69、結婚式
四月の半ば。ようやく王都にも本格的な春が訪れ、雲一つない青空が広がる。
今日はわたしの二十歳の誕生日で、そして、結婚式の日だ。
聖カタリーナ修道院の挙式は正午開始だけれど、花嫁の準備は朝から続いている。――身内だけの式、のつもりだけど、そもそもわたしには「身内」はほぼいない。腐っても王子のアルバート殿下と、招待客の数に差が出来過ぎてしまうので、お世話になった方を何人かお招きした。
式は派手好きな殿下が、新進デザイナーのミス・リーンと、そのパトロンであるバーナード・ハドソン商会に依頼して、こじんまりとはしているが、かなり豪華なものになるらしい。修道院の礼拝堂で挙式の後、ガーデン・パーティーを開く予定だという。天気が良くて、本当によかった。――祖母とローズと、そして神様のおかげだと思う。
ミス・リーンがデザインしたのは、純白のローブ・デコルテ。東洋の素晴らしい絹を使い、胸元にはやはり東洋の真珠と、わたしの誕生石である、ダイヤモンドの首飾り。ヘッドドレスもダイヤモンドと真珠を連ね、レースのヴェールは背中を覆い、背丈を越えてかなり長く引きずることになる。その裾を持ってくれるブライズ・メイドには、シャーロット嬢とドロシー嬢、そして司令部での唯一の友人だった、マリアン・ブレイズにお願いした。――王子の結婚式に出ると聞き、平民のブレイズ家では、年老いたおばあ様が卒倒してしまったとか。申し訳ないことをした。
仕度のできたわたしを迎えに来たのは、マールバラ公爵ご夫婦だ。バージン・ロードを一緒に歩く役割、最初の候補者はマクガーニ中将閣下だったけれど、アグネスという実のご令嬢もいて、もうすぐジェニファー夫人の子も産まれるということで、ご辞退なさった。次の候補者のクルツ主任事務官は、「平民の私を緊張で殺す気ですか!」と涙の辞退……というよりかは、拒否。
……というわけで、マールバラ公爵閣下にお願いすることにした。娘のいない公爵は、最初からやる気満々だったみたいで、万一、お願いしていなかったら、大変なことになっていた。
「ほんと、綺麗ねぇ!」
ヴァイオレット夫人が感激して、口元を覆う。横で最後の調整に余念のない、ミス・リーンも得意気だ。
「この絹も素敵! 無地に見えるけれど、波の模様が織り込まれているのね!」
光の加減で浮き上がる地紋を見ながら、ヴァイオレット夫人が感嘆する。
「ヤパーネの絹ですのよ。真珠もヤパーネの。ここにちょっとだけ金糸銀糸が入っていて……」
「すごいわ、息子の結婚式にもお願いできるかしら」
マールバラ公爵夫妻の跡継ぎのゴードン卿も結婚が決まったらしい。
「ヴァイオレット、そろそろ座席にもどりなさい、すぐに入場するから」
公爵が奥方に促し、わたしの手には白薔薇と水色の勿忘草のブーケが手渡される。――それが布製の造花と気づいた時、うすい藤色の、揃いの衣装を着たブライズ・メイドの三人がわたしの長いヴェールを持ち上げたので、深く考える暇もなく、控室を出る。
礼拝堂の手前で待っていたフラワー・ガールは、なんと本物の王女様三人と、アグネスだ。レイチェル王女とアグネスが同い年の十歳、フローラ王女が七歳、一番幼い、アイリーン王女はまだ三歳になったばかり。マールバラ公爵の合図で、礼拝堂の扉が開く。薄暗い堂内に、真っ赤なバージンロードが続いている。正面奥、円形の見事なステンドグラスの飾り窓からは、色ガラスを通した光が差し込んで、オルガンの荘重な調べが響く。
祭壇の手前には、背の高い人が立っているけれど、内部が暗く、逆光になって姿はよく見えない。わたしはマールバラ公爵の差し出す腕に、白い長手袋を嵌めた手を置いて、ゆっくりと足を踏み入れた。
世話係のハンナの誘導で、揃いの純白のドレスを着た三人の王女様とアグネスは、真っ赤なバージンロードの上を、真っ白な薔薇の花びらをまきながら入場する。まさか本物の王女様の先導で、バージンロードを歩くなんて想像もしていなかった。
オルガンの調べを聞きながら、赤い絨毯の上を厳かに進む。光の加減が変わり、祭壇の前に立つ人物の姿が浮かび上がる。
黒地に金の飾緒と刺繍の入った、豪華な正装の軍服。胸元にはいくつもの勲章を飾って、アルバート殿下が立っていた。黒い髪は一部の隙もなく撫でつけられ、捨て犬感はまるでない。……すごく、かっこよくて、柄にもなく見惚れてしまった。やがて祭壇の前に至り、マールバラ公爵から、殿下の腕にとわたしが託される。
「……いやはや、素晴らしいね。マックスがいないのは残念だが、代わりに、いい経験ができたよ」
マールバラ公爵が最前列に戻る。反対側の最前列には、杖を携えた国王陛下と、王太子夫妻が並んでいる。殿下とわたしは祭壇の前に立って、年老いた司祭様の司式で滞りなく誓いを終え、殿下はわたしのヴェールを捲り上げ、キスをした。
「指輪の交換を――」
そう言われて、リング・ボーイを誰に頼んだのだっけ? とわたしが振り向けば、礼拝堂の入口、暗い中、四角い光に囲まれた中に、少年と少女らしい影が。リングピローを掲げ、さくさくと歩いて近づいてくる二人を見て、わたしは思わず殿下を振返った。
「あの子たち――」
少し背の高い少年は栗色の髪を綺麗に撫でつけ、白いシャツに黒いジャケット、トラウザースを着て、白いボウタイを締めている。少しそばかすの散る頬を染めて、わたしを見上げる表情に、見覚えがある。妹の方は栗色の髪を綺麗に梳かし、レースのヘッドドレスに、生成りのレースのエプロンドレス。白い靴下に茶色い革のブーツ。手にしたリングピローは白地に青と赤の装飾を施した、あの、木彫りの馬を象ったもの。
リーデンからビルツホルンに向かう山中の小さな駅の、求婚の証人だった兄妹だ。
「わざわざ、このために?」
わたしが驚いて呟けば、殿下がくすっと笑った。
「別にこのためじゃない。ブーケを改めて発注して、届けてもらったんだ」
わたしの手にしたブーケは、白薔薇と勿忘草の、布製の造花――。
「大事な証人だしな」
殿下は微笑むと、長身をかがめて二人にキスをして、結婚指輪をピローから外し、わたしの指に嵌める。わたしも同様に殿下の指に指輪を嵌めて――。
『改めて誓う。一生、お前だけを大切にする』
兄妹に理解できるよう、わざわざシュルフト語で誓われて、わたしは真っ赤になって俯いてしまった。
『ありがとうございます。わたしもです。……リジー』
もう一度、殿下がわたしの額にキスをして、拍手の中、フラワーガールたちが、さらに張り切って花びらを振りまいた。




