ティーチャー編その1
8月5日。世間では夏休みを迎えていた。灼熱の太陽が光を照らし、外に出ただけで汗が大量に出てくる。これだから夏は嫌いなんだ。
そんな文句を心の中で呟くと、俺は大量の汗をかきながら制服を着て学校へと向かっていた。
さて、ここで問題だ。なぜ俺は夏休みだというのに学校に向かっているのか?
きっと誰しもが補修だと思うだろう。残念ながら不正解だ。では正解はなにか?
「え? 相談者?」
ある日、富士見から電話があった。『幽霊相談所』に相談者から連絡が来たらしい。話を聞きに行くために、学校へと向かうことになったのだ。
ちなみに富士見は今回は来れないらしい。どうやら家族で出かける予定があるとのことだった。
「いいよなー富士見は」
日差しが暑い。こんな光を浴び続ければすぐに喉が乾く。俺はたまらずいつもの自販機でGエナジーを購入する。我慢ならずにすぐ飲料を飲み干す。
「プハァー! やっぱこれだね」
一気に飲み干したせいか少しだけ腹が痛い。
「アンタさぁ。少しゆっくり飲めよ」
ヘッドホンが呆れ声で注意をする。確かに言う通りだ。だがしかし、この暑さでは仕方がないのではないか?
「いや、俺にとってこの飲み方こそ至高なんだ! 邪魔はさせんぞ!」
「誰も邪魔しないよ」
冷静にツッコミを入れられる。冷たいではないか。
「それより今回はどんな問題だろ〜ね」
全く、最近立て続けに問題が起こっている気がする。特に富士見との一件以降。相談者が多いのはあまり良くはない。
ちなみに姉ちゃんと恵子は今も無事に怪奇谷家で過ごしている。ポルターガイストについては父さんには説明していない。話すとややこしいことになりそうだしな。
「さあな。面倒ごとじゃなきゃいいさ」
「でもさ、前回のポルターガイスト事件。あれがなかったらアンタはあの姉妹と微妙な感じになってたんじゃないの?」
ヘッドホンの言葉が胸に伝わる。あの事件がなければ、俺は姉ちゃんと恵子の気持ちを理解できずに、そして大切な約束を思い出せなかったかもしれない。
「結果としてはな。でもやっぱりこういうのは頻繁に起きていいもんじゃないだろ」
実際にあの事件で被害も大きく現れた。事件は事件、いいことだけではないのだ。
そんな話をしていたら学校へと到着した。先に向かっているはずの智奈はもう着いているだろうか?
「よっ! 魁斗!」
そんなことを考えていると、金髪チャラ男の土津具剛にいつもの調子で声をかけられる。
「なんだ剛。お前なんで夏休みなのに学校にいんの?」
剛はフッとなぜか澄ました顔で言った。
「わからないのか……フッ……お前もまだまだだな。先生共がな、どうしてもこの俺に指導したいというからな。来てやったんだよ。夏休みの貴重な時間を使って、な」
「ああ、補修か」
「っておい!! 誰もそんなこと言ってないだろ!! 決して補修などではない! 俺が来てやってるんだっ!!」
よく考えれば当然の結果だ。彼は出席日数も多い方ではなく、ズル休みもよくしている。それでいて成績も良くない。そりゃ補修を受けなくちゃならないよな。
「あーはいはい。わかったよ。そういうことにしておく」
「そーゆーお前はどうなんだよ。なにしに学校に来てんだ? もしかしてお前も補修か?」
剛よ……お前も、なんて言ったらダメだろ。
「俺は違うぞ。相談があるってさ。だから、俺は違うぞ?」
あえて強調して言ったことでさすがの剛も気づいたようだ。
「……っ! な、だから俺は補修なんかじゃねぇって!」
「わかったわかった」
剛は不満そうな顔をする。
「くそ……で、相談ってあれか。えっと、『幽霊相談所』の?」
「そうそう。一応俺リーダーだし、聞かないわけにはいかないからな」
剛は何かを言おうとしたが、即座に顔の向きを変えた。剛は奥の方から歩いてくる人物に目を向けている。俺もつられてその方向を見る。
メガネをかけた女の人だ。きっちりとスーツを着こなした女の人は、大量の資料を持ってこちらに向かって歩いてくる。確かあの人は……
「同志辰巳。やっぱ美人だよなー」
同志辰巳。そうだ、そんな名前だった。この学校の非常勤講師だ。確か担当は1年だったか?
