↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/176

14、豪華列車

 わたしは王都を素通りし、まっすぐビルツホルンへと連れ去られるらしい。

 事情は理解するし、実際問題、王都に家もない。妊娠初期のジェニファー夫人やマクガーニ閣下にこれ以上、迷惑をかけるわけにもいかないし、メアリーもジョンソンもリンドホルムに残してきてしまった。

 殿下が外遊に行って留守にしたら、王都にはわたしが頼れる人なんて、本当に誰もいなくなってしまう。


 となれば一応は秘書官である以上、わたしは殿下についていくしかない。それはわかるけれど。


 結局のところ、わたしの抱える問題は何一つ解決していない。

 殿下の正体も知り、プロポーズはされたけれど、ステファニー嬢との婚約は承認されたままだ。そんな状態でプロポーズされても、承諾なんてできない。


 そして名前が新聞に出てしまい、わたしにはもう、逃げ道も残されていない。


 この後に起こることを想像しても、ろくな未来は描くことはできない。

 わたしの将来は列車の窓の外に広がる夜の闇のように真っ暗だ。そして窓ガラスには、困惑したような、喪服姿の女が映っていて――。


「エルシー」


 窓を眺めているわたしの背後から、殿下が声をかける。

 窓ガラスには笑みを浮かべた殿下の端正な顔が映り、それが顔を寄せてくる。 


「ビルツホルンまで、汽車で七日だ。鉄道会社ご自慢の豪華寝台特急を予約したから、ゆっくり過ごせる」


 さらに、彼はわたしの耳元に口を近づけて小声で言った。


「本当は、新婚旅行で乗るつもりだったんだけどな。……まあ、下見だ」


 こんなに先の見えない絶望的な状況なのに、まだわたしと結婚するつもりらしい。殿下のこういう無駄に諦めの悪いところに、わたしは少しだけ勇気づけられた。




 一夜明けて早朝、王都の西駅に到着したわたしたちは、マクガーニ閣下と別れて東駅に近いホテルに移動し、朝食を摂る。殿下は朝食後に王宮に向かい、国王陛下に対し、外遊に出る前の挨拶をすると言う。


「風邪を引いたことにして引きこもっていたから、顔ぐらいは出さないと。記者どもが鬱陶しそうだが」

「婚約披露の晩餐会もすっぽかしたそうですわね? ステファニー嬢が真っ青だったとか」


 わたしの言葉に、殿下が目を見張る。


「なんで知って……あ、絵入り新聞《イラストレイテッド・ニュース》か!」


 それから気まずそうに肩を竦める。


「ロベルトはへ(・)べ(・)れ(・)け(・)だなんて言っていたが、体調不良は本当だ。……お前に別れを告げられて、絶望で酒浸りだったから、ひどい二日酔いだった」


 へ(・)べ(・)れ(・)け(・)と二日酔いと、それこそ五十歩百歩だ。

 朝食後、殿下はホテルに迎えにきたジョナサン・カーティス大尉と王宮に向かい、わたしはロベルトさんが押えた上階のスイートルームに入る。入浴して荷物の整理をしていると呼び鈴が鳴り、ロベルトさんに連れられたミス・リーンとお針子さんが二人、大荷物とともにやってきた。


「エルシーちゃん! おばあ様のこと、大変だったわね! 喪服が役に立ってよかったわ!」


 ミス・リーンが珍しくブラウスにロングスカートの地味ないでたちで、わたしをギュッと抱きしめてくれた。


「何だか痩せちゃった? 可哀想に! 殿下も根回しが足りないのよ! まったく、間抜けなんだから!」

「列車は夜七時の発車なんだ。ねえさん、あんまり時間はないよ?」


 ロベルトさんが急かすと、ミス・リーンはお針子さんたちの並べるドレスを一瞥し、言った。


「体のラインの出るイブニングは四着ってところかしら。あと、袖丈が気になる昼のスーツが三着あって……」

「待ってください! いったい何着持っていくつもりなんですか?! 不必要ですよ!」


 巨大な革張りのスーツケースがいくつも置いてあって、わたしが仰天する。帽子箱だけで三つもある。ミス・リーンがにやにや笑いながら言う。


「豪華客船旅行のつもりだったから、本当はもっと華やかなドレスもあったのよ。でも、大陸横断長距離旅客だって、それなりに見栄は張らなきゃ。ビルツホルンでも、夜会くらいはあるでしょうし。どうせ、全部ポーターが運んでくれるんだから、大人しく持っていきなさいな!」


