフは。


「約束だ。今度こそ絶対に3人で遊ぼうな!」


 何かを変えなければ先には進めない。俺は、先に進む。今度こそ、この姉妹と向き合って。


ポルターガイスト編 完

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