「都合よく風とか吹いてあの資料落とさないかな。そしたら全力で拾いに行くんだけどな」
「なにをバカなこと言ってんだよ」
剛がバカ言っている間に美人講師は通り過ぎて行く。同志先生は今年からこの学校に赴任した。最初に紹介された時一部で話題になっていた。
なぜかって? それはもちろん美人だからだ。
「なあ魁斗。知ってるか?」
剛は真顔になった。そして淡々と言葉を放つ。
「メガネかけてる人ってな。エロいんだ」
真面目に聞いて損をした。
「なにを根拠にそんなこと……」
「そうかそうか! お前にはまだわからねぇか! はっはっは!」
む。なんか侮辱された気分だ。ほんと、何を根拠に言っているのか。
「お前、時間大丈夫なのかよ」
「げ、やばい! 先生共に殺される!! じゃあな! 今度飯行こうぜー!」
剛はダッシュで教室へと向かっていった。全く騒がしい。
「嵐のようなやつだな」
黙っていたヘッドホンが首元で少しだけ動いた。俺はそれに答えようと声を発する。
「いや、全くそのーー」
「やあ! 魁斗君!」
俺の言葉は遮られた。再び声をかけられたからだ。今度は誰だと思い俺は振り向いた。
そこには以前声をかけてきた綺麗な先輩がいた。
「あ、あんたは」
「いやー。わざわざ夏休みなのに学校に来てもらって申し訳ないねー」
なぜか申し訳なさそうに頭を掻く先輩も制服じゃないか。
「えっと、先輩も補修ですか?」
「先輩呼びかー。うーん。悪くはないんだけどねぇ。私としては名前で呼んで欲しいんだけどなぁー」
なんだこの変な人は。そもそも名前知らないぞ。
「いや、そういうならまず名乗ってくださいよ」
「ハッ……! まさか私、まだ名乗ってない⁉︎」
俺は頷く。先輩はわざとらしく体を傾けて落ち込む。
「なんという……クッ! この私のここ1週間で1番の恥だ!」
「はぁ……」
「むむむ。呆れてるよね? 今絶対呆れてるよね? こんな可愛い先輩が落ち込んでいるというのに!!」
ほんとになんなんだ、この人は。富士見とはまた違うベクトルの人間だ。
「えっと、とりあえず名前、教えてもらっていいですか?」
「あ、そうだね。私は安堂風香って言うんだ。安は安い、堂は仏堂の堂! 風は風、香は香るだよー。よろしくぅ!」
握手を求められたので、俺は先輩の柔らかそうな手を握る。
「それで安堂先輩」
「あーあー! ストップストップ! 私苗字呼びは好きじゃないんだよー。悪いけど名前で呼んでくれると嬉しいな」
そういう人もいる。面倒くさい人ではあるがそれは仕方がない。
「それで風香先輩」
「むむ。それでも先輩は付けるのか……まあこれはこれでいいか!」
さすがに年上に対していきなり名前を呼び捨てにできないと思うのだが。
「一体なにしてるんですか?」
「ポルターガイストどうだったの?」
風香先輩は俺の質問には答えず、ほぼ同時に質問をしてきた。
「え、いや俺の質問……」
「私の質問に答えてくれたら答えてあげるよー。話には順番ってのがあるでしょ?」
どんだけ自分の話がしたいんだ。自己中なのだろうか?
「はぁまあいいですけど。えっと、ポルターガイストは無事に解決しましたよ」
「そっかーそれはよかったよ! それが聞きたくてずっと影で待ってたんだよ?」
待っていた? 一瞬疑問に思ったがそれはすぐに解決した。
「ああ、剛ですか。別に気にすることはないですよ」
剛が一緒にいたから気を使って話しかけてこなかったのか。剛がいなくなるまでわざわざ待っていた、そう考えると少し可愛くも思えてくる。
「私が気にするんだよー。ああいう子は好きになれないんだなぁ、犬みたいだし」
「犬ですか。確かにずっとハァハァ言ってるような奴ですし」
「魁斗君はハァハァしないの?」
なんだそのふざけた質問は。そしてなぜか顔が近い。この人、こんなふざけた人だけどめちゃくちゃ美人なのだ。そしてすごくいい匂いがする。
「し、しませんよ! ってか近い、近いですって!」
「ふーん。魁斗君お姉ちゃんキャラが好きなんじゃないのー?」
「ち、違いますよ! 変なこと言わないでください!」
まさかまた姉弄りか。俺はそんなにも姉好きに見えるのか。ってかなんで知ってるんだ!?
「同志先生とか好みなんじゃない?」
風香先輩はそんなことを言う。確かに同志先生は綺麗で美人ではある。一般受けも良いはずだ。でも俺は……
「俺は、あんまり」
「え? どうして?」
風香先輩は意外そうな表情で俺を見る。
「なんて言うか……あれは本当の姿じゃないっていうか。なんていえばいいのかわからないんですけど。本性を隠してそうっていうのかな」
俺にはなんとなくそう見えたのだ。表向きではニコニコしていたり、先生や生徒とコミュニケーションをよく取っている。
しかしそれは無理をしているように少なくとも俺は感じたのだ。疲れが目に見えるというか……とにかくその雰囲気が俺にはなんとなく苦手だった。
「ふーん。案外いい線いってるかもね」
「え?」
「ううん。それは後で話すよ」
後で? この後も同志先生について話すつもりなんだろうか? それは時間的に困る。この後は部室に行き、相談者を迎えなければならないからだ。
「あー、風香先輩。俺、この後将棋部の部室に行かないといけないんです」
遠回しに言ったが伝わっただろうか?
「ああ、『幽霊相談所』の拠点か! うんうん。私もそっちに用があるんだー」
え?? 先輩も?
「さっきの『風香先輩は一体なにしてるんですか?』に答えてあげよう」
風香先輩はその場でくるっと一回転した。
「私は『幽霊相談所』に用があって学校に来たんだー」
「え? 申し訳ないですけど今日は相談者が……」
言い切る前に風香先輩は自分を指差してこう言った。
「私が相談者だよ?」
こうして、俺は不思議な相談者と出会った。