 わたしはホテルの部屋で、次々とドレスを試着させられる。


「この節はメイドを連れての旅行は流行らないので、基本、一人で着られるドレスにしてあるわ。ただ、いくつか、首の後ろのリボンなんかは、殿下に結んでもらいなさいね? あと、背中の開いたドレスもあるから、変な痕つけられないようにね!」

「わたしはあくまで秘書官として随行するのであって……」

「ビルツホルンまで片道七日よ? 狭い個室(コンパートメント)で恋人と二人切り、あの人が我慢できると思うの? 我慢できる男なら、あんた今頃まだ処女だったでしょーに!」


 マーメイド・ラインのイブニングドレスの、胸の開き具合を調整しながら、ミス・リーンが言う。


「宝石類はバーナードの店から直接、東駅に運ばせるから。本来なら、ドレスに合わせていちいち指定するべきところだけど、旅先だし、殿下はこういうことについては、あたくしたちプロ顔負けの謎のセンスがあるから、殿下に選んでいただいてね。間違っても自分で選んじゃダメよ? エルシーちゃん、センスはイマイチなんだから」


 言われなくてもわかっているセンスの無さをはっきり指摘され、わたしは内心凹(へこ)む。

  

「それからこれ、お化粧道具! お化粧の仕方はだいぶ、上手になっているから安心なさい。マニキュアは十日も持たないから、ビルツホルンの街でホテルか、美容院のサロンに行くのよ!」


 大きな化粧品バッグを渡されて、わたしはハッとする。

 

「髪の毛は昼間は帽子で誤魔化せるし、夜会の時はシニョンにしちゃえばいいから。ただ、旅先でもお肌のお手入れだけはしっかりね!」


 お針子さんの一人は髪の毛を纏める技術もある人で、わたしの髪を見苦しくないようにカットした上で、電気ゴテの巻き方や、オシャレな夜会巻きの方法を伝授してくれた。……わたしは今一つ不器用なので不安しかないのだけれど。

  

 そうして怒涛の如く送り出され、気づいた時には、わたしは東駅発の豪華寝台特急の、王族専用特別車両に収まっていたのだった。

 



 乗り込んだのは、とてもこれが列車とは思えない、豪華な個室(コンパートメント)。金の装飾のあるマホガニーの壁材、重厚な座席シート。窓に貼り付くようにテーブルがあり、開閉式の洗面台に、小さいけれどシャワーブースまでついている。

 すでに殿下の荷物を運び込んだジュリアンが待っていて、わたしの荷物も個室内のクローゼットに、手際よくしまっていく。


「すっごい、豪華ですね、殿下の個室!」

「お前もここで寝るんだぞ?」

「えっ? 嘘。……わたしは二等車両で十分ですから……」


 だいたい、この個室にはベッドなんてないし……とわたしが首を傾げると、殿下が笑った。


「寝るときはこの座席がベッドになる。ディナーの間に準備してもらえる」

「……へええ……」


 今まで、夜行も普通の客車にしか乗ったことがないから、寝台車なんてものが想像もつかない。


「よく、急に予約が取れましたね」

「王族専用客車を追加するだけだからな。どの道、この時期はそれほど混雑はしないが――」


 つまり、この車両にはこの個室と、お付きの人用の二人用個室と一人用個室が一つずつの、三室しかない。護衛のラルフ・シモンズ大尉と従僕のジュリアンで一室、侍従のジョナサン・カーティス大尉で一室。隣が食堂車で、その向こうが通常の一等客室となり、ロベルトさんとジェラルド・ブルック中尉、それから同行する外交部の官僚が二人ほど、そちらの車両に乗りこんでいるそうだ。


 あと十五分ほどで発車という時になって、バーナード・ハドソン商会の使いの者が、いくつか荷物を運び込んできた。厳重に守られた宝石鞄には、ダイヤモンドの首飾りとイヤリング、真珠の三点セット、あとは殿下のカフリンクス、最新式の自動巻きの腕時計など。殿下はそれを確認すると、小切手帳にサインをして店の者に渡す。宝石類は鍵のかかる金庫に入れると言って、ジュリアンが持って出て行った。


「バーナードによろしく」


 殿下が言えば、いつかのミツゴロー氏が愛想よく頭を下げる。


「偶然なんですが、コーキチの次の商談がビルツホルンでして、二等車に乗っております。何かの折には目をかけてやってください」


 コーキチはビルツホルンでも投資家を募り、その後、南のセダーンの港から帰国する予定なのだそうだ。


 ミツゴロー氏に見送られて、列車は静かに、夜の王都東駅を発車した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